状況の確認。
「人狼の子ですか?」
穏やかな声が、遠くで聞こえた。
「ばかがよこした」
「何していじめたんです? 人狼って強い子ばっかなのに。こんなかわいそうに涙まで浮かべてひっくり返って……」
細い指が目じりを拭ってくれる。指先が少しだけ固い。
「何を人聞きの悪い。俺は触ったものについているモノを親切に教えてやっただけだぞ?」
「それを他人は、いじわるって言うんですよ? まったく……」
「とにかく、こいつ、引き取ってくれ」
「……君ね」
男の声が二人聞こえた。なんだか埃っぽい。思わずくしゃみをすると、片方を責めていたと思われる、穏やかな声をした男が笑ったようだった。
「扉開けますね」
そういって、彼が動いたのがわかるほど埃が揺蕩っている。またくしゃみ。今度は二つ。私と誰か。
「酒でも買ってきたらどうです?」
「金ない」
即答する男に、苛立ったようにため息をついて、穏やかな声のほうの男が息を整えた。
「お、おい、待て……っ!」
「風待つ恋人、風の御子。足に絡め、飛び立ち、疾く消えろ」
聞きなれない言葉の詠唱に、酒臭い男の気配はあっという間に消えた。
「さて、ここを人の住める屋敷にしましょうねえ」
鼻歌交じりに、片付けるにしては破壊的な音を響かせて、埃っぽさが消えた空気に私は安心して意識を落とした。
そして、目を覚ましたのは、夜半過ぎ。
黒い髪の毛をすっきりと切りそろえ、白衣を着た彫りの浅い顔立ちをした、三十代前半ぐらいの見覚えのない男が隣にいた。目じりには笑いじわがあるけれど、どこか冷たい空気をまとっている。
「ここは?」
「君が訪ねた探偵もどきの男の家の中です。あのバカが君をいじめたと連絡をくれたので、私がとりあえず、君を、あの男のベッドに運んで治療しました」
「治療?」
一応医者ですから、と穏やかに微笑む彼の目は笑っていない。どこか、ヒヤッとしながらも、危害を加えることはないだろうと、緊張を解く。
「まず、打撲傷に、擦過傷、それと、刺創も脇腹にありましたね? その治療を施しました。もともと丈夫でしょうが、極め付けに汚物を見せつけられて血の気が下がって倒れてしまったのでしょう」
「……」
思い出してしまって気分が悪くなっていると、すかさず香りづけられた水を手渡されて飲む。
「おまわりに、それ、いいましたか?」
からのコップを受け取った彼は、すっと暗い色の目を細めた。どこの国の人だろうか、明るい髪色と瞳の色が多い、この国では珍しい、夜闇色の瞳に、私は吸い込まれるように目を見ていた。
「いえ……。言っても無駄ですし」
「お兄さんが、いなくなったということでいいんですね?」
「はい」
どこまで話が行っているのかわからずに、あいまいにうなずくと、彼は、こほんと咳をして振り返った。
「彼の推測です。最近の混血児失踪事件に絡んだ以来だろうと。けがについては、初対面で見抜いたそうです。彼にはまったく話は行っていない。私は、彼と少し話した程度ですから、君のことなんてさっぱりわかりませんし、あなたも私についてはさっぱりわからないでしょう」
「ええ」
「ご紹介が遅れました。私は、あのバカのコントローラーといわれていますが、ただの貧乏くじをひかされているだけといいたい、近所の医者の、ショウ。あれ、ヴィンとは腐れ縁になります」
「あ、初めまして。フィーネといいます」
「フィーネさんというんですね。んで? あのバカに、どのような用で?」
「……えっと?」
どういうことだろうかと首を傾げると、ショウさんは目元を緩ませて肩をすくめた。
「あれには私から話しておきます。あまり、他人と関わりたくない性分ですから。まあ、あそこまでおちょくられたらそうとは思えないでしょうが……」
「ええ」
「……照れ隠しと本人は言っていますが、必要のない人間と関わらないための彼なりの方策なんです」
「……?」