今回の黒幕。
そして、あくる日も、その次の日も、先生は姿を現さなかった。
「まったく……」
私も回復して、そのままショウさんの家に入り浸るのもどうかと思って、先生の家に戻っていた。
「……」
がらんとした部屋と空気。ここに先生がいた気配はない。
ふと、少し空いたままの倉庫として使われていた一室、掃除していない部屋が開いていることに気づいて、中に入ってみた。
「……あ」
あの時におかれていた神像はそのままで、それにかけられていたロザリオと、近くに立てかけられていた大剣はなくなっていた。うっすら積もった埃が、それらの痕を残している。
「……」
床を見れば、床に膝をついたような跡があった。
「……」
「祈ったみたいですね」
静かな声に驚いて、振り返ると目を冷ややかにしたショウさんがそこにいた。
「祈った?」
「……あれは、もともと神官です。……訳あって、今は休職中ですがね」
「じゃあ、先生は……?」
「……もともと君たちを迫害するところにいました。でも、違うと、君はわかりますよね?」
そういったショウさんに私はうなずいて慈愛深い顔をして両手を広げている神像を見やる。
「この像は、偶像なんですか?」
「……今の世の中を顧みるのであれば、そうとしか言いようがありませんね」
静かな声に、私は部屋を出て、埃がうっすらとかぶったおうちを見て回った。
「……まったく帰っていないようですね。あいつは……」
「そう、ですね。においも全然」
「どれぐらい追跡できますか?」
「……そう、ですね。家ならば、一週間ほど。でも、私がやられたときぐらいからまったくこっちに来てない感じがします」
「やはり、そうですか」
ショウさんは静かに目を閉じて、うつむいた。
「ショウさん?」
「……いえ。何でもありません。ユリアの話では、魔力は時々感じられるという話です。まだ無事でしょう」
「……先生は、兄さんみたいになってないですよね?」
嫌な想像だった。先生は、私たちみたいな混血児じゃないから大丈夫だとは思っていても、その想像はぬぐえなかった。
「ええ。あいつは強いですから大丈夫です」
「強い?」
「ええ。あいつが怪我をしたとき、少しは見えたと思いますが?」
「……ナイフを、黒い柄のナイフをふるっていました」
「ええ。あいつは、ナイフもうまい。……剣をたしなんでいる人でしてね。おそらく、お兄さんよりはずっと強い。全盛期であれば、人狼も誘拐という手を使わずに始末もできましたよ」
そんな言葉にショウさんに私は見上げていた。
「兄さんのことは、神殿の人が、やったことなんですか?」
その問いに、ショウさんはあっさりとうなずいた。
「ええ。私とヴィンの見立てではそうです。手口もよく似ていますのでね」
私からの言葉で、もう早い段階で、先生たちは誰が犯人かというのはわかっていたのだという。でも、監禁場所がたくさんあり、そして、そこは厳重に隠されているから、探す手立てはなかったと、結果的に兄さんが自力で逃げ出したから、助けられたとも、ショウさんは言っていた。
「……」
「国とほとんどつながっている神殿が、そのようなことをしていることが、そんなにショックですか?」
首を傾げるショウさんに、私は目を閉じてため息をついた。
「いいえ。よく考えれば、そうですよね」
この国で信じられている神様は、異教徒や、私のような混血児、妖魔の存在を認めていない。神殿側が私たちの排除に動いていてもおかしくはない。ただ。
「武器をとって、神官が」
彼らは、私たちを目の敵にするぐらいだと思っていた。実際、神殿に近づくだけで、塩をまかれたり、突き飛ばされたり、いろいろ嫌がらせを受けたものの、近寄らなければいいものとして、私たちは対処していた。
「まあ、そこらの神官には秘匿された、特別な神官というべきでしょうか。一握りの神官が、王城の神殿に所属して、普段は王族の相手をしていますが、夜は、いうことを聞かない悪い子たちのお仕置きをしています」
「……いうことを聞かない悪い子たち、とは、立ち退かない私たちですか?」
「いえ。幾度となく傷害、殺害、など、民の生活を脅かすバカども、人を含む、のお世話です。決して、スラムにいて、貧しいながらも平和に暮らす君たちを害することは、禁じられているはずです」
「じゃあなんでっ!」
「……わかりません」
食って掛かった私にショウさんは静かに呟いた。下から見上げるその黒い目は、怒りに燃えていて、はじめてのその表情に、私は言葉を失った。




