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人狼のフィーネ  作者: 真川紅美
4章
31/42

首謀者

「まったく」


 不意に聞こえたのは、あきれた声。


 がつん、と痛そうな音に目を向け、見えたのは、茶色いなめし皮に包まれた大きな鞘。ふわりと、いいにおいに抱き上げられて足が空を掻く。


 その隙に鞘が空を薙ぎ、暗器を吹っ飛ばして、暗器を手にしていた男の頭をかち割る。


「あまり突っ込むんじゃないよ。ばかか?」


 首根っこを掴まれてゆっくりとおろされる。兄さんが駆け寄ってくる足音を聞きながら、深く暗い臙脂色の神官服に身を包んだ先生が、そこに立っているのを見ていた。


「先生……!」

「ショウがあっちでやっている、……いや、意外に持たなかったようだ」


 静かに呟いた先生が振り返った先には、先生と同じ臙脂色の神官服に身を包んださっきの男の人が、血の付いたナイフをふるっていた。


「殺したか?」

「とりあえず、とどめは刺しておいたが、あの食えない若老師だ。すぐに体が消えたから、もしかしたらな」

「まあ、だてに、君たち狂犬のコントロールを任せられている、老師を語っているわけじゃありませんからね」


 ケロッとした顔をして、医院の奥から出てきたショウさんから、強い血のにおいがした。


「そうみたいだ」


 そういって鼻で笑った男の人は、私と兄さんを見て目を細めた。その瞳にある侮蔑と恨みのこもった色にあとじさる。


「大丈夫だ。フィーネ」


 言い聞かせるような、優しい先生の声。


 初めて名を呼ばれたような気がすると顔を上げると、先生は鞘から剣を抜いて放り捨てた。からからと、軽い音が聞こえた。


「凶器となりはてたバカどもに、お前らを殺させはしないよ」


 下がっていろ、と、言った先生に、死ぬ気だと、感じた私は引き留めようとする。でも、ユリアさんにさらわれた。


「首突っ込んだら、すぐに死ぬわ。おとなしくしておきなさい」


 そう、ユリアさんが言って私の首根っこを掴んで緊張に震えた声で言う。


「まさか、お前に刃を向けることになるとはな」

「お前が愚かな真似をするからだ」

「愚かな真似、と?」

「ああ。信念すら忘れて凶行に走るお前は、もはや、聖騎士とは言えん。抜けた俺が言うのもなんだろうがな」

「お前こそ、聖騎士を信念を忘れて抜けたくせに!」

「信念は忘れていないさ。ただ、復讐に使ってしまった刃は、もはや、聖騎士にふさわしくない。そう判断しただけだ」

「何が悪い!」

「ああ、悪いさ」


 剣を男の人に向けて、低く静かな声に呟いた先生はゆらりと動いた。


 そして、それがきっかけになったように二人は同時にとびかかり、刃をふるい始めた。


「俺もお前も、あいつらを滅ぼしたとき、復讐の刃を扱った時に死ねばよかったんだ」


 男の剣戟を巧みにかわし、浅く切り刻んでいく先生は不意にそうつぶやいた。


「ふざけるな! なぜ、……なぜ、お前はそこの混血児の味方になっているんだ!」

「……彼女らも、守るべき存在だからだよ。団長」


 静かな声に、一度、剣戟が収まる。


「なぜだ! 混血児も妖魔も俺たちの敵だ。そうだろうが!」

「俺たちや、平和に暮らすこの国の民たちを脅かす者どもが、俺の敵だ」


 ゆるぎない声に、男は、肩で息をしながら先生に詰め寄る。危ない、と思ったが、それよりも先に先生がナイフを持っていた手を抑えた。


「今一度言う。目を覚ませ。俺も、かつての友を二度も手にかけるのは避けたい」

「それはこちらのセリフだ! 死神ともあろうものが、ほだされたか!」

「……」


 深いため息。先生が吐いたのだ。


「お前の狂気を見抜けずに、聖騎士団を任せた俺が間違いだった。そういう、ことだね」


 悲しそうなつぶやきに、私は、先生をじっと見た。空気の質感が変わった。


「お前は、殺しを覚えた混血妖魔を狩るだけではなく、無抵抗、罪もない混血、妖魔、そして、人間をも手にかけた。今一度、神の御剣を手に取りて、狂気に冒された信仰の友を神が御許に還そう」


 やがて、厳かな声でそう告げた先生は、男に刃を突きつけた。


「汝、穢れし存在の守護悪魔へと堕ちぬ。その罪ゆえに、我が刃によって屠られ、地獄の業火に焼かれよ」


 男が緊張した声でそういってナイフを先生に突き付ける。


 そして、どちらともなく動き出した。


 金属のかち合う音と火花。直線的な動きを繰り返す男を、なめらかな動きでいなして今度こそ、切り刻んでいく。

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