ウララカ
残念ながらパンは売ってなかった。
しかし、銃弾やちょっとした装備等はベースキャンプ地の送迎班が販売している。
なので少なくなってきていたM5の弾帯を二百発分程を補給しておく。
どうやら軍曹の説明ではクラスクに居るガードはFG型と言う、工業地帯用の強固な機体らしい。
YF-6程度の口径とそれに使用する弾薬程度では、その装甲を貫くのには苦戦するとの事。
しかし、幸いにもクラスクの地下施設の老朽化はそれ程でもないらしく、M5を地下で使用しても大丈夫みたいだ。対兵器用の武器をガードに使用するには大袈裟かもしれないが、今俺が持つ武器でFG型に通用しそうな適切な武器はこれしかない。
なのでラビィには車両からM5の取り外しや点検をお願いし、俺はこうして弾帯を購入している訳だな。
『おい……本当にやるのか?』
『へっ、いいから見てろ。どうせあのヒューマノイドが凄いだけで、アイツはただのガキだろう……さっ!!』
ふと不穏な会話が背後から聞こえたと思ったら、同時に金属質な音が聞こえた。
反射的に背後を振り向き、右手で無造作に何かを掴む。
掴んだ物を見ると、それは空の缶詰であった。
少し離れた所に居たのは同業者であろう男が二人。
そんな彼等と此方の視線が合うと、奴等は自然と焦った様に背後に後ずさる。
「ったく……」
俺はそのままそれを無造作に握り潰し、少し離れた所に居た同業者二人の足元に向かって少し力を込めて投げ返す。
「うぉ……!!」
するとその物体はそれでも容易に地面に突き刺さって砂塵を盛大に巻き上げ、相手を怯ませる。
その衝突音で周囲の注意を大きく集めた所を見計らい、俺は毅然と告げた。
「次は当てるぞ」
そう言って睨みつけると、二人は顔を青く染め上げながらそそくさと逃げ去っていく。
それを見届けると、そっと息を零す。
「一体どうなってんだ……?」
当然ながら、俺は凄腕の殺し屋でも何でもない。
にも関わらず、唐突に背後から投げられた缶詰を振り向き際に難なくキャッチできてしまった。
「SBの効果が残ってる、のか?」
そう呟いて、直ぐに違うと思い至る。
昨晩の戦いではSBを使用した際の高揚感が長く続いてた。
けど、今朝起きた時にはそれは無くなってたし、今もそれがない。
そもそもSBの様なナノマシンは短期決戦に用いられる型であり、持続性が無いとの説明をラビィから聞いている。彼女に内臓されているナノマシンは彼女のAIから命令を受けてONとOFFを切り替えられるらしいが、人間である俺には勿論そんな芸当はできない。
それに今の感覚は昨日使用したナノマシンと根本的な感覚が違う。
昨日の感覚は常に高揚感が溢れ、相手の動きに素早く反撃してしまう刃物の様な切れみたいなのがあった。だから常に敵対した相手に対して攻撃的と言うか……そのお陰でマックスに変な言葉で引導を渡す破目にもなったのだろう。
「うぉおお……また思い出して萎えてきたぞ」
ぞわぞわっと沸いてきた嫌悪感を拭い、何とか思考に意識を戻す。
しかし、今のそれは背後からの不穏な会話を聞いて意識を集中した途端に発揮された。
五感の感覚が冴え渡り、周囲の動きが遅くなり、思考がクリアになる。
けれども高揚感はなく、不躾な態度を向けてきた同業者に警告で済ませるだけに留まった。
SBを使用した昨日の俺ならば、一発食らわせるくらいはしてただろうにだ。
だから……ナノマシンではない。
恐らく、今の一連の流れを可能にしたのは……。
「やっぱ……コイツの所為だよな」
自然と目が向くのは、右の前腕の異物。
俺の身体機能の向上に加え、遂には感覚まで強化し始めたのだろうか?
この異物自身も変化すると同時に、それが俺の体にも影響を及ぼしているのだろうか。
いや、間違いなくそうとしか言えないし、そう考えると全て辻褄が合う。
それだけ聞くと良い事尽くめな気がするが……どうにも気味が悪い。
そもそもこの異物はどういう条件で変化していくんだろう。
時間の経過……にしてはここ最近の変化が急すぎる。
ヤウラから出た戦闘の直後に太くなり、テラノの戦闘後には遂に広がり始めた。
その二つが共通する部分を考えると、直ぐに原因を思い付く。
「どっちも戦闘の直後か」
ともすれば、この力を利用しすぎると異物が変化するのか?
