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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
96/105

恋の終わり



「ミレイ……大丈夫か? ……なぁ、ミレイ!」


「止せ、リーダー。あんな事があったんだ。無理もないさ……」



ミノルの呼び掛けにも答えず、ミレイは牢の隅でただ呆然と血濡れのままで座っている。


彼女は気絶から目覚めると直ぐにブックの死体を自身の体の上から退け、隅に移動してそのままだ。無表情のままペタンと尻餅を付く様に腰を下ろし、ただ牢屋の壁を見続けるだけ。


ミノルはそんな恋人の様子が気掛かりで堪らない。

しかし、ダッシュは覇気が抜けた様に彼に注意を促すだけだ。



「ダッシュ……君も大丈夫か?」



其処でようやく、ミノルはダッシュの不自然な様子に気付いた。

彼に気遣われたダッシュは笑みを浮かべようとして失敗し、そのまま項垂れる。



「……少しばかり、堪えてる。実はな……ブックが副長に好意を抱いてたのは、何となく察してはいたんだ」


「それ、は……何時から?」


「お前達の関係に俺が気付き、他の奴等と会議した時にな。一瞬だったけど、明らかに動揺したのが分かった。けれど、お前達が付き合っている以上どうする事もできねぇ。だから触れないでいたんだが……」



そこで顔を両手で覆い、懺悔するかの様にダッシュは言葉を搾り出す。



「アイツが、あそこまで思い詰めるとは思わなかったんだよ! だって仕方ねぇだろ!? なぁ、俺はどうすれば良かったんだ!?」


「ダッシュ……」



ミノルは其処で初めて、ミレイと関係を持った事を後悔した。

いや、関係を持つにしても直ぐに話すべきだったのだ。

なのに隠して付き合い、それがバレても仲間に祝福され、あまつさえその好意に甘んじてしまった。


実に軽薄で、最低な行いだったとミノルはそこで初めて自覚した。

しかし、今その事実に気付いたとしても、何もかも手遅れだ。



『うっく……うぅ』


『どうして…………ブックぅ…………』



双子の姉妹の牢からはただ泣き声だけが聞こえ、ミレイは茫然自失でブックの死体と一緒に閉じ込められている。自身は今芽生えた後悔で押し潰されそうで、ダッシュは罪悪感で壊れかけている。


――どう考えても、救いはない。


ミノルはその事実に気が付くと絶望の余り膝を着き、項垂れる。

すると、その目線が自然と近くにあった折れた白骨に向けられた。

彼はヨロヨロとその骨を持つと、ゆっくりと尖った部分を自分の首筋に当てる。



「……? おい、リーダー。何をしてやがる……」


「…………ブックの言うとおりさ、もう希望はない。なら、終わらせるべきだ」


「……希望はない? ふざけるな、まだロングが居るだろ?! アイツを信じないってのか!?」



瞬間、ダッシュの怒りは沸騰する。

それはロングがミノルに好意を抱いてる事を知ってる故の、友を想う気持ちからの義憤。


しかし、そんな事を知らないミノルは自嘲気味に笑う。



「そういう訳じゃないけど……普通に考えれば、無理だろう? 誰がこんな所まで助けに来てくれるんだい? 助けに来てくれたとしても、あの数のFG型を従える百式まで居るんだぞ? とてもじゃないけど……無理だよ」



常識的に考えれば、小隊規模のFG型の群れだけでも相当な脅威だ。

しかも、それが上位機種である百式の指揮の下で行動するともなれば、その脅威度は倍以上にも跳ね上がる。


しかし、ダッシュはそれでもロングを信じていた。

仮に此処から抜け出す事が不可能だとしても、彼女ならば助けを求めて全力で力を尽くす筈だと。


ならばせめて、自分はそれを耐えて待つ事だけはしたいのだ。

諦めて自ら命を絶つなど、彼女を裏切る行為に他ならない。


だが、そんな自分達のリーダーが今まさにそれを成そうとしているのだ。

堪らず、ダッシュは血反吐を吐き出す思いで叫ぶ。



「お前……お前だけは、それを言うべきじゃねぇだろう!? そんな言葉、言っちゃいけねぇんだよぉ!! ……なぁ、リーダーだろお前は!? お前が皆を励まして、俺達に希望をくれよ!!」



