助け。
月も隠れた夜。木枯らしが地面を這って枯葉を巻き上げていた。
「どうして……」
狼の形をした、一人の少女は、公園の片隅でうずくまり、嘆いていた。
「どうして、兄さんがっ!」
血を吐くようなそんな声は、誰も聞いていない。聞いていたとしても、聞こえていないふりをする。それが、暗黙の了解だから。
彼女の周りには、大きな血だまり。彼女から流れ出たものだ。よく見れば、黒っぽい毛並みは、何かに濡れそぼっている。
彼女は人狼。人と、狼の二つの姿を持つ少女。
いくら、頑強だといわれる人狼でも、ここまでの血だまりができるほどのけがを放っておいたら、ひとたまりもないだろう。
それでも、時たま夜の散歩を楽しむ人たちは、見てみぬふりをする。それが、この国の常だから。
「……」
喉の奥でぐるぐると唸りながら、ついに少女の瞼が落ちた。もう、足先の感触はなく、石畳の冷たさも、夜の風の冷たさも気にならなくなってきた。
「生きろっ!」
最後に聞いた兄の声が、耳にこだましているが、動くこともままならない状態で、どうすることができようか。
彼女たちは、襲われたのだ。
混血児や、妖魔が、この国に存在することが許せない男たちに。彼らからしたら妖魔だろうが、彼女らからすれば、夜に狩りに来る人間は、夜魔とも言ってもいいものだった。
(ごめんね、兄さん)
もう、瞼を開く気力すらない。
少女は、ぐったりと石畳に身を預けて、緩やかに、意識を落としていった。
そんな少女だったが、不意にふわりと、いいにおいのする布がかぶせられたことに気づいて、薄目を開いた。
「……」
近くにいいにおいの持ち主が、しゃがみこんで、怪我の状態を見ている。そして、彼は、ため息をついて、少女を布で包み、抱き上げた。体が痛んで思わず前足が宙を掻いた。彼の胸に爪があたりひっかく。
「力を抜け。敵ではない」
柔らかな男の声。その声に従うよりも早く、体は暖かいものに包まれた。布ではなく、どこか、太陽のぬくもりを感じさせる、暖かい波動。
「次、目を開いたら、お前は、家にいるだろう。この夜のことは忘れて、逃げろ」
男のやわらかい声に、嫌だ、といいたい少女だったが、それ自体が、何かの力が宿っていたようで、薄目がゆっくりと閉じていく。
最後に見えたのは、白く浮き出た、形のいい鎖骨だった。
そして、少女は目を覚ます。
育ての親の妖狐の母親にあったことを根掘り葉掘り聞かれ、家の前で倒れていたと、言われ、少女は、あの匂いの持ち主が、ここまで送ってくれたのだと、母には言わずに思う。
「忘れられない」
一週間の外出禁止を言い渡した母を説き伏せた少女は、傷で痛む体を引きずりながら、昼の往来を進む。
兄を狩った男たちを見つけ出し、兄を無事に助け出すために――。