それはRPGで言う経験地を積んでレベルUPする変化か、それとも力を利用しすぎた故のデメリット的なソレなのか。だが、こうして感覚の強化がされた事を考えるとなると……前者の方なのだろうか?
「……それなら楽なんだがなぁ」
そう考察を進めつつ、車両へと戻る。
するとM5の取り外しを終えたラビィがそれを抱えて待機しており、俺を出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、沿矢様」
「あぁ、ただいま。準備はいいか?]
「滞りなく、全て済んでおります」
「そっか……。なぁ、ラビィ」
「はい。何でしょうか」
何ともなしにラビィに話しかけて、其処で言葉に詰まる。
自分の感覚の事を相談しようと思ったのだが、そもそもラビィにすら俺は自分の境遇を明かしてはいない。彼女ならば難なく受け入れてくれるではあるだろうが、あまり妙な事を言って彼女を混乱させたくもないのだ。
「あー……空き缶とかある? 少し試したい事があってさ」
「空き缶ですか。それならば、沿矢様が食した缶詰が幾つかありますよ」
ラビィは手早く荷台の袋の中から空き缶を探り当て、それを四つ両手に持った。
俺はホルスターからDFを抜き、リリースボタンを押して取り出したマガジン内の残弾数を確認し、再度装填してスライドを引きながら言う。
「よし、なら俺の合図でそれを荒野方面の空中に高く投げてくれ」
「それは構いませんが……」
少し戸惑った様にラビィは首を傾げる。
俺はそれに目を瞑りながらDFをホルスターに戻して、グリップに右手を添えながら準備を整える。
「うし、スリーカウントでいこう。いくぞ? 1、2の、3だ!!」
その合図に従い、ラビィは素直に空中に四つの缶詰を放り投げた。
それと同時に集中を強くした――途端にまたあの感覚が自身を襲うのが分かる。
空中に浮かぶ缶詰のラベルすら読み取れる程のスローな感覚と、それを読み解く余裕がある思考能力の速さ。
そこまで確認した所でようやくDFを引き抜いて構えるが、それでもまだ缶詰は空中に高く浮かび上がっていく段階でしかない。
――!
一発目を撃つも、ソレが着弾するのを確認せずに二発目、三発目と次々に打ち出していく。
四発目を撃った所でようやく最初の缶詰に銃弾がヒットし、それが弾かれて遠くに飛ばされていくのが見える。
俺はその遠くに飛ばされていく缶詰に狙いを定め、残りの三発を纏めて撃った。
すると容易にその三発の弾丸も缶詰を貫き、缶詰を鉄屑に変えながら荒野の空にそれを撒き散らす。
「っと……気を抜くとすぐに戻るな」
そこまで確認した所で集中を切らすと、直ぐに元の感覚に戻される。
その際に高まった感覚と元の感覚との差が酷く、少し不安定になるのが分かった。
例えるなら、ジェットコースターに乗って降りた時の揺れる感覚みたいな感じか?