しかし、そんな叫びも通る事はなかった。

対するミノルは静かに首を振り、自身に呆れる様に自虐的な笑みを浮かべながら謝罪を口にする。



「……すまない、ダッシュ。僕は……リーダー失格さ。そんな僕がもう、リーダーと呼ばれる資格はない」


「止せ、やめろ……ふざけるなッ!! 謝るんじゃねぇ!! それ以上言うな!! 頼むよ、なぁ……? 俺をこれ以上失望させないでくれ……ッ」



最後には、もう涙交じりの嘆願となっていた。

ダッシュのそんな姿を見て、ようやくミノルは手にした骨を下げる。


しかし、その表情に浮かぶ物は既に諦めの色であり、暫くすればまた同じ行動を繰り返すであろう事は推測できた。


このまま数時間も経てば、恐らく誰かが命を絶つだろう。

だが、そうはならなかった。



『……! 熱源をz……』



不意に、牢を巡回していた一機のFG型が胴体を吹き飛ばされる。

その胴体を貫いた眩い一閃はその先に居たもう一機をも貫き、二機がソレで沈黙した。



『『『『『攻撃を感知、警戒せよ!!』』』』』



直後、収監フロアに居た全てのFG型が警戒モードに移行する。

それと同時に、フロアに飛び込んでくる人影があった。



「ラビィ!! 作戦通り、俺は前に出る!! お前はロングさんと其処から援護してくれ!!」


「了解です」



沿矢は命令しながら、M5の銃撃を開始する。

移動しながらにも関わらず、その銃弾の殆どがFG型に命中していく。

攻撃を感知すると警報がなり、フロア中が赤い光で照らされた。

倒された二体の同型機を抱えると、FG型はそれを盾にして反撃を開始する。



「ソレ仲間でしょ!? 随分な扱いだな?!」



その行動に驚きつつ、沿矢は床を滑る様に伏せながらその攻撃を回避。

続けて近くの空の牢の鉄格子を蹴破り、中に退避して銃撃を防ぐ。


対するラビィとロングは通路からタルパーに備えられたレイルガンの二射目を放つ。

その一撃は盾となっていたFG型の残骸を貫き、前進してきていたFG型の三機を仕留めた。


先制の攻撃でFG型は残り二十機となる。

そして其処から百式の指揮の下、FG型の動きが急激に変化した。


彼等は一斉に左腕のブレードを展開し、右腕の機銃を放ちながら前進する。

数の暴力による制圧射撃、そしてそれは地下と言う閉鎖空間においては、圧倒的な効果を見せた。



「な、なんて音なの……! 耳が痛い程だわ……!!」



連なった射撃音がフロアに反射し、幾重にも響き渡る。

ロングが堪らずにそう呟いた言葉ですら、掻き消えそうな程だ。

しかし、対するラビィは涼しげな表情で静かに告げる。



「耐えなさい、ロング。"もう少し"です」



通路から射撃していたラビィとロングは顔も出せず、その場に留まって待つ。

即ち何を待っているのかと言えば――



「――よっとぉ!!」



前進してきたFG型の隊列の真横にあった牢から、沿矢が鉄格子を蹴散らして飛び出してくる。

彼は密かに並ぶ牢の壁を打ち破り、FG型の隙を突くべく相手の近くまで移動していた。


沿矢は一気に近付くと、FG型を全て薙ぎ払うが如く左腕を振るう。

そしてその行為は最大限の効果を発揮し、前に居た三機を同時に吹き飛ばし、隊列を崩す。

しかし、破壊には至らず、吹き飛ばされたFG型達は受身を取り、直ぐに立ち上がって向かってくる。


だが、それでいい。

沿矢の今の狙いはFG型の群れの中央に飛び込む事が第一だった。

彼は小さく息を吐くと、自身の集中を極限まで高め、感覚をフルに奮い立たせる。



「いくぞ……!!」



そう短く告げた瞬間、沿矢の動きは既に常人では目視できない程の速さで動き始める。


すると、接近されたFG型達はそれに動じる事も無く、即座にブレードを振るう。

対する沿矢はそれを間近で回避し、M5の銃弾を至近距離で胴体に叩き込む。


そして何よりも驚きなのが、彼は纏まって移動していたFG型の間を縫う様にして移動し、相手に銃撃をさせない様に工夫していた。


ガードは基本的な行動として、味方と同士討ちしない様にプログラムが組まれている。

その命令が仇となり、数が多い故に射線が被ってしまい銃撃ができないのだ。それを利用して沿矢はガードの群れの遠距離攻撃を縛った。



「っ!!」



その代わりに振るわれるブレードは四方八方から沿矢を襲うも、その全てを紙一重で回避し続けながら戦闘を継続する。だが、完全に回避はできず、切り裂かれた体の彼方此方から僅かな鮮血とローブの切れ端が舞い始めていた。


