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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
73/105

荒野に神はおらず



さて、情報収集はこの位でいいだろう。

高い場所から周囲の状況を眺めていた砲兵の人達が何も見てないと言うなら、もう何も期待できないしな。


エレベーターから降りてフェニル先輩と横並びで談笑しつつ、自分達の車両に戻ろうと足を動かす。


当初はクールで知的な人かと思ったが、彼女は結構冗談を口にしたりもするし、時折に笑顔を見せる。


勿論、それは俺にとって好ましい性格だ。

思えば、組合に所属してからマトモな会話をした初めての同業者ってフェニル先輩か?

あくまで弓さん達を除いたら、ではあるが。


いや……違う!! 初めて話したのはキリエさんだったか!!

あの時は後で田中さんの説明を聞いて大変に驚いたよ。


そんな短いながらも楽しい時間はどうやら終わりの様だ。

視線を前に向ければ、既に自分達の車両が停車してる場所が見えてきている。


藤宮さん達も此方を視認できたのか、心なしか少し安堵した様子で大手を振ってきた。

それに手を振り返しながら近づこうとした所で、隣を歩いていたフェニル先輩が足を止める。



「さて、ソウヤ。これを受け取れ」


「っと……え? あの、何ですかこのボタは?」



突然此方に向かって投げられた物を咄嗟にキャッチすると、それはボタが入ったホルダーであった。

見た所、五百ボタが入る板状のホルダーだ。



「昨日の情報代と今日の分だ。ソウヤにばかり負担させてしまったからな」


「いや、でもこんなに? 少し多い気がしますが……」



確かに弾や缶詰を幾つか失いはしたが、五百ボタも貰うほどではないぞ。

思わず戸惑ってフェニル先輩を見つめるも、当の彼女は不敵な笑みを浮かべてこう返す。



「申し訳ないと思うなら、集めた情報をカークスへ報告するのは君がやっておいてくれ。それと……少し多いのは写真の代金分だ。ふふ、楽しみにして待ってるからな?」



なるほど、上手い言い訳だ。

そう言われちゃ降参するしかない。


此方も笑顔を返しながらホルダーを少し掲げて見せ、ありがたく懐に仕舞う。



「ではな、ソウヤ。また後で会おう。今日は楽しかったぞ」


「はい、また後で。俺も楽しかったです」



そう言って藤宮さん達の所に戻るフェニル先輩を見送り、俺も自分の車両へと足を向ける。


何だか、デートした後の会話みたいだったな。

そう思うと何処かむず痒い気分になるが、そう悪い物でもない。



「ただいま、ラビィ。異常は無かったか? ……誰かに昼食を誘われたりとか」


「おかえりなさい、沿矢様。何も異常はございませんでした。昼食にも誘われていません」



昨日のナンパ相手が誰だが知らないが、そうしつこい人ではなかったみたいだな。


あんまり酷い様ならその人物に一言だけでも注意せねばなるまいと思ってたが、その必要もないみたいだ。



「なぁ、ラビィ。動きの良い無人兵器とベース・ウォーカーって何か関連性があるか? 実は此処を襲撃してきた無人兵器の中に、一機だけ手強いのが居たらしいんだよ」



俺がそう問いを投げかけると、今まで静かに周囲に視線を向けて警戒していたラビィが瞬時に此方を向く。


思わずその機敏な動作にビビッてしまった。

こういうのを見ると、彼女が機械である事を思い出させられる。



「……それは厄介な事になりました。ベース・ウォーカーが担う役割は無人兵器の輸送、回収、整備、修理だと言う話はしましたね?」


「あぁ、前線基地代わりなんだろ? 言わば、動く要塞で化け物じみた戦闘能力も持つ」


「はい。ですから、その動きの良い無人兵器とやらは、もしかしたらベース・ウォーカーで整備された機体だったのかもしれません」



……あぁ!! なるほど、そういう見方もあるのか。

少し考えれば分かる事だとは思うが、全く気づかなかった。

フェニル先輩の指摘通り、ただネームド付きが紛れ込んでるだけと思ったよ。



「昨日、ラビィはこの時代で目覚めてから初めて無人兵器と対峙した時に違和感を覚えました。私の記録にある動きよりも遥かに動きが遅い、と。しかし、少し考えればそれは当然の事でした。かの機体は数世紀の間まともな整備を受けていなかったのでしょう。あれがもし完璧な整備を受けていたとしたら、恐らく死者が出ていたでしょうね」


