バケモノ
「各員、進め!! ホテルに侵入しろ!! 敵がまだ潜んでいる恐れがある、全部屋を注意深く確認しろ!! 常にツーマンセルで行動し、互いにカバーするのを忘れるな!!」
『了解!!』
バスクからホテル制圧の報を受けたカークスは、人員を連れてホテルに到着した。
彼の号令の元、各隊員は素早い動きでエントランスに突撃していく。
カークス自身も足の痛みを抑えつつ、彼等の後に続いて突撃した。
しかし、エントランスに突撃すると先に突入した面々が足を止めているのが見え、カークスは眉を顰める。
「どうした!?」
「あ……。いえ、その……」
戸惑う部下の視線を追い、カークスも思わず息を止めてしまった。
エントランスに散らばる数多の死体、壁に開いた無数の大きな穴と弾痕、そのどれもが激戦の様子を物語っている。
しかし、カークス達が一番驚いたのは……。
「ゾルダート……!? 軍事用のHAまで所持していたのか、奴等は!?」
エントランスで仰向けになり、頭部を完全に破壊されたゾルダートを見て誰もが息を飲む。
HA所持者の戦力は状況にもよるが、極めて高い。
何よりも戦車やテクニカルとは違い、戦う場所を選ばないと言う利点が高く評価されている。
今回の様な街中で対峙したともなれば、敵対した相手は死刑宣告を受けたに等しい。
しかもそれが軍事用ともなれば、その機動力とパワーは計り知れないのだ。
HAはハンターやスカベンジャーが何時かは手にしたい装備の一つでもあり、思わず彼等は生唾を飲んでしまう。
「完全に……破壊されてますね。こりゃ酷い、修理も不可能でしょう」
ゾルダートの状態を確かめ、勿体無いと言わんばかりの口調で一人が告げた。
ゾルダートの最大の特徴である異形の腕も、その操作を可能にするヘルメットも破損しているのでは、もはや価値は無いに等しいだろう。
「やったのは木津君だな……間違いない。よく勝てたモノだ」
カークスはそう確信し、心底感心しながら頬を緩めた。
直後、奥の通路から誰かが歩いてくるのが見え、全員が素早く銃を構える。
「カークス……来たのか」
奥から姿を現したのはコープだ。
彼はカークス達を見ると眉を顰め、皮肉気に肩を竦めながら言う。
「もう終わったぜ。途中でバスクにも会った。もうすぐマックスを捕らえて木津達が降りてくるだろうさ」
「待て、一緒に行動しなかったのか?」
「俺も心からそうしたかったが、お姫様達の護衛で忙しくてね……ほら」
親指を背後に向けて見せ、コープはぶっきら棒に答えた。
すると遅れて藤宮達もエントランスに現れ、カークスは大きく安堵の息を零す。
「良かった!! Hope諸君、それにフィブリル殿もよくご無事で……!!」
「カークスさん……」
藤宮が顔を上げると、その頬には涙の跡が残っていた。
それを見てカークスは言葉が詰まり、恐る恐る話し掛ける。
当然ながら、彼の脳裏には最悪の絵が浮かび始めていた。
「藤宮君……泣いているのか? まさか、奴等に何かされたのか?」
「あ……! い、いえ! これはその……安堵のあまりにって言うか……すみません」
「……チッ」
袖で涙を拭い、藤宮は謝罪する。
それを見てコープはわざとらしく舌打ちを放ち、エントランスに残っていた無事な長椅子に乱暴な動きで腰掛けた。
「ふむ……」
その様子を見て何かあった事を察したが、カークスはそれを追求する様な野暮な男ではない。
代わりに彼はフィブリルに跪き、謝罪の言葉を口にする。
「フィブリル殿……。この度は本当に申し訳ございませんでした。我々が護衛していながら、御身を危険に晒してしまいました」
「カークスさん……やめて下さい。むしろ貴方達でなければ、私達は更に酷い状況に陥っていた事でしょう。心から、感謝を申し上げますわ」
弱弱しい口調でありながらも、フィブリルは何とかそれを告げる。
それを受けたカークスは瞼を伏せながら、更に頭を深く下げた。
「気遣い、痛み入ります……隊商の方々の所へ向かいますか? 彼等は倉庫と街の入り口の警備をしてくれています。宜しければそこまで送りますが?」
「今は結構ですわ……。少し、休ませてください」
ヨロヨロとふら付いた足取りで、フィブリルも近くの長椅子に腰を下ろした。
余程疲れていたのであろう、彼女は直に其処に倒れる様に体を横たえ、息を吐いて瞼を閉じる。
それを見届け、カークスが腰を上げた所で奥からマックスを抱えてバスク達が戻ってくる。
「バスク! 捕らえたか!! 良くやった!!」
「捕らえたのは木津とフルトです。俺達が着いた頃にはもう終わってました」
「そうなのか……。彼等は流石だな、スカウトしたいくらいだ」
カークスはしきりに感心し、顎に手を添えながらそう呟いた。
バスクもそれを聞いて頷きを返し、少し気まずそうに言う。
