新人ウェイター木津
「アレがホテルだな。電気が点いてやがるから丸分かりだぜ」
カークスさん達と別れ、俺は今現在チームラウルと共に歩を進めている。
遠めに見える目標のホテルには、確かにコープの言うとおり明かりが点いていのが見えた。
「つまりは敵の本拠地でもあるって事だぞ」
俺は呟く様に言い、気を引き締める様にと注意を促す。
「まぁ……そうだよな。俺達だけで大丈夫かよ」
と、不安そうにラウルメンバーの一人であるランドが呟く。
それを受けて今度はマイクが気弱な雰囲気を覗かせる。
「な、なぁ。木津……本当にお前とあのアンドロイドだけでホテルの連中をどうにかできんのか?」
「だから、お前等も戦うっての。ったく……此処は街中だし遮蔽物が多い、ホテルの中なら尚更だろう。戦うだけなら、まぁ何とかやれそうだが、テラノの人達の安否があるからなぁ……。ん? あそこはやけに騒がしいな」
ホテルに向かう道中、やけに五月蝿い建物が目に付いた。
俺達は忍び足でそこの窓辺に近寄り、中を覗く。
「あれは……」
そして、俺達はようやく其処でテラノの住民らしき人達を見つけた。
若い女性だけしか居なかったが、彼女達は建物の中でどんちゃん騒ぎする無法者達の給仕等をやらされていたのである。
と、様子を伺っていると奥の厨房から中年の男性が現れた。
彼の顔面は青痣だらけであり、歩く姿もふら付いており、他の部位も殴られている事は明白であった。
彼は料理を手にしており、その皿を無法者達が居るテーブルへと丁寧に置いた――次の瞬間、突如として鼻っ面を殴られ、鼻から血を流しながら背後へと倒れる。
『おら、お礼の一発だ。次は酒を持って来い』
『早くしないと今度の代金は"二発"になっちまうぞ~』
そう言うと、ドッとした笑い声が溢れかえる。
しかし、中年男性は文句を言う事もせず、浮付いた足取りで立ち上がって戻っていく。
給仕をしている女性達の目は泣き腫らしたのか真っ赤であり、憔悴しきっているのが一目で分かった。
「今まで色んな屑は見てきたつもりだったが……いや、違うな。あいつ等には屑と言う言葉も上等すぎる」
コープがそう吐き捨てるのを尻目に、俺は内部の様子を伺う。
食事をしている敵の人数は九人、武器はテーブルの傍らに置いてる突撃銃、或いはホルスターに納められたハンドガンが主である。
「……よし、やるか。コープ、着いてこいよ」
「あ? 何だよ、何処に行くんだ?」
そう疑問を口にしながらも、コープ達は素直に着いてくる。
俺は建物の裏手に周り、ドアを見つけた。
そこに耳を当て、内部の様子を伺う。
『田辺さん。また殴られたんですか?! っ……その酒瓶を寄越してください、今度は俺が持って行きますよ』
『止めろ、ベン。お前は前にもあいつ等を殴り返して、危うく殺されそうになってたろう? 次はないぞ!』
『だって……!! もう、我慢なんてできませんよ!! 殺されたって構わない、俺はもうあいつ等に従うのはごめんだ!!』
と、そんなやり取りが聞こえてくる。
愚痴を言い合っていると言う事は、この向こうに無法者達は居ないであろう。
俺はそう判断するとドアノブに手を掛けた。
が、当然ながら鍵が掛かっていたので、それをクッキーの如く容易く粉砕しながら内部にお邪魔する。
「どうも、夜分遅くに失礼します。それと、静かにして下さいね」
俺は相手に警戒されない様に勤めて陽気な声でそう話しかけたのだが、ベンと呼ばれていた若者は調理に使用していたであろう包丁を向けてくる。oh……。
「な、何だお前ら? まさか、さっきの話を聞いて俺を殺しに……?!」
「逆だ逆、俺達はあんた等を助けに来たんだ。あいつ等が言ってなかったか? ハンターを捕まえたとかってよ」
コープがそう言うと、田辺と呼ばれていた中年男性は眉を潜めた。
「た、確かに言ってた様な……。けど、どうやって脱出を……?」
「話は後だ。俺達は今、この街を開放する為に行動中だ。このまま奴隷を続けたくなけりゃ、手を貸してくれ」
「手を貸すって……私達にどうしろと?」
「あん? それはアレだよ……なぁ? 木津!」
と、コープは其処で俺に話を振ってくる。
何も考えて無かったな、コイツ……。
先程の演説が見事だっただけに、少し残念である。
