先生への疑い
「エリクシルっていう薬の価値を知らないみたいね」
「当たり前だ。どれだけ高いもんだとも想像つかねえよ」
「まず、市場に売り出せば、間違いなく国家予算レベルの値がつく」
「……」
「そして、今、王族の、いや、王妃様が喉から手が出るほどほしがっている代物よ」
「え?」
間抜けな声を上げたのは私。ユリアさんは睨むように兄さんを見ている。
「王子殿下が、体が弱いことはいくら何でも知っているでしょう?」
「ああ。だから、王位継承も危ぶまれていると」
「それを治すために、エリクシルは使われるのだけれども、……どこを探しても見つからないの。……献上すれば、死ぬまで贅沢して過ごせるぐらいの報奨金がついているものよ? それを、敵のために使うなんて、あなたならする?」
冷ややかな声とその意味に、兄さんは表情をこわばらせた。
「ばかなことは言わないで。あの人は、あなたの妹さんに、それだけの価値があると判断したから、エリクシルを使って、助けた。敵で、後々殺すようなものだったら、そんな無駄なことをするような酔狂なやつではないわ。ヴィンセントは」
そういった、ユリアさんは、一瞬高ぶった感情を落ち着かせるためか目を閉じてうつむいた。
「私が知る彼は、どこまでも冷酷で、計算高く冷静な男よ。……まさか、それが、エリクシルを女の子のために使うなんて、考えられなかった」
「でも、実際そうしましたよ」
「ええ。だから、私の彼への評価を少し、上げざるを得ないと思った」
その言葉にショウさんの表情が緩まる。私は、少し覚めたおかゆをほおばって、包帯ぐるぐる巻きのレネさんをちらりと見て、目で会話していた。
「とりあえず、あなた方の診断書は書いておきました。明日にでも、おまわりのほうに行って被害届を出しましょう。ヴィンが言ってもダメだったわけですから、……これだけの被害があれば、あれらも動かなければならなくなるでしょう」
三枚紙切れを取り出したショウさんは、三つ折りにして封筒に入れると食卓の端において深くため息をついた。その表情に疲れが見える。
「ショウ」
「なんです?」
「今日は休みなさい。自分がどういう顔をしているか、わかって?」
「……ええ。さすがに疲れは隠せませんね。まあ、一番の懸案事項が無事に目を覚ましたところですから、一度休みを入れるのもいいでしょうね」
自嘲気味な笑みを浮かべたショウさんに、ユリアさんは、そっとその頭を抱いて額に口づけた。
「ここの警戒は私がやっておくわ。おやすみなさい」
ショウさんは言葉もなくうなずいて、そして、ふらつきながら、奥へ引っ込んだ。
「これらを治療して、あなたの治療をしたショウは、寝ずにここの警戒をしていたのよ。今だって、魔術を解いていないから、仮眠という形で体を休めるでしょうが、魔力の消費は続いたまま。私が重ねて魔術をかけて、警戒に当たっても、基本的に他人のことを信用しないあの人は、そのまま、寝るんでしょうね」
寂しそうにつぶやいたユリアさんはレネさんを引き連れて、あてがわれた部屋へと帰っていった。
「……食べたら行くぞ」
「うん」
おかゆをすすって、食べきって、兄さんにお皿を任せて、私も、借りていた部屋へ戻って、ベッドにもぐりこむ。
「ねえ、兄さん」
「なんだ?」
兄さんは簡易ベッドで私の部屋で寝ている。戻ってきた兄さんは小さなベッドに横たわって深いため息をついた。
そのため息に相当苛立っているのがわかった。
「先生のこと、疑うのやめて」
そうつぶやいていた私は、寝返りを打って兄さんを見た。兄さんは私のことをじっと見つめて力を抜くようにして肩をすくめる。
「……」
「先生、たぶんそんな人じゃないから。兄さんだって、わかってるんでしょう?」
「……」
兄さんは、目を閉じて、うなずいていた。それに満足した私は枕に頭を預けて体の力を抜いていた。
「フィーネ」
「なあに?」
「あの人は、お前のつがいか?」
その言葉に、目を見開いて体を起こしていた。たしかにいいにおいはするけれど、それは、たぶんお風呂場のにおいだろう。
「いきなり何言うの!」
「……いや、なんとなく」
「なんとなくでいう言葉じゃないでしょ!」
「……そだな」
あわてた私に、ケロッとした顔をして兄さんは喉の奥で笑って、いたずらっぽく私を見る。
「済まなかった。悪く言って」
「……」
喉の奥で唸るしかない。でも、このやり取りで、私たちを取り巻く空気は少しだけ軽くなった。
それに少し胸が軽くなったのを感じながら、私は、いつの間にか眠ってしまっていた。




