休息
そして、先生の胸の傷からの出血が収まる頃にはユリアさんと、馬車がやってきて、中からおまわりさんが出てきた。ロスさんだ。
「またお前か……」
そういいながら、ぐったりと動かない先生を担ぎ上げて河原から堤防を上って馬車にいれようとしたが、堤防に登れずに滑っていた。
「……」
見かねた私が先生とロスさんを狼の背中に乗せてひとっ跳びで堤防の上に待機していた馬車の前におろした。
「あれも頼めるか?」
指さされたのは助けられ、同じように堤防を登れないでいるあの男とそれに手を貸している警官。
嫌だ。
ぷいっとそっぽを向いて狼の形を解いて人の姿で先生と一緒に馬車に乗った。
しばらくして、あきらめたように動き出した馬車の中で、しっかりとした息を繰り返す先生の胸に寄り添って目を閉じる。
「フィーネ?」
かすれた声に、はっと顔を上げると、先生の腕が私の肩を抱いて、そして引き寄せる。
「先生、傷に……」
「……」
言い終わる前にコトン、と先生の頭が私の頭に乗ったと思ったら重くなった。どうしたのかと思って顔を上げると、ほっとしたような、安らいだ顔で眠っている。
「……」
すうすうと寝息を立てる先生に、私は、深くため息をついて、抱き寄せられるまま胸に寄り添ってその息遣いと、むせかえるような血のにおいに隠された、いいにおいを感じていた。
そして、ショウさんの医院に戻ると、青ざめた顔をしながらも着替えたショウさんが、兄さんに掴まりながら歩いてきた。そして、ぐったりと意識を失っている先生を見て、ほっと息をついて、表情を緩ませた。
「大丈夫です。貧血ぐらいですね。ひどいのは。疲労も重なっているようなのでしばらく寝ているでしょう」
ショウさんの見立て通り、先生は三日三晩ずっと眠っていた。
それも、私が離れるとすぐにわかるのか、離れたら、夢うつつでぼんやりと天井を見ていて、戻ってくると手を伸ばして、私を抱き寄せてベッドに引きずり込んでくる。
そして、安心しきった顔ですうすうと寝息を立てる。
その繰り返しだった。
それを兄さんがみつけるたびに、案の定、先生を殴ろうとする。
だが、ショウさんが兄さんをいさめて、二日目の朝にとうとう兄さんは出入り禁止にされ、そして、ショウさんは、私に振り返った。
あまりに先生が一人寝を拒むので、先生が目覚めるまで、私のことは、この先生の家の寝室で済ませるようにという、判断をくだしたのだった。
そして、三日目の晩。
「……」
眠っていて、ふと、暖かい手が髪を撫ぜているのに気づいて顔を上げると、先生の目が天井を見ていた。
また寝ぼけているのだ。
そう思って、しなやかな胴に腕を回して、頭のおさまりのいい場所を探って、すり寄ると、ぎゅ、と抱き寄せられた。
「先生?」
今までにない反応に、もう一度先生を見ると、先生は、まだ、天井を見たまま、そして、ほろりと涙を一筋こぼした。
「先生? どうしたんですか?」
思わず、振り返って頬に手を伸ばすと、そのまま体を合わせるようにぎゅと抱きしめられて髪に頬がすり寄った。
苦しいばかりの抱擁に、私は体をよじって、なんとか先生の肩に顔を逃して息をする。
合わさった体から感じられる鼓動は速い。
背中に回した手で、どうしたのかと思いながら子供をあやすようにたたきながら見ると、先生は、震えるため息をついてじっと黙ったままでいた。




