先生の行方
「初めまして、この、変態の、妻の、ユリアと申します」
「へ? 妻?」
素っ頓狂な声を上げた私に、兄さんがわかるぞ、と声をかける。ユリアさんも仕方なさそうに肩をすくめている。
「……まったく、どっちなんだよって話だよな」
「まったくです」
ショウさんまでも乗ってしまって、話がずれそうになるのをこほんと咳払いで修正したレネさんの奥さんのユリアさんは、錬金術師だそうだ。兄さんや先生が飲んだらしい、あの青い薬を調合したのは彼女だということだ。
「で、先生は?」
お礼を言わなきゃと、あたりを見回しても、先生はいない。というか、気配すら、においすらない。
「……あいつは」
嫌な予感が背中を滑り落ちる。
言葉を詰まらせた兄さんを振り返って、ショウさんを見る。ショウさんも、なにかいいづらそうにしている。重たい空気に最悪の連想が沸き起こる。
「家出中です」
凛としたユリアさんの声に、一瞬、理解ができなくなった。ぽかんとしていると、ショウさんが、唖然とした顔をした。
「その言い方はないでしょう?」
「早い話がそうでしょうが。女の子刺されるの見てるしかできなかったおバカさんは、傷心で家出中。あなたが眠っていた、三日間、姿すら現していません。どこで何をしているやら。でも、魔力は所々で感じられますから、死んではいません。ご安心を」
すらすらといわれる言葉にうなずくしかできない私は、とてつもなくアホ面をさらしていたと思う。
そして、ショウさんは、仕方ないと言いたげに深くため息をついて、目を閉じた。
「家から、昔の武器と、ロザリオが持ち出されていた以外、変化はありません」
「昔の武器とロザリオ?」
「……」
それが意味することが分からない。
私は助けを求めるように兄さんを見たが、兄さんは何も言わずに、ただ、テーブルの一点を見つめているだけだ。
「帰ってくるのを待つしかありません。帰ってきて、あれを問い詰めましょう」
そう押し殺すように言ったショウさんは立ち上がって、私の顔色を見てから、キッチンに立った。
「ユリアさん」
「なあに?」
「ロザリオを持っているのは神官か、元神官だよな?」
静かな兄さんのつぶやきに、ユリアさんは、小さく形のいい指を唇に当てて何かを考え込むようにして、小さくうなずいた。
「そうね。そういうことになるわ」
「……」
兄さんは、返事をするようにうなずいて、それきりまただんまりを決め込んだ。重苦しい空気が流れる。
そして、ほどなくしておかゆを持ってきたショウさんに、兄さんは、聞いたのだった。
「なあ、ショウさん」
「なんですか?」
私は兄さんの膝の上。
いささか居心地が悪く、でも逃げられずに、素直におかゆをほおばっていると、兄さんは、鋭い目をショウさんに向けた。
「あの兄ちゃんは、味方なのか? 敵なのか?」
その根本を疑う言葉に、私は振り返っていた。
「なんてこというの、兄さん!」
「神官は俺たちの敵だ。塩やらなんやら胡椒やらまいてくるだろうが。……だが、あの兄ちゃんは、神官か、元神官だって言うんだろ? だったら、敵かどうか疑いたくなるのは当然だろう」
それに、この状況だ。といった兄さんにショウさんは深くため息をついた。
先生がいなくなった途端に襲撃を受け、そして、怪我をした私をおいて先生は雲隠れ。
「断言します。ヴィンは、あなた方の味方です」
「証拠は?」
「……妹さんを、エリクシルで助けただろう」
「たかが一回」
「いい加減にしな。痩せ狼」
冷ややかな声が響いた。
ユリアさんだった。冷たい美貌を凍らせるようにして、怒りの表情を作っている。