沿矢の体感能力が向上しているとは言え、敵陣の中で四方から襲う攻撃を完全には回避し切れなかった。加えて、彼が相手取るFG型はFG型133式の指揮の下で過敏に動き、沿矢が避け切れないであろう軌道で各々が互いの隙間を埋める様にし、寸分違わずにブレードを次々と振るっているのだ。


そのブレードを寸前で見切り、肌を撫でる程の近さで"滑らせる"沿矢の集中力は神掛かっていた。ソレを回避するだけでも至難の業であり、その中でも僅かなタイミングを察してはM5の引き金を引き、戦闘を継続する彼のその動きと速さは他者の目を通して見れば、到底理解できない領域にまで達し始めていた。



「な、何が起こって……」



呆然と、その光景を眺めながらミノルは混乱していた。

否、混乱しているのは此処に収監された者達全員であった。

茫然自失となっていたミレイですら、顔を上げて通路に視線を向けている。


その間にも死闘は続いている。


沿矢の決死の近接射撃により既に七機を撃破していたが、其処でM5が弾詰まりを起こす。

絶えず体を揺らし、前進する中での無茶な射撃行為によるものだろう。



「ったく!!」



しかし、沿矢は焦らずにM5をその場に放棄し、FG型から奪った二本のブレードを背中から引き抜いた。直後、背後から切りかかって来た一機の動きに過敏に反応、返す刀で沿矢はそのブレードを相手の胴体に叩き込む。ブレードは装甲を貫き、AIを破壊したが、その一撃で皹が入って使用が不可になる。


構わずそれも放棄し、もう一本のブレードを構える。

既に、沿矢の周りには十機以上のFG型が集まろうとしており、このままでは数の差で押し切られるのは明白だった。



「よっ、とぉ!! ラビィ!!」



そんな中で、沿矢は振るわれたブレードを屈んで回避すると、両の足に全力を込めて床を蹴った。


直後、また通路から放たれたレイルガンの眩い光が二つ、一線としてフロアを駆け抜ける。

沿矢に群がっていた数機のFG型がその光に貫かれ、ダウンした。


しかし、完全に機能を停止した訳ではない。

AIを貫かれたのは一機だけで、残った機体は四肢の節々を欠損させ倒れながらも、冷静に宙へと浮かぶ沿矢に向け、右腕のカバーを開いて狙いを定める。が、宙に浮かんだ沿矢はDFを既に構えており、銃弾を即座に叩き込んで掲げてられていた幾つかの右腕を同時に弾き飛ばす。



「邪魔です」



直後にラビィがMGL64に装填されていたHE弾を損傷したFG型の群れに叩き込み、止めを刺すと同時に他のFG型の行動を阻害する。



「ここまでは順調だな……」



天井まで到達した沿矢はブレードを天井に突き刺し、ホルスターにDFを収めながらそこにぶら下がって周囲を一望する。するとフロアの隅で動かない機体を発見し、沿矢は笑みを浮かべた。



