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人狼のフィーネ  作者: 真川紅美
1章
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死体。

 なぜ、いきなり彼が動き出そうとするのか、わからずに、彼について昼間の街を歩きぬけて、兄さんと別れた公園へ入った。


「……騒がしいな」

「……はい」


 曇って入るものの、真昼だというのに、公園へ散歩に来ている男女の姿はなく、かちりとした制服に身を包んだおまわりさんが行き来していた。


 もしやと、嫌な想像だけが呼び起される。


 先生は、そんな私を尻目に、何食わぬ顔をして公園の中に入って、そして、おまわりさんに呼び止められていた。


「ここから先に入られるのは困るな」

「済まないが、この先にある墓場に用があるんだ。死んだ親父に婚約者を見せたくてね」


 さらりと言われた嘘に、目を剥くと先生は私の肩を抱き寄せて微笑み、額にキスを落とした。思わず毛を逆立ててしまいそうになって、さすがに見せられないと自分でなだめる。


「照れないでくれよ。……少しだけだ。な?」


 おまわりさんに目くばせした先生の手がするりと動いて、警官の手に銀貨を握らせて、私を抱いたまま先生は警官の脇をすり抜けた。


「いいんですか、あれ」

「ああいう連中にはいい裏技だ」


 そういって、警官が多く行き来している通りを選んで公園の奥へ進んでいく。かさかさと音を立てる枯葉交じり並木道を二人、寄り添って進む。

 そして、公園の中央の広場に差し掛かったところで、おまわりさんの数が、一気に増えた。


 ふと、そのど真ん中にある銅像に吸い寄せられるように、目が行ってしまい、そして、そこには貼り付けられるようにして、人食い鬼がくくられていた。


 あれは、近所に住んでいた果物屋のお兄ちゃんだ。


 その胸につきたてられていたのは大きな黒い柄の大振りのナイフ。滴り垂れる赤にくらりとめまい。


「っ」

「……道を間違えてしまったようだ。邪魔をしてすまんね」


 また何食わぬ顔をした彼は、いぶかしげな警官たちに会釈を送って、ふらついた私の肩を支えて道を引き返す。


「……粛清の刃」


 ぽつりとつぶやかれた先生の言葉は、私の耳に、なぜかよく残った。



 そして、肩を抱かれるようにして家に戻るとソファーに座らされた。


 貧血で足元がフラフラしていたのだ。


 気分が悪くてうつむいていると、皿が出っぱなしのテーブルにお茶が差し出された。紫色のきれいなお茶だ。ごく薄く入れたのか、控えめな香りがする。


「とりあえず飲め。今にも倒れそうな顔をしている」


 うなずいて、お茶を一口含むと、ふわりといい香りが鼻を抜ける。


「人狼にはにおいが強いか?」

「ううん。薄目に入れてくれたんですか?」

「ああ。……俺もこれぐらい薄めて飲むからな」


 彼は私の隣に座って同じようにお茶を口にしている。でも、これぐらい薄いと人

は味を感じられないじゃないか。そう思って言おうと口を開くと、先生の声に遮られた。


「……お兄さんを連想したか」


 静かな、殊勝な口調になっているのは、彼なりに何か思うことがあったからだろうか。それとも他に理由があるからだろうか。


「……はい」


 もし、兄さんもとっくに殺されてああいう風に見せしめのようにされていたら――。


 ぶわっと毛が逆立ったのを感じてあわてて、呼吸を整えて、感情を落ち着かせると、そっと肩を抱かれた。そして、寄り添われる。


 触れてみてわかった。


 彼も動揺している。手がかすかにふるえているのだ。


「死体を見るのは初めてなんですか?」

「……いや、そういうわけじゃない」


 じゃあ、どうしたんだろうと彼を見ると、彼はお茶をおいてため息をついた。


「探すか?」


 静かな声に瞬きをして首を傾げる。


「お兄さんの居場所を、探すか?」


 ゆっくりといわれた言葉に、私は、眼鏡越しに彼のきれいな藍色の瞳を見つめていた。真剣な光を宿した男の瞳。


「報酬は飯でいい。スラム出身のお前に払えるとは思えない。お前を押し付けたおまわりからふんだくることにする」

「どうして……?」

「……もし、俺が思う連中が君の兄さんをさらっていたのであれば、君がここに入り浸っている時点で俺も巻き込まれた。確実に連中は顔を見られたと思ってお前を狙っているだろう。そして、お前が頼った俺も、もしかしたらショウも、その標的に加えられているかもしれない」


 静かにそして一気に言われたその言葉に、頭が理解を拒否した。先生の目を見つめたまま、じわじわとその言葉を消化するにつれて、私は、血の気が指先から引いていくのを感じていた。


「そんなっ!」

「……事件の洗い直しをする。今日から、ここに住め。手伝え」


 一方的に言われて、私は驚きながら、唇をかんでうなずいた。私にできることは、それしかないから。


 兄をさらったやつを探し出して、ぶっ殺すか、豚箱の中に入れてやらないと、私は家に帰れない。彼にそういわれ、そして、ようやく私は事の重大さに気づいたのだった。


「ショウのところに行って最近のこういう事件を報じた新聞の記事をとってこい。あいつはそういうの好きなやつだからな」


 斯くして私の依頼は彼に受けてもらうことになった。巻き込んだ私がこき使われることになったのは言うまでもないことだった。

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