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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
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閑話 その瞳に映すモノ





「ノーラを軍で預かるぅ? 何で今更そんな……」


「知るかよ、ただ俺はお前にそう伝える様に奴等から頼まれただけだっての」



キリエ・ラドホルトは速水からそう情報を伝えられ、眉を吊り上げた。

ベッドに視線を向けると、穏やかな表情で眠り続けるノーラ・タルスコットの姿が映る。



「……軍は彼女をどうする気なのかな?」


「知らん、知ったら巻き込まれるからな。お前はどうするんだ?」



その問いを受け、愚問だと言わんばかりにキリエは鼻で笑い飛ばした。



「渡さないよ。せめて彼女の目が覚めるまでは静かに眠らせたいから。まぁ、ノーラの目が覚めても渡す気は無いけどね。だから、軍にそう伝えて? 彼女に手を出したら――後悔させてやるってね」



スッと、部屋の温度が下がった気がした。

速水はキリエのその言葉を受けて、小さく頷く事しかできない。

いや、むしろそれだけでも凄い。普通の人間なら何も出来ないまま立ち尽くしていただろう。



「全く……軍の奴等にこの表情を独り占めさせてたまるかっての」



ノーラが浮かべる表情は本当に安らかで、キリエもそれを見ると心が和らいだ。

彼女が何時も浮かべていた笑みが偽りである事を、キリエは知っていた。

しかし、それを追求する事はなく、ただ彼女の友人として共に過ごしてきた。


彼女の過去に何があったかも知っている。

けれど、それはキリエが彼女から伝え聞いたからではなく、勝手に調べたからだ。


その事を調べてしまった事で、キリエは直に後悔した。

そしてノーラと合う度に彼女の罪悪感は疼き、何時もそれが脳裏をチラついた。

彼女がこうして眠る姿ですら、キリエは見た事がなかった。


何度も寝食を共にした事はある。

しかし、何時も先に寝てしまうのはキリエで、そして目が覚めた時には既にノーラは居なくなっていた。その流れを何度繰り返したかも分からない。


つまりそれは、沿矢と死闘を繰り広げた前の日のあの場面でさえ、キリエはノーラに信頼されてはいなかったのだ。


それでもいいと思ってた。

偽りの関係であったとしても、こんな自分の傍に居てくれるだけで良かった。

けれど、あの雨の日にノーラはようやく"本当に"笑ってくれたのだ。



――なんて、暖かい。ありがとう、キリエ……。



あの瞬間、ようやく二人は親友になれた。

少なくとも、キリエはそう思ってる。

だから、ノーラにその想いを伝えたいのだ。


例えそれが一年後でも、十年後でも構わない。

何年だってそれを待ち続ける覚悟が、既にキリエの中にできていた。



「……友達だもんね、ノーラ……」



そう微笑み、キリエはノーラの頬を撫でた。


速水は既に用件を伝えたのでこの場に居る必要はなかった。

だが、そんな慈しむキリエの横顔から彼は目が離せずにいる。

何時も天真爛漫で掴み所のない彼女が、初めて一人の等身大の人間に見えたからだ。



「……? お、おい! モニターを見ろ!」


「ぇ? ……えぇ!?」



速水の指摘を受け、モニターに視線を向けてキリエは仰天した。

何時もは変わらずの線を描いていたグラフが、緩やかな波を描きつつ変化しているからだ。


当然ながら、それはキリエにとって朗報である。

ノーラの意識がようやく戻るかもしれないのだから。



「ねぇ、どうしよう!? どうすればいいの!?」



この部屋で数多の暗殺者を難なく仕留めてきたキリエであったが、そんな彼女は初めて此処で戸惑いと驚愕の感情に翻弄される。


キリエは泡を食った様に部屋の中を動き回り、頭を抱えながら速水に助けを求める。

速水も心中では大いに混乱してはいたが、それよりもキリエの混乱っぷりの方が酷くて逆に冷静さを取り戻す。



「落ち着け!! ナースコールを押せ!!」


「そ、そうだね!! これを引っ張って……えぇぇぇ!? 千切れちゃった!!」