「マジかよ……。それでも結構苦戦したんだがなぁ」



昨日戦った相手は言わば、最終ラウンドの疲れきったボクサーだったと言う訳か。

にしても、整備を受けた機体はネームド付きと同等の動きが発揮できるのか。

……ちょっと待てよ。それって凄く不味くないか?



「つ、つまりベース・ウォーカーの周囲に居る無人兵器達は完璧な状態って事か? 弾とか装甲も問題なし?!」


「弾は内部に専用の製造プラントを持つ機種でないと生産できません。しかし、装甲やパーツの整備ならばどの機種でも問題なく行えますね。ただし、あくまで材料となる素材が必要ではあります」



なるほど、確かに化け物だ。

ベース・ウォーカーの一番厄介な所は味方である無人兵器達の状態を万全に維持できる事だったのか。


そりゃ皆がうろたえたり、怯えたりする訳だよ。



「……はぁ。とりあえず、カークスさんに報告してこないとな」



何とも気が滅入る話ではあるが、だからと言って報告を怠る訳にはいかん。

とりあえず、この話でベース・ウォーカーの存在を裏付けるとまではいかんが、可能性は高くなった。


少し小走りでカークスさんが居るであろう偵察戦闘車両の近くへと向かう。

すると彼は丁度フィブリルさんや隊商の人達と話している最中であった。

恐らく、ベース・ウォーカーが居るかもしれないとの主旨を話しているのかな?



「あの、カークスさん。今少し良いですか?」


「ん? 木津君か、どうした? もしかしてもう何か掴んだのかい?」



カークスさんはそう言って確認を取ってくる。

それだけならいいのだが、何故か隊商の人達や私兵連中も期待の眼差しを向けてきた。



「えぇ、守衛の人や上にいる砲兵の人達に話を聞いてきました。彼等が感じた異常はまず明らかに襲撃回数が増えた事です。次にその襲撃してくる無人兵器も単独ではなく複数で同時に攻めてきた事。しかも一番重要なのが、その中に明らかに動きの速い一機が紛れ込んでたみたいなんです。ラビィに聞いたら、それはもしかしたらベース・ウォーカーで整備された機体の可能性があるらしくて……」



