掠める言葉
「……! ……ヤ君!! ソウヤ君ってば!!」
「あ、はぃ!? うぉ寒ッ!! ……っと此処は……」
突然の呼び掛けに跳ね起きると、其処は地上だった。
薄白い太陽の明かりが廃墟を照らしており、どうやら俺は道路の上でローブを上に置かれて寝かされていたみたいだ。
周囲には藤宮さん達が居て、そんな彼女達を更に囲む様にしてウララカの人達が立っている。
藤宮さんは俺と視線が合うと、胸を押さえながら涙を浮かべた。
「良かった、良かったよぉ……! 私、本当に心配で……」
「いや、だからよ……ただ寝てるだけだって言ったろ……?」
ダッシュさんがそう気まずそうに言うも、藤宮さんはキッと睨み返す。
「だってぇ!! 二人が実は収監フロアがある十階まで潜って百機以上のFG型を倒してて、更には百式とも戦っただなんて聞かされたんですよ!? どうやっても落ち着いていられませんよ!! 本人はこうして包帯巻いて寝てますし!! だから彼をこうして心配してるんです!! 私、何か間違ってます!?」
「いや、まぁ……そうかもな。いや、そうだな。うん、すまなかった」
ダッシュさんは何かを納得する様に頷き、素直に下がった。
何が何だか分からず唖然とする俺に対し、今度は里菜さんとフェニル先輩が屈んで心配してくる。
「アンタはもう……頑張りすぎだよ。って、木津に助けられた私が言うのもアレかな? まぁ、とにかく……おかえり」
「君には本当に驚かされる。その内、私は心臓に負荷が掛かって死にそうだぞ? 全く……」
「え? あ……はい。すみません」
何処となく、夢見心地のままそう答える。
こうして何人かの女性に気遣われる状況なんて初めてな体験だが、実に心地良いではないか。
そのまま何回か瞬きをし、瞼を擦り、欠伸もし、頭も掻き、指も鳴らした。
そしてそこでようやく俺はこれが現実だと悟ってしまう。
「あれ、夢じゃねぇ?!」
「夢じゃないさ。君が潜ってから十二時間以上も経過してる。もしかしたらと心配して、我々も後を追う所だったぞ?」
フェニルさんはそう苦笑し、自然に手を伸ばして俺の頭を優しく撫でた。
それを受けて頬が熱を持つのを感じつつ、俺は謝罪をする。
「す、すみませんでした。色々とありまして……」
「分かってるよ、事情は彼等に聞いた。君は本当に勇敢な男だな……偉いぞ」
そう微笑み、フェニル先輩は何度も何度も俺の頭を撫でる。
撫でるのはいいのだが、人前だと流石に恥ずかしい。
だが、それを振り払って立ち上がろうにも、俺の生理現象がそれを許さない。
「ん、んんぅ!」
そんな俺の羞恥心を悟ってくれたのだろうか?
