信仰の友
「……嬢ちゃん……」
虫の息の声が、聞こえた。
ユリアさんが、きっと顔を上げて手に持っていた杖で、先生の傍らに倒れ伏した男を打った。
「お前がこんなことをしなければ!」
「……」
ぶたれた男はユリアさんの手を甘んじて受けて、そして、ユリアさんが疲れた頃合いを見て、また、口を開いた。
「嬢ちゃんは、こいつの持つ、エリクシルを飲んだんだろ」
あおむけで、必死に息をする男は、目だけを私に向けた。
「まだ、嬢ちゃんの血に、エリクシルが溶けてるはずだぞ」
その言葉に、私は男をじっと見ていた。
「お前らは敵だ。だが、そいつは敵じゃない。……仲間だ」
目を細めて、切なそうに言う彼に、先生を刺したのは故意であっても本意ではないのだと、わかった。
「なぜそれを?」
ユリアさんの厳しい詰問の声に、男はユリアさんに目を向けて肩をすくめた。
「その子は首を掻き切られて殺されたはずだ。そう報告を受けた。……でも現実では生きている。近くに、ヴィンセントがいた。そこから考えて、エリクシルを使ったとしか考えられないじゃないか」
「あんたら一人一人持っているの? エリクシルは」
「いいや。……持っているのは、神殿に認められた人間しか持ってない」
俺には持たせてくれなかったよ、と自嘲気味に呟く男に、ユリアさんは立ち上がり、頭を蹴り上げた。
「当たり前だ。あんたみたいなのに渡すぐらいなら、私欲でほしがる王妃様に渡した方がよっぽどましだ」
そういって、ユリアさんは、私をじっと見た。
「いった意味わかる?」
「……私の血が、エリクシルと同じ役目を果たすかもしれない、んですよね」
「そうよ。……これ、私のアセイミ。ちょうど水の属性よ」
青い石のついた銀色のナイフを受け取って、私は掌を斬りつけた。これぐらいすぐ治る傷だ。
先生の唇を開かせようとしても、開かない。
唇に血が滴り落ちて、伝い、そして、首筋に垂れて鎖骨のくぼみに落ちる。中に着ていたシャツが赤く染まっていく。
「……っ」
思わず、自分の血を口に含んで、先生の冷たいそれに合わせて舌で唇を割って中に注ぎ込む。
そして、もう一度血を、口いっぱいに含んでから、ナイフを一息にぬいて血を流す手で押さえて、先生に、私の血を含ませる。
掌には弱弱しい鼓動が感じられる。まだ、先生は死んでいないのだ。
口の中に入ってくる血を、先生は、息を詰まらせながら飲み込んでいく。これを拒まれたらどうしようかと思ったのだ。
「……私のいないうちにこの子に手を出したら、あたしがお前を殺してやる」
そういって、ユリアさんは助けを求めて街の方向に駆けていった。
「先生……!」
掌に感じる傷口は、心なしか小さくなっているように感じられた。
「癒えていっているか?」
男は、死にそうになりながらも、そう先生を心配しているように見える。
「どうして……」
先生の今にも途切れてしまいそうな息遣いを感じながら、私は、男を見ていた。男は、私を見て、目を険しくしながらも、先生を見て目を閉じた。
「好きで刺したわけじゃない」
「じゃあどうして!」
「……」
男は何も言わずに重くため息をついた。
「俺の目的の前に、こいつが立ちはだかったから。だな」
律儀にも言葉が見つかったようにそういった男を、私はにらみつけていた。
「じゃあっ」
「……ここまでやられちゃ、俺も死ぬさ。死ぬなら、友を道連れなんて、したくねえしさ」
友人を、目的のために刺すことがまずわからない。傷ついた先生を抱きしめながらそういうと、男は私を見て、目を細めた。
「化け物風情が、何を言ってるんだか」
「……化け物かもしれないけど、それぐらいの気持ちはあるんです!」
誰かを大切に思ったり、大切に思われたり、人のために怒ったり、泣いたり。
「私はあなたを死なせてやらない」
先生をそっと横たわらせて、怪我で動けないでいる男の上にふさがりかけた傷をもう一度ナイフで切って、そして、掌からぽたぽたと血を落とした。
「汚え血よこすんじゃねえっ!」
「私はあなたを死なせてやらない。先生は、私を怒るかもしれない。ショウさんも私を怒るかもしれない。兄さんは、死ななかったあなたを切り裂くかもしれない。ユリアさんは……」
「何が言いたい」
「私のやることはしょせん偽善でしかないってわかっているって言いたいだけよ」
そういって男の口に一口でも私の血が入ってそれを飲んでしまったのを見て、私は先生に寄り添った。




