首謀者
「まったく」
不意に聞こえたのは、あきれた声。
がつん、と痛そうな音に目を向け、見えたのは、茶色いなめし皮に包まれた大きな鞘。ふわりと、いいにおいに抱き上げられて足が空を掻く。
その隙に鞘が空を薙ぎ、暗器を吹っ飛ばして、暗器を手にしていた男の頭をかち割る。
「あまり突っ込むんじゃないよ。ばかか?」
首根っこを掴まれてゆっくりとおろされる。兄さんが駆け寄ってくる足音を聞きながら、深く暗い臙脂色の神官服に身を包んだ先生が、そこに立っているのを見ていた。
「先生……!」
「ショウがあっちでやっている、……いや、意外に持たなかったようだ」
静かに呟いた先生が振り返った先には、先生と同じ臙脂色の神官服に身を包んださっきの男の人が、血の付いたナイフをふるっていた。
「殺したか?」
「とりあえず、とどめは刺しておいたが、あの食えない若老師だ。すぐに体が消えたから、もしかしたらな」
「まあ、だてに、君たち狂犬のコントロールを任せられている、老師を語っているわけじゃありませんからね」
ケロッとした顔をして、医院の奥から出てきたショウさんから、強い血のにおいがした。
「そうみたいだ」
そういって鼻で笑った男の人は、私と兄さんを見て目を細めた。その瞳にある侮蔑と恨みのこもった色にあとじさる。
「大丈夫だ。フィーネ」
言い聞かせるような、優しい先生の声。
初めて名を呼ばれたような気がすると顔を上げると、先生は鞘から剣を抜いて放り捨てた。からからと、軽い音が聞こえた。
「凶器となりはてたバカどもに、お前らを殺させはしないよ」
下がっていろ、と、言った先生に、死ぬ気だと、感じた私は引き留めようとする。でも、ユリアさんにさらわれた。
「首突っ込んだら、すぐに死ぬわ。おとなしくしておきなさい」
そう、ユリアさんが言って私の首根っこを掴んで緊張に震えた声で言う。
「まさか、お前に刃を向けることになるとはな」
「お前が愚かな真似をするからだ」
「愚かな真似、と?」
「ああ。信念すら忘れて凶行に走るお前は、もはや、聖騎士とは言えん。抜けた俺が言うのもなんだろうがな」
「お前こそ、聖騎士を信念を忘れて抜けたくせに!」
「信念は忘れていないさ。ただ、復讐に使ってしまった刃は、もはや、聖騎士にふさわしくない。そう判断しただけだ」
「何が悪い!」
「ああ、悪いさ」
剣を男の人に向けて、低く静かな声に呟いた先生はゆらりと動いた。
そして、それがきっかけになったように二人は同時にとびかかり、刃をふるい始めた。
「俺もお前も、あいつらを滅ぼしたとき、復讐の刃を扱った時に死ねばよかったんだ」
男の剣戟を巧みにかわし、浅く切り刻んでいく先生は不意にそうつぶやいた。
「ふざけるな! なぜ、……なぜ、お前はそこの混血児の味方になっているんだ!」
「……彼女らも、守るべき存在だからだよ。団長」
静かな声に、一度、剣戟が収まる。
「なぜだ! 混血児も妖魔も俺たちの敵だ。そうだろうが!」
「俺たちや、平和に暮らすこの国の民たちを脅かす者どもが、俺の敵だ」
ゆるぎない声に、男は、肩で息をしながら先生に詰め寄る。危ない、と思ったが、それよりも先に先生がナイフを持っていた手を抑えた。
「今一度言う。目を覚ませ。俺も、かつての友を二度も手にかけるのは避けたい」
「それはこちらのセリフだ! 死神ともあろうものが、ほだされたか!」
「……」
深いため息。先生が吐いたのだ。
「お前の狂気を見抜けずに、聖騎士団を任せた俺が間違いだった。そういう、ことだね」
悲しそうなつぶやきに、私は、先生をじっと見た。空気の質感が変わった。
「お前は、殺しを覚えた混血妖魔を狩るだけではなく、無抵抗、罪もない混血、妖魔、そして、人間をも手にかけた。今一度、神の御剣を手に取りて、狂気に冒された信仰の友を神が御許に還そう」
やがて、厳かな声でそう告げた先生は、男に刃を突きつけた。
「汝、穢れし存在の守護悪魔へと堕ちぬ。その罪ゆえに、我が刃によって屠られ、地獄の業火に焼かれよ」
男が緊張した声でそういってナイフを先生に突き付ける。
そして、どちらともなく動き出した。
金属のかち合う音と火花。直線的な動きを繰り返す男を、なめらかな動きでいなして今度こそ、切り刻んでいく。




