神が存在するのならば
チーム『クルイスト』の福リーダー『バスク・ローテ』は、カークスに指揮を任された者達を連れて倉庫へと向かっていた。
その構成はクルイストのメンバーが二十名、フィブリル商会の護衛である十二名、その他はトラックの運転手やフィブリルの付き人を合わせて七名。
合計で三十九名と大所帯ではあるが、まともな戦力として期待できるのはクルイストのメンバーと商会の護衛を合わせた三十二名だ。
これ程の大勢を連れて、隠密行動をする経験はバスクには無かった。
しかし、彼の心の内に不安はない。
幸いにも今の時刻は夜中であり、加えて気心がしれたクルイストの古参メンバーのサポートもある。
クルイストは今でこそヤウラでも少し名の知れた荒野を走り回る中堅ハンターチームではあるが、当然ながらそんな彼等とてスカベンジャー時代を過ごした経験がある。
いや、むしろハンターよりスカベンジャー時代の方が過ごした時間の方がまだ長く、その経験で培ったスキルは冴えを残しているのだ。
スカベンジャーで一番重要視されるスキルとは、即ち"隠密"である。
廃墟内を彷徨うガード、それは長い年月が過ぎようとも鋼鉄の体を持ち、その戦力は無論人間を凌駕しているのだ。
一番ポピュラーなOG型でさえ、音響による反応機能とサーモグラフィー及び簡易的な暗視機能を装備している。そして、スカベンジャーの大半がこのOG型に発見されない様にと必然的に自身の動きを最適化していくのが通例だ。
沿矢の様にガードを破壊して稼ごうと言う考えは、まず一般のスカベンジャー達の間ではありえない考えである。
スカベンジャーが戦闘行為を行う例は少なく、廃墟内でガードに見つかった場合、警報トラップに引っかかった場合が大半なのだ。
どう間違っても沿矢やラビィがした様に、廃墟内のガードやタレットを全て排除して探索するなんていう行為が行われる事はまず無い。
つまりとして言うとだ、組合所に所属する人間の大半が、自然と隠密に長けた人間で構成されていると言う事だ。
加えて言うと、今バスク達が相手にしている無法者の大半は足音を大きく鳴らしながら巡回し、しかも仲間と談笑している事が多く、話しているお陰でその距離も近い。
ここまで有利な条件がそろっていれば、車両持ちとなるまでの経験を積んだクルイストのメンバーにとって、無法者達を相手にした隠密行動は特に苦になる事もないのだ。
『よし、始末した』
また一人、クルイストのメンバーが敵を屠り、装備を奪う。
今彼等は数人のグループに分かれ、各班の姿がかろうじて視認できる距離を保ちながら街の倉庫を目指していた。その道中で敵を始末すると同時に装備を確保してはいるのだが、今はまだそれを使えない。
何故なら、無法者達が持つ銃器は当然ながらサプレッサーの様な消音機は装備されてはいないからだ。必然、敵を無効化する際は死角からの強襲による暗殺を主とした行動となる。
クルイストのメンバーは上手くタイミングを合わせてまた同時に急襲し、手にしたナイフ等を使って敵を無力化していく。その様は軍隊にも負けない連携力を有していた。
『すげぇ……これが紅姫の所属する組合所の連中の力か……』
隊商の護衛の一人が周囲を警戒しながら、その手並みを呟きで賞賛する。
キスクからの旅路で見た戦闘の大半が車両を使った派手な交戦ばかりであったが、こうして人の手で直に振るわれる手並みを拝見すれば、その凄さが改めてよく分かってしまう。
『はっ、紅姫と比べてくれるな。アイツなら二百人程度、真正面からでも余裕で叩き潰す』
『なっ……! 本当なのか?』
『あぁ、本当さ。一度、俺達はアライランスであいつと肩を並べて戦った事があるが……奴の独壇場だったよ』
その時の光景を思い出し、クルイストのメンバーは僅かに声を震わせた。
そんな会話を交わしつつ、ようやく彼等は目標と思われる倉庫を見つける。
が、しかし、その周囲を警戒する人数の多さ、並びに無線機を腰に吊るした歩哨を確認し、彼等は眉を潜めた。
『ちっ、無法者の癖に一丁前に無線連絡を取り合ってやがる』
『俺達を閉じ込めた連中が無線機を所持してなかったのは、俺等が舐められてたからか? ふざけやがって』
『それか、直に殺すつもりだったんだろ。奴等は俺達を人質とは言ってたが、何時まで生かされていたのやら怪しいもんだぜ……』
『その認識と油断が命取りだと教えてやる……。時が来れば各員に合図を送る。今から指示する配置に着け』
その後、各々がバスクが指示した位置に着いて指示を待つ。
巡回する歩哨の数は倉庫の外だけでも二十人以上、内部にも歩哨が居た場合は自分達と同数か、もしくは上回る恐れがあった。
しかし、ここを上手く占領できれば武器と車両の奪還で戦力は大幅に増加する。
敵方もそれが分かっている、故にこの様な厳重な体制なのだろう。
その後、バスクは歩哨が無線機を使用する時間を遠目から観察し、確認した。
体内時間にして、およそ十五分。
その真偽を見極める為、再度の通信を待ってその真偽を明らかにした。
この時点で既におよそ三十分、脱出してから今までの行動を鑑みるに、恐らくもうまもなく一時間が経とうとしているだろう。
これ以上の時の浪費は望ましくない。
そう判断し、バスクは遂に判断を下そうとして――既に遅かった事を悟る。
――……!!