藤宮さんが急に不自然な咳払いしつつ、俺の手を少し引っ張る様にして預けていた車両の鍵を渡してくる。その所為で先輩の手は頭からずれ落ち、ソレが俺の背中を撫でる。あふん。
「は、はい! この鍵を返すね」
「あふ……じゃない。ど、どうもです」
鍵を受け取った所で、ようやく俺は人前に立つ準備が整った。
ローブを退けて立ち上がり、ゆっくりと背伸びをしつつ息を吐く。
「はぁぁ……よし、ベース・キャンプに戻りましょうか。ヤウラへ帰らないと」
皆は頷き、賛同する。
ふとラビィが何処に居るのかと周囲を見渡せば、既に俺の車両にM5を装着して周囲を警戒していた。俺が片手を上げて合図を送ると、彼女は小さく微笑みながら頷く。
見れば、藤宮さんの方の車両にはメアちゃんが乗っていた。
彼女は俺と視線が合うとスッと逸らす。
どうやら俺は彼女にあまり好かれては無いらしい。
その後、俺と藤宮さん達の車両にウララカメンバーを分けて乗せる事になった。
女性陣の何人かは自然とHopeの方に乗る流れとなったのだが、何せ今のメンバーでは女性が多すぎる。
それにその身長の高さからロングさんは向こうへの搭乗が難しくなり、此方の助手席に搭乗した。荷台にはダッシュさんとミノルさんが乗り込み、座っている。
「……ねぇ、少しいい?」
「ん? 何ですかい、ロングさん」
車両を発進させて暫くすると、ロングさんが話し掛けてくる。
「本当に……ありがとう。この恩は忘れないわ、絶対に」
「いやいや、そう気にしないで下さい。できれば、ラビィにもそう言ってあげて下さい。あの子が居なければ、俺なんてなんも出来ませんからねぇ……」
少なくとも、ラビィ無しではクラスクの地下十階には辿り着ける気がしない。
仮に辿り着けたとしても、弾薬も装備も体もボロボロだったに違いないだろう。
それ程までに、彼女のセンサーと戦闘能力の高性能っぷりに助けられたと実感している。
十階で予めFG型を全て倒すなんて無茶ができたのも、ラビィが居た故にできた行為でしかない。彼女のセンサーが無ければ、相手の不意を突くことも難しいし、そもそも広大なフロアを徘徊するFG型を発見するのも容易じゃないからな。
故に、ロングさんのお礼はラビィにも伝えてあげてほしい。
そう返すと、彼女は静かに微笑む。
「うん、勿論後でお礼を言うわ。けど、今は君にお礼を言いたいの」
「いやぁ、あんまり礼を言われても困りますよ? 俺ってば、どうもそういうのは苦手でして……」
俺は褒められると、にへらとした情けない笑みが浮かびそうになる特徴があるからな。
それに相手が女性であれば、その笑みにオプションとして涎も追加される恐れがあるぞ。
俺のその答えを聞くと、ロングさんは少し悩む様な素振りを見せた。
暫くすると彼女は憂う様な笑みを浮かべ、静かに話し出す。
「実はね、私近い内にウララカを抜けようかなって悩んでたの……」
「え!? そ、そうなんですか?」
色々と、予想外の話だった。
彼女から聞いた仲間の話や、ウララカメンバーと合流した時の様子を思えばそれも無理はないと思う。
しかし、そんな俺の戸惑いは次に出た言葉で晴らされる。
「私ね、リーダーが……ミノルが好きだったの」
「へ? でも、彼は副長さんと……? あ、いや……なるほど」
そう疑問を口にして、すぐに納得した。
つまりはその状況が辛くなって、ロングさんはチームを離脱しようと思い至ったのだろう。想い人が恋人と居る姿なんてのは、相手に恋している身としては苦痛の光景でしかない。
「今回、私が一人で彷徨ってたのもそれが原因でね。本当に……色々と迷惑を掛けてしまったわ」
「そうだったんすかぁ……」
