襲撃
流血表現が出てきます。お気をつけて。
どれぐらいたっただろうか。
不意に、馬車が急に止まって、方向転換を始めた。
「きゃ」
振り回されて、壁に手をつこうとすると先生が私を受け止めてくれた。
そして、窓から身を乗り出して、ショウさんに文句を言おうとして、でも、すぐに引っ込んだ。
「どうしたんですか?」
「……ショウの家の方向から煙が出てる。何かあったのかもしれん」
そういって、むっつりと黙り込んだ先生に、私ははっと息をのんだ。
「ショウ、変わるか?」
「……そうですね」
先生が窓から身を乗り出して御者席に入って、代わりにショウさんが御者席から中に窓を通って入ってくる。途端、馬の走りが強く荒々しいものになる。
「何もなければ別にいいですが、何かあっても、レネは強いですからね」
ショウさんはため息をついて、嫌気がさしたように顔をゆがめてそっぽを向く。
「すいません」
「いえ。君に言っているわけではありません。言っても聞かないバカどもに言いたいです」
家に近づくにつれて、濃い血のにおいが嗅ぎ取れた。兄さんの血のにおいもあるけれど――。
「レネさんも、怪我してます。複数人けが人がいて……」
焼け焦げたにおいと、人の焼けたにおいがする。そういうと、ショウさんの表情が険しくなった。
「絶対、ここから出てはいけませんからね」
そういったショウさんの言葉には従えずに、止まった馬車を感じた途端、扉を開けていた。
「こら!」
ショウさんに腕を取られて引き込まれる。
でも、扉は開けっ放し。
目の前に見えたのは、血みどろでフライパンを構えるレネさんと、その足元に狼の形で伏した兄さんだった。
「レネ!」
先生が、どこからともなく黒い柄のナイフを取り出して、レネさんが退治していた黒い男に投げつける。
「っち、邪魔か」
そういって、男は、レネさんにやられたと思われる、顔にやけどを負った男を引きずって、一瞬で消えた。
殺気が消えた途端、レネさんの体は崩れ落ち、駆け寄った先生がそれを受け止め、支えきれずに膝を落とす。
「行きましょう」
うなずいて、私はショウさんと一緒に馬車を降りて、三人に駆け寄った。
「ロベルト、くんのほうは、眠り薬よ。……」
はあ、とつらそうに息をして、真っ青な顔をしたレネさんはフライパンを取り落して目を閉じた。からんからんと、フライパンが地面をたたく音がどこか場違いだ。
「おいレネ! 目ぇ開けろ!」
「無理。疲れた」
「疲れたじゃない。クソ、ショウ!」
「……今手当します。っつーか、唱和して手助けしろ!」
レネさんを二人掛かりでショウさんの医院に運ぶ途中、ふっと、私の後ろに、気配が立った。
「え……?」
振り返ると、ナイフを振りかぶった黒い男。顔を隠しているが口元は笑っている。
「フィーネ!」
先生の焦った声。
目の前の男の手には、黒い柄のナイフ。それが大きく振りかぶられている。
私は、よける間もなく、薙いだそのナイフの刃を受けていた。
ドレスを裂く、熱い板。首筋を切り裂かれて息ができなくなる――。
「クソ野郎!」
怒鳴る先生の声とともにとてつもない魔力と殺気が膨れ上がって、鋭い魔力が私を斬った男に刺さる。
その瞬間、男は内側からはぜるようにして血を吹き出して、原型をとどめることなく、床に、落ちた。
ばさりと体を失って床に広がった布の間から、きらりと小さな聖印が見えた。
神官――?
「フィーネ!」
後ろに倒れこみながら、殺気走る先生に受け止められて、必死に呼びかけられる。
冷たい掌が私の首を覆って、魔力が流れ込むのを感じながら、私は、私は歪む視界でもわかるぐらい泣きそうな顔をした先生に何もいうこともできずに、意識を失っていた。