俺がそう報告を終えると、何故か後ろの隊商の人達や私兵連中が我が意を得たりと言わんばかりの表情を浮かべている。



「ほ、ほら!! 聞きましたか?! フィブリル隊長、これは状況証拠的にもうベース・ウォーカーが居るのは確定的ですよ!!」


「恐らく、襲撃回数が激増したのはバハラのハンターがベース・ウォーカーとの接近を避ける為に狩りを一時的に中断したからかもしれない」


「何ヶ月近くも狩りもせずに放置してれば、放浪してた無人兵器同士が遭遇してグループを組みやすくもなる。多分そうだろうな」



そんな感じで突然に一斉に口を開き、各々が意見を述べ始めた。

カークスさんは口元を片手で押さえながら唸り声を上げ、深刻な表情を浮かべている。

恐らく、彼もいよいよベース・ウォーカーの存在する可能性を真剣に受け止め始めたのだろう。

リーダーである彼には難しい状況なだけに、その苦悶の表情は見ていて実に痛ましい。



「――皆さん、静かにしてください」



突如として、静かに言い放たれたその凛とした言葉。

それはフィブリルさんが放った物であった。

彼女は腕を組みながら此方を眺めており、その表情は実に落ち着いた物だ。



「木津さん。その話、信憑性の程はどれ位あると思いますか?」


「え? そう、ですね。ここの砲兵の人達は凄腕みたいでしたし、見間違いとかではないとは思いますが」


「その動きの良い無人兵器とやらは一機だけでしたのでしょう? なら、単にネームド付きが混じってただけかもしれませんわよね?」


「……まぁ、かもしれませんね」


「それに、結局の所は誰もベース・ウォーカーを目撃していないのでしょう? ならば、何とも言えませんわ」



そう言われたらそうだが、少しばかり楽観的ではなかろうか?

とは言え、依頼主である彼女に対して下手に逆らう訳にもいかない。

が、同じく雇われの身であろう隊商の人達が果敢にも口を開いた。



「フィブリル隊長。まさか、まだ南下するつもりなんですか?」


「当然です。それが元々の目的なのですから」



フィブリルさんがそう答えると、質問した男は唖然とした表情を浮かべる。

どうやら、彼はここら辺で旅を切り上げたかった様だ。

が、そう思っていなかったのは彼だけでは無かった様である。

更に一人が堪らずと言った調子で一歩前に踏み出し、抗議の声を上げた。



「フィブリル隊長! 仮にベース・ウォーカーが居なかったとしても、無人兵器の攻勢が増しているのは事実です。何らかの異常がこの周辺で起こっているのは確かなんですよ!?」


「そういう事態にも対抗できるようにと、組合に依頼を申請したのではないですか。事実、彼等は既に厄介なステルス型を死者も出さずに三機も撃破しています。心配する事はありません」


「そ、そうは言いますが……」



そう渋る男を黙らせる為か、フィブリルさんはスラリとした細い指を一本だけ立てて見せ、続けて放たれるであろう言葉を塞き止めた。



「これ以上、話す事はありません。皆さん、もう休んでくださって結構です。明日の朝にまた南進します。これはこの隊商の代表者としての命令です」



方針は変わらず、こうして南進する事が決まった。

此方としてはバハラまでの護衛が仕事なわけで、多少のリスクがあろうが従うしかない。


しかし、これまでキスクから長い旅路を続けてきた隊商の人達は思う所があるのだろう。

度重なる危険を何とか跳ね除け、各所で商売をしてきた彼等の疲労とストレスは高まっている。

それは今回のフィブリルさんの方針に対し、誰も了解の返事を返さなかった事で容易に分かった。



『カークスさん、少しやばくないですかね? ベース・ウォーカーがどうこうってか、このままじゃ内部崩壊しそうですよ……』


『そうだな。しかし、彼等はあくまでフィブリル殿の部下だ。私達が口出しする事はできないし、もししたとしても彼女の性格を考えるに、最悪として気分を逆撫でする危険性もある』



確かに、彼女は上に立つ者の見方をしている。

だから悪いって訳ではないが、今の状況ではそれが少しばかり厄介な状況だ。


こんな調子で、はたしてこの旅は無事に終える事はできるのであろうか。

思わず神に縋りたくなる様な状況ではあるが、外に広がる景色は崩壊した世界の罅割れた大地。


そんな悲惨な光景が、神に祈る行為など無駄だと断言しているかの様にも見え、知らず知らずの内に俺は思わず溜め息を零してしまった。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






