願い。
「俺のために、泣いてはいけないよ」
「泣きますよ! 先生は、……昔いっぱい殺したとしても、今の先生は、私を助けてくれて、兄さんも、助けてくれた。こんなにボロボロになるまで戦って、死にかけて。それでも、泣いちゃだめだなんて……」
「……」
そう。私には今の先生しかいないのだ。昔の先生なんて知らない。
「死なないで。……神様が死んでって言っても、死なないで。いなくなっちゃいやだ」
子供がむずかるようにそういって先生の胸に額をこすりつけて、遠くに行ってしまいそうな先生を引き留めたくていつの間にか抱きしめていた。
「行かないで。そばにいて……。先生」
いつしか、ぽろりと本音が出ていた。
この短い期間の中で、年も知らぬ先生に惹かれてしまっていた。
最初は興味だったけれど、私に優しくしてくれる手や、声、時折見せる、不安そうな瞳と、夢にうなされて、起きて、私を見てホッとするように表情を緩ませる、そんな姿に。
「お前……」
先生が言葉を失っていた。
そうだろう。こんな小娘にいきなりこんなことを言われても先生が困るだけじゃないか。
「私は今の先生しか、知らないです。昔何をやらかしていようが、関係ない。……こんな小娘がいても、何もならないかもしれないけど、ただ、おそばにおいてください。先生……」
もう、何言ってもいいやと開き直って、洗いざらい吐いて、先生に突き飛ばされるのを待っていた。
でも、先生優しい人だから、突き飛ばさないで、断りの言葉を言うだろうな。
胸に頭を預けて、言葉を待っていると、深い、深いため息が聞こえた。
「死んでもいいと、思っていた、と、言っただろう?」
静かな声に、顔を上げると、メガネをしていない、紅の瞳が私を見ていた。
「……起きた時、君がいて、ほっとした」
その言葉に私は言葉を失った。先生は、形のいい指を伸ばして私の頬をさすって、やわらかく目をすがめた。
「そんなことを思っていい人間だとは思わない。……でも、生きたいと、意識を失う寸前、君の泣き顔を見て、思った」
ぽつぽつとした告白に、私は思わず、指を掴まえて強く握った。
――――先生も握り返してくれた。
「先生……?」
「……失うのが怖い。君をそばに置いていて、まざまざと突きつけられた。……リーアの二の舞に、なってほしくない。俺と、俺と関わることで、かかわったことで、あいつは、ああなってしまった。だから」
「先生!」
ぎゅっと力がこもった先生の手の平を引き寄せて抱きしめる。
「私は、ここにいます。大丈夫」
「……」
唇を噛み締めて、つらそうな顔をする先生にそういって聞かせて、大きな手に頬を寄せる。
「今はいても、……」
「人はみんな死にます。それが早いか長いか、その違いでしょう? それが早くても、先生のせいだなんて、……リーアさんだって、そう思っていないと思います」
完全にでまかせだ。
でも、あの写真だけの印象だけれども、とても朗らかな人なような気がした。
死神として働いている先生に、そっと寄り添って、冷たく凝った心を優しく抱きしめて癒しているような。そんな人なような、そんな人だったらいいなって、思った。
「……」
先生は、長く、黙り込んでいた。じっと、一点を見て、考え込むように。
「リーアさんが、どんな方か、私は全然知らないですけど、でも、……死んでしまって、ずっと、その死を負い目に感じていてほしいなんて、思わないと思います。忘れてもいいから、幸せになってって、わたしなら、いいたいです」
一人よがりすぎだろうか、と思いながら、先生の表情をうかがうと、ふっと、切なそうな表情してかみしめるように目をつぶった。
「あいつなら、そういう、な。そういうやつだった」
低くも優しいその口調に、私は、先生の手に唇を寄せていた。先生は、されるがままだ。




