時間稼ぎ
いつの間に眠ってしまったのか。
はっと起きると、先生の姿はもうなく、ベッドにおかれていた、先生のハンカチと、黒い柄のナイフがそれが夢じゃないと、物語っていた――。
翌日、朝ごはんを手に、こちらに来たショウさんに、それを話すと唖然としていた。
「あいつが?」
「はい」
黒い柄のナイフとハンカチを渡すと、震える手でハンカチをとって瞼を閉じた。
「……あれが絡んでいるんですね」
かみしめるようにそういったショウさんに首を傾げてみると、ショウさんは、唇をかんで目を閉じた。
「なおさら、あなたを外には出せなくなりました。絶対、外に出ないで、ここに潜んでいてください」
そんなショウさんの声に私は、うなずいてショウさんの手にあるハンカチを見た。
「それは、女性のものですよね?」
「……ええ。あまり、私の口からは、人の過去ですので話したくはないのですが、死んだ女の人の知り合いのものです」
「死んだ?」
「ええ。……妖魔、混血児、人が入り混じった、とある組織に……残忍なやり方で殺された方です」
「……」
「我々、聖騎士団の牽制として、ね」
それは、よく、やられる手口だった。
私たちのようなスラムにいる人たちは、裏の後ろ暗い組織に所属して、養ってもらっていることもある。
その抗争で、よく、生首が枝でブランコしていたり、木に張り付けられていたりと、死んでもなお、辱める必要あるのかねえと思ってしまうことがよくやられている。
「その人は、もしかして?」
「……いえ、あいつだけじゃない。あのころの聖騎士団全員に、愛されて、大切にされていた聖女でした」
懐かしそうに目を細めてつぶやいたショウさんに、私は、ふと、寝室にあった写真を思い出した。
「そんな人を殺された我らは、当然、報復に動きました。……国に秘匿された、血みどろの抗戦です」
「……懐かしい話をしてくれるな? 老師」
先生とは違う、どこか楽しそうな男の人の声。布で遮られていたものが、ぱっと開かれたようにお香の香りがむせかえるように広がった。
「……フィーネさん。私の後ろに」
静かで、緊張した声音に従って、ショウさんの後ろに入ると、するりと私の手から黒い柄のナイフが抜かれてショウさんが構えた。
「老師。俺に勝てると?」
「彼女が逃げて、あいつが来るまでの時間は稼げると自負しておりますよ」
ショウさんの言葉に、思わず袖を引っ張ると、いきなさい、と、戦う男の人の顔になっていた。
「まったく、とんでもないものを起こしてくれたな? 紅の死神を目覚めさせるなんて、とんだ食わせ物だ」
「悪いですが、私が起こしたのではなく、あなた方の行いにあきれた彼が、自主的に刃をとったのですよ」
緊張感の漂う声に、私はショウさんのそでを離してあとじさる。
ここにいてはダメだ。
うなずいて、私は、狼の形に変わって玄関からではなく、窓から飛び出した。そして、ショウさんの医院に入ると、ぼろぼろのユリアさんが座り込んでいた。
「ユリアさん!」
「逃げなさい、フィーネ!」
鋭い声に振り返るとナイフをふるう黒い影。ぶわっと、何かを感じた。
はじかれるように前へ飛んでナイフをよけて、その先にいたらしい黒い影が私をけりあげようとする。
体をひねって振り上げた足の隙間に入りこんで、壁にぶち当たる前にもう一度体をひねる。そして、壁を足で蹴って、私をけりあげようとした男にとびかかって首へかみついた。
ぶつ、と首のやわらかいところに牙が突き刺さる。むせかえるような血のにおいに、くしゃみが出そうになったけれど、それどころじゃない。
もう一度ナイフを突き立てようとした男を見て、首から牙を抜いて正対する。そして、体をひねってナイフをよけて腹に体当たりをかます。
「フィーネ!」
兄さんの鋭い声。はっと向くと、ナイフではない暗器が迫っていた。しくじった。人がもう一人いたのだ。