ヤウラは相変わらず平和に満ちていた。

異常があるとすれば南からの無人兵器襲撃が相次ぎ、迎撃戦が連続して勃発しているのだが、組合の勇士達は自分達の懐が暖かくなると単純に喜ぶだけである。


皮肉にも勇士達の手腕が見事なお陰もあり、自分達で相手する機会が少ない為に南駐屯地の軍人達はその不穏な変化に気付けずにいた。


今はまだ、誰もが南に起きている異変に気付いてすらいなかった。

いや、厳密にはヤウラの組合長であるウォルフ・F・ビショップは南の動向に一人だけ注意を向けているのだが、未だに確信を持てずにいた。


彼の考えではクルイストの帰還でもたらされる情報、あるいは消息が途絶える事で警戒態勢に移行するべきかを悩んでいる。


それはさておき、玄甲内部の医療エリアに珍しい客人が訪れていた。

その人物は実に見事なふくよかな腹ともの寂しい頭部を兼ね備えている、剛塚 茂道大佐その人である。彼は白で装飾された医療エリアを闊歩しながら、瞼を細めて不機嫌な様子だ。



「白の壁に白の制服、おまけに白の手袋とマスク……。スタッフの肌の色が見えてなかったら、色覚異常になったと勘違いしそうだ」



そう愚痴りながら、剛塚は腹を揺らして歩を進める。

今の彼には護衛の兵士は付いておらず、一人寂しく廊下に足音を響かせて行く。

薬品の匂いとアルコール独特の香りに耐えながら、彼は遂に目的の場所へと辿り着いた。

扉のドアをノックするも、彼は返事も待たずにそのままドアノブを回す。



「剛塚大佐、これはお早いお着きで……。この通り、インスリン注射薬の準備はできております。さぁ、そちらの椅子にお掛けください」



部屋の中には医者が一人だけで滞在しており、彼は脇のテーブルに置いていたインスリン注射薬を手にして腰を浮かせた。が、剛塚はそれを片手を向ける事で相手の動きを静止し、椅子ではなく傍らに置かれていたベッドに腰を下ろす。


戸惑う医者を前にし、剛塚は憮然とした表情で言い放つ。



「ドクター、それは必要ない。糖尿病の治療と連絡したが、それは此処に来る口実であり、私は至って健康なのだよ」


「え? こ、口実ですか? それに健康……ですか?」



ドクターは驚きに目を見開きつつ、剛塚を眺めた。

剛塚はそんな相手の反応に苦笑し、自らの腹を撫でる。



「その目線は無礼だぞ、ドクター。まぁいい、理由を説明しようか。軍と言う組織では階級が高くなると、外だけではなく内部に居る敵も増えるのだよ。怪しい行動をすれば、直に監視の目が纏わりつく。が、今回はこの体型を利用して一芝居打った訳だ。ふはは、思わぬ利用価値もあったものだ」


「は、はぁ……。では、治療が目的ではないのだとしたら、一体何が目的で?」


「うむ。木津 沿矢君のカルテを見たい。彼が退院してすぐに此処を訪れれば、私が彼に興味を抱いてると感付かれるやもしれんでな。こうして情けない理由を作って態々と此処へ訪れたのだよ」


「……木津? あ、あぁ! 貴婦人を退けたあの少年ですか」



医者は一瞬誰の事かと戸惑ったが、直に記憶の中から沿矢の顔を探り当てる。

あの爆発騒動はここ最近でも……否、ヤウラ史を鑑みても例を見ない大騒動であった。

故に、この街に住む大抵の者達の記憶へと強く焼き付けられているだろう。

例外として言うならば、メイン居住区を除いて……と付け加える必要があるが。



「彼のあの異常な膂力……私はアレに強く興味を抱いている。医学の面から見て、何か分かった事はないかね?」


「えっと、少々お待ちください。カルテをお持ちしますので」



ドクターはそう言って、傍らに置いていたPDAに手を伸ばす。

しかし、剛塚は突然に大声を上げ、それを静止した。



「あぁ、いや!! この事は他言無用で頼む。面倒だと思うが、自分で取りにいってくれないか?」


「了解しました。では、失礼します。直に戻りますので……」


「うむ。頼む」



部屋からドクターが出て行くのを見送ると、剛塚は制服の首下を緩めてラフな着心地にする。

そのまま疲れた様に息を吐き、一人静かに笑みを零す。



「ふっ……それにしても、糖尿病か。我ながら、何ともプライドの低い言い訳だ」



医者に連絡を取った手段は極普通の通信電波であり、恐らく自身を敵視している者達にもその連絡は傍受され、伝わっているだろう。


しかし、それでいい。

己が如何に惨めで、醜く、どうしようもない奴だと思われた方が都合が良い。

敵対する上で厄介な事は、相手に警戒されてしまう事である。

それに比べれば、この程度の恥は安い物だ。

剛塚はそう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。


愚かと言うか、当然と言うべきなのか。

何時の時代も権力争いと言う物は存在し、剛塚もそれに関わる当事者の一人である。

彼は目まぐるしい戦績を上げて成り上がった魅竹准将とは違い、他都市との情報戦に打ち勝つか、軍内部のライバルの不祥事を利用して暗躍してきた。


言うなれば魅竹准将は一般人が思い浮かべる様な理想の軍人であり、剛塚はその対極に位置する生き方であった


だが、誤解しないでほしいのは剛塚の様な人材も軍と言う組織を運営する上では、不可欠な要素なのだ。


敵対勢力への諜報は当然ながら重要であり、軍内部へ目を光らせる存在と言うのもまた、使い方を誤らなければ実に役に立つのである。


ただ、そのお陰か剛塚を敵視する存在も多く、こうして慎重な行動をするに至った訳だ。

ちなみに言うと魅竹准将の剛塚に向ける敵対心は、ただ単に相容れない物を感じ取っているからである。剛塚自身もそんな理不尽とも思える敵対心に強く反発しており、彼と口論する機会も多い。


金も名誉も家族すら手にしたお前が、どうして自分を目の敵にする?

剛塚はそんな嫉妬心を抱きながら、魅竹准将への敵対心を憎悪へと昇華させてしまった。

ただ、最近の魅竹准将は息子の不祥事のお陰で落ち目であり、剛塚も密かにほくそ笑んでいる。

それよりも今問題なのは"他の奴等"だ。



「どいつもこいつも、ミシヅへの対応を後手に回しおって……。向こうはもう既に落ち着いてしまっただろうな」



結局、ノーラの処遇は後回しにされ、ミシヅへの報告もまだと言う体たらく。

そのお陰か、貴婦人の下へと暗殺者が送り込まれる事態にまで発展してしまった。


だが、紅姫が珍しくやる気を出してくれたお陰もあり、それを利用してヤウラに潜伏していたミシヅの諜報員を多く始末できた。


結果的に言えば、今回の件はヤウラの勝利だろう。

しかし、それが紅姫のお陰と言うのが剛塚は気に食わなかった。



――他の奴等は今回の勝利に酔ってはいるが、目を覚まして欲しい物だ。何時まであの様なじゃじゃ馬を当てにするつもりなのだ。



そう、今回の勝利は紅姫の動きがあってこそだ。

なのに、だ。軍部はそれを良しとしており、自分達の実力を見直そうとはしていない。


紅姫と言う個人を当てにするあまり、軍部全体の動きが鈍ってきている。

剛塚はそれを懸念し、危うい状態だと危惧していた。

彼女がまだ素直に言う事を聞くのならそれでいい、幾らでも利用しよう。

が、現実では軍が彼女の顔色を伺い、協力を要請する関係でしかない。


何時かその不安定な状態は破綻し、必ずや"痛い目"に合う時がくる。

紅姫と言う存在はヤウラではあまりに大きいが、その支柱を酷使すれば何時かは壊れるだろう。

軍部がその依存から脱せないのであれば、その前に代わりを見つける必要がある。


剛塚はそう考え、沿矢に目を付けた。

彼は紅姫と違って親しい友人も居るし、教会の子供達にも好かれている。

これ程に"弱み"を抱えた存在が、いずれは紅姫に匹敵し得る力を有しているかもしれないのだ。


そうでなくてもだ、彼は極一般的な価値観を備えており、軍と敵対する事を恐れていた。それは実に幸運な事だ。


何も脅す必要は無い、普通に高額の依頼料か、それに値する品物を用意すれば良質な協力関係も築ける可能性もある。気まぐれな紅姫と違って沿矢の行動は実に予想しやすく、不安定要素が少ないのが魅力的だ。