「それは良い案かもしれませんね。……実はその、俺達のストライカーなんですが……。倉庫制圧戦の際に敵が使用してたので、レーザー砲で吹き飛ばしてしまいました……」
当然ながら、クルイストが所持していた『M309ストライカーVC』は遺物の一つだ。
今の人類が持つ技術力では、全面モニターや専用エンジンを再現できない。
加えてそれ等を一から製造できるプラントもヤウラにはなく、沿矢が"物理的"に破壊したMBTと違って、レーザー砲で吹き飛ばされたストライカーの修理はまず不可能だろう。
「そうか……死者は出たか?」
「隊商の護衛が三名戦死、俺達のチームからはターナーとヨハンがやられました……」
「……彼等に哀悼の意を送ろう。後で、ちゃんとした葬儀もな。ご苦労、バスク。此処からは私が指揮を執る」
「了解、指揮下に入ります」
バスクは頷きを返し、指揮権を委ねる。
カークスは部下が抱えているマックスに視線を向け、ゆっくりと近付くと彼に鋭い物言いを飛ばす。
「糞野郎……ようやく会えたな。私の足を撃ってくれた礼を返したかった所だ」
「ひひ、足じゃなくて頭にしとけば良かったぜ」
「残念ながら、その機会はもう二度と訪れない。さぁ、吐けぇ!! 子供達は何処に居るッ!?」
真っ向から怒鳴りつけ、カークスは怒りを露にする。
巨躯である彼のその迫力は凄まじく、マックスどころか周囲に展開する部下達でさえ唾を飲む。
しかし、次の瞬間にはニヤついた笑みを浮かべ、マックスは口を開く。
「ガキ共は……銀行の地下にある金庫の中だ。其処に押し込んである」
「金庫だと……? 何故そんな場所に?」
「それは勿論、こういう時が来た時の為さ! 俺だって馬鹿じゃない、何時かこの生活にも破局が訪れるのを予想してたさ。あの金庫はまさに無敵だ。厚さは数十センチを超えるチタン合金で出来た扉! それには対光コーティングが何層にも施されてて、レーザー砲を何発打ち込んでも貫けない!! 重さは数十……もしかしたら百トンを超えてるかもな?! ひひ、分かったか!? お前等は俺との交渉に応じなければ絶対にガキ共を救いだせねぇんだよ!!」
熱くそう語るマックスであったが、カークス達は何故か無反応だ。
暫くすると彼等はマックスから視線を外し、少し離れた所で小声で話し合う。
『どう思う?』
『俺達のMBTは六十トンを超えてました。彼はそれを軽々と転がし、蹴り飛ばしてもいます』
『噂では、ゴミ山を吹き飛ばしたのも彼だ』
『それにああしてゾルダートの装甲も打ち破ってます。期待はできるかと……』
コソコソと会話を交わす二人。
暫くすると彼等は笑みを浮かべて頷きあい、マックスに向き直るとそれを隠して唸りながら声を出す。
「……その扉をこの目で見るまでは交渉に応じない。案内しろ」
「ひひ、構わないぜ? 実際に見れば俺が言ってる事が本当だと分かる筈だ! その後に、大人しく部下にテクニカルと無線機の用意を急がせな!! そうすればまず隠している鍵の場所を教えるさ」
「あぁ、いいだろう。お前の話が本当ならそうする。子供達の命が第一だからな……」
苦々しそうにそう告げるカークス。
マックスはそれを見て満足そうにする。
と、其処でようやくラビィを連れて沿矢がエントランスに現れた。
カークスとバスクは直に彼の元へ向かい、突如男二人に言い寄られて戸惑う彼に耳打ちする。
『……っと、言う訳なんだ。頼めるか?』
『んー……勿論、試してはみます。ですが、絶対ではないですよ?』
『大丈夫。お前ならやれるさ!』
『にしても、奴の自信の源はそれかぁ……。よし、それが最後の仕事ですね』
ポリポリと後頭部を掻き、沿矢は一つ大きく気合を入れた。
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「此処だ、この地下に金庫がある」
俺達は今、マックスを連れてとある銀行廃墟までやってきた。
メンバーは勿論ラビィと俺、そしてHopeの皆とラウルの面々、それとクルイストのカークスさんとバスクの二人。
残りの人達は街中に潜んでいるかもしれない無法者を警戒して闊歩するか、ホテルや倉庫に待機し、街の人達の受けた傷の手当などをしている。
「金庫にガキを押し込めるとはな……。馬鹿だろ、お前? 俺達を押し込めてた方が良かったんじゃねぇか?」
「……確かに、そうかもな。用心が深すぎた。"今度は"そうさせてもらうよ」
コープの煽りに対し、マックスは意味深に笑う。
どうやら奴は余程その金庫に自信があるらしい。
無論、俺達は奴の要求を素直に呑む気など無い。
俺の膂力を利用すれば、その金庫を無理矢理に破壊できる可能性があるからだ。
しかし、そうとは知らないマックスは実に上機嫌であり、かなり不愉快だ。
俺の力強さは無線機で聞いていたとは思うのだが、低く見積もっているのかね?
