兄。
「フィーネさん?」
そして見えた、驚いた顔のショウさんに、私は今まさに、自分が泣いていることに気づいて、あわてて顔を手で覆った。
「すいません。兄さん思いだして……」
涙を押さえようとすると、しゃっくりが出てくる。止まらない。
「……」
ショウさんがそっとため息をついた気配があった。
あきれられている。いきなり泣き出して。絶対。
止めようと躍起になっていると、ショウさんの消毒液のにおいが染みついた白衣が目の前に迫る。
と、思ったら、抱き寄せられて、痩せながらも暖かくて広い胸に抱かれていた。あたたかかった。
「つらかったら、泣いていいんですよ。無理に止めようとしないでください」
優しい声に、私は上向いて、そして、かじりつくようにショウさんの白衣に顔をうずめて、泣いていた。
「うかつでしたね。あなたは、肉親が生死不明だった。つらくないはずないですね」
しゃくりあげている私を優しく抱きしめて、なだめるように髪を撫ぜてくれるショウさんが、後悔をにじませた声でそうつぶやく。
冷たい人だと思った印象は、間違っていたのだと、ようやく、そこで気づいた。
私は頭を振る。そんなつもりじゃなかった。
「休憩に、しましょうね」
ショウさんの声にうなずいて、掃除したばかりの居間に戻る。カーペットを敷きなおして、椅子に私は座り込んでいた。
ショウさんは、キッチンに引っ込んで何かを作って、お茶と、パンプディングを作って出てきた。
「さ、甘いものでも召し上がれ」
きれいに小皿に盛り付けられたプディングにびっくりしてショウさんを見ると、柔らかく笑っていた。
どこまでも甘やかしてくれるようなその表情に、私は、また泣き出していた。
「こういうときは甘えていいんです。ね?」
お茶を入れて、飲み始めたショウさんは笑って、私の向かいの椅子の背もたれに体を預けてため息をついた。
「ご家族は、お兄さんだけなんですか?」
「ええ」
甘いプディングを一ついただきながら、うなずくと、痛ましそうな顔をしてそうですかと、ショウさんは視線を下げた。
「育ててくれた方は?」
「たぶん、まだ無事だと思います。……でも、わたし」
「何も言わずにここに?」
「いえ、そうではありませんが……」
「でも、それに近い状況で?」
「……ええ」
「いけませんね」
少し責めるような響きに私は、好きでこうしてきたわけじゃないと訴える。わかったというように、ショウさんはうなずいて、ふっと小さくため息をついて笑う。
「わかりました。これが終わったら私が行きましょう」
「でも……」
「どうせ、今日は医院も休みです。何かやばいことがあれば連絡がすぐ来るようになっていますから、少し開けても大丈夫です。周りの大人を頼るんですよ。こういうときは」
いいでしょう、と首を傾げた彼に、私は、眉を寄せた。
「どうして……?」
「ん?」
「どうして、そんなに私みたいなのに……?」
わからなかった。こうしてくれるのは。善意でするにしては、とても、危険なことなのに。
「私がしたいと思うからです。それだけじゃ納得できないと、たぶんあなたは言うんでしょうね。……そうですね、もう、私は自分が手をこまねいて、周りの人間が死んでいくのを見たくないから、といえばいいでしょうか?」
「自分が手をこまねいて……?」
「ええ。……君よりは少し長く生きているものでね。いろいろ、苦い過去があるものですよ。その過去を、もう二度と繰り返したくない。その後悔で、動いている。それだけです」
さて、落ち着きましたね、と笑ったショウさんに、私はうなずいて、プディングを平らげた。
「ショウさん」
「はい?」
「先生も、そう、なんでしょうか?」
「ん? ヴィンがどうしたんです?」
「……先生も、どうして、あんなに嫌がってたのに、いきなり、受けてくれたのかなって」
「……」
その言葉に、ショウさんは、私がショウさんに聞いた時よりも深刻な顔をして、黙り込んでしまった。
「ショウ、さん?」
「ん? ああ、いえ。何でもありませんよ。……あいつ、気まぐれなところがありますから」
ごまかすように言われた言葉に、何か嘘のにおいをかぎ取りながら、追求することはしなかった。
震災から四年ですね。
なんとなく、しみじみしてしまいます(´・ω・`)