背後からの爆発音、その直後に無線機を慌てて手にし、何事かと聞く歩哨の姿。
「ちっ!! 全員、撃て!! 倉庫を制圧せよ!!」
そう自身が声を荒げ、バスクは手にしていたライフルを撃ち始める。
直後、それに従って歩哨達に一斉に銃弾の雨が降り注ぐ。
彼等は先ほどの爆発音による動揺と、突然の急襲に浮き足立ち、戦闘と言うモノさえ起きずに殲滅されていく。
「撃ち方やめ!! 次は内部を制圧する!! 俺に続……!?」
直後、倉庫内部から車両が壁を打ち破って飛び出してくる。
見覚えのあるその車両は――MBTを失った今となっては、主力として扱っていたクルイストの偵察戦闘車両『M309ストライカーVC』であった。
「野郎!! 俺達の車両を……!!」
「言ってる場合か!! 物陰に退避しろ!!」
MBT程ではないにせよその装甲は厚く、ライフル程度ではまず貫けない。
慌てて近くの建物にある物陰へと退避していく面々であったが、M309に備わる20mm機関砲が火を噴き、建物の壁ごと不運な二名をまず巻き込んだ。
「マース!! 糞がぁ!!」
「待て!! 不用意に撃つな!! 位置が知られるぞ!!」
やられたのは隊商の護衛を勤めていた二人であった。
そしてその事に激怒した護衛の一人が、怒りに身を任せて物陰から銃を覗かせて射撃する。
乾いた音を立てつつその銃撃を弾き、M309は新たな目標に20mm機関砲を放つ。
友の死に憤怒した勇敢な男は、執拗なその攻撃を受けて見るに耐えない肉片と化す。
しかし、それを間近で目撃しても尚、バスクは戦意を喪失せずに指示を出し続ける。
「ロバーツ!! お前はあの廃ビルを上り、上から射撃しろ!! 目標は上部にある20mm機関砲だ、車両は硬くても武器はまた別だ!! 壊すとまではいかんだろうが、何らかの不具合は期待できる!! 尚且つ、あの距離の近さでは20mm機関砲の角度をあのビルに向けられん!!」
「しかし、ビルから距離を離されて射撃角度を確保されたら、俺はめでたくミンチですぜ!?」
「それが目的だ!! 奴が倉庫から離れれば、俺が倉庫内部に突撃して武器を探す!! レイルガンでもあれば、奴を黙らせられるさ!! お前の役目はあくまで誘導だ!! なに、安心しろ。退避に失敗してミンチになっても美味しく焼いて食ってやる!!」
そう言うと、バスクは歯を向いて笑顔を覗かせる。
戦闘時の高揚感、恐怖、脳に分泌されるアドレナリン。
それ等が混ざり合い、浮かべたバスクの笑顔は何ともいえない覇気を纏わせていた。
「了解……副隊長に命を預けます!! もし俺を食う事になったら、絶対に残さないで下さいよ!!」
「ゲロを吐いても無理矢理食うさ! いいか? 援護するから全力で走れよ!! いくぞ……? 1、2、3だ!!」
その合図と共にロバーツは迷わず物陰から飛び出し、指示された建物へと向かう。
当然ながらM309の砲塔がそれに反応して動いたが、そうはさせじとバスクは部下達に合図して一斉に射撃を開始する。
「今が命の賭け時だ!! 男を見せろ!! 英雄として死ねるチャンスだぞ!!」
