冒険の始まりは森の迷宮
1章 冒険の始まりは森の迷宮
いつも見る夢がある。
小さいときから、繰り返し繰り返し見る夢。
「オレ、勇者になるんだ。」
「だから、だからね。勇者になって、守ってあげるよ・・・約束だ・・・」
何度も、何度も、繰り返したそれは、大人から見れば、他愛もない子供の約束だったんだけど、オレにとっては、本当に、本当に大事な約束だったんだ。
与えられたのは温もりと微笑み。頭を撫でる手は大きくて。夕日みたいに綺麗な目が優しく細められる。なのに・・・
「この日の事は、夢にしよう。オレはお前に会わなかった。お前もオレに誓わなかった。夢と忘れて、けして、思い出す事はない。・・・もう、2度と・・・」
優しい声で、冷たい言葉。けれど、その響きは泣いているみたいに聞こえて・・・
突然襲った睡魔の誘惑に抗いながら、オレは尚も続けた。
「忘れない。ぜったい・・・覚えてるんだ」
閉じまいと見開いた目に、驚いたような、そんな色を見て。それが、嬉しそうに・・・すこし哀しそうに細められた。
「・・・お前に、俺の名をやろう・・・。与えられた名は2度と呼ばれること無くオレを縛る・・・けして、思い出す事はない。・・・もう、2度と・・・」
ずうっと前。オレが子供だったころ、オレは約束したんだ。
「勇者」になるって。
だから・・・たとえ、今は思い出せなくても。いつか、必ず思い出す。
小さい頃に出会った大切な約束を・・・
絶対に・・・
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両目を開けると深い緑が飛び込んでくる。
地面に大の字に寝転がるオレは、森の中で飢え、行き倒れになっている最中であった。
街道に繋がる道の端にあった標に従い、右の道を選んだ。ところが、街道に出ることなく今では、獣道に変わり。心無い者の悪戯の所為か、それとも、自分の運の悪さか・・・。
「困った・・・」
深い森は、まだ昼過ぎだというのに、薄暗く、穏やかな風が運ぶのは、濃い木々の香りと水気を含んだ土の匂い。
高く密集する木々に阻まれ、僅かに日が射すのみの、ここらは花すら咲いてはいない。
時折聞こえるのは、鳥の声、風にゆれる木々。虫の羽音。
完全に道を失い、道を探して歩き回るうち、荷物も無くしてしまったオレは、辺りを探し回ったあげくに、疲れ果て、ちょっとだけ休むつもりが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
じめじめと湿った地面に直接横になっていたせいで、水を吸った服が、体温を奪ったのか身じろぎした瞬間に背筋がぞくりとする。
「よし。頑張れ!オレ!」
空腹でクラクラの身体を無理やり起こし、自分を叱咤する。
髪についた土を手で払い、木の幹を支えに、再び歩き出した。苔で覆われた樹の根は足場が悪く、どれも、みな同じように映る。迷路に迷い込んだみたいで、澱の様に焦りばかりが募っていく。
(くっそー。夢の第一歩で諦めてたまるか!!オレには、大きな夢があるんだ。こんな、ところで諦められるか!!)