とりあえず、俺は考えを纏めながら話す。
「無法者の一人からある情報を聞き出しました、貴方達は子供達を人質に捕られていると。子供達が何処に居るかは分かりませんか?」
「さぁ……誰も分からない。けど、毎朝私達は子供達の分の食事も作らされる。少量とは言え、態々と貴重な食料を消費しているんだ。だから、まさかもう殺されているなんて事は無いとは思うが……」
「運ぶのは誰が?」
「それが、マックス一人が行っているんだ。奴は一人で我々がトラックに積んだ食事を運んで、街中の何処かへ行くんだ」
「ちっ……徹底してやがるな。けどよぉ、捕まったガキ共だって何十人と居るんだろ? よく一人で運ぶな」
コープが舌打ちを鳴らし、そう問う。
確かに部下の誰にも頼らずに食料を運ぶだなんて、よっぽどだ。
田辺さんはコープの問いに対し、憂鬱そうに溜め息を零しながら答える。
「奴も、部下を信用してないのさ。何せ、当初の奴は二十人程の賊を率いていた無法者の頭に過ぎなかったからね。今いる奴等の大半は、この街を掌握しやすい様にと他所から呼び集めた無法者が大半なんだよ」
「二十人だと!? お、おいおい! あんた等馬鹿か? 何してたらそんな奴等に占領されちまうんだよ」
俺もコープ程辛辣にではないが、似た様な印象を抱いた。
テラノの人達が余程の下手を打ったか、マックスがやり手だったのかは分からないが。
「それが……街を占領される前に、ベース・ウォーカーが街の東に現れたんだ。我々は急いで全守衛を壁の東側に集め、防衛準備と近くの都市に助けを呼びに行く準備をしてたんだが……」
「で、入り口の防御を疎かにして潜入を許しちまったと……それは不運だったな。で、ベース・ウォーカーはどうしたんだ?」
「さぁ、その後私達は何時の間にか街中に侵入していたマックス達に子供達を人質に取られ、武装を解除されたから……もうベース・ウォーカーどころでは無かったよ。恐らく、運よく何処かへ行ってくれたんだと思う」
「……どうにも話が出来過ぎてる気がするぜ。どう思う、木津?」
だから、俺に話を振るなっての。
しかし、確かに今の話は不可思議だ。
この周辺でベース・ウォーカーが彷徨っていると言う話は、ブクスでも聞いてはいたが……。
頭を捻りつつ、とりあえず質問を続ける。
「そもそも、この街が占領されたのは何時頃ですか?」
「おおよそ三ヶ月前だね。しかし、此方としては数年は前の出来事に思えるよ……。食料を確保する為の口減らしとして大半の男達や老人が始末され、唯一生き延びた私やベンみたいな男達も雑用で扱き使われ、女性達は日々陵辱されている……。本当に、悪夢の様な日々なんだ……」
そう言った田辺さんは憔悴しきった表情を浮かべている。
予想はしていたが、男の大半は既に処刑されてしまったらしい。
テラノの現状に悲しみと憤怒の気持ちを湧き上がるが、それを抑えつつ俺は更に問いを投げかける。
「ベース・ウォーカーは本当に攻撃を仕掛けて来なかったんですか? だって、此方から視認できていたのなら、相手もそうだった筈ですよ」
「そうは言っても……もしかしたら闇夜の見間違いだったのかな? いやでも、一度だけ奴が砲撃したのか周囲を眩く染め上げて、それで私達は奴の存在に気付けたんだよ。その攻撃も狙いはこっちじゃなかったらしい。着弾音もしなかったしね」
「闇夜……? また夜か……」
ブクスでも、トテさんがベース・ウォーカーを目撃したのは夜だと言っていた。
思い出せ、彼の話を聞いて違和感を覚えなかったか?
今の話と照らし合わせ、両方の不審点を見出せないか?
――そうっすか……。じゃあ、次に聞きますけど、その山が光ったって言ってましたよね?
――あぁ、そうだが……?
――山が光った時に音は聞こえなかったんですか? ほら、雷みたいな。
――音? いや、別に音は何も……いやどうだろうな? 言ってた通り雨が降ってたからな……よく覚えてない。
「うーん、音か……」
「え、音?」
あの時、俺が引っ掛かりを覚えたのは其処だ。
砲撃したならば、その音が聞こえてこないのは不自然だ。
幾ら雨が降ってたとは言え、それを聞き逃すか?
いや、それともベース・ウォーカーが詰んでた砲台はレイルガンだったりするのか?
