かつての友。
「ヴィンセント。情けは無用です」
鋭い声に、先生の背中が震えた。
振り返れば、ショウさんが、血だまりの中、壁に体を預けるように座り、ユリアさんと兄さんの手を借りて、自分の傷を処置していた。
「老師」
「見抜けなかった私の責任でもあります。これ以上、罪を重ねないように……」
言わなかった、言えなかったのだろうその言葉に、先生は、かすかに笑って肩をすくめた。
「そしたら、あんたは俺を殺してくれるか?」
静かに呟いた先生に、ぞっとした。
「先生!」
「何も言うなよ。……忘れていたものを思い出させてくれた。それだけで、もう十分だ。……でも、俺にはもう遅い」
先生の肩にナイフが掠めて血が飛び散る。先生の刃が男の脇腹を掠める。返す手をはじいて飛び退る。
「復讐の刃をふるってしまった俺たちには、もう日の光なんて、身を焼く炎なんだよ」
そういって、向かってきた男をよけて、剣を手に飛び出した。
「いけない! 追って!」
ショウさんの鋭い声に、狼の形だったことを思い出して私は飛び出した。
隣にユリアさん。
背中に乗せて、飛び出した先生と男を追う。
人目につかないように屋根を飛び乗り飛び移り、移動しているのはさすがというべきだろうか。
「どこに?」
「……わからない。でも、ずっと先に川がある」
かすかに漂う水のにおいにそういって、ユリアさんはそっと小さくため息をつく。
「わかったわ。たぶん、レヴーナ川のほとり」
「なんで?」
「……あの人たちの因縁の土地よ」
そういったユリアさんはそれきり黙り込んだ。
人を避けて裏通りの行き、途中で先生たちを見失ってしまった。
けれど、ユリアさんの案内で走ると、言っていた通り、町はずれのレヴーナ川のほとりで剣を突きつけ合う男と先生がいた。
「来たのか」
「なぜ……」
「あなたが死ぬ気だというのを、ショウが危惧しているからよ」
ユリアさんを下して、私はようやく人の形に戻った。
「先生っ!」
「……」
先生は、私をちらりと見て、眉根を寄せて、何も言わずに男を見据えた。
「お前を殺したら、あの子を狩る」
「ならば、俺はお前を狩らなければならない」
そういって、先生は、息を整えて剣を下段に構えた。薄曇りの緩い日差しの中、湿った水の空気が重怠く、陰鬱に絡みつく。
「どうしても、譲ってはくれないんだな」
「当たり前だ。お前は、正しいものと、そうではないものの区別がもはやできていない。神のためといいながら、神が愛する民をも殺す殺戮者になりはてた。だから、俺はお前を。神のために返した剣をとって」
それ以上何も言わず、先生はにじり寄る。じゃ、っと河原の石がすられる音が聞こえた。
そして、先生を中心に強い風が吹き始める。
「フィーネちゃん、こっちよって」
ユリアさんがとっさに障壁を築いて、飛ばされてきた小石から守ってくれた。
砂煙の向こうに先生が、男が、先ほどより激しく剣戟を繰り返している。
斬っては引いて、退いて、飛びかかり、そして、血が風に飛ばされて障壁にへばりつく。
「これは?」
「魔風よ。魔力の爆発的な生成によって生じる衝撃波のようなもの。相手を威圧するのと同時に、こういう場所では足場の確保のために、魔力で吹っ飛ばして、なおかつ、足を浮かせて歩くのよ」
こんな風吹かせられる人がいたなんて、とユリアさんがあきれ交じりに先生を見ている。私は、ただ、先生を見ているしかいない。
「なぜ、お前は、あれらの味方をするんだ!」
「平和に生きている混血児たちは、民と変わらん。狂気に支配されて、罪を犯した妖魔混血以外を狩りあげて、悦に浸るお前のほうがよほど害悪だ!」
先生がそういう声が聞こえる。
「だが、二度も友を手にかけることになった俺のほうが、地獄にふさわしいな」
そして、砂煙の中、先生のそんな声が聞こえたと思ったら、振りぬいた状態で、先生が動きを止めた。
「――――さよなら。かつての友よ」




