家政婦の真似事
朝が来て、人の形に戻ってお屋敷の中を見て、帰ってきていないことを確認した。ふと、台所に重なった汚い皿を見て、ため息をつく。
水を汲んできて、それらを水につけて、一気に片付ける。
「……おい」
ここまでの皿の量を片付けるのはいつ以来だろうか。
やっている間に楽しくなってきて、皿だけではなく台所をピカピカに仕上げていた。ようやくそのころに、このお屋敷の主である先生が帰っていて、あきれた顔をしていた。
「出ていけといっただろう?」
「明日って言ったでしょう? 今日中ならここにいてもいいってことじゃないですか?」
「……朝までといい忘れたな。とっとと出ていけ」
「いいえ、最初の言葉に責任持ってもらいます」
台所の掃除を済ませて、時計で時間を確認する。
彼は、私がここに居座る気でいると感じたそのときから、私がいなかったものとして、きれいに洗濯されたソファーカバーに包まれたソファーに飛び込んで不貞寝を始めた。
時間はいい時間だ。
食材を買いに出かけて、まともなものを作って出す。
ジャガイモのキッシュとパンをつける。干し肉のスープに卵を落として、ふわふわに仕上げて、さっき洗ったばかりの器に盛り付けて、ソファーの前においてあるテーブルにおいてやる。
今日のところはこれでいいだろう。
何も言わずに家を出ていくと、起きだす気配があった。ちらりと窓を見やると、カーテンの隙間から私をうかがう影。
これからどこに行こうか。
適当にスラム街の一角に身を潜めて、夜を過ごし、朝早くに水浴びをして、昼に彼の家に上がり込み、家事をこなして、昼食を用意して帰る。
「そんなことをして、俺の気を引こうったって無駄だぞ」
そんなことを続けて数日、彼はふて寝をしながらそういってきた。
「行くところがないんです。暇つぶしでやってることです」
「……」
言い返されるなんて、思ってなかったんだろう。がしがしとぼさぼさの頭を掻いて、起き上がって私を見た。
「行くところがないだと?」
まともに、この数日会話らしいことはしていなかった。
なぜ、通っていたかというと、掃除し甲斐があるお屋敷だからだ。通っているうちに楽しくなっていた。
上がり込むと不貞寝を決め込んでいるはずなのにピクリと揺れる肩と、出ていって振り返るとあわてたように閉まるカーテンが。
「……私は、あいつらに顔を見られている。私も狙われるでしょう」
「……お前」
「そのままスラムに帰っても、ほかのみんなの被害が増えるだけ。……でも、もうそろそろ、やめますね。お邪魔そうですし」
ため息をついて私は、皿を出して、立ち上がる。そして、なけなしの荷物を持って彼に背を向けた。後ろから深いため息。がしがしと頭を掻く音。
「おい」
「なんですか」
「どこで被害にあった?」
その言葉に私は振り返っていた。
背けられた顔にばさっと髪がかかって表情が見えない。起き上がって頬杖をついて、そっぽを向いている彼に、私は思わず近くによって膝をついていた。
「ノイマールの公園の噴水です」
「……馬車をいれられる公園だな。唯一」
「どうして?」
「段差がない。そばにおける公園なら、王都だ、たくさんあるが、乗り入れられるのはその公園しかない」
「……兄は馬車で?」
「落とされた後、そうされたと考えられる。ならば、遠くか、……」
「……」
言われなかった言葉に私はうつむいた。
ぽんと、軽く頭をたたかれて顔を上げると、先生は、仕方ないといわんばかりに肩をすくめて、テーブルに乗った食事に手を伸ばした。
「お前も食え。食ったら行くぞ」
「え? どこに……?」
「公園だ。現場を見ないとわからんこともある」
そういって、彼は、私の作ったお昼ご飯をぺろりと平らげてしまった。私は、わけがわからずに、ただ、ちびちびとつついて、食べていた。