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人狼のフィーネ  作者: 真川紅美
4章
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かつての友。

「ヴィンセント。情けは無用です」


 鋭い声に、先生の背中が震えた。


 振り返れば、ショウさんが、血だまりの中、壁に体を預けるように座り、ユリアさんと兄さんの手を借りて、自分の傷を処置していた。


「老師」

「見抜けなかった私の責任でもあります。これ以上、罪を重ねないように……」


 言わなかった、言えなかったのだろうその言葉に、先生は、かすかに笑って肩をすくめた。


「そしたら、あんたは俺を殺してくれるか?」


 静かに呟いた先生に、ぞっとした。


「先生!」

「何も言うなよ。……忘れていたものを思い出させてくれた。それだけで、もう十分だ。……でも、俺にはもう遅い」


 先生の肩にナイフが掠めて血が飛び散る。先生の刃が男の脇腹を掠める。返す手をはじいて飛び退る。


「復讐の刃をふるってしまった俺たちには、もう日の光なんて、身を焼く炎なんだよ」


 そういって、向かってきた男をよけて、剣を手に飛び出した。


「いけない! 追って!」


 ショウさんの鋭い声に、狼の形だったことを思い出して私は飛び出した。


 隣にユリアさん。


 背中に乗せて、飛び出した先生と男を追う。


 人目につかないように屋根を飛び乗り飛び移り、移動しているのはさすがというべきだろうか。


「どこに?」

「……わからない。でも、ずっと先に川がある」


 かすかに漂う水のにおいにそういって、ユリアさんはそっと小さくため息をつく。


「わかったわ。たぶん、レヴーナ川のほとり」

「なんで?」

「……あの人たちの因縁の土地よ」


 そういったユリアさんはそれきり黙り込んだ。


 人を避けて裏通りの行き、途中で先生たちを見失ってしまった。


 けれど、ユリアさんの案内で走ると、言っていた通り、町はずれのレヴーナ川のほとりで剣を突きつけ合う男と先生がいた。


「来たのか」

「なぜ……」

「あなたが死ぬ気だというのを、ショウが危惧しているからよ」


 ユリアさんを下して、私はようやく人の形に戻った。


「先生っ!」

「……」


 先生は、私をちらりと見て、眉根を寄せて、何も言わずに男を見据えた。


「お前を殺したら、あの子を狩る」

「ならば、俺はお前を狩らなければならない」


 そういって、先生は、息を整えて剣を下段に構えた。薄曇りの緩い日差しの中、湿った水の空気が重怠く、陰鬱に絡みつく。


「どうしても、譲ってはくれないんだな」

「当たり前だ。お前は、正しいものと、そうではないものの区別がもはやできていない。神のためといいながら、神が愛する民をも殺す殺戮者になりはてた。だから、俺はお前を。神のために返した剣をとって」


 それ以上何も言わず、先生はにじり寄る。じゃ、っと河原の石がすられる音が聞こえた。


 そして、先生を中心に強い風が吹き始める。


「フィーネちゃん、こっちよって」


 ユリアさんがとっさに障壁を築いて、飛ばされてきた小石から守ってくれた。


 砂煙の向こうに先生が、男が、先ほどより激しく剣戟を繰り返している。


 斬っては引いて、退いて、飛びかかり、そして、血が風に飛ばされて障壁にへばりつく。


「これは?」

「魔風よ。魔力の爆発的な生成によって生じる衝撃波のようなもの。相手を威圧するのと同時に、こういう場所では足場の確保のために、魔力で吹っ飛ばして、なおかつ、足を浮かせて歩くのよ」


 こんな風吹かせられる人がいたなんて、とユリアさんがあきれ交じりに先生を見ている。私は、ただ、先生を見ているしかいない。

「なぜ、お前は、あれらの味方をするんだ!」

「平和に生きている混血児たちは、民と変わらん。狂気に支配されて、罪を犯した妖魔混血以外を狩りあげて、悦に浸るお前のほうがよほど害悪だ!」


 先生がそういう声が聞こえる。


「だが、二度も友を手にかけることになった俺のほうが、地獄にふさわしいな」


 そして、砂煙の中、先生のそんな声が聞こえたと思ったら、振りぬいた状態で、先生が動きを止めた。




「――――さよなら。かつての友よ」





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