いや、それよりも更に強いとは思うが、俺が味わった十五年のショボイ人生経験ではその程度の例えしか出てこない。
「これは……実にお見事です。沿矢様がここまで卓越した射撃センスをお持ちとは、不躾ながらラビィは想像していませんでした」
「射撃センスと言うか、何というか……。まぁ、うん」
俺でなくとも、誰だってこの力があれば同じ事ができるだろう。
それ程までに今の感覚は強力だった。
下手をすれば、今まで頼りにしてた身体能力を超える程に使い勝手がいいぞ。
いやいや、そうでなくとも俺の身体能力と今の感覚を組み合わせるだけで、何倍も戦闘能力は向上するだろう。それは昨日の戦闘で既に明らかになった通りだ。
ただ、SBナノマシンと違ってこの感覚は俺の集中力が鍵だ。
例えば戦いの最中に集中が切れて隙ができれば、元の感覚との違和感で動きに精細を欠き、そこから一気に劣勢になってしまう危険性が高いと思う。
つまりはこの感覚は諸刃の刃の様な物だ。頼りすぎるとその感覚が前提での戦闘が当たり前となり、普段の動きでの戦闘能力が逆に落ち込むかもしれない。
「まぁ、そう上手い話はないし。あまり調子に乗って気を緩めすぎるのは良くないって事だな……」
「おい、お前……」
そこまで確認し、自分の今後の戦い方のイメージをしていると、何時の間にか近寄って来ていた兵士の一人に不意に話し掛けられた。
「え? あ、何ですか?」
「……ベースキャンプでの発砲は控えろ。射撃練習なら、少し離れた所でやれ」
「ぁ……」
そう言われて周囲を見回せば、ベースキャンプ地に居た大多数の人間の目を惹いていた。
缶詰を投げてきた同業者二人もその中に居て、彼等は俺と目が合うとこれ見よがしにビビりながら顔を逸らす。
いかん、少し考えなしだった。
そりゃ難癖付けた相手が唐突に発砲してればビビるわな。
「すみません。少し、愛銃の微調整がしたかったもんで……」
「まぁ、良い物見せてもらったから多目に見てやるが、次から気を付けろよ? ……ったく、末恐ろしいガキだ」
去り際に兵士がそう小さく吐き捨てるも、俺にはバッチリと聞こえてる。
傍から見れば、確かに今の射撃精度は並外れてるだろう。
「だ、大丈夫ですか? ソウヤ君、何かありました?」
そうこうしていると藤宮さんも態々と駆け寄ってきて、心配そうに尋ねてくる。
「いやいや、少し銃の調整をしただけです。それより、こっちの準備はもうおkです。其方はどうですか?」
「こっちも大丈夫です。だって……私達は待機するだけですしぃ?」
そう不満気に零し、藤宮さんは瞼を細めて上目遣いで睨んでくる。
軍曹の話を聞いた後に藤宮さん達も地下施設への同行を申し出たが、俺はラビィと二人で行くとそれを断った。 戦闘を主軸にした探索ならともかく、今回はあくまで地下に居るスカベンジャーを呼び戻す事が目的だからだ。
それにいざと言う時の緊急事態があっても、俺とラビィだけなら容易に逃げられる。
無論、面と向かって彼女達にそんな風に足手纏いみたいな言い方はできないので、スルーするしかない。
「……さーて、それじゃ行きましょうか。俺が先導しますね」
「あ、スルーして済ませる気ですか? そうなんですね!?」
背後から聞こえるそんな声を華麗に受け流し、車両に乗り込んで準備を終える。
藤宮さんが少し不満そうに此方を眺めながら車両に戻ったのをミラーで確認すると、窓を開いて腕を出して合図をし、車両を発進させる。
クラスクの街中は夕暮れ時で赤い光で照らされており、崩れた建物がそれと合わさって陰とした雰囲気だ。しかし、地上の大部分は崩壊していても、これから侵入する地下施設はそうではない。
クラスクは地下にプラント施設が展開している。
だが、どうやらその全てが繋がっている訳ではないらしい。
軍曹の説明では地下施設は侵入する入り口によって、別々の地下施設に降りていくらしい。
各施設は地下で複雑に絡み合いつつも決して組み合う事は無く、独立した個々の製造ラインが幾重にも存在しているのだ。
その説明を受けてゲンナリしてしまったが、仕方ない。
それと、どうやらヤウラ組で戻ってきてない人達はとある一つのチームらしい。
彼等はどうやらクラスク第三搬入口から降りていく地下施設を中心に探索を進めてる中堅のチームらしく、俺はその後を追う流れとなる。