焦る気持ちを押えながら、心の中でそう叫ぶ。
いつも、いつも、皆にバカにされた。
お前には無理だって。できっこない。諦めろ・・・って。
でも、諦めたくなかった。
だから、オレは、旅に出た。絶対になりたかったから。なるって決めたから。
そう決心したのは、いつだったのか・・・。
物心ついたオレは、もう将来の夢を決めていた。
「オレ・・・。勇者になる!!」って。
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大小様々な国々の戦争、跋扈する盗賊、魔物・魔獣・・・。
とうてい平和とは言いがたい世の中、別に勇者なんて珍しくも無い。
世の中には、本物、自称も含めて騎士や傭兵、魔術師なんて、ごろごろしてる。
オレの住んでいた村にも、魔獣を退治したという勇者や、100の盗賊を討伐したって言う傭兵が、訪れた。
酒場で自分がいかに強く有名か吹聴していた彼らは、村長に請われて、しばらく村に留まった。
その間に、オレは村の外の世界がいかに恐ろしく危ないところで、その世界で彼らがどんなに強いかを耳にたこが出来るくらい聞かされた。
年に数回やってくる吟遊詩人も、「国々を厄災から救った偉大な勇者」や「魔獣を使役し、古の魔族と契約し名を成した魔術師」を謳い、それらの話を聞いてオレは育った。
いつか、オレも、そんな勇者になる。って思いながら。
幼い時、両親を無くしたオレは、父さんの弟にあたるガウリ叔父さんの世話になっていた。
叔父さんは優しい人だったけど、オレの夢には反対した。いくらいっても、話すら聞いてもらえなかった。
―お前なんかが、勇者になんかなれるわけないだろう!!今日で 15歳になるんだ。いつまでも、子供じみた夢ばかり言うのはよせ。―
何度も、繰り返されてきた言葉。
―なるよ。オレは、勇者になるんだ。だって、そう約束したんだから!!―
この夢だけは、譲れなくて・・・どうしても解って欲しくて・・・、とっさに口をついた言葉にオレは呆然とした。
約束したって、誰と・・・?何を・・・?
ふいに浮かんだのは、誰かの眼。優しい・・・。あれは誰だ?
―もう、いいかげんにしろ。いつまでも、夢みたいな事言ってないで、寝ろ。明日からは刈り入れにはいるから、忙しくなる。―
はっとして上を見上げると叔父さんは部屋から出て行くところだった。
確かに何かを思い出そうとしていたオレは、思い出せない、忘れている過去の記憶にイライラして、ドアにゴツンと、頭をぶつけた。
その日の夜だ。
書置きを残し、オレが家を出たのは。
ずるずると木の幹にもたれ掛かると、そのまましゃがみこむ。なんだか、すごく疲れた。立てた片膝に頭をのせ、溜息をつく。
気弱になっているからなのか、昔のことばかりが浮かんでくる。
現実の厳しさと、自分の不甲斐なさに、涙が滲んできて・・・
「っ・・・、だめだ。泣いちゃ・・・。オレは、男だから・・・。」
滲む涙をシャツの袖のところでゴシゴシ拭く。
『男は、泣いちゃいけない』
死んだ父さんとのたった1つの約束だった。
ガサガサ。ワサワサ。
何かが、必死に茂みを掻き分けながらこちらにやってくる音がした。
「ん?なんだ?」
思わず、目の前の草むらに目をやる。すると、突然、茂みから、何かが飛び出してくる。
ぽてぽてと、つたない足取りでやってきたそれは、オレの目の前までやってくると、一人前に牙をむく。
「シャー。」
変な鳴き声。
姿は、一言で表現すれば犬のよう。真っ黒な毛はフワフワと柔らかそうだ。まだ、子供の魔獣だ。
確か、名前は「シュガ」とか言ったっけ。住んでた村が森に近い事もあってか、オレはけっこう魔獣に詳しい。
小さい頃は、よく森に一人で出かけていった。
あまり深くに立ち入ると危ないので、森に入ってすぐの、木々が開けた場所で遊んでいた。少しの危険と、大きな好奇心の元が詰まったそこは、オレの庭のようなものだった。
この、シュガという魔獣は、愛らしいその姿が金持ち連中に受けて、檻に入れられたペットとして、目が飛び出るくらいの高値で売られてるのを、街の市とかで見た事ある。
首を絹のリボンで飾り、毛並みも整えられ、いい匂いを漂わせる愛らしい生き物は、しかし、その紅玉のような目に光を映すことなく、俯いていた。