俺が前に撃ったレイルガンも、予想に反してキンッとした小さい音だったし……。
待て待て、人間が撃つサイズと地上戦艦と言ってもいい巨大兵器のソレと比べるのはオカシイか。
しかし、如何にも違和感を拭えない。
『おい!! 酒はまだか!? それとも、よっぽど代金が欲しいのかぁ?』
『あんまり待たせてると、サービスしちまうぞ~!』
「っと、流石に話しすぎたか……」
とりあえず、考えるのは後だ。
今はこの状況を打開するのに全力を尽かさねばなるまい。
ベース・ウォーカーの件は後回しだ。
俺はそう見切りを付け、田辺さんが手にする酒瓶を指差す。
「田辺さん、それを貸して下さい。俺が運びますから」
「な、何を馬鹿な事を……!」
「いいから、奴に任せろって!! 何か、考えがあるんだろ?」
「勿論。とりあえず騒ぎは起きるだろうから、起きたら飛び込んで来てくれ。あ、ベン君。君のその素敵な帽子も貸してくれ」
「べ、別にいいけど……」
俺は言うと、渋る田辺さんの手元からそっと抜き取る様にして酒瓶を奪い、ベン君からはコック帽を借りた。
次に俺は帽子を深く被り、シャツをズボンに入れ、ぱぱっとそれらしい身支度を済ます。
これで新人ウェイター木津の完成だ。
もっとも、五分とも働かずに辞めるつもりだが。これで俺もバックラーの仲間入りだな。
準備を終えると顔を伏せながら歩き、厨房を出て奴等の下へ歩いていく。
「遅かったじゃねぇか!! おら、注げ。零したらお仕置きだかんな」
「……ごほっ、げほ」
開幕一番、腹部に蹴りを受けた。
痛くも痒くも無かったが、俺は咳き込む演技をしながら野郎共のコップに酒を注いで周る。
給仕をしていた女性達が俺を見て訝しげに眉を寄せていたが、無法者達は特に気付いてはいなかった。
彼女達の位置を把握し終えると、俺はわざと酒瓶を大きく傾かせ、コップから酒を溢れ零した。
「あぁ!? ったく、酒も満足に注げないのかよ、馬鹿が!!」
すると当然ながら、こうして顔を殴られる。
俺は大きく吹っ飛ばされる様に見せながら、わざと近くに居た給仕のお姉さんに抱き付く様にしてみせる。
無論、これはラブコメ主人公の様なラッキースケベではなく、俺の意思でやった行動だ。
こうして言うと普通にただの最低スケベ小僧だが、狙いは別にある。
「きゃっ……! だ、大丈夫? ベン……じゃないわね」
態々と俺を少し抱きしめ返す様にしながら、お姉さんが気遣いを見せる。
俺はその思わぬ幸運を生かし、彼女に小声で呟く
『時間が無いのでよく聞いてください。俺はハンターです、これから奴等の注意を引き付けます。貴方は静かに他の女性達に話し掛けて、彼女達を纏めて部屋の隅に移動して下さい』
「……え?」
「おい、テメェ!! 何をその女に抱きついてやがるんだ、あぁ!?」
と、其処で肩を掴まれて引っ張られる。
直後にまた頬を打ち抜かれ、俺はヨロヨロと効いてる振りをしながら床に倒れこむ。
「ははっ、その女はテメェのお気に入りだったっけか? へへっ、確かに"具合"は良かったけどよぉ」
「うっせぇ、黙ってろ!! ちっ、この屑が!!」
他の無法者に茶々を入れられ、怒りを増幅した男は床に倒れこむ俺に蹴りも放ってくる。
俺はそれを暫くマッサージ感覚で受け入れながら、先程のお姉さんの様子を伺う。
すると彼女は先程の指示に従い、他の女性陣を連れて隅へと移動していくのが見えた。
他の無法者達はいい様に嬲られる俺の姿を楽しそうに眺めており、それに気付いてはいない。
「オラ!! どうだ、このカス!! いいか、俺達がその気になればテメェ等なんざ何時でも殺せるんだよ! そうしないだけ有難いと思いやがれ!!」
「ぅう、ありがとうございますぅ……。けど、俺はアンタみたいに人間できちゃいないんで……"今から"ぶっ殺す」
「は――ぁあああああ!?」
瞬間、蹴り込まれていた足を掴み、俺は素早く立ち上がって男を振り回しながらテーブルに着席していた男達に向かって振り下ろす。
何事かと目を向く男達の二人を巻き込み、盛大な音を立てながらテーブルは粉砕される。
俺は素早く接敵し、まず間近に居た男二人の顔面を左右のワン・ツーで撃ち抜いた。
ワン・ツーとは言ったが、その威力は世界へビィ級チャンプも真っ青なそれであり、顔面を大きく陥没させながら男二人は吹き飛んで絶命した。
ここまでで五人を無力化に成功。
しかし、流石に腰を浮かせながら臨戦態勢に入り込む者達が居た。
だが、それは突如として厨房から飛び込んできたコープ達が背後から突撃して阻止される。
それ所か、その背後には包丁を手にした田辺さんとベンも続いていた。
「ま、待て!! お、おい。殺さ……っぶ!」
「ふざけんな、ふざけんなよ!! お前等に俺の父さんは殺されたんだ!! 面白半分に、痛めつけられながらぁああああ!!」
馬乗りになったベンが無法者の一人を容赦なく刺し殺す。
相手が既に息絶えてるにも関わらず、何度も何度も包丁を振り下ろすその様は鬼気迫っており、尋常ではなかった。吐きそう。
結局、生け捕りにできたのは三人。
奴等を縛り上げ、俺とコープ達は奴等に囚われたラビィ達の場所を聞き出そうとする。
「ま、マックスが気に入った女はホテルの上層に連れてかれる。特に、今回は機嫌が良さそうだったし……間違いねぇよ」
その言葉を聞き、俺は唖然とした。
「"今回は"……? おい、お前等……まさか俺達以外にも手を出してんのか?」
もしかして、ここ最近の南側の交通が塞き止められていたのは、こいつ等が原因か?
