女と恋バナは切っても切れない関係性
あれから特に何も起こらず、既に夜の帳が下りた。
水蜘蛛型のパーツ分配に関しては、綺麗に全チームへと分けられる形となった。
ただ、俺と藤宮さん達は敵をキルしたと言う功績もあり、少しだけ多目に配布された位かな。
水蜘蛛型の大きさは飛行機の小型ジェット位はあった筈だが、こうして各々のチームで分けると結構少ないもんだ。上手くAIだけを破壊できたりしたら、かなりの収穫になるのであろうが……。
「まっ、そもそも単独で無人兵器なんざ相手にしたくないしな……」
今日の戦いでは危うく死者が出る所であった。
そもそもステルス型なんて言う、トリッキーな相手と遭遇するとも思ってなかったしな。
やはり無人兵器を相手に戦う場合は複数のチームで挑む必要がある。
この依頼が終わったとしても、稼ぐ手段の主軸となるのはやはり廃墟の探索だな。
敵の位置やトラップの有無をラビィのセンサーで感知できるってのは大きなアドバンテージだし。
けど、弓さんや弦さんは二人だけで無人兵器を狩ってるらしいんだよなぁ……。
あの二人は余程の腕を持っているのだろうか。
こうして新たな経験をする度に、周りの人の凄さに気づかされる事が多い。
そんな事を考えながら缶詰の合成ツナを食べ終える。
ツナとか書いてあるから期待してたが、これただのパサパサした謎の肉でした。
味? くっそ不味いよ。元居た世界なら迷わず腐ってると判断して吐き捨ててたと思う。
しかし、この崩壊世界で一々そんな事をしてたら餓死一直線なので、我慢するしかない。
何だか、小学低学年時代に給食に出た嫌いな物を食べられず、昼休みを全部使って何とか完食した苦い記憶が蘇ったよ。
偶にクラスの女子とかが半笑いで『がんばれー』とか言ってくるんだよな。
その気遣いで心が折れそうだっつーの