「あれが百式だな――!」



言うと、沿矢は体を揺らして天井に足を当て、瞬時に力を込めて其処から離脱する。

空中を移動する沿矢に銃撃が集中はしたが、そこを見計らった所で再度ラビィ達の援護が入り、それを途切れさせる。


この時点で、残るFG型は既に十機。

そして高性能型である百式も、沿矢に間近まで接近されてしまい、指揮行動の継続が取れなくなった。


百式は即座に両腕のブレードを展開し、肩部のガトリングを起動する。

しかし、その回転が最高潮に達する前に沿矢は地面に降り立つと、その勢いを乗せたまま悠然と懐へと飛び込み、右手に持っていたブレードを突き放った。



「ッ……流石に速い!」



残像と盛大な風切り音を伴ったそれを、百式は瞬時に体を横に倒して何とか回避する。

しかし、完全には回避しきれずに肩部のガトリングを破壊された。


お返しと言わんばかりに百式はブレードを下からの軌道で振り上げ、沿矢のブレードを瞬時に叩き切る。沿矢は其処で一旦背後へと飛び退き、体勢を立て直す。


すると百式は用無しとなったガトリングの弾薬が入ったバックパックを背部から切り離し、機体を軽くする。その光景を眺めつつ、沿矢は冷や汗を流した。



「ガトリングを破壊したのは失敗だったか……?」



沿矢のブレードが断ち切られた際の百式の速度、それは他のFG型とは比較にもならない速さであった。更に相手は大きな負荷であろう弾薬バックパックを背負った状態でその速さだったのだ。その一連の動きを見て僅かに沿矢は自身の判断を悔やむも、其処で今更終われる訳も無い。



「…………いいぜ、"今回は"互いに何の条件も無しだな」



以前、クースで百式と戦った記憶を思い出しながら、沿矢は両腕を構えた。

あの時はエレベーターに誘い込み、彼は自身が有利な状況で戦った。


しかし、今回は違う。

互いに場所の有利不利の無い状況下で、真っ向から向き合った。

一人と一機、人類と機械が互いの生存を賭けての真剣勝負。


あの時と同じく、沿矢は相手が動くのを待った。

百式は一切の動きを見せず両腕部のブレードを構え、沿矢は両腕を前に突き出しながら呼吸で肩を揺らす。


――此方から動くべきか?


意図せずして、沿矢はクースで百式と向き合った際と同じ思考を展開した。

その考えを反映するかの様に構えた指先を僅かに動かした瞬間、百式は即座に反応し、ブレードを突き出してくる――が、しかし。



「野郎っ……!!」



薄皮一枚、頬を僅かに切られる。

けれどもだ、今度は確かにあの時とは違って沿矢は相手の攻撃を回避できた。

瞬時に沿矢も一歩を踏み込み、左拳を打ち放つ。


そして、其処からが本番だった。

百式が振るうブレードは鋭利で涼しげな風切り音を奏で、逆に沿矢が時折振るう拳は轟音を巻き起こし、フロアに積もった塵を巻き上げ、吹き飛ばす。


凄まじいのは、互いに近接攻撃を交し合いつつも、どちらも致命的な被弾をしてない事だ。


百式の振るうブレードは肌を裂き、沿矢の放つ拳は装甲を掠めて損傷させる。

だが、そのどちらも決定打になり得ず、延々と拳と剣の演舞が繰り広げられた。



「ロング、ラビィは前に出ます。貴方は其処で援護を頼みます」


「分かったわ!!」



その間にラビィとロングが指揮官を失い統率を失ったFG型に対し、一斉に攻勢に出ていた。


ラビィは素早く前に出ると沿矢が放棄したM5を確保、弾詰まりを解除してそのまま銃撃する。ロングはタルパーのレイルガンだけを叩き込むとチャージを待ち、無理をしない攻撃を繰り返す。


しかし、それで十分だった。

指揮系統を失って動きに精細を欠いたFG型は瞬く間に排除され、残るは百式のみとなる。



「沿矢様!!」


「ソウヤ君…………!」



FG型を倒し、沿矢の元へと駆け付けたラビィとロングは同時に彼の名を呼ぶ。

両手に構える銃を向けようとするも、援護は難しい状況だった。

残像すら伴う動きで戦闘を繰り広げる両者の間に援護を飛ばすなど、到底不可能に近い。


だが、沿矢にブレードが掠める回数が増えてきていた。

即ち短期決戦を狙った強行の疲労が、今この瞬間に彼へ押し寄せてきているのだ。

そんな彼と対するは鋼の機械、しかも上位互換である百式に疲れなどある筈もない。


更に言えば互いが武器とする物のリーチの差がある。

百式はブレードで、沿矢は素手。

どう足掻いても、そのリーチの差は近接勝負では不利となる決定的な物だった。


それでもそのブレードの剣戟を回避して潜り込み、一撃を加えていく沿矢の動きは目を見張る物があった。


感覚の強化が成されているとは言え、刃物を振るう相手の懐に飛び込む覚悟と恐怖は底知れないだろう。だが、これまで彼が築いてきた数多の経験がその踏み込む気概を後押しする。



