うなされる、彼。
そして、ショウさんが手をつけていた倉庫を片付けて、拭き掃除を終わらせて、二つ目に取り掛かるところで先生が手荷物を一つぶら下げて帰ってきた。
「……ずいぶんきれいになったな」
「人手がいますので。もう一つは手をつけられませんでしたが」
「……もう一つって?」
「倉庫です」
その言葉に先生は血相を変えて、手をつけなかったほうの倉庫の扉を開いて、深くため息をついた。
「残念でしたね。そっちはしていないですよ」
「……それでいい」
低く唸る声にショウさんは瞬きを繰り返して、ああ、とうめいた。
「すいません」
「あまりしっちゃかめっちゃか、ここは漁らないでくれ」
沈んだ声にうなずいたショウさんはぽんと先生の背中をたたいて、目を丸くした。
「ずいぶん冷えていますね」
「……少し、寄ったところがある」
「もしかして彼女の?」
「ああ。どうせ、そういうことだろうと思ってな。お母様からだ」
手紙を預かってきたと紙を差し出されて私はそれを受け取った。書かれていたのは、どうか無事にという内容だけだった。
「……心配していた」
「でも、私は」
「わかっている。それも説明しておいた。すべてを片付けたら返すとも」
あの、母を納得させたのだろうか。振り返った先生の顔に、ひっかき傷がついていた。
「それ、もしかして……」
「出し抜けの一発にな。あとはどうにか説得してきた。まったく、驚いたよ」
そういって私は思わずその頬に手を伸ばしていた。
「すいません」
「いや、これぐらい痛くもかゆくもない」
そういって先生は私の手をやんわりとほどいて背を向けて居間に入った。
「昼寝してる」
「わかりました。倉庫はダメといわれてしまったので、洗濯物でもしましょうかね」
「はい」
なんとなく、言葉にはできない疑問を抱きながら、ショウさんの後をついていくことにした。
そして、夕暮れを過ぎて、ショウさんは一度家に帰った。聞けば、私がいないときの食事の世話をショウさんがしていたという。
「……先生?」
居間を覗いて、どこか暗い雰囲気に眉を寄せた。
足を踏み入れて、たたんだ洗濯物を食卓のテーブルに一度おいて、そして、ソファーをのぞき込む。
「……ゥ……ァ」
毛布にくるまって眠る先生の表情が苦しそうだった。
どうしたのかと思いながら、洗濯した中に小さなタオルがあることを思い出して、きれいな水に浸して、寝汗を拭ってやる。
「先生?」
額に浮かぶ脂汗を押さえて、固く握られた手を上から両手で包み込んで顔をのぞき込む。
「……く……」
何か嫌なことから逃げるように身をよじってうめいている先生に、私は、どうしようと、片手を手に、もう片手を先生の銀色の髪に差し入れて、撫ぜた。
「先生、起きてください」
呼びかけても起きるわけがない。
不意に、先生のこぶしが強く力を持って、ぶつ、と嫌な音が聞こえた。その音に、私ははっと先生の手を取って無理やり手を開かせて、私の手をすべり込ませる。
かすかな血のにおい。そして、先生の握力に私の手の骨がきしむ。
「い、いた……」
そう声を漏らしながらも、同じぐらいの力で手を握り返して、苦しげに寄せられている眉に、私は肩をゆすった。
「先生、先生? 起きてください! 先生!」
荒い呼吸と、のどから漏れる悲痛なうめき声、私は、ゆするだけではなくついに、その頬をひっぱたいていた。
「起きてください、先生!」
パン、といい音が響く。
その音と、痛みにか、先生ははっと目を開いて、がばっと体を起こして、それから、ソファーから転がり落ちそうになっていた。あわてて私が抱き着くように支えて、そのまま、放心している先生に寄り添う。




