社会の常。
「先生」
「なんだ?」
「なんで、私たちが、狙われるんです?」
ぽつりと尋ねていた。その言葉に、先生は煙交じりのため息をついて私の頭に手を置いてわしわしと撫ぜた。
「人はな、自分とは違うものを攻撃する性質があるんだ」
「自分とは違うもの?」
「ああ。たとえば、魔法使い。たとえば、魔女。……たとえば、お前のような人の形をした狼などね。自分には持っていない力におそれて攻撃するんだ」
「……そんな」
「知らないから、攻撃する癖に、知ろうとはしない。それでも自分に有益になるのであれば、利用して、利用しつくして壊す。人の抱える矛盾だ。覚えておけ」
静かな声音に何か言おうとすると、ショウさんが帰ってきた。そして、先生の煙草を見て、眉を逆立てる・
「テーブルを開けてください。煙草も消して」
「ああ」
灰皿に消してテーブルの上においていたものをすべてどかして、ショウさんの持ってきた地図を広げるのを手伝った先生は、地図上に色分けされた点を見て眉を寄せた。
「赤が、巧妙な手口、慣れている組織。緑がおバカな犯行で分けました」
「こいつの兄への犯行は?」
「もちろん、赤です」
「死因や、凶器では分けたか?」
「いえ。さすがに、新聞には書いてありませんから」
「……明日、おまわりに問い合わせるしかないか」
ため息をついた先生は、椅子の背もたれに背中を預けて眼鏡をはずして目頭をもんだ。
「そこまで分けて、どうするんですか?」
「……何度か、混血がやられた現場を回った」
「いつ?」
「ここ数か月だ。すべてを回ることはできなかったが、めぼしいやつは新聞で見てな。……俺が見たところ、赤い方は、組織的な犯行なように見えた」
「……。それで? めぼしは付いているんですか?」
何か思うことがあったのか、ショウさんが首を傾げて先生を鋭く見た。
「ここでいうわけねえだろ」
地を這うようなその声にショウさんは、ふむ、とうなずいて、そして私を見た。
「しかし、彼女はどうするつもりで?」
「俺の家に。……子守を頼む」
「じゃあ、掃除しましょうか。隅々まで」
「おいコラ」
「誰のおかげであの土地に住めると思っているんですか? 大家のいうことを聞きなさい」
ということで、明日は先生は朝から出かけて、私は、ショウさんと先生の家の大掃除することになった。
ひとまず話がまとまってお開きになった。
つれられるまま、先生のおうちに帰って、先生は、ソファーに自分の分の毛布でくるまって横たわった。まるで、ベッドに行く気がないといわんばかりに。
「先生?」
「前につかったベッド使え」
「でも」
「普段からあそこに寝てないのはお前はわかるだろう」
「……」
手入れをされながらも、先生のにおいはあんまりしなかった。うなずいて、おとなしくその言葉に甘えてベッドに入る。
目を閉じて、眠れずに、ふとサイドテーブルを見る。あの時は気づかなかったが、何かが伏せられていた。
手を伸ばして、起こしてみると、一枚の写真が飾られていた。古い写真だ。
銀色の髪を長く伸ばして高く結い上げたきれいな男性と、黒髪の短い髪の女性が、おそろいの制服を着て身を寄せあってやわらかく微笑み映っている。
なんとなく、見てはいけない気がして、元のように写真立てを戻して、私は背中を向けて丸まった。
目をつぶっていると、かすかに聞こえてきたのは楽器の音。
これは、ピアノってやつの音だ。昔、兄さんと貴族のおうちの探検に出かけた時に聞こえた音。
夜だからか、音を控えめにしているが、それでもきれいな音色だった。
誰が弾いているのだろうか。
見に行きたいけれど、なんとなく、眠い気がする。
目を閉じて体の力を抜いていると、いつの間にかその音色は聞こえなくなって、ふと目を覚ますと朝になっていた。