「くっ、沿矢様……!」



そんな善戦を繰り広げてるとは言えど、百式が振るうブレードは容赦なく沿矢の肌を裂き、新たな裂傷を確かに加えていく。


このままでは危ういと判断してラビィが援護しようと銃を構えるが、接近戦を繰り広げる両者の動きが速すぎるが故に、流石の彼女でも狙いを定められないでいた。



「ッ……しゃーねぇ、なっ!!」



覚悟を決め、沿矢が吼えた。

百式が振るう横薙ぎのブレードに向かって、右の前腕を叩きつける。

すると血が飛び散り、金属音が響き渡り、ブレードが折れて弾け飛ぶ。


沿矢は自身の腕に埋め込まれた異物を利用し、以前の迫田戦の例に習って相手の武装を排除した。


こうなってしまえば、注意するのは残ったブレード一つだけ。


そして互角の戦いを繰り広げていた両者であれば、その戦力の低下は致命的であった。

徐々に百式は追い込まれ、部屋角にある壁際に追い詰められていく。



「獲ったァッ!!」



そして完全に追い詰めた所で沿矢は一気に踏み込むと、獰猛な笑みを浮かべると同時にその勢いを乗せて左拳を胴体に叩き込んだ。


その一撃は装甲を容易に貫き、背後にある施設の壁をも穿った。

衝撃でフロアが揺れ、パラパラと塵が降り注ぎ、天井に吊り下げられたライトが揺れる。


百式はバイザーから光を消し、四肢の力を無くして沈黙する。

左腕を引き抜き、倒れこむ百式を見下ろすと、沿矢は荒く息を吐きながら言う。



「ぜぇ、はぁ、はぁぁぁぁぁ……ったく! 楽勝だったぜ……!!」



そう吐き捨てると、口内からそっと流れ出た鮮血を沿矢は無意識に拭った。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