ともあれ、上記の考えを剛塚が有している事からも分かるとおり、彼は沿矢に新たな借金を背負わせるのに否定的であった。いずれは協力関係を結べるかもしれない相手に対し、敵対心を植え付けるのは得策ではないと。


だが、沿矢自身へと目を向けていた剛塚とは違い、軍の上層部は高性能なヒューマノイドに強く興味を示してしまう。その結果として沿矢に新たな負担が圧し掛かったのだが、それは当初の六百万と言う途方もない額ではない。


そもそもそんな軍の決定に不服していた剛塚は、ラビィの正論を聞いて覚悟を決め、迫田の件を会議で持ち出して借金の総額を二百五十万まで減額する事に成功した。


ただ、迫田が起こした事件は軍では禁句にも近い扱いでもあり、そのお陰で多くの者から敵視されるか、警戒心を抱かれてしまう結果となってしまう。故にだ、態々と今の様に慎重な行動を取らざるを得ないのだ。


そんな風に剛塚がこれまでの行動を思い返していると、ようやく部屋にドクターがカルテを抱えて戻ってくる。



「お待たせしました。これが木津 沿矢のカルテです」


「おぉ、一目で分かったよ。彼の右腕に浮かぶ黒い一線……これは一体何なのだろうな?」



差し出されたレントゲンを手に取り、天井のライトの光に当てると直に剛塚の目に付いたのが沿矢の右腕だ。


カルテを取りにいくのによほど急いでいたのか、ドクターは静かに乱れていた息を整え、額の汗をハンカチで拭いながら口を開く。



「私もそれが気になりました。当初はMRI検査をしようとも思ったのですが、それが金属物質である場合には不測の事態も起こり得る可能性が高く、残念ながら見送りました」


「ふむ……。至近距離で爆発を受けた際に、被験者の体内へと異物が入り込んでしまい、ソレが取れだせなくなると言う事例はよく聞くが……これはそうではなさそうだ」



沿矢の右腕に浮かぶ黒い異物の周囲には、細かい破片などは無い。

つまりとして言うなれば、爆発を受けた際に右腕に入り込んだ異物ではないのだろう。

仮に手術か何かで細かい破片を取り出していたのだとしても、黒い異物だけを取り除かなかったのは不可解だ。



「まぁ、これはそんなに気にしなくてもいいだろう。私が興味を抱いているのは彼の肉体だからな」



そう言って笑みを浮かべ、瞼を細める剛塚の表情を沿矢が見たら、あらぬ誤解を抱いただろう。

何せ、剛塚と向き合っていたドクターですら背筋に悪寒が走る程であったのだから。

そんな自分の態度を気取られぬ様に、ドクターは診療録を手にして口を開く。



「彼は通常では有り得ない膂力を有しているとは言いますが……。特に彼の体に異常は見られませんでした。莫大な膂力が何処から生み出されるのか調べるとすれば、まず筋肉組織の構成を調べるのは一般的でしょう。ですが、彼は至って普通の成人男性のそれと変わらない筋肉でした。当初はミオスタチン関連筋肉肥大に似た症状か何かを発見できると期待したのですがね」


「ほう? 体に異常はなかった? それは……ますます興味が出てくる結果だな」



剛塚は唸る様にして呟き、口元を押さえた。

彼の目から見ても沿矢は極普通の体型であったし、今の言葉に異論を感じはしなかったのだ。



「続けて、彼の血液を採取して調べて見ました。もしかしたら軍事用のナノマシン『SB』が検出するのではと疑っての検査です。ですが……これも駄目。おかしい所があるとすれば、外居住区に住まう人間にしては少し綺麗すぎたと言う点くらいですかね」


