出会い
最近、妖魔の惨殺体や混血児の行方不明、また、殺体が発見される事例が増えた。
暴れに暴れまくっている妖魔や、混血児であれば、ざまあみろだ。
だが、残念ながら、最近殺されているのは人に危害を加えたことのない気性の穏やかな、人に紛れ生きているものばかり。
ここは、ゼウェルツ王国王都のレンバートの表通り。
それなりに人通りは多い。
この王国は、近隣諸国より信心深いことで有名だ。
だから、人のように生きている妖魔や、そんな妖魔との混血児、人によっては魔術師でさえも、風当たりが強いことでも有名なのである。たとえ、普通の人たちが彼らから得る恩恵が大きいということを知っていても。
よく言われるのは、真人間の住処。
混血児や妖魔は、その住み心地の悪さから亡命していくのだ。そして、それを国も、諸国も黙認している。たかが一匹増えても変わらないといったところだろう。
それにしても、王城下のどの通りも、どことなく暗い雰囲気なのは気のせいだろうか。
曇り空の下、これ以上は協力できないから代わりにと紹介された、探偵の先生のもとに急ぐ。が、腹に走った痛みに足を止めて、無理は禁物かと、傷をさすって歩く。
この国は、国が表立って動けない、つまり、化け物の捜索などのとき、警察の下請けとして探偵と呼ばれる、便利屋が活躍している。
大体はおまわりさんの紹介で、探偵先生と関わって、目的を達成したら依頼者が報酬を直接渡すという、おまわりさんは一切関知をしないというやり方で成り立っている。それゆえに、トラブルも多い。
おまわりさんは言っていた。期待はするなと。
いい大人がやさぐれて酒浸りの日々を過ごしているらしい。それでも探偵の職を干されないのは、金に困って依頼を受けた時の成功率故。尋ね人はまず、絶対見つかるらしい。
そんな人を紹介するあたりで、おまわりさんの本気の具合がよくわかる。やる気ないだけだ。
一応、目印として教えてもらったパン屋さんの角を左に曲がって、一度立ち止まる。
酒臭い。
もう、目に見える場所に、目的地がある。少し離れていても酒臭いんだから、相当なものだろう。覚悟して、家の前に立って、ドアをたたいた。
「ごめんください。おまわりさんから紹介を受けてきたんですが?」
居留守を使われるかと思ったら、すぐに扉は開いた。
玄関にいたのは、見るからに堅気じゃない人が二人。なんていうんだろうか。この独特のにおい。
裏の人たちだと、あとじさると男たちは私をみてにやりと笑った。
「おあ? いー玉じゃねえか。おっさんよう?」
「これ、かたにもらっとくぜ」
「別にかまわん。どうせ、お役所の回し者だろう。おまわりにここに尋ねるように言われてきたかわいそうな子だ」
玄関の奥、見送るように中にいた、一人の男は皮肉気に笑った。
元はきれいな銀色だったんだろう髪は、ぼさぼさで肩まで伸びっぱなしで。
そして、すすけた色をして無造作に顔にかかっている。
そんな髪に隠された整った面立ちの、すっと通った鼻筋に乗った指紋だらけの縁なしメガネは白く曇り、果たしてこちらがよく見えているのか、いささか疑問だ。
神経質そうな、まるで学者のように線の細い男なのに、ずいぶんとだらけた風体。
白い綿シャツもくたびれきって襟が萎れている。
これが、先生、なのだろうか。
「おまわりだと?」
「くそ、覚えておけ!」
よく聞く捨て台詞を吐きながら男二人は逃げ出して、それを無感動に見た彼は私を見て眼鏡越しに目を細めた。
「まったく。ばかの相手は疲れるな」
私を見なかったふりをして、彼は、散らかった部屋へ、扉を閉めて逃げようとした。それに気づいたあたしも何もするわけにはいかない。
「ちょっと待てぃ!」
閉まる扉に足をすべり込ませて隙間に手を入れる。
「どこの悪徳セールスマンだ!」
「どこに、用を知りながら見なかったふりをして、扉閉めるひどい人がいるんです!?」
「ここにいるっ!」
「そこ、キリって言わないの!」
何とか扉の押し合いに競り勝って、中に押し入ると、疲れた顔をして酒の瓶を抱えた探偵先生は、嫌な顔をした。
「そこから中に入ってくるなっ!」
瓶ですぐ足元を指されるが気にしない。散らかった玄関に押し入って先生の目の前に立つ。
「失礼します。もしいうこと聞かないようならおまわりさんからここの差し押えの令状を預かってますので」
「このアマっ!」
取り上げようとするその手から逃げて、カバンを振りあげると、さっとよけた。酔っ払いには見えない身のこなしだ。にしても、傷が痛む。痛みを殺して、先生をにらむと、整えられた綺麗な形の眉を寄せて私を見ていた。
「話だけは聞いてください。受けるか否かはそのあとで」
「受けない」
「子供みたいなこと言わないでください」
「俺は働く気はない」
「引きニート宣言しない!」
「俺は、絶対、働かないっ!」
瓶を放り出してぐっとこぶしを握りながら言われたその言葉に、思わず近くのスリッパをとって、パコンとぼさぼさ頭をたたいていた。いい加減イライラしてくる。
「こっちは真剣なんです。兄さんいなくなって……。四の五の言わずに話聞けぇ!」
「ゴキブリ付きスリッパー」
ふざけるようににやりと笑った彼の言葉に、嫌な予感を覚えて、非常にぎこちなく、スリッパの裏を見てみると――――。
「ギャーっ!」
張り付いたかぴかぴの干物に、私はひっくり返って気を失っていたのだった。