大人しく、鳴きもしないその様子に、病気なんじゃないかと覗き込んだオレの目に飛び込んだのは、リボンで隠された、のどもとの傷だった。
愕然としたオレに、父さんは教えてくれた。
こういった類の愛玩動物は、総じて、狩られた直後に声帯を奪われる。鳴きわめいて煩いから。というのが、その理由だと。
だから、シュガの鳴き声を聞いたのは、生まれて初めてだった。
しかし、可愛らしいのは子供のうちだけで、成体になったシュガは、鋭い牙と爪、そして、角を持つ、俊敏な四肢の恐ろしい獣になる。
だから、大抵は成体になる前に、殺されてしまうのが殆どで・・・。
けど、殺してしまっても、シュガの心臓は、とても高価な薬になるから2度おいしいと、毎年のように、猟に来て、シュガの影すら拝むことなく、それでも諦めない、しつこさが取柄の、狩り師連中が言っていた。
シュガは、1頭狩るだけで、1生遊んで暮らせるんだそうだ。
金欲しさにまだ小さい子供を狩ろうとする奴らは、オレの嫌いなものリストの上位を飾っている。
(オレは、そんなのごめんだけどね。)
めったにお目にかかれない幻獣っていわれているけど、お目にかかったってことは、ここが、そうとう森の奥に位置しているという事だろう。
「ん?」
なにか視線を感じて下を見れば、黒い艶やかな毛皮を持つ小さな生き物は、ちんまりとした金色の角と牙を見せながら、赤い目で、オレを睨んでいた。
威嚇らしい。
だが、「まあるいおめ目」としか、表現の仕様が無い目で睨まれても、迫力はなく。
まして、その小さな手で、オレの足をパフパフと叩いても、ちっとも、痛くは無い。ズボンにチクチク何か刺さるのは、爪が小さく、短い証拠で・・・。
ポフポフ。ポフポフ。
攻撃のつもりらしい・・・。
「ぷっ・・・・・・っ・・・・あはははははははは。」
ダメだ。なんか、気が抜ける。落ち込みかけてたのに、ゲンキンだな・・・。オレ・・・。
「ムリだぞ。こ~んな手で人間なんか攻撃しても、とっ捕まえられて、売られて、見世物になるか、殺されるのがオチだからな。」
すくい上げるように、黒いのを目の高さまで持ってくると、小さな体は緊張してか硬くなる。オレは大丈夫だというようにニパッと笑った。
「お前、一人でこんな所まできて、危ないだろ?親はどうした?一緒じゃないのか?」
シュガは、身体をバタバタさせると、オレの手をポテポテと叩く。
獣に襲われたのか、それとも、茂みの中を駆けるうちにできたのか、小さな身体は所々に傷を作り、血を滲ませている。
「大丈夫だって。オレは、お前を捕まえにきたんじゃないから。」
落ち着かせるように静かに言う。
ジーッと見つめる赤い目。
やがて、敵では無いと解ってくれたのか、フンと鼻を鳴らし、シュガはオレの手の中でおとなしくなる。
魔獣は一概に『悪いものだ』と決め付ける人も多いけど、そんなことはない。
狡賢く、始末に終えないくらい危ないものも確かに存在するけど、人語を解す賢くて、無害なものもいる。
ひどい空腹で今にも倒れそうだったし、疲れてもいるけど、このままほっといて、狩られちゃったりしたら、可哀相だしな。それに・・・。
『どんな人にも、優しく出来る人になってね。その優しさは、きっと、そう遠くない未来にあなたを助けるわ・・・。』
生前の母さんの口癖は、優しい笑顔と一緒に、オレの脳裏に焼きついてしまっている。この場合、人ではないが、まあ、困っていることに違いはないだろう。
「よーし。シュガ・・・じゃあ、なんか淋しいな。んー。じゃあ、チビ。一緒に父さんと母さん探すか。」
とたん、しっぽがパタパタと揺れる。ピンとした耳を見て、自然にオレは笑顔になる。
なんだ、迷子じゃん。やっぱり、一人で怖かっただけか。
「よーし。じゃあ、行くか。そんでもって、さっさと、森から出るぞ。」
そうだ。こんな所で、めげてたってしかたない。
ゆっくり立ち上がったオレは、シュガ、もといチビが走ってきた方角に歩き出す。親とはぐれたなら、こっちだろうからな。
地面に降ろしてやると、チビも自分で、トテトテと歩き出す。
「よーし。すぐに見つけてやるからな。」