軍曹の調べでは、ヤウラ組で戻ってきてないそのチーム名は『ウララカ』と言う男女混同のチームらしい。彼等は何時も第三搬入口から浸入し、今は地下六階か七階を重点的に探索してるとの事だ。
「沿矢様、どうやらあの部分が第三搬入口の様です」
「お、そうか。思ったより早く着いたな」
目的の場所はベースキャンプから十数分程、車両を走らせた地点に存在していた。
早速と車両から降りて、突入前の再度の準備と装備の点検をしていると、近付いてきた藤宮さんが遠慮がちに話し掛けて来る。
「ソウヤ君。本当に……二人で大丈夫ですか?」
「藤宮、貴方の心配は無用です。ラビィが共に居るのですから、沿矢様は絶対に守ります」
「ラビィさん……。うん、そうだね。貴方が居るなら大丈夫ですよね」
ラビィがそう主張すると、藤宮さんは微笑んでそう答えた。
彼女達はホテルでラビィに助けられたみたいだし、その強さを目の当たりにしたのだろう。
故にその信頼は相当高い様で、ラビィの自信を見てようやく安心してくれたみたいだ。
「じゃあ、俺の車両を頼みます。何か異常があれば退避して下さいね」
言うと、俺は車のキーを藤宮さんに預けた。
俺とラビィだけで潜る理由は、車両を放置すると言う愚を避ける為でもある。
ベース・キャンプ地に放置してきても良かったが、生憎と軍の人や"同僚"達を無条件で信じる程に俺も馬鹿ではない。
今は何が起こるか分からない荒廃時代、荷台から物が盗まれたりしても驚きはしない。
昨晩にしたって安全だと思ってた集落が無法者に占領されてたんだぞ? 驚き所の話じゃねぇよ。
だから警戒する、そして藤宮さん達は信頼に値する人達だ。
「ソウヤ……慎重にね。何が起こるか分からないよ」
「何かあればすぐに戻って来い。誰も責めはしない。いざと言う時は私達だけで、テラノの件をヤウラへ知らせに行けばいい」
里菜さんは心配の言葉を、フェニル先輩は気遣いの言葉を向けてくれる。
それが素直に嬉しくて、俺は笑みを強くしながら頷いた。
「大丈夫です! 俺に任せてください! 無事に戻ってきますから。メア……ちゃん? も、俺の車両の警備を頼むな」
そう豪語しながら、チラリとメアと呼ばれている少女に視線と言葉を向ける。
彼女は返事こそしなかったが、静かに息を吐く様にしながら小さく頷いた。
「よし、行こう。ラビィ、先導を頼む」
「了解しました」
ラビィに指示を出し、俺は第三搬入口から地下施設に向けて侵入を開始した。
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チーム『ウララカ』は男女混同で作られたグループだ。
リーダーの武井 ミノル、福リーダーにミレイ・ラルター。
この二人の男女を主軸にして、ウララカは機能している。
チームの総勢は七名。
これはスカベンジャーを生業にしているグループとしては少し多い。
車両を駆使して稼ぐハンターチームならば、荒野を彷徨う無人兵器を狩れば大量の収益が見込める。
しかし、あるかどうかも不確かな宝を求めて潜るスカベンジャーと言う職業は、場合によっては何の収益得られないケースも珍しく無いのだ。
チームメンバーが多いと言う事は、分け前もそれぞれに多く分配する必要がある。
当然ながら、良い物資を発見してもその苦労に見合うボタを得られない可能性が高い。
だが、ウララカは収益を目的にして潜るスカベンジャー達とは少し事情が違った。
「……七階のマッピングはこれで半分だ。ん~……このフロアははずれかな? どう思う、ミレイ」
ミノル達は今、地下七階に自分達で設営したベースキャンプで休んでいた。
ガードを排除して得られた小部屋、その外には当然見張りも置き、警備は常に怠らない。
「見つかる物はボロボロの革靴、風化した"服らしき"物、そういう物を詰めるのには高価で丈夫な保存コンテナを使用しないから、コンテナも見つからない。うん、外れね!! ここ駄目だわ!!」
ミレイは言って、ウガーと奇声を上げながら背後に倒れこんだ。
長い金髪のポニーテールが釣られて揺れ、倒れた衝撃でその豊満な胸が揺れるのもローブの隙間から覗き見える。
「此処は雑貨製造を主としたフロアだったみたいですね。どうりで他のスカベンジャーが滞在した形跡が少なかった訳です」