「痛てて……痛いよぅ、ラビィ」


「我慢して下さい」



俺達は無事、FG型を排除してウララカの人達を助け出せた。

牢から彼等を出した後、俺は受けた傷をラビィに見て貰っている。


俺の体の彼方此方にある切り傷の殆どが、百式の手による物だ。

群れから振るわれたブレードも脅威ではあったが、それはまだ何とか回避できてた。

しかし、百式の動きはそれ等より洗礼されており、しかも機械の癖にフェイントまで織り交ぜてきやがった。



「恐るべしは百式か……。そりゃ組合も警戒する訳だ」



まさか数十機のFG型より、一機の百式にあそこまで手間取るとは思わなかった。


無論、クースでも百式に手間取った記憶が消えた訳ではない。

あの時だってエレベーター内に誘い込み、此方が有利な条件で戦ったけど苦戦したからな。

しかしだ、今の俺は覚醒したスーパーなサイ○人並みの戦闘力はあると自負していたのだ。


その結果がこれだと、俺は右腕に巻かれる包帯に視線を向けながら溜め息を零す。



「にしても……悲惨な状況だよな」



気付けば、ウララカの人達が仲間の死体を囲んでいるのが見える。

だが、誰も涙を浮かべてはおらず、ただ悲痛な表情だけを浮かべ、陰とした雰囲気だけがそこには漂っていた。



「馬鹿野郎が……。少し待てば、こうして助かったってのに」


「……ブック、何であんな馬鹿な事をしたのよ……!!」



と、一人の金髪の女性が複雑な表情を浮かべながら死体に向かって言葉を搾り出す。

そんな彼女の肩を抱く様にしながら、恋人であると言う男性が相手を慰める。



「やめろ、ミレイ。彼はもう死んだんだ。彼に対する恨み言を吐けば、それは君自身に渦巻く負の感情を強くするだけだよ」



恋人を諌めた彼はそのまま跪き、男性の死体の瞼を閉じながら言う。



「お別れだ、ブック。いや……レン」



その言葉を聞き、双子の姉妹が互いに抱き合う様にして嗚咽する。

此処で色々あったらしいが、やはりそれでも仲間との別れは堪えるらしい。


仲間との別れを終えると、彼等は此方に近寄ってくる。

そして恋人を慰めていた男性が一歩前に足を踏み出し、頭を下げた。



「本当に、ありがとうございます。僕はチーム『ウララカ』のリーダーを務める、武井 ミノルです。失礼ですが、貴方は……?」


「俺は木津 沿矢です、そして此方が相棒であるラビィ・フルト。あと、礼はいりませんよ。俺もある事情があって貴方達を迎えに来ただけですから」


「……まさか、貴方が貴婦人を退けたあの……? いや、確認は必要ありませんね。貴方の強さは言うまでもなく、理解しましたから」



どうやら、俺の事を知っている様だ。

何となく彼の賞賛の言葉を受けると、聞き慣れない言葉使いで背中がゾワゾワとするな。


そうこうしている内に、他の面々もお礼の言葉を向けてくる。



「イチです。本当にありがとう! この恩は一生忘れません」


「私はランです。まさか出られるとは思わなかったよ……。ありがとう、本当に」


「……ウララカの副長を勤めるミレイ・ラルターです。ありがとう、ございます……」



ミレイさんはどうやら死んだ男性に牢で襲われたらしく、挙動が落ち着かない。

キョロキョロと視線を周囲に向けつつ、怯える姿は見てて痛ましい。



「俺はダッシュだ。礼を言わせてくれ、本当に助かった。木津、そしてフルト。勿論、ロングもな! よく助けを呼んできてくれた……ッ」



中年の同業者が俺にお礼を言うと、次に彼はロングさんの肩を叩いて感極まった声を出す。

それを受けたロングさんは首を横に振り、肩に乗った手に触れる。



「ごめんなさい、勝手に部屋から離れて……私の所為で混乱したんでしょう? もしそうじゃなかったら、無事に逃げ隠れできたかもしれないのに……ッ!! そうしてたら、ブックだって……こんなっ」



直後、涙を流すと表情をクシャクシャにしてロングさんは床に跪いた。

恐らく、彼女はずっと仲間が捕まった原因が自分にあると責めていたのだろう。


嗚咽する彼女の周りに仲間が集まり、慰める。

次第に彼等も感化されたかの様に涙を流し、暫くソレは止む事が無かった。


その間に俺はサラっと百式の近くに立ち寄り、部品を漁る。

流石に苦労した訳だし、この程度の金策は見逃してほしい。

しかもコイツとは文字通り死闘を繰り広げたのだし、その証は是非とも手にしたかった。


部品を漁って袋に詰め、彼等の所へと戻る。

その時間は数分程だったが、それでも彼等は何とか落ち着きを取り戻しつつある様だ。


俺が戻ってくるとリーダー格の青年が頭を下げ、此方へと歩み寄ってくる。



「お待たせしてすみません、木津さん。ところで、貴方が言っていたある事情とは……?」


「はい、それを話せば長いんですが……まずはこの映像を見てください」



俺は懐からPDAを取り出し、テラノで映した映像を流しながら説明を始めた。

彼等はそれを聞くと徐々に表情を変え、驚愕と困惑に包まれる。

とりあえず簡易的に説明を終え、俺は彼等に頭を下げた。



「そういう訳ですので、貴方達には探索打ち切ってベースキャンプに戻って欲しいんです。その後、ヤウラへと戻って俺はこの話を軍に伝えなければいけない」


「勿論、それに異論はありませんが……。何と言うか、何を言えばいいのか……」


「お前さんは……どうして此処まで来てくれたんだ? そんな事情があるなら、俺達を見捨てたって誰も責めなかっただろう? 数百人の命が掛かってるんだぞ」



ダッシュさんは苦虫を噛み潰した表情でそう言った。

自分達の所為で、テラノの人達の命に影響が及んだと思ってるのかもしれない。

しかし、それは大きな勘違いだ。


俺は頭を振り、彼等に笑いかけながら言う。



「なーに、これから数百人も助けるんですから、たかが数人増えた程度で誰も文句は言いませんよ。言われた所で、知るか馬鹿って感じです。……まぁ、今のはオフレコでお願いしときますけどね」



