優しい子
その声が、やけに、はっきりと聞こえた。
その胸に、黒い柄のナイフ。
だがしかし、その手に握られている剣からは大量の血が滴り落ちている。
先生の傍らには、刃を避けようと体をひねった状態で固まったかのように動かない男がいた。
そして、崩れ、倒れ、ほどなくして、先生の体も崩れ落ちうつぶせに倒れ伏す。
「先生!」
「ヴィンツ!」
障壁を解くと、ほとんど同時に砂煙も消えた。
駆け寄って、血でぐっしょりと湿った服を掴んで必死に仰向かせると、血の気を失った顔で、ぐったりと伏せていた。
「……まだ大丈夫」
ユリアさんが、先生にできる限りの治癒魔法をかけている。胸のナイフはゆっくりと引き抜いている。
「先生! 先生っ!」
ほとんど混乱している状態で私は先生を呼んでいた。
頭を抱いて頬をたたくようにすると、かすかに先生の青ざめた瞼が動いた。
「先生!」
「フィーネ……?」
震える目で、私を見て、そして、少しだけ表情を緩ませた。
「ダメ、目、開けてて!」
「……もう、……無理だよ。はは、こう、終わるなんてなあ」
あきらめきった苦笑気味の声に私は首を振った。ぼろぼろと涙があふれてくる。
「せんせ、だめ。だめ!」
「フィーネ」
吐息交じりの低い声に、ぞくりとした。
そこにある、確かな死の予感。
――嫌な匂い。
「依頼は、完遂、できたぞ。もう、聖騎士が動くことも、結成されることも、ないだろう」
息を吸うのにも一苦労、と言いたげに肩で深く息を吸って、そう一字一句区切るように言った先生は、目を細める。
「優しい子だな。お前は」
そういって、すり切れたへたくそな巻き方をした包帯に覆われた掌で私の頬を拭ってくれた。その指先も冷たい。
「……っ!」
ユリアさんが、何かに気づいたように目を見開いて、そして、きゅと、こぶしを握る。
「毒入りだよ。こいつの刃は」
あきらめろ、と言いたげなその言葉に、ユリアさんが目を見開いて、先生を見た。
「私はあんたを救えないの?」
「そうだな。恩返しなんて、俺にしてはどうでもいいことなのにな。……恩を返したいと思うなら、一思いに殺してくれよ」
「あんたのばかみたいな自殺に付き合いたくない!」
叫ぶようなユリアさんの声に、仕方ないな、と言いたげに苦笑をした先生は、私に目を向けて、そして目を細めた。
「少しの間、だったが、君に逢えて、うれしかったよ」
「そんなこと言わないで! だめ、先生!」
揺すると痛み走ったように眉を寄せ、そして、そのまま、ぐったりと力が、抜けた。
「ちょっと! ヴィンツ!」
焦ったようなユリアさんが、先生の胸にすがる。
私は先生を抱き起したまま、ぐったりと、動かなくなった先生を見ていた。
「いや……。せんせい……!」
ぎゅと抱きしめて、ゆすりあげる。
まだ、息はある。
でも、それはかすかであり、途切れがちになっている。
「ダメ、嫌だ……」
私には癒すすべなんてなくて、私はそういうしか、できなかった。ユリアさんは、どんどんと先生の胸をたたいている。




