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人狼のフィーネ  作者: 真川紅美
2章
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脆弱な種

 何が起こったのかわからなかった。


 意識を失った先生が運ばれた先は、ショウさんのところだった。兄さんの処置をしてひと段落ついたところだったのだろう。


 胸にナイフが刺さったまま運ばれてきた先生の姿に、さすがのショウさんも驚いて、顔を青ざめさせていた。そして、すぐに手術室に先生を運んでそのまま、明け方までずっと出てこない。


「フィーネ」


 落ち着いた低い声に、はっと我を取り戻すと、私はショウさんの医院の廊下にぺたりと座り込んでいた。


 薄暗い室内を見回すと、兄さんが、ふらふらとしながらも壁に手をついて歩いて私のそばまでやってくる。


 外はうっすらと明るくなってきていた。角のパン屋さんからも香ばしいいいにおいが漂ってきている。


 私は、ただ、ぼーと兄さんを見ていた。


「血なまぐさいぞ。体洗わせてもらえ」


 叱るような声に、私は言葉もなく自分の体についた血を見下ろしてうなずく。


 正直、何が起こったのかわからなかった。


 水場のところを嗅ぎ当てて、勝手にお風呂を使わせてもらって体を洗って、狼の形に変化すると、隣の先生の家に戻り、持ってきておいたなけなしの着換えにそでを通して戻る。


「兄さん……?」

「フィーネさん」


 戻ってくると、兄さんに注意をしていたらしいショウさんが、私を見てため息をついてかすかに表情を緩めた。


「あなたが無事なだけ、まだましでしたね」

「先生は?」

「今は寝ています。大丈夫。命に別条はありませんよ」


 その言葉に今度こそ私はへたりこんでいた。


「何が起こったか、お話し下さいますか?」


 私を肩を抱くようにして立たせたショウさんは、有無を言わせない声でそういった。


 そして、私をショウさんの居住スペースに移して、紅茶と軽食をを出してくれた。でも、とてもじゃないが食べる気分ではなかった。


「……あれが、君をかばったと。そういうことですね?」


 要領の得ない私の説明から、鋭く察してくれて言われた言葉に、私はうなずいた。


「……私が、突っ込んだから……」

「……そうですね」


 慰めることもなく淡々としたその言葉に私はうつむいた。


「いくらなんでも力量もわからないやつに、それも、あなたのお兄さんに瀕死の傷を負わせたであろう男にとびかかるなんて、死にに行くようなものですよ? わかっていましたか?」

「……そのときは、そう思ってなかったです」

「そうでしょうねえ。だから、そんなことをしたんでしょう? ……ですが、ヴィンは多少戦いの心得があるとしても、君たちとは違うんです。わかりますか? なんで、一人でおいていったんですか?」


 ショウさんの怒りはそこから来ているようだ。一人でおいていったわけじゃないのに。わかっていれば、先生と一緒に戦っていた。


「……先生が、警官連れて来いって……」

「?」

「先生が、気になることがあるから先に行った警官を連れてきてくれって言われたから……」


 そこで、私は、あの時の時点で、あれがいることに気づいた先生が私を逃がすためにああいったのだと、ようやく理解したのだった。行かなければよかった。行かないで、そこにいれば……。


 後悔に沈んだ私を引きもどしたのは、ショウさんの深いため息だった。


「……あなたを逃がすことを優先したんですか。あいつは」


 まるであのバカ、といわんばかりの声に、私は目を閉じて、震えていた。


「結果的にあなたが無事でよかったと、ヴィンは言うでしょう。君を守るために、わざとそういう言い回しをしたのでしょう。ですが、あいつは嘘が下手なやつですから、何らかの予兆があったはずです」


 あの時の硬い表情。それがそうだったのだ。うなずくと、ショウさんは真剣な顔をして私を見ていた。


「今度、そんなことがあったら、迷わずにそばにいてください。君なら、わざわざ人を呼ばなくても、人を寄せられるでしょう? 遠吠えで」


 そう。そういう方法もとれたのだ。


 通り魔でも、ただ先生を狙っていたとしても、私を狙っていたとしても、人が多く集まってきたところではやりにくい。


 私はショウさんを見てうなずく。うなずくしかできなかった。


 私は、頭が足りなさすぎる。


「念を押すために言いますが、いくら、あれが飄々としていて、つかみどころのないやつだとしても、君たちから見れば簡単に殺すことのできるか弱い人間なんです。基礎体力から、治癒力から見て、けた違いに弱い、脆弱な種なんです」


 今回も、あと少し遅れていたら危なかったと、そうつぶやいたショウさんに私は顔を上げていた。


「むろん。命に別条はありませんよ。無理やり癒しましたからね」


 少し怒ったように言うショウさんは、そっとため息をついて、立ち上がった。


「お飲みなさい。顔色が悪い。とりあえず、ヴィンの病室にいてもらいます」


 厳しい口調で言ったショウさんは、ふらつく私を横抱きに抱き上げて、先生が眠っている二階の客室に向かった。

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