頷きつつ、チラリとミラーを通して後部座席の窓から荷台に視線を向ける。
ミノルさんは確かに好青年ってな感じで、優しげな雰囲気の持ち主だ。
今の荒廃時代では荒くれ気質な野郎共の方が多いだろうし、そういう所がモテる原因だろうか。
「あれ……"好きだった?"」
ふと、先程のロングさんの言葉を思い浮かべて思わず口に出す。
すると彼女は小さく微笑みながら頷いた。
「えぇ、今は全く大丈夫……って訳では流石にないけど、ある程度は吹っ切れてるわ。もう今回の様な事はごめんだしね」
「あ、じゃあチームは抜けないんですか?」
「チームは……どうかしらね。きっともう駄目だわ。恐らく、解散するでしょうね」
「……やっぱり、死んだ人の事が尾を引きそうだからですか?」
「そうね。それに何よりもその事で傷付いてるのはミノルとミレイだから……」
傍から聞いてたが、死んだ人が暴走した原因もミレイさんに好意を抱いてた故らしい。
確かにあんな状況下で想い人と二人っきりになり、もうすぐ死ぬかもと言う状況だったら……それも仕方ないとは思う。
それが結果的に悲惨な結末を呼び寄せてしまったが、俺としては死んだ人に対して同情の気持ちもある。が、当事者である彼等はそんな生半可な感情では言い表せない想いを抱いてしまったのだろう。
そんな状況下では、解散と言う決断も英断とは言えるだろう。
複雑な感情を抱いたまま探索や狩りをすれば、命取りになりかねないからな。
今回の事件が、まさにその例を表している。
「とにかく、ありがとう。こうして私達が生き残れたのは君とフルトちゃんのお陰よ。何時か絶対にお礼するから、約束よ」
「分かりました。楽しみにしてますよ。けど、そんなに気にしなくてもいいですからね。俺がこうしてクラスクに来たのも事情があっての事でしたから」
「全く、そんな謙遜ばっかしてたら本当に損しちゃうわよ? 君は……」
ロングさんは呆れた様にそう笑いつつ、助手席に深く背中を預けながら息を零す。
「本当に……ありがとうね。君は色んな意味で私を救ってくれたわ」
そう言って微笑んだの最後に、ロングさんは瞼を閉じた。
彼女も長く探索し、戦闘を繰り広げた訳だから疲れているのだろう。
しかも俺とは違って、彼女はそのまま休む間もなく地上まで歩いて戻ったのだ。
そんな彼女を気遣いながらアクセルペダルを少し緩めて速度を落とし、車両が鳴らす音を小さくする。
すると暫くして助手席からは彼女の寝息が聞こえ始めた。
俺はそれを確認すると安堵するかの様に息を零し、瞼を細める。
「ふぅ……」
色々と、今回も疲れたな。
フロアの増援を呼ばれない為に数十機のFG型を予め排除し、最後の激戦では血と神経を磨り減らされた。特に右腕を犠牲にブレードを折ったあの戦法を繰り返す事になるとはな。
ただ、あの時と違って骨に異常は無い。
その理由はただ一つ、それは右の前腕に埋め込まれた異物が皮膚の表面近くまで成長しているからだ。でなければ、またあの時の様に骨にまで損傷を受けていた筈。
そもそもこの異物が成長する事に危機感を覚えていた訳だが、結果としては逆に助けられている。
感覚の強化に加え、元からあった莫大な身体能力。
この二点が組み合わさるだけでその恩恵が計り知れない事は、昨日の戦闘と今日の行動でハッキリと理解できた。
「まぁ、異物が成長する以外に目立ったデメリットも無い訳だしな……」
今の所は右腕がちょっとグロくなる以外のデメリットは見受けられない。
少しばかり、成長する異物に怯えすぎていたかもな。
そもそもこの異物には最初から助けられてきた訳だし、そう危険視する理由も無いだろうか?