と、軽い口調で笑い飛ばす。

するとダッシュさんも徐々に口角の端を持ち上げ、額にパチッと乾いた音を立てて手を当てる。



「…………ははっ!! 全く、お前は随分と大物だなぁ……参ったぜ」


「そうでしょう……そうでしょう!? サインを強請るなら今ですよ。その内に高騰する予定です」



そうジョークを飛ばすと、其処でようやく少し笑い声が巻き起こった。

俺は休むのもそこそこにゆっくりと袋とM5を担ぎ、彼等に言う。



「さぁ、地上に戻りましょう。今から戻れば……えー……朝には辿り着けそうか」



気付けば時刻は既に真夜中であり、日を跨いでいた。

残り少ない日数を消化してしまった、急がなければいけないだろう。


そう静かに気合を入れていると、おどおどとした態度でミレイさんが話し掛けてくる。



「す、少し休んだらどうですか? 傷を負ってもいるのに……」


「大丈夫です。それより……着替えを渡しましょうか? サイズは合ってないかもしれませんが、ラビィのシャツがありますよ」



ミレイさんは死んだ男性の血を大量に被っており、えらい状態だ。

なので見た目的にも衛生面的にも危うく、そう申し出を出すが、彼女は静かに首を振る。



「いいえ……平気です。これは、ある意味私の自業自得の結果でもありますから……」


「ミレイ……」



憂う様にそう告げた彼女を見て、ミノルさんが心配そうに寄り添う。

それを見ると、あまり口を出す事は避けるべきと判断し、陰とした空気を振り払う様に声を張り上げる。



「とにかく俺も大丈夫です!! も~っと酷い状態になった事もありますから。それに休んでる暇はありませんよ。此処から出れば、すぐにヤウラへと向かいましょう」


「そうだとしても……少しは休まなきゃ。もし、途中で倒れでもしたら……」



ロングさんは目尻を下げ、心配の言葉を向けてくる。

その気遣いはとても有難かったが、受け入れる訳にはいかない。

カークスさんやテラノの人達の為にも、休んでる暇はないのだ。



「ははは、じゃあ俺が倒れたら誰か背負ってください。それまでは大丈夫ですから……」


「……よし分かった。じゃあ、俺がお前を背負ってやる!! 正し、倒れる前にだ!!」


「ぅえ? つまり、それは……?」



何だか、嫌な予感がしてきたぞ。

そしてこういう時に限ってそれは当たるのだ。


案の定、ダッシュさんは俺の両肩を掴むと、鼻息を荒くしながら言う。




「俺達が交互に背負ってお前を地上まで送る!! 助けてもらったんだから、ソレ位は当然だ! お前は休め! な!?」


「えぇ~……? いや、この歳になっておんぶはちょっと……それに途中で戦闘になったらアレですし」



そう言って誤魔化そうとしたが、そこでまさかの言葉がラビィから放たれる。



「沿矢様、彼等の好意に甘えましょう。M5や武鮫はラビィが持ちますので、それに私のセンサーを駆使すれば戦闘は起きないでしょう。来る時に邪魔なFG型も排除してますし、そう早く補充もされない筈です」


「フルトちゃんもそう言ってるし、ね? ソウヤ君、貴方は休んで……」


「ロングさんまで……」



気付けば、周囲の面々は俺を背中に抱える気満々であった。

俺は頬を赤くしながら、小さく頭を下げる。



「じゃ、じゃあ……お願いします」







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







「こうして見ると、本当にまだガキなんだがなぁ……」



収監エリアから抜け出し、地上を目指す一同。


その道中で、ふとダッシュは自身の背中で眠る沿矢を見ながら呟いた。

するとイチがクスクスと笑い、冗談を飛ばす。



「ダッシュの年齢なら、それ位の子供も居てもおかしくないからなぁ。まるで親子だよ?」


「馬鹿言え、もう少し若いわ! ったく、まだギリギリ三十台だっての……」


「……こんな子供があんな風に戦えるなんて、不思議だよね。一体どうなってるんだろう」



ダッシュが背負う沿矢を追う様にしながら、双子の姉妹が付き纏う。

対する彼はふっと笑みを零し、感心するかの様に細かく頷きながら話す。



「さぁな……けど重要なのは強さじゃなく、心意気さ。アイツが強い、コイツが強いって話は同業者の間でもよく会話されてるが、その強さを他人を助ける為に使う奴はそういない。木津の本当に凄い所はそこなんだよ」


「うっさい、オジサン。あんたが自慢気に言うなっての。なんかムカつく」


「おい……蹴るな。蹴るなっての!!」



ゲシゲシとランが繰り出す蹴りが脛を直撃し、ダッシュが吼える。

しかし、それでも深く熟睡した沿矢は目覚める事はなく、寝息を立てていた。


そんな風に騒がしく進む彼等の背後では、ミノルとミレイが沈黙したまま横並びで歩いていた。その傍らには背後を警戒するロングも居たのだが、二人が纏う暗い雰囲気に飲まれかけている。