まぁ、ゾルダートを倒した場面までは誰にも目撃されてはいなかったし、そのお陰だろうか。
俺達は早足に銀行の地下へと降り、金庫室を目指す。
非常電源は点いてるらしく、乏しい灯りはちょくちょくある。
暫くすると通路を抜け、広いエリアに出た。
「これは……でけぇな」
思わず、誰かがそう呟いた。
その壁一面は全て金属でできており、其処に埋まる様にして金庫室へ繋がる巨大な扉が設置されている。何世紀も過ぎているにも関わらず、その壁と扉は乏しい灯りを跳ね返し、その堅牢さを静かに強調していた。
「こんな、冷たい扉の向こうに子供達を……? 酷い……!」
藤宮さんがショックを堪える様に口を手で塞ぎ、涙を浮かばせた。
確かに、金庫室の中など快適とは思えない。
しかも子供達だけで其処に三ヶ月も居るとすれば、相当に追い詰められている可能性もある。
「生体反応は確かに確認できます。マックスの言う通り、子供達はこの向こうでしょう」
ラビィがそう確認をすると、一同は安堵の溜め息を零す。
もしかしたら既に子供達が死んでいると言う最悪の展開は、とりあえず避けられたのだから。
「ひひ、分かったろ? これを突破するのは不可能だ!! 大人しく諦めやがれ!!」
「――木津君、やれるか?」
マックスの言葉を無視し、カークスさんが確認を取ってくる。
俺は一つ頷き、ゆっくりと前に出ると金庫室のハンドルを両手で掴んだ。
「馬鹿か? 何してんだ? 力任せで抉じ開ける事……なん、ざ」
ギシギシと、金属が軋む音が高まっていく。
両手に込める力は徐々に高まり、ハンドルが圧縮されるのが見えた。
そのままボルテージを高め、一気にハンドルを動かそうとした瞬間――ハンドルが取れてしまった。
「ひ、ひひ。お、驚かせるなよ。何をどうやったか知らないが、無駄な足掻きだ。諦めろって」
背後から、マックスが少し余裕を失った声色で語り掛けてくる。
俺は一つ大きく呼吸し、背後へと下がった。
「そうだ、それでいい。大人し……っ!?」
――――!!!!
奴の煩わしい声を掻き消す為に、俺は左拳を金庫の扉に叩き付けた。
貫通はしなかった。だが僅かに手ごたえ感じ、視線を向けると確かにへこんでいる。
二撃目を打ち込んだ、へこみは大きくなる。
三撃目を叩き込んだ、何かが砕ける音がした。
四撃目を蹴り込んだ、周囲の壁に皺が浮かび上がる。
五撃目を打ち放った、扉が大きく変形して軋んだ音を奏でた。
「……バケモノか」
マックスが、そう背後で呟くのが聞こえた。
俺は背後を振り向くと奴に一つ笑ってみせ、右腕を大きく振りかぶると最後の一撃を叩き込む。すると扉は大きな音を立てて一段と深くへこみ、その両端が大きく浮かび上がって僅かな隙間ができた。
「よっ……とぉ!!」
俺はその隙間に指を指し込み、一気に力を入れて扉を無理矢理に引き剥がす。
『ひっ……!!』
奥から誰かの声が聞こえた。
見ると、金庫の奥に集まった子供達が震えながら俺を見ている。
俺は一つ苦笑しながら子供達に手を振って見せ、剥がした金庫の扉を持ち上げる。
そのままマックスの元に近寄り、それを唖然とする奴の前に無造作に叩き落した。
「バケモノの方が、"ケダモノ"よりかは上等だろ?」
俺はニィっと笑って見せ、マックスにそう語りかけた。
奴は茫然自失と言った感じで、それには反応しない。
「さぁ、王様ごっこはもうお仕舞いだ。クーデターは完了、後は……処刑の時間だ」
「……ま、待てよ。降参する。組合所にでも何でも連れて行け! 街の奴等に俺を引き渡すな!!」
マックスは突如暴れだし、周囲を見渡しながら懇願する。
しかし、誰もそれには答えず、子供達の元に駆け寄って救出しに向かう。
俺とラビィだけが奴の下に残り、奴は俺を見上げながら震えた声で呟く。
「いやだ、死にたくない。まだ死にたくねぇんだ。なぁ、聞いてるのか? 頼むよ、俺を救ってくれ……!」
「…………俺じゃなく街の人にそう懇願しろ、口が動く間にな。それか潔く今此処で舌を噛んで死ね。それ位の自由は認めてやるが?」
「ひっ、あ……うぅ! ひぃい! いやだ、いやだ! 死にたくない、死にたくねぇよぉ……!」
マックスの泣き言は何時までも続き、それが止むことは無かった。
それが止んだのは奴を街の人達に引き合わせ、奴が街の住民に取り囲まれてから暫くしてからだった。
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「ふぅ……終わったなぁ」
全てが終わり、俺はラビィを連れてとある住居の寝室にお邪魔していた。
街の人達は俺達に感謝し、涙を浮かべながら喜びを露にしてくれた。
子供達は栄養的な問題はなかったものの、精神的なショックが大きく、暫く後を引きそうとの事である。しかし、流石にそれは俺達ではどうにもできない。
ホテルがこの街の宿泊施設だった為、俺達は此処の住民達が使用していた住居に泊めてもらう事になった。
尤も、先程まで無法者に使用されていた為にどの部屋も酷い有様だったが……文句は言えない。
俺はベッドに腰掛けると、その隣りを叩いてラビィに呼び掛ける。
「座ってくれ、ラビィ」
「はい、沿矢様」
ベットが軋み、揺れる。
しかし、其処に和やかな雰囲気はない。
俺は大きく疲れ、そして参っていた。
「はぁ……」
「……ッ!!」
何となく、自然と頭を横に傾けてラビィの肩にそれを乗せた。
彼女は一瞬だけ肩を揺らしたが、特に何も言わない。
「……疲れたよ、ラビィ。本当に疲れたんだ」
肉体的にも、精神的にも大きく疲れた。
特に精神の方は、暫く癒える事はないだろう。
一度に人間を何十人も殺した事もそうだし、藤宮さん達に怯えられたのもそうだ。
しかし、何よりも自身の右腕に埋まる異物の変化が一番堪えた。
所詮、この異物は得体の知れない宇宙生物が埋め込んだ物だ。
それに俺をこんな世界に無造作に放置した時点で、奴等が優しい性格の持ち主ではない事は分かりきっている。恐らく、これが良い変化って言うオチはないだろう。
「ぅお?!」
そう思い悩んでいると、ラビィもゆっくりと俺の頭に自身の頭部を合わせてくる。
今度は逆に俺が驚きで体を揺らしたが、彼女は構わずに柔らかな口調で言う。
「…………沿矢様がお疲れになっているのは、今日一日の貴方の行動を思い返せば当然です。今日は、ラビィに見張りを任せてゆっくりとお休みになって下さい」
「いや、今日は……違うな。今日"も"一緒に寝てくれないか?」
気付けば、俺は初めてラビィにそうお願いしていた。
この護衛依頼に参加して以降、否、彼女と出会ってから俺は殆ど彼女と寝食を共にしていた。
けれど、今日彼女と離れ離れになり、ようやく彼女の大切さに俺は気付いた気がする。
「――よろしいのですか?」
「ん……まぁ、そうだね。それがいい。そうしたいんだ」
「畏まりました。沿矢様が望むなら、ラビィは喜んで従います」
ラビィはそう快諾すると、更に甘える様に体を寄せてきた。
とは言ったものの、俺はベッドに寝転ばずに、暫くラビィの肩に頭を預けたままだった。
そのまま時間が経つと徐々に瞼が重くなり、意識が遠ざかっていくのが分かる。
『おやすみなさい。私のマスター……』
そう聞こえたのを最後に、俺は眠りへと落ちた。
テラノ編はこれで終了です。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!