ベース・ウォーカーの件も気になるが、こいつ等も無法者でありながら二百人規模の大集団だ。その可能性が高い。
俺の指摘を受けると、相手は慌てた口振りで否定の意を返す。
「あ、いや……! お、俺は最近来たばっかでよ!! この街の占領には、そんなに関わってはいねぇんだよ!! 本当だって!!」
「おぉ、そうかい。だが、そんなのは何の言い訳にもなんねぇ……。あいつ等の目はそう言ってるぜ?」
コープがそう言って背後に指差すと、其処に居た田辺さんやベン、女性達が殺意の篭った表情を浮かべていた。
それを見た男は顔を青く染め上げながら黙り込み、その視線から逃れる様に俯く。
このままでは目も当てられない殺戮ショーが繰り広げられそうであったが、それが上映される前に俺は一つ田辺さんに尋ねる。
「他の街の人達は何処に……? ホテルにも居るんですか?」
「他の皆は、一日の労働が終わると指定された建物に帰って寝るだけだよ。しかし……歳若い女性達や私みたいに料理ができる男なんかは、こうして呼び出されるが……」
今まで受けた仕打ちを思い出したのか、その言葉は苦渋に満ちていた。
一旦、それに目を瞑りつつ俺は話を続ける。
「……そうですか。ところで、奴等が武器を保管している倉庫の位置は分かりますか? あと警察署の位置も」
「あぁ、町の入り口近くの倉庫だろ? 警察署は一つしかないから、よく知ってるよ」
「そうですか。今、俺達の別働隊が倉庫を占領しに向かってます。其処の奪還に成功すれば、反撃の準備は終えたも同然です。ですので、貴方達は街の人達を連れて倉庫へと向かって下さい。合流が無理そうなら、警察署へ向かって下さい。其処にも仲間が居ますので」
「け、けど。私達が泊まっている建物には何人かの歩哨が……」
「だから、あんた等も戦うんだよ。ほら、こいつを持て! あんたも集落住みの男なら、銃くらい簡単に扱えるだろ?」
言うと、コープは男達から取り上げた突撃銃を田辺さんに持たせる。
それを受け取った田辺さんはその銃を呆然と眺めていたが、徐々に表情を強張らせて覚悟を決めたソレへと変貌させた。
「分かった、我々も戦おう。しかし、子供達が人質になっている件はどうする気だい?」
「子供の居場所はマックスしか知らないんでしょ? なら、俺達の反撃がバレてもマックスさえどうにかできれば、まず子供達に手を出されない筈です」
誰も信用してないマックスの慎重さ、それが命取りだ。
奴さえ確保してしまえば俺達は遠慮なく反撃できる。
取りあえず、ホテルの一階だけでも押さえてしまえば奴の逃げ場は無い。
もしかしたらホテルに子供達が居る可能性もあるかもだが、部下にさえその存在を隠しているのならば、多数の歩哨が常に巡回している其処に子供達を監禁している恐れは低いだろう。少なくとも、そう考えでもしないと此方が動くに動けない。
それにテラノの人達も、幾ら子供達が人質に取られてるとは言え、このまま酷使されながら死ぬのは望まないだろう。田辺さん達みたく、反撃の機会が訪れたのならば恐らく戦う道を選ぶ筈だ。
そう考えを纏めていると、田辺さんは恐る恐る様子を伺う様にして話し掛けてくる。
「しかし、マックスが居るのは警備が厳重なホテルだ。まさか、君達だけあそこに……?」
「大丈夫です、既に頼れる仲間がホテル内部で動いてる筈ですから」
俺はラビィの事を思いながら、そう力強く告げた。