穏やかな笑みを浮かべながらそう冷静に分析したのはブックと呼ばれる青年だ。
その呼び名は本名ではなく、チーム内での通称であり、本名はまた別にある。
豊富な知識と眼鏡を掛けた風貌、そしてその穏やかな話し方が合わさり、仲間から"本"呼ばわりされているのだ。
「つまり、"旨み"が無いって事よね。じゃあ、次に進んだ方がいいのかしらね……」
ぼんやりとした雰囲気でそう呟いたのはロングと呼ばれる女性。
身長が190cm近くある彼女、その頭部には長く黒い見事な長髪を持ち、その風格故にその呼び名となった。本名は勿論、別にある。
「ロング、馬鹿言うな。逆だよ逆! 大半のスカベンジャーが此処をスルーしたって事はだ、まだ残されてる宝があるかもしれないって事だろ!?」
「宝って……服と呼べない物体や、ボロボロの靴が? あれを宝と呼べるなんて、貴方の能天気さが羨ましいわ、ダッシュ」
「そうじゃねぇよ!! まだ全部を見て回った訳じゃねぇだろ!? 他の製造ラインがあるのかもしれないじゃねぇかって言ってんだよ!」
そういきり立つ中年の男は、通称ダッシュと呼ばれるチームの前衛。
戦闘の際には積極的に矢面に立ち、仲間を守ろうとするが、少し血の気が多い所がある。
『五月蝿いってば!! 静かにしてよオッサン!!』
『ガードに感知されたら囮として叩き出すよ~? オッサン』
「ダッシュって言え!! ツインズ!! 誰がオジサンだ!!」
部屋の外から中を覗く様にして注意を飛ばした女性二人に対し、ダッシュはそう返す。
それを受けて、外に居た二人は寸分違わず同じタイミングで表情を切り替えた。
『『ツインズって呼ぶな』』
「だったらそのハモリ芸をやめろ!! 全く……似過ぎなんだよ、お前等は」
ツインズと呼ばれた彼女達は、一卵性双生児の双子だ。
ショートカットのハニーブロンドと、150cmと小柄な体格、その陽気な性格。
とても成人女性とは見えない見た目と立ち振る舞いではあるが、故にチーム内では可愛がられる立場が彼女達だ。
彼女達のチームでの呼び名は姉が『イチ』妹が『ラン』だ。
由来に関しては言わずもがなだ、当然ながら本名ではない。
見ての通り、彼等は仲が良い。
そしてそれはメリットでもあり、デメリットでもある。
そして探索と言う命の危険が大きくなるこの状況下においては、それ以上の問題も孕んでくるのだ。
「ん~! とりあえず、今日はもう終わりにしようか? ご飯も食べたし……そろそろ休む?」
ミレイはそう言うと、それとなく笑み浮かべながら横目で視線をミノルに向けた。
それを受けた彼は頬を赤く染めながら、慌てた様子で言う。
「休むのはまだ早いだろ? 地下だから夜とか関係ないし、もう少し探索を続けても……」
「リーダー……そうじゃねぇだろ。つまり副長は"二人っきりに"なりたいんだよッ。か~……羨ましいねぇ」
ダッシュがカラカラとそう笑い声を上げると、今度はミレイが顔を赤く染める。
「な、何よぅ!? 恋人同士なんだし、少し二人になる位は当然の行為でしょう!?」
「……ミレイ、そういう反応をするから僕達はよく弄られるんだよ」
ミノルは羞恥心で顔を片手でそう隠しながらそうツッコム。
ブックはそんな様子を眺めながら静かに笑い、ミレイに賛同する。
「恋人に甘えるのは当然の権利です。リーダー、このフロアを急いで調べる必要もなさそうですし、今日はもうお開きにしましょうよ。貴方と副長は休んでください」
「ブックまで……。分かった、今日はもうお仕舞いだ。各自、休んでくれ。次の見張り交代までは頼んだよ、外の二人」
『『了解、色男』』
「ぐっ……そこでハモるなよ」
ミノルはそうがっくしと肩を落としながらも、部屋の隅に張られたテントにミレイと共に潜っていった。冷やかしながらそれを見届けたダッシュは表情から笑みを消し、隣に座るロングへと直ぐに語りかける。
「ロング……あの二人を祝福するって、そう決めたろ? 黙りこめば、あの二人に感付かれるぞ」
「……だって、まだ好きなんだもの」
ロングはそう言うと、体育座りしている膝に顔を伏せた。
その際に彼女の長髪が彼女の表情を覆う黒いカーテンとなり、まるで他者を拒絶している様な雰囲気を放ち始める。
「気持ちは分かるがよ……もう決着はついたろ? お前は良い女だ、すぐに他の男が見つかる。何なら俺でもいいんだぞぉ?」
「例え世界が崩壊しても、貴方だけは嫌ね」
「とっくに崩壊してんだろうが……」
取り付く島もないと、ダッシュは息を吐く。
対するブックは自身の荷物から本を取り出し、既にそれを読み始めている始末。
「ブックよぉ……お前は言う事はないのか?」
「僕にも慰めろと? ……後はもう彼女自身の問題です。いずれ時間が解決してくれるでしょう」
「そうじゃなくて――お前自身の問題だよ」
瞬間、空気が凍った。
しかし、それは一瞬だけの事であり、ダッシュとブックの両名の間で交わされた瞬時の緊張だった。
次の瞬間にはブックは穏やかな笑みを浮かべ、和やかな空気が漂い始める。
「まさか……気付かれるとは。実はですね、この本はもう既に読んでた奴でしたよ。参ったなぁ……」
ポリポリと、頬を掻きながらブックは笑う。
ダッシュは一瞬呆けたが、それに付き合う事にした。
「大体、お前はいつも何を読んでるんだ? 官能小説か?」
「この状況下でそんな物を読む訳ないでしょう!?」
「だったら見せてみろよ」
「え……? ダッシュさんって、もしかして文字が……読めるんですか?」
「よーし、殴られたいんだな? 殴るぞ? 殴っからな!? あぁん!?」
ギャーギャーと争う二人を尻目に、ロングはゆっくりと立ち上がる。
彼女はそのまま部屋を出ようとしたが、当然ながら見張りの二人が声を掛けた。
「ロング、どうしたの?」
「気持ちは分かるけど……一人で散歩とか危ないよ?」
イチは純粋に疑問符を浮かべ、ランは気遣う。
彼女達にしては珍しく思考が一致しなかったが、それは特に問題ではない。
「ちょっと、お花を摘みにね……」
「あはは! それブックから聞いた聞いた! 昔の人はトイレ行くのに一々お花を摘んでたんだって!! 贅沢だよねぇ……」
「お姉ちゃん。文字通りの意味じゃないんだよ、それ」
姉であるイチの頓珍漢な言葉に対し、妹であるランが呆れ気味にそう指摘する。
何時もの和やかなそのやりとり見てロングは少し微笑むと、静かに二人の間を抜いて通路の奥に歩いていった。彼女を見届けると、二人は憂鬱そうに話す。
「大丈夫かな、ロング……」
「かなり真剣だったもんね……私達も相談に乗ってあげたし」
ロングがミノルに好意を抱いていたと言う事実は、ミノル本人とミレイを除けば周知の事実だった。
双子の二人はロングの恋を応援していたのだが、結局は失敗してしまった。
いや、失敗どころかロングは何もできなかった。
気付けばミノルとミレイは知らぬ間に付き合っていたのだから、それも無理はない。
二人の関係が発覚したのはヤウラに滞在中の事。
その二人が出歩く姿と、キスまでする光景を不幸にもダッシュが目撃してしまった。
当然、ロングの恋心を知っていた彼はチーム内に緊張が走るだろうと想像する。
男女混同のチームが推奨されないのは、恋愛絡みでのトラブルを避ける為だ。
そう伝え聞いてはいたものの、まさか自分達がそうなるとは……。
ダッシュはそう困惑したものの、それを隠すのは良くないと真っ先に判断した。
ミノルとミレイを除いて緊急のチームの会議が開かれ、彼等は決めた。
即ちそれは二人の関係を認め、祝福し、これからも互いに支えあっていくと。
ロングも当初は大きく困惑したが、長年一緒に探索していたチームを去る決断をできず、了承したのだった。
ミノルとミレイは自分達の関係がバレた事と、突然の祝福に激しく動揺した。
しかし、今では仲間達の気遣いに感謝の念を抱き、その立場を甘受している。
とは言えど……だ。
「探索中に堂々と見せ付けられるのはキツイよねぇ……」
「……偶にさ、夜中に目が覚めて"声"が聞こえるんだ。そしたらもう気になって寝れなくて……」
「あー……あるある。あれは困るよねぇ。耳栓とか使ったら、見張りに立つ人の警告の声も聞き逃す危険もあるし……」
「けど、祝福してしまった手前、今更それをどうこう言うのも気が引けるし……どうしようもないよね」
二人はそう愚痴を言い合い、溜め息を零す。
チーム『ウララカ』は強い信頼で結ばれた男女混同のグループだ。
しかし、彼等も先人の例に沿い、その崩壊の兆しが見え隠れし始めていた。