ナースコールを押そうとスイッチに手を伸ばして引っ張ると、その勢いでコードが千切れた。

キリエは驚愕しつつも、何故か何度もそのスイッチを連打して速水に助けを求める。




「"ちゃった"じゃねぇ!! お前が"千切った"んだ!! この馬鹿! もういい、俺が誰かを呼んでくる!! 彼女から目を離すな!!」



速水もキリエと同様に混乱してはいるが、流石に年長者は違う。

彼は直に適切な判断を下し、慌てて部屋から飛び出していく。


部屋に一人に残されたキリエはおろおろと困惑し、千切れたスイッチを胸に抱いて不安気に部屋の中を彷徨う。



「あぅう……どうしよう、どうしようぅう」



涙目で部屋を彷徨うキリエを見れば、誰もが仰天するだろう。

少なくとも、そんな彼女の姿は天下の"紅姫"だとは誰も思わない。


そうこうしている内にもモニターのグラフは更に揺れ動き、そして遂にその時が訪れた。



『ッ……ごほ!! ごっ……かは』


「!? の、ノーラ!? 大丈夫!?」



呼吸器を通じてノーラが咳き込む声が聞こえた瞬間、直にキリエは彼女の枕元に近付いた。


思わず彼女の手を取り、キリエは気遣いの言葉を向ける。

そして、ノーラの震える瞼が徐々に開かれていき、その金の瞳にキリエの姿を映し出す。



『…………キリ、エ? 貴方、どうして……』


「あぁ……あああ! ノーラ! 良かった、良かったよおおお!!」



呆けた様な台詞だったが、それで十分だった。

キリエは涙や鼻水を流しながら歓喜の声を上げる。

対するノーラは瞳を周囲に向け、戸惑う様子を見せた。



『此処は……病院? 治療、されたの……?』



流石は凄腕の賞金稼ぎ。

ノーラは瞬時に自分が置かれた今の状況を悟り、驚愕しているのだ。


彼女は自身の都合だけで一方的な戦いを繰り広げ、数多の被害を出した。

そして何より彼女は勝っても死ぬつもりだったのだ、それなのに負けた自分が生き長らえる可能性は示唆してなかったに違いない。



「大丈夫? 何処か痛い? お腹は空いてない?」



矢継ぎ早にそう問いかけてくるキリエの姿を見て、ノーラは苦笑する。

相変わらずな様子、そしてそんな態度を自分に向けてくれるのが嬉しくて仕方がなかった。


しかし、ノーラには今何よりも気になる事がある。



『キリエ……聞いていい?』


「何々!? 何でも聞いて!! ちなみに好きな無人兵器はフロッグ型だよ!!」



ノーラが一揆挙動する度にキリエは飛び跳ねたりと、かなり興奮気味だ。

しかし、そんな興奮は次に紡がれた言葉でようやく静まる。



『……沿矢様は、大丈夫なの?』


「ぇ? あ、ぁぁ~……いや、私もあの子の事は気にしてたけど、会う機会がなくてさ……。でも、普通にもう組合所で活動してるとは聞いたよ?」


『そう、無事なのね……。良かった、なら行かないと……!』



言うと、ノーラは体を起こそうとした。

だが、重症を負って何日も昏睡していた体が容易に動く筈もない。

そしてノーラはそこでようやく自身の左腕に付けていたHAが取り外されている事に気付く。



「む、無茶だよノーラ!! 動ける訳ないじゃん!! 本当にやばかったんだからね!?」


『そうだとしても、私は彼に……!』



そこまで口にした所で、ノーラは白目を向いて再びベッドに倒れこむ。

またもや昏倒してしまった彼女を見て、キリエのパニックは最高潮に陥る。



「の、ノーラぁ!? あぁ、もう!! 速水ィ!! 早くきてよ~~~~!!」



その後、ようやく駆けつけた速水と医者はキリエの小言を延々と聞かされる事になる。


貴婦人はようやく目覚めた。

死闘を繰り広げた両者が再び出会う時、其処に吹き荒れるのは嵐か、それとも花か。


いずれにしろ、その話が語られるのはまだ少し先だ。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







「うへへへへぇ……」



自身が持つホルダーの束を見ながら、弓はにへらと笑う。

対する弦はそんな孫娘の様子に冷や汗を流す。



「弓よ、年頃の女がそんな汚い笑い方すんじゃねぇ」


「き、汚い!? いや、だってさ、見てよ!! 二十万だよ、二十万!! いやぁ、これは沿矢君も驚きを隠せないだろうなぁ。もしやお姉さんとしての株が上がっちゃうかなぁ?」