「死ぬのは御免ですがね!! どうせなら、勝ってHopeの嬢ちゃん達に褒められてぇや!!」
「はっ、違いない!!」
部下と軽口を交わしつつ、バスク達は移動しながら物陰から巧みに銃撃を叩き込んでいく。
しかし、それでもM309の装甲は貫けない。
だが、M309の砲塔の回転は細かく動くバスク達の動きを追いきれていない。
「酷い操作だな、無人兵器相手なら死んでるぞ」
無人兵器の大半が動物、あるいは虫の形をしているのは、それ等の種が有していた運動能力を機械に生かす為だ。跳躍、サイドステップ、直線での瞬間加速時の脅威度は計り知れない。
少なくとも、それ等の動きを今のM309ストライカーの砲塔を操る操縦者は、まず捕らえられないであろう。
しかし、今はその事が幸運であった。
暫く時間を稼いでいると、廃ビルの上層に辿り着いたロバーツが窓辺から手を振って合図を送ってくる。
それを確認し、バスクが射撃を抑える様に各班に合図を送り、射撃が収まるとロバーツだけが射撃を開始し始めた。
ロバーツの攻撃は命令どおり、M309に備えられていた20mm機関砲に面制圧の形で弾薬が降り注ぐ。
しかし、相手も馬鹿ではない。
その攻撃を受け続けるのは拙いと即座に感付き、暫くして精細を欠いた動きでバックして倉庫から距離を離す。
「よし、俺は倉庫に飛び込む!! 援護しろ!!」
「了解!!」
作戦通りに事が進み、バスクが真っ先に駆け出した。
それを確認し、各々が再度の攻撃を再開する。
部下の奮戦はそう長くは持たない。
バスクはそう認識し、M309が破壊した壁の穴を潜って内部へと潜入に成功した。
中には所々にカンテラが置かれて光源が確保されており、周囲の安全を確かめるのにそう苦労はしなかった。
しかし、バスクは倉庫の内部を確認して愕然としてしまう。
「な……んだ、この量は? どうして、こんなに……」
並べれた車両には自分達の車両や隊商の車両を別にしても、相当数が並べられていた。
流石にMBTや偵察戦闘車両等は無かったが、簡易的なテクニカルはそれこそ二十両は超えている。
「……あいつ等、クソが!!」
瞬間、バスクは自身の脳が沸騰するかと思うほどの怒りを覚えた。
つまりとして言えば、奴等の行いは"初犯"ではなかったのだ。
何とか湧き出る怒りを抑えつつ、バスクは周囲を見回して近くのコンテナに駆け寄った。
掛けられていた鍵を銃で破壊し、素早い手付きで中を掻き回して確かめる。
しかし、M309を破壊できる程の重火器は見つからず、バスクは次のコンテナに手を付ける。
『ターナーがやられた!!』
『いや、まだだ。まだ生きてる!!』
『馬鹿、行くな!! 二人ともやられるぞ!!』
『見殺しにしろってのか!?』
その間にも、外からは仲間達が奮戦する様子が伝わってくる。
バスクはこの瞬間、初めて神とやらに祈りを捧げた。
――神よ。糞ったれな神よ!! 世界を作り、世界を壊した神よ!! 世界は壊れはしたが、俺達はまだ生きている。その事に意味があるのならば、どうか力を貸しやがれ……!!
コンテナを開ける、何も無い。
コンテナを開ける、何も見つからない。
コンテナを開ける、そして……それを見つけた。
「はっ……。何だよ、やればできんじゃねぇか。神様」
そう小さく笑い、バスクはそれを手に取った。
それを肩に担ぎ、操作を開始する。
起動を確認し、エネルギーをチャージ、安全装置を解除。
後は撃つだけだ、問題なのは……。
「コイツは下手に撃てない……」
バスクが手にした武器は携帯式のレーザー砲だ。
その威力は専用の光防御迷彩を施していなければ、無人兵器ですら容易く屠る事が可能である。
レーザー砲の一番の真価は発射と同時に即座に相手に着弾する事だ。
つまり、熟練の射手が居ればレーザー砲は死神が振るう鎌に等しい死を与える武器となる。
ただ、レーザー兵器はその威力があまりにも凄まじいと言う"欠点"がある。
バスクが手にした携帯式のレーザー砲『プロトン』ですらが、直線距離にしておよそ300mは無条件に貫いてしまう。つまり、今居るテラノの様な住居地等で使用してしまえば、甚大な被害が生まれかねないのだ。
レーザー兵器はその威力故に様々な無人兵器に搭載されてはいたが、その殆どは各国が結んだ協定で使用が制限されていた。
レーザー兵器が活躍した場は陸上ではなく、その殆どが海上での艦船での使用、もしくは空対迎撃兵器としてのソレだったのである。
テラノ住民が何処に居るか確認できてない今のこの状況に置いて、レーザー砲は安易に使用できない兵器であった。暫くその使用法に頭を悩ませるバスクではあったが、程なく彼は一つ溜め息を零して刺し違える覚悟を決める。
「やっぱ、神は意地が悪い……。ん?」
しかし、神を冒涜するにはまだ早かった。
レーザー砲を見つけたコンテナ内部に目を通し、バスクはまたある物を見つけた。
「こいつは……! こいつがあるなら、もしかして……専用の弾もありやがった!!」
そう歓喜の声を上げつつ、すばやくそれを装填して、バスクは倉庫の開いた穴へと駆け出していく。
外を覗くと、外の戦況は悪化の一途を辿っていた。
既にその相手はM309だけではなく、街の彼方此方から無法者達が援護にやって来ていたからだ。
バスクは一つ舌打ちを鳴らし、部下に指示を出す。
「良い物があった、俺がコイツでM309を黙らせる! 各員、援護しろ!!」
「れ、レーザー砲……!! やったぜ!! あ……いや、そいつを街中でぶっ放すんですかい!?」
バスクが担ぐレーザー砲を見て歓喜の声を上げたメンバーであったが、次に彼等もバスクと同じ思考に至る。即ち、テラノ住民の安否を確認せずにレーザー砲の使用と言う行為を躊躇したのだ。
「安心しろ、M309に接近して下から斜めの角度で撃つ!!」
「あいつに接近するとか馬鹿ですかい!? 自殺行為ですぜ!! どこかのビルの上から狙えばどうですか!?」
「それだと光が"散る"だろうが!! 周囲の建物に拡散したら一気に崩壊してもおかしくない!!」
レーザー砲は地面の様な膨大な質量に着弾すると、場合によっては反射角度の都合で拡散される恐れがある。つまりとして言うと、レーザー砲を街中で使用する攻撃角度としては、上から下のソレは適切とは言えない。無論、敵地であったのならば話は別である。
「じゃあ、どうするんですか!? 馬鹿正直に近付けば副長の"お肉"が地面に並びますよ!?」
「分かってる!! いいから、見てろ!!」
バスクは言うと、片手に持ったグレネードランチャーである"MGL64"を構え、連続で射撃する。そこから放たれて着弾した弾頭は爆発……する事はなく、少し弾ける様にしながら白い煙を放出して周囲の視界を染め上げた。
「発煙弾か、よく見つけましたね!」
「しかもIRCM型だ!! どうやら今日の俺は神に愛されてるらしい! これならサーモグラフィーにも引っかからない!!」
IRCM型の発煙弾。
様々な感知機能を装備している無人兵器が活躍した前世界にとって、従来の発煙弾では効果が無い。
故に、改めて開発されたのがIRCM(Infra-Red Counter Measure)技術を使用し、弾頭サイズまでの小型に成功した特殊弾だ。
サーモグラフィーは物体の熱を感知する技術と思われがちだが、実際には物体が発する赤外線を感知し、電気変換された値をデジタル演算処理する事により熱画像として表示している。
全ての物体は絶対零度以上であれば常に赤外線を放出している。
そして赤外線は大気圏内では、ある特有の伝播特性を持つ。
その中の幾つかの波長帯は大気の窓と呼ばれ、減衰が少なくなる。
故に様々な兵器のセンサー用波長にはそれら幾つかの赤外線波長帯から、必要に応じて選ばれ使用されるのが通例だ。
簡略して言えば、無人兵器が放つ赤外線を探知しやすい波長、人が放つ赤外線を探知しやすい波長と言う物がある。
バスク達は発煙弾とは称してはいるが、上記に述べた特性の妨害をすると考えると、どちらかと言えばチャフの役割の方が強いだろう。
「神に愛された奴等ってのは、神のお傍に"呼ばれる"らしいですぜ! 気を付けて下せぇよ!!」
そうジョークを口にし、部下は攻撃を再開する。
するとそれに反撃したM309の20mm機関砲の銃撃が煙の向こうから放たれてくる。
それで位置を確認すると、バスクは覚悟を決めて走り出した。
直線距離にしておよそ百メートル程は走っただろう。
銃弾と怒号が飛び交う中の死のランニング。
一歩間違えば安易に死ねるこの状況において、バスクはそれでも笑みを浮かべていた。
ここで死ねたとしても本望だ。
何時かは死ぬと思っていた。
問題なのは、"どうやって死ぬか"だ。
部下の為、否、仲間の為、テラノの住民の為、そんな上等な死に様を迎える事ができれば本望だ。まぁ、もっとも……。
「死なずに生き延びれば、そっちの方が万々歳だがな」
そして、バスクは遂に視界の先にM309の姿を捉えた。
M309は全方位モニターを採用しており、即ち車両内部から360度全てを内部から確認する事が可能である。
これを使用すれば、安全に内部から外に居る敵対勢力の位置を視認できるのだ。
当然、M309の内部に居た者達は煙の奥から突如として姿を現したバスクと、彼が抱えていたレーザー砲を確認できてはいた。
しかし、その内部では操縦席に着いていた男が焦りを浮かべている。
「は!? う、動かないぞコイツ!?」
「馬鹿、何してやがる!? とっとと下がりやがれ!!」
「あ、そうか。さっきみたく、コイツを解除しねぇと……!!」
「早くしろぉ!!」
「テメェこそ機関砲を操作しろよ!!」
全方位モニター、それを使用した際にはあるセーフティが掛かる。
即ち、車両内部から全体の景色を確認できると言う事、つまりそれは"壁が透けている様に見える"と言う事だ。
つまりとして言うと、車両全体の幅と高さを確認できなくなってしまう。
無論、おぼろげながら外観を区別できる線は浮かんでいるのだが、それでも見辛い物だ。
この特性のお陰で前世界の軍では接触事故が多発し、全方位モニターは移動時には使用できないセーフティが掛かったのだ。言うなれば、全方位モニターが使用できるのはその場に留まって攻撃する場合に限る。
もしも神が存在するのならば、今日のバスクはまさしく神に愛されていた。
様々な幸運が積み重なった彼に、もはや敗北と言う結末はあり得ない。
「戦車に続き、コイツも失うとはな……。全く、ついてない」
バスクは滑り込む様にしてM309の懐に飛び込み、溜め息を零しながらレーザーを砲を構え……撃った。
瞬間、M309の装甲は瞬時に発火して溶ける様にしながら吹き飛ばされ、闇夜の空に散っていく。
M309の前面は瞬時にして全て消滅し、内部に居た者達はそれに巻き込まれて苦痛を感じる間も無く蒸発していく。
その余波で周囲に張り巡らされていた煙は吹き飛び、一瞬だけ閑散とした空気が流れる。
気付けばM309は溶かされた装甲の切断面を妖しく光らせながら、無力化していた。
そして、その光景を目撃していた無法者達は慌てふためく。
「レーザー砲だ!! 奴等、レーザー砲を所持してやがる!!」
「ど、どういう事だよ!? つまり、倉庫は完全に制圧されたってのか!?」
M309を中心に反撃を開始していた彼等は、司令塔を失って統率を完全に乱してしまう。
そしてそんな有様では、様々な危機を乗り越えてきたクルイストの面々の格好の餌食となる。
無法者達は次々と撃ち抜かれてしまい、そして死にたくないと一人が逃げ出すと、我先にと誰もが逃げ出していった。
「はっ!! 屑共が!! 逃がすかよ!!」
クルイストの面々は班を分けたま素早く追撃を開始し、周囲の敵をあらかた殲滅。
その後は倉庫からテクニカルと隊商の装甲車も引っ張り出し、倉庫内部にあった武器も装備して戦力を完全に強固なモノにした。
「よし、このまま入り口を押さえて退路を確保!! その後、隊長を迎えに行くぞ!!」
『了解!!』
続けて指示を出し、一息吐いたバスクはふと気付く。
「そういや……さっきの爆発音は何だ?」
一人呟き、背後を振り返る。
すると、街中の奥地にあるホテルから銃撃音が僅かに聞こえてくるのが分かった。
それを確認し、バスクは眉を潜めながら口を開く。
「……もし救出に成功したら、いい加減許してやるよ」
そう告げた言葉は、誰に向けたモノだったのか。