暫くすると、ミレイがポツリと呟いた。



「もう、終わりだよね……」


「……? 終わり?」



ようやく言葉を発した恋人の言葉が理解できず、ミノルは首を傾げた。

そんな彼の呆けた様な反応にミレイは小さく息を零し、今度はハッキリと言う。



「私達の関係も、このチームも……もう終わりだよ。前みたいな関係には、きっと戻れない」


「そんな……! そんな事は……!」



そう言い掛けて、ミノルは言葉に詰まる。

牢で諦め掛けた自分の行動を思い返し、そこから続く言葉を言う資格はないと悟ったのだ。



「この数年間は本当に……本当に楽しかった。私達は最高のチームだってずっと思ってた……。ううん、きっと私とミノルが付き合わなければ、これから先もそうだったんじゃないかな?」


「…………」



その言葉を近くで聞いていたロングは静かに俯いた。


ブックの死に様を聞いて、彼女は彼を責める気にはなれなかった。

もしかしたら彼と自分が逆の立場であったなら、自身も似た様な事をしたかもしれないと。


あの時もし捕まったのが自分で、もしミノルと一緒の牢になっていたなら……。

そうであったならば、きっとあの気持ちを抑えられなかった筈だ。


恋愛感情は、人を突き動かす最も強い感情の一つだろう。

そしてその行動は時に誰かを傷付け、一生消えない傷跡を遺す。

今回の例が、まさにそれだった。


この悲劇が無かったとしても、きっと近い将来に破滅していたかもしれない。

事実、ロング自身はもうチームを去ろうと決意していたのだから。


もしかしたら、ブックも――。


しかし、それは推測に過ぎない。

彼は死に、もう何も答えない、もう会えないのだ。


残された者達は、ただその過ちを繰り返さない様に努めるしかないのだ。



「だからもう……終わりだよ、ミノル」



ミレイは言うと、涙を流す。


その流れる涙を見て、ミノルは震える手でそっと拭おうとしたが、それを寸前で留めると手を下げて首を振り、彼も頷いた。



「……終わりだ、ミレイ」



少し微笑み、彼も涙を流す。

そのまま二人はそっと離れ、その後は顔を合わせなかった。


そんな風に一つの恋が背後で終わりを告げているとも知らず、ダッシュは疑問を口にする。



「そう言えば、収監フロアで戦ってた際に警報が鳴ってたよな? 何で増援が来なかったんだ?」


「あれ……そう言えば」



イチも頭を捻り、疑問符を浮かべる。

すると先導していたラビィは事も無げに言い放つ。



「収監フロアで戦えば、その階層のガードが増援に来るのは分かってました。なので貴方達を迅速に救う為、沿矢様は他のガードを一掃しました」


「……は? 一掃……?」


「時間にして一時間と四十九分二十一秒。倒した総数は七十二機になります。そしてその戦果は収監フロアを除いた物です」



その言葉を聞いて、ロング以外のメンバーが絶句する。

何とかいち早く気を持ち直したランは、慌てた様子で尋ねた。



「え、援軍が呼ばれるであろうから倒した!? で、でも……その前に警報はならなかったよ?」


「全て警告を飛ばしてきた直後に仕留めましたから。ガードが周囲に応援を要請するのは、自身でも手に負えないと判断した場合のみです。で、あれば一撃で仕留めてしまえばその暇もないでしょう? そして、沿矢様にはそれが可能ですので」



ただ淡々と事実を告げるラビィ。

他のメンバーは一緒に行動していたであろうロングに視線を向けると、彼女は小さく頷いた。



「えっとね、二人はクースの廃病院でも似た様な事をしたんだって。探索するのにガードが邪魔なら、ガードを排除してから探索すればいい……ってね。あはは……凄いよね?」



ロングは努めて明るい声色でそう話し、戸惑いを見せるメンバーにそう語り掛けた。

ただ、彼女自身も冷や汗を浮かばせているので、笑い事ではないと思っているだろう。



「…………とりあえず、コイツが起きたら俺は真っ先にサインを貰うわ」



何とかそう冗談を口にしたダッシュであったが、笑いは起きなかった。




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