ぴょんぴょん跳ねながら、弓は頬を紅潮させつつ笑う。

対する弦は冷静にその主張に異を唱える。



「何でオメェの株が上がるんだ? 値段交渉や取引相手を見つけたのは俺だぞ?」


「…………弦爺、そんなの些細な問題だよ」


「……そうかぃ」



そんな微笑ましいやり取りを傍から見ていた里津は後ろ頭を掻きつつ、弦に問い掛ける。



「……実際、どうして二十万も貰えたの? 生体義手の相場はもう少し下でしょ?」


「うむ。だが、それとは別にあった薬品が思ったより高値が付いてな。で……ああなってる」



弦は苦笑し、工房で喜びを表す弓を眺める。


沿矢から引き受けた交渉は終わり、物資は全て引き取られた。

里津はようやく燃料の補充をしなくて済むと一息を零し、背を伸ばす。



「んん~~……これで一安心ね。あの馬鹿はもうバハラに着いたかしらね?」


「さてな、一つ確信を持って言えるのは……次にアイツと会う時はまた俺の寿命が驚きで縮むだろうって事だ」



弦は冗談混じりでそう笑ったが、後にその言葉は寸分違わずに的中する事になる。



「とりあえず、お祝いでもする? もうすぐお昼だし、何か作ろうか?」



里津のその誘いを聞き、弦は内心驚いた。

彼女との付き合いは確かに長いが、それは店主と客としての関係だ。

無論、彼女の事は好ましく思っているが、彼女は積極的に他者と関わる性格ではなかった筈だが……?