大体、何もかもマイナス方面に物事を考えててもアレだしな。
少しは楽観的に生きてもいいだろう。
そんな考えに浸ってる内に、ベース・キャンプがもう目の前だ。
キャンプに待機していた者達は俺達に気付き、ゾロゾロと集まってくる。
車両を停め、皆を降ろすと俺も降りる。
すると早速と、軍曹の気だるげな言葉で俺達は出迎えられた。
「生きて戻ったか、あまりに遅いから何か……あったみてぇだな」
軍曹は俺達を眺め、瞼を細めた。
俺は包帯塗れ、顔見知りだと言っていたウララカの人達はチームメンバーが一人消え、ミレイさんは血に濡れた姿なのだから、そんな反応も当然か。
何をどう報告しようか迷っていると、ミノルさんが一歩前に出て軍曹に答える。
「軍曹、僕達は地下でFG型に降伏し、捕まってしまいました。そしてブックも失った……。けれど、唯一捕縛から逃れていたロングが彼と彼女に助けを求めてくれて、僕達を救ってくれたんです」
俺とラビィを見つめ、ミノルさんはそう告げた。
「……はぁ? 収監エリアは十階だぞ。以前、其処に捕らえられた仲間を救おうと、何組かのチームが向かった事もあるが生きて戻ってこなかった」
軍曹は不思議そうに顎を擦りながらそう言いつつ、ミノルさんの言葉に異を唱える。
しかし、異を唱えた所で真実が変わる訳も無い。
ミノルさんは捕まった時の事を思い返すように瞼を閉じて、憂う様に息を零す。
「それは……そうでしょうね。何せ収監フロアには二十機以上のFG型と指揮官タイプの百式が展開していましたから。生半可なチームが組んで挑んでも突破は難しいでしょう」
瞬間、ベース・キャンプは大きくざわついた。
同業者はおろか、兵士達でさえ互いに言葉を交わしあう。
それ程までに、ミノルさんが述べた脅威がよっぽどなのだろう。
それ等の脅威と相対した身としては、そのざわめきも当然の物にしか見えない。
『百式、しかもFG型の指揮官タイプ!? 嘘だろ、デマに決まってる』
『いや、けど死者も出てるんだぞ? 嘘なんか吐いてどうすんだよ』
『だから、それらしい事を言って自分達の失敗を隠そうとしてるのさ。もし本当なら、あんな怪我と死者一名だけで済むかよ』
『確かにね。幾らあの子が凄腕だからって、少し誇張しすぎよね?』
と、大半の人間がミノルさんの言葉を信じてはいないようだ。
しかし、別に信じてもらう必要もない。
ミノルさん達に感謝して貰えただけで俺は十分だし、そもそも今回の本来の目的はテラノの件を伝える為にヤウラへ戻る事だ。顔も知らない同業者の賞賛は特に期待していない。
「嘘かどうかは、これを見て判断してもらおうか」
と、内心で自分を納得させているとダッシュさんが腰に下げていた袋を外し、地面に置く。
すると、その袋の中から何かの機械の部品と、FG型の……いや、百式の頭部が転げ落ちる。
「これが証拠だ、存分に確かめるといい」
それは俺が集めた百式の部品だった。
俺が休んでいる間に彼にそれを預けてた訳だったが、まさか証拠として提示するとは。
ってか、初めからそうしとけば良かった。そうすれば説明もスムーズにできたのに。
やっぱ寝起きで頭が冴えてないのか?
そんな風に自身に呆れていると、軍曹が置かれた袋に歩み寄ってくる。
「…………おいおい、本当かよ。こりゃあ……参ったな。とても信じられないが……。これが此処にある以上、それを信じるしかねぇんだろうな」
百式の頭部を拾い上げ、軍曹は小さく頷きながら自身を納得させる様に言葉を紡ぐ。
軍曹が拾い上げたその頭部に刻まれた三桁ナンバーを確認すると、同業者達は先程のざわめきを打ち消して押し黙った。百式がどれ程の強敵であるかは、今回真っ向から立ち向かった事で改めて認識できた。ともなれば、俺より経験も知識も上である彼等がそれを知らぬ訳も無いのだろう。
『嘘だろ? だってアイツが潜って半日過ぎた辺りだぞ。地下深くに潜るだけでどんだけ苦労すると思ってんだ!?』
『……行きと帰りの時間を考えれば、収監フロアに到達したのは六時間も掛かってない筈だ。あまつさえアイツは百式を相手に戦闘も繰り広げたんだろ? バケモンかよ……』
『ちょっと……そんな言い方ないんじゃないかい? 何がどうあれ、あの子が同業者を救った事に間違いがないってんなら、少しは認めてあげな。全く……男の癖にみっともないね!』
と、同業者の反応は様々だ。
その大半が異端を見る様な視線であるが、それは当然だろう。
戦闘を極力避けるスカベンジャー達に、俺の様な力押しスタイルはまず不可能だしな。
「確かに間違いなく百式、FG型の133式だな。なるほど、収監フロアが重要エリアに指定されていたのなら、コイツが居たのも頷ける……っと」
軍曹は存分にそれを確かめると、彼は不意に百式の頭部を此方に素早く投げてくる。
俺はそれを咄嗟に片手で受け止め、苦情を言う。
「ちょっ……何するんすか? 弁償してもらいますよ?」
「はは……スマン。どうやらお前は本物だな」
スマンじゃないですよ。
コイツが幾らするかは知らんが、高値が付く事は間違いないんだぞ?