「SBか、それは考えてなかったな。だが、あれはアドレナリンの動きを操作して戦意を高めたり、痛みを抑制する程度の物だろう?」



Soldier Blood、略して『SB』と呼ばれるそれは、前世界の軍事施設等で偶に発見される軍用ナノマシンだ。


前世界では戦いに出る兵士がそれを服用し、戦果を向上させていた。

だが、機械による代理戦争に拍車が掛かるにつれて戦場へ出る兵士も少なくなり、SB関連の研究は次第に廃れていった流れである。


故に発見できるSBはそう多くはなく、今の荒廃時代ではかなりの高値が付く。

なんせ、今の時代は生身の人間が数多の無人兵器と争う世界なのだ。

自身の戦闘力が向上できる物あるのならば、誰でも手にしたい一品であるだろう。



「それは一般の兵士に提供されていた『G型』です。中には極限まで集中力を上げて射撃の精度を向上させる『S型』や、五感を増幅させる『A型』と言うSBも存在しています。ただ、G型以外のSBはかなり発見し辛くもあり、まだまだ発見されてない他の種類が存在しているのではないかとも言われているんです」


「ほう、なるほどな。しかし、木津君の血中からナノマシンは見つかっておらず、SBが膂力を生み出している可能性も無くなった訳か……」


「はい。これには参りました。こうなると、普通の医療検査では彼の異常性を突き止めるのは困難です。詳細を確かめるとすれば、彼自身にお願いしてモニターする許可を取り、複数の医者の立会いの下で経過を観察する位しか手段はありませんね」


「ふーむ……。いっその事、本人に直接事情を伺ってみると言うのも手か?」



剛塚はそう言って頭を悩ませ、低く唸る。

だが、それを実行しても沿矢自身は戸惑ってみせるだけだろう。

馬鹿正直にUFOどうこう等と言い出せば、正気を疑われるだけである。



「ふっ、まぁいい。むしろこの様な結果で満足した気もする。ヒーローの秘密と言う物は、解き明かされると途端につまらなくなるものだ」



剛塚はそう言って微笑み、手にしていたカルテをベッドの上に放った。

そんな彼に対し、ドクターは怪訝な表情を向ける。



「ヒーロー……ですか。彼が?」


「そうだ。彼は何処からヤウラに来たかも不明であり、軍の調べではその前の痕跡を一切として知る事ができなかった。それだけじゃなく、彼はヤウラに来た翌日にはあの壊し屋と対峙して見事に勝利し、その後は組合へ所属する経緯を辿る。そして初めての探索で訪れたクースでは見事に二人の同業者を助け、百式を破壊する事にも成功している。恐らく、あのヒューマノイドも病院の地下に隠されていた施設から発見したのだろうな。ここまで聞いただけでも、既に輝かしい戦績だろう? 出自不明の若者……まるでコミックに出てくる主人公の様じゃないか」



まるで少年の様に目を輝かせながら、剛塚は楽しそうに笑う。

ただ、それを見せたのは一瞬だけであり、ドクターが瞬きした次の瞬間には何時もの物へと変わっていた。



「今日は色々と助かったよ、ドクター。下らない嘘で君の時間を割いて悪かった。できれば、この事は他言無用にしてほしいのだが……頼めるかな?」


「も、勿論です。私はただ、貴方の治療をしただけ……そうでしょう?」



そうドクターが確認を取ると、剛塚は満足そうに頷いて部屋から出て行く。

残されたドクターは遠ざかる足音が完全に消えるまで敬礼し、直立不動の姿勢を崩さなかった。

暫くの時が経ち、ようやく敬礼を解除したドクターは溜め息交じりで呟く。



「……ヒーローか、そんなのより神が居てほしいものだ。こんな荒れ果てた世界では特に……」



哀愁漂うその言葉が、彼の背中に浮かぶ切なさをより濃くしていた。



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