そこまで考えた所で、弦はふとある事を思い至った。

次に彼は珍しく口角の端を持ち上げ、からかう口調でそれに答えた。



「里津……もしかして寂しいのか? アイツが居なくて」


「――――は、はぁ!? な、何でそうなるわけ!?」



呆然としていた里津は徐々に顔を赤く染め上げ、そう怒鳴り散らした。

しかし、弓は不満そうに瞼を細めながら問いかける。



「え~? じゃあ、寂しくないんですか? 私は寂しいですよ? 二人が居なくなって……」


「そ、そりゃあ……私だって思う所が無いわけじゃないわよ。アイツは何時も騒がしかったし、ラビィもああ見えて何処か抜けてるから目が離せなかったし……」



言いつつ、里津は背後を振り返ると誰も居ない居間に視線を向ける。

この数日間、家の中が広くなった気がしてならない。

十数年も一人で此処に居る事に疑問は覚えなかった筈なのにだ。


そんな彼女の横顔を見て、弦は瞼を細めた。

次に彼はこの話題を打ち切る様に、ある提案を口にする。



「祝うって言っても、三人じゃ盛り上がりに欠けるだろうな……。何なら食材でも買って、教会にでも行くか?」



弦としては、その提案は里津が見せた寂しさを払拭する為の気遣いでもあった。

しかし、里津は複雑そうに眉を潜めると、渋る様子を見せた。



「……突然行っても迷惑じゃない? それにあそこは少し騒がしすぎるし……」


「それがいいんじゃあ無いですか! よーし、お昼はバーベキューにしましょう!! そうと決まったら、食材の買出しに行こうよ、弦爺!!」



言うと、弓は走って工房から抜け出そうとする。

彼女が外へ出る前に、弦は溜め息を吐きながら指摘した。



「その前に、ホルダーを置け。それを持ち逃げしたら、木津からのお前の株は崩壊するぞ」


「……あ、あはは。いけないいけない」



弓は羞恥心で顔を赤く染めつつ、ホルダーを作業台の上に置いた。

里津はそれを持ち、金庫へと押し込んで厳重に保管する。



「よし、これでいいわ。じゃあ、玄達には食材の調達を任せて良いからしら? 私は先に教会に行って、色々と準備を済ませておくから」


「おう、了解だ。ふっ、にしてもなぁ……」



ふと、弦は小さく噴出し、愉快そうに笑う。

それを見て弓は小首を傾げ、疑問を隠す事も無くストレートに聞く。



「弦爺、どうしたの?」


「いや……最近は色々と愉快な事ばかりだよな。と言うのも、木津と出会ってからずっとな」


「愉快って言うか……私は心配で仕方ないよぅ。もしかしたら護衛依頼でも無茶してるかもよ? 無人兵器に殴り掛かってたりなんかしちゃってたりしてさ!」



弓は冗談めかした口調でそう言うが、それは見事に的中している。

しかもヤウラから出立して数時間後の出来事でそれをやっているのだから、とても笑えない。

ただ、そうとは知らない弦はそれは無いだろうと鼻で笑い、肩を竦める。



「HAを装備してたとしても、無人兵器に近接攻撃を仕掛ける馬鹿は滅多に居ない。幾ら木津とは言えど、流石にそんな無茶はしないだろう」


「……どうだかねぇ、アイツが何をやらかしても私は特に不思議じゃないと思うけど」


「今の木津にはフルトも付いてるんだ。余程の事態にでもならなければ、無謀な行いをする必要もねぇさ。だからそう心配すんな」


「心配と言うか、予想と言うか、なーんか嫌な予感がするのよねぇ……」



里津は不服そうにそう呟くも、直にその陰とした雰囲気を晴らして背伸びをする。



「まっ、いいわ。じゃあ後で教会で集合よ。それと……お酒とか買ってきたりしても別にいいのよ?」



ちょいちょい、と指を曲げながら妖しく里津は笑みを覗かせるが、対する弦は眉を潜めて難色を示す。



「酒って……今は昼間だぞ? それに酒なんぞ飲めるのは俺とオメェくらいじゃねぇのか? ブレナン親子はそういうのに耐性が無さそうだしよ」


「だからいいんじゃない!! あの二人は何時も子供達の面倒で羽目を外す暇も無いんだから、偶には酒でパーッと気晴らしさせないと!!」


「……まぁいい、わぁったよ。適当に何種類か調達してくるが、無理矢理には飲ませるなよ?」


「…………まぁ、善処するわ」



里津がそう言って顔を背けた所を見るに、自制する気配は無さそうだ。

弦はそんな彼女の反応に苦笑しつつも、悪い気はしなかった。


何故なら、この様な人付き合いなど今まで数える程しかした事が無かったからだ。

特に弓を自身一人で育て上げる事を決意してからは、人と付き合う暇すら無かった。

そもそも弦自身が、その様な関係を求めてはいなかったのだから、尚更だろう。


しかし、だからこそ――



(これが……幸せって奴なのかねぇ)



誰かと共に語り合い、笑顔を浮かべる。

何時か、弦が遠い昔にメイン居住区で見たその光景が、今此処にあった。


弓と共に居た時も弦は幸福感を覚えなかった訳ではない。

ただ、その胸の内には何時も彼女を守らなければいけないと言う義務感と、何時まで共に居られるかと言う不安を常に胸に宿していた。


けれども、今はその感覚が日々薄れていくのを感じるのだ。

弓に対する愛情を失った訳ではない、むしろ新たに得たのは安心感である。

例え明日自分が死んだとしても、周りに居る面々が弓を支えてくれる筈だと弦は確信を覚えている。


これまではただひたすらに自身の技術を弓に叩き込み、彼女を鍛え上げる事でその安心感を弦は得ようとしていた。


けれども、それは間違いだったかもしれない。

何故ならこうして何人かの友が居ると言うだけで、弓を鍛え上げる事で得ていた安心感を容易く上回ってしまったからだ。だからと言って、これまでの自分の行動を弦は後悔している訳ではない。


――ただ、そう……これからはもう少し愛想を良くしてもいいかもしれない。


心中でそんな想いを抱きつつ、弦は静かに口角の端を持ち上げた。




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