それにこれは里津さんへの大事なお土産でもあるんだからな? あの人怒らせたら半端ねぇぞ!? おぉん!?
そう文句を付けてもよかったが、それよりも本来の目的を果たす事を優先し、俺は短く言葉を告げる。
「そりゃどうも。それより、これでヤウラに戻ってくれるんですよね?」
「勿論だ。……おい、聞いたな!? 撤収だ!! ヤウラヘ帰還するぞ!!」
『了解!』
兵士は一斉に答え、朝の静かな空気が揺さぶられた。
その後は素早くテントや物資を回収し始め、同業者達も自分達のテントを畳んだりして準備を始める。ウララカのメンバーも送迎トラックの方へと移り、俺達は手を振って別れを告げた。
「本当にありがとう、木津君。君には何度感謝しても感謝しきれない」
「またな、木津!!」
「またね、ソウヤ君。近い内にお礼しに行くから……」
「はい、どうかお元気で」
そう別れを告げたいいが、ウララカの人達が恐らくこの後にチームを解散するんだと思うと、物悲しい気分になった。去る彼等の表情は笑顔だったがやはり何処か堅く、此方から視線を反らした時にはその笑みも消える。恐らく、俺が次に彼等と会うとしても個別に会う事になるだろう。
「さて……ようやく帰れるな」
俺も百式の部品が入った袋を荷台に載せ、運転席に戻ろ……うとしてそれをラビィに阻止される。
彼女は突然に荷台から飛び降り、俺の前に降り立つとジッと此方を見つめながら黙ったままだ。
「……? どうした、ラビィ」
「いえ、血が唇の端から零れておりましたので……拭いましょうか?」
「血? ありゃ?」
言われて、ローブで口元を拭う。
すると確かに薄い赤がローブにこびり付き、それを確認して口内を舌で舐め回すと確かに血の味がした。
「やべっ、戦闘の最中に強く歯を食いしばりすぎたかなぁ? 顔に打撃は食らってないし……」
顔に貰った攻撃はブレードが掠めた切り傷のみだ。
いや、そもそも俺が地下で受けた攻撃の全てが切り傷である。
故に、それ以外の要因で血が出るとは思えないのだが……。
「っ……!」
「沿矢様……?!」
そこまで考えた所で、急に胸が締め付けられる感覚に襲われて膝を着く。
慌てた様子で駆け寄ってきたラビィに右手を翳そうとしたが、その右手は不意に襲われた頭痛を抑える為に頭部へ乗せる。直後に鼻の中に熱を感じ、何かが溢れてきたのでソレを左手でソッと拭うと、深紅の血が武鮫の指先にこびり付いていた。
「なん、だ? やばい、これは……」
――まずくないか?
そう言葉を続けようとした所で吐き気を覚え、それを素直に解放して喉から吐き出すと、どす黒い血が地面に大量に零れ落ちた。
「沿矢様?! い、今すぐ横になって下さい!! 今からラビィのナノマシンを貴方に分け与えます!!」
そう言ってラビィは懐からナイフを取り出し、手首にそれを近付ける。
だが、俺はそれを咄嗟に左手を向けて静止し、息も絶え絶えに返す。
「ラビィ、待て! これは……そういう物で治る様なもんじゃない。っは……俺には……それが分かる」
「ですが!!」
ラビィの心配を他所に、俺は思考を走らせる。
どす黒い血を吐いたと言う事は内臓を損傷した可能性が高い。
だが、内臓に痛みは感じず、逆に頭痛の方が酷い。
「っ……あ」
吐血はその一回だけだが、継続的に流れ出る鼻血が止まらない。
いや、それどころか包帯を巻いていた右腕も熱を帯び始めている。
痛みに耐えながら纏っていたローブを剥ぎ取り、右腕に視線を向けるとそこからも血が溢れてきていた。
「沿矢様! この勢いでは出血死……いえ! ショック死の危険性が高い!! どうかナノマシン投与の許……――!! ―――!!」
近くに居る筈のラビィの必死の訴えが聞こえなくなり、耳鳴りが酷くなる。
それと同時に頭痛の強さも最高潮に達し、俺は血が流れる箇所を押さえていた両手を外し、それを地面に掴み掛かる様にして耐える。
――どうやら、成功した様だ。これ――段階に――る。
ふと、脳裏を掠める言葉があった。
何時か聞いたであろうその声は、酷く雑音混じりで聞こえ辛い。
――それじゃ、始――。
――何だ? この――は……度も起――し……い――適――かったのか?
――違……、その……だ。あ……に――……ぎ――ん……。
誰だ、誰の声だ。
何処かで聞いた声だ、今まで忘れていたが、確かに聞き覚えがある。
――どうす――? ……の固――……使……るか?
――……いや…………に任せ――。
後半になるともう殆ど何も聞こえなかった。
小さくブツブツと呟く様に話は続いているが、俺はそれを断ち切る様にして立ち上がり、車両から離れて荒野方面の開けた場所に向かう。
「沿矢様!! どうか安静にしてください!! このままでは……!!」
「待機してろ、ラビィ!! 今の俺に近付くなァ!!」
血と共にそう乱暴に吐き捨て、荒野を目指す。
酷く熱い、血が流れる箇所がじゃない。体全体がだ。
むしろ肌を流れる血が冷たく感じる程に、体が熱を発しているのが分かる。
一番の熱源はやはり右腕で、炎に包まれていると言われても納得できる程の熱さだった。
「はっ、はっ……ふっ」
酷い風邪を引いた時の様に意識があやふやで、足取りも覚束ない。
しかし、俺は何とか荒野を目指す。
そうしなければならないと、体の奥底から本能が訴えかけている。
だけど、遂に歩みが止まり、また膝を着く。
このままでは気が狂いそうだった。
だから俺は右腕を高く掲げて――叫び声を上げながらそれを振り下ろす。
「ッあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
全力を込めて右腕を真っ直ぐに振り下ろした瞬間、俺の右腕が漆黒に包まれた。
それが俺の見間違いなのか、はたまた熱で混乱した幻覚だったのかは分からない。
拳を下ろした次の瞬間、周囲が爆発したかの様に地面が盛り上がり、遥か先の荒野まで幾つモノ皹が走っていく。それが見えた所で巻き上がっていた周囲の砂が降り注ぎ、視界を塞ぐ。砂の落ちる流れに紛れて、遠くで何かが崩れる様な音が聞こえた。
「マジかよ……」
崩れる音の方面に目をやるとクラスクがあり、僅かに残っていた幾つかの廃ビルが崩れ落ちていく場面が見えた。灰色の瓦礫が塵を巻き上げ、街中の各所をそれで埋めていく。
――クラスクの地上部分の探索は全て終わってると聞いてたし、まさか誰か居たりしないよな……?
そんな考えがふと脳裏に浮かび上がったところで、俺は気付く。
先程まで感じていた熱や頭痛は治まっており、右腕の傷みも消えている。
何となくアレな予感を覚えたので巻いていた各所の包帯を外すと、先程百式やFG型に受けた傷が全部塞がっていた。
「…………何なんだよ、クソが」
俺を苦しめたと思ったら、今度は癒すだと?
まるで誰かに馬鹿にされたかの様な仕打ちに対し、思わず罵声が飛び出た。
そこまで確認した所で既に限界であり、俺は素直にその限界を受け入れて地面に倒れこむ。
『沿――!!』
酷く焦った様な誰かのその声を聞いたところで、俺の意識は断ち切れた。




