医者とお掃除。
瞼をこすって起きてみると、先生がシャツにアイロンをかけていた。
「おはようございます」
「飯はそこに用意してある」
差されたテーブルを見てみると、白パンと何かのポタージュ、そして目玉焼きとベーコンが用意されていた。
「自分でできたんですか?」
「やろうという気はなかっただけだ。とっとと食え。これかけたら俺は行くからな」
朝日に照らし出された上半身は、意外にも鍛えられた男の人のもので、しなやかだった。
それにしても、半裸でアイロンがけもいささかシュールだ。下を穿いているだけましだと思うべきだろうか。
いただきますと手を合わせて用意されていたご飯を食べ始める。
「あまり家を穿り返すなよ」
しわを伸ばしたばかりのシャツにそでを通して、適当な上着を羽織り、伸ばしっぱなしの髪を一つにくくった先生はメガネをはずして私の隣においた。
「先生?」
「メガネをかけてないほうが人にがんをつけられる。なに、見えないってことはないからな」
持っておけ、とそのまま行ってしまった。
その背中を見て、玄関に、ショウさんがやってきたのを感じて、私は、急いで先生が用意してくれたご飯を平らげ、片付ける。メガネは適当なところにしまっておく。
「おはようございます」
「おはようございます。おや? これは……?」
「先生が……」
「珍しいこともありますねえ」
食器を片付けていると、ミルクパンの中に入った残りを見てショウさんは目を丸くした。
「やっぱりそうなんですか?」
「ええ。作ればおいしいんですけど作らない人ですからねえ。あの通り、興味あるのは酒とつまみぐらいですから、主食を作ることは少ない」
さて、どこから仕上げましょうか、とショウさんは私が片付け終わるまで、あらかたおうちを見て、まず、居間から仕上げましょうと、箒と雑巾と手ににこやかに告げた。
「私、ぞうきん掛けします」
「そうしたほうがいいですね。埃に弱いようですから」
「鼻がむずむずします」
「ええ。そうですね」
窓を全開に敷いてあったカーペットやらなんやらをすべて引っぺがして外ではたいて日に当てる。その間に、家具をよけながらショウさんが手際よく埃を掃き出して、私がぞうきんがけを手伝う。
「やっぱり二人いれば早いですねえ」
「いつもは一人で?」
「ええ。この調子でいけば、あれが帰ってくるまでには終わりそうですねえ」
平屋建ての3LDK。うち一つはベッドルームで、二つは倉庫として使っているらしい。
魔の領域として倉庫は見ないふりをしているらしいが、片付けられそうだと、ショウさんが嬉しそうだった。
「私は先に倉庫をやりますから、着てください」
ショウさんがそういって私を居間に残して行ってしまう。私は広い居間のぞうきんがけをすべて終わらせて、息を切らしながら、どの部屋にいるかわからずに、適当に扉を開けた。
「あ、違う……」
暗い部屋にショウさんがいなかった。埃が揺蕩って、鼻がむずむずしてくる。
くしゃみしようと、大きく息を吸い込み、不意に入ってきた光に目を見開く。
「え?」
思わずくしゃみを忘れて目を凝らしてみると、適当におかれた大荷物の上に、無造作に置かれていた大剣と、神像と、神像にかけられた繊細なつくりのロザリオに目を奪われた。
「フィーネさん?」
ショウさんの呼ぶ声に、はっと気を取り戻して扉を閉めると、彼の声が聞こえてきた部屋へ急ぐ。
「おやおや、こんなに埃かぶって……」
あきれ交じりの声に、私は自分がどんな状況なのか気づいて、思いきりくしゃみを三連発していた。
「……まったく」
埃をたたき落してくれるショウさんの手は優しい。兄さんみたいだった。