楽しい晩餐。
「で、そっちのかわいい子狼さんは、どなたかしら?」
「え?」
「え?」
私は自分の姿を見て、狼の姿をとっていないことを確認して目を見開いた。
「それぐらい、わかるわよ。お兄ちゃんのほうもそうでしょう? 私ね、魔術師なの」
「……専門は占星。勘がいいやつだ」
「それで一応食ってるわけだしねえ?」
怪しく笑って、私を振り返った彼女? 彼? は、ひげなどを手入れしながらも頬骨の高い男の人でした。
年のころは、先生よりも、ショウさんよりも年上だろう。
先生自体、二十代なのか、三十代なのか、わかりにくい顔をしているが、おそらく彼は、四十代は行っているだろう。
「んで? 用は?」
「べっつにい? ロスからヴィンツが怪我したから滋養のつくもの作ってやってくれって言われたから、料理持ってきたのよ」
そういって、彼は女声のまま、おっさんの姿でしゃべりながら手荷物から、バスケットを取り出して開いた。
「肉とか野菜とか。好き嫌いないっていってたから、さ。大所帯だと思って、いっぱい作ってきたの」
そういって、彼は、いったいどこに入っていたんだと思うぐらいバスケットと皿を取り出して、あっという間にショウさんの食卓を埋め尽くした。
「……」
「……」
目が点になっている私に、目を輝かせている兄さん。
あきれ交じりの先生とショウさん。そして、達成感にパット入りの胸を張るオカマさん。
たぶん、パットなくてもはち切れそうな筋肉で女性の胸を凌駕しそうなきがする。というか、こんなに筋肉あるのに、顔は化粧したら女の人に見えるってどういう作りになってるんだろうか。
「人狼が二匹いたから助かったが、お前、これ、全部俺に食わせようと思ったのか?」
「ん? うん」
「……食べすぎの胃もたれで死ぬか、貧血で死ぬか……」
「うまそー!」
「そうでしょう! 私ね、本業は食べ物屋なのよ! ほら、みんなで食べましょ!」
すぱーんと兄さんの背中をたたいた、オカマさんは、簡単な呪文を詠唱して、料理を温めて、ショウさんの家の勝手を知っているのだろうか、すぐに人数分のスプーンやフォークなどの食器を出して並べた。
「日々の糧に、感謝を」
先生が、珍しくそうつぶやいて、食べ始めた。私たちもそれを唱和して一口食べ始める。
いくら、私たちを迫害している神殿の神様といえども、敬うべき存在だろう。そう思っている。兄さんもそこらへんは顔をしかめて従う。
そして、食べたご飯は、今までにないほどおいしかった。
「おいしいっ!」
「でしょう? 現職コックをなめないでちょうだい」
味のある笑みを浮かべたオカマさんに、食につられやすい私と兄さんはすっかりほだされてしまっていた。
そして、はじめてのにぎやかな晩御飯を過ごして、私と兄さんが、すぐに根を上げた先生とショウさんの分を平らげて、すっかりお皿はきれいになっていた。
「かわいい子たちねえ。ねえ、お兄ちゃん、うちで働かない?」
「いや、結構です」
「やだあ、職場じゃまともよ? 私?」
「って言われても、信じられねえよな?」
ショウさんがどこかから持ってきた葡萄酒を飲みながら、私たちは仲良くしゃべっていた。
「やだなあ。お昼においで? 店長特権で、格安でご飯食べさせてあげるから」
「本当ですか!」
「うんうん。本当。かわいいもの。二人とも」
「女の子に目を向けるなんて珍しいですね」
「だって、かわいそうなぐらい細いんだもの。女の子はいいもの食べて、胸も腰も育って、寄せてあげて、ドレスに突っ込んで男を誘惑するぐらいじゃないと」
「何言ってんだ、あんたは!」
「お前に言えたことじゃねえだろ!」
酔っぱらった兄さんと先生に突っ込まれて、私は、貧相な体を見下ろした。
「なに、気にしちゃってるのよ! 大丈夫。育つときに一気に育つわ」
「お前は言えねえだろ! このスケベ親父!」
「親父って言わないでっ!」
「今の姿はドレス着てる気持ち悪いおっさんだ!」
「やめてえ!」
野太い悲鳴が一つ。
聞くに堪えないその悲鳴に、私は吹き出して、兄さんも吹き出して笑い出していた。
「……まったく」
あきれ交じりにそういって、ショウさんが、私たちをほほえましいものを見ているように見守って、そして、先生とオカマさんが言い合いをしているのを見ている。
兄さんが帰ってきて、しかも、なんだか、知り合いが一気に増えたような気がする楽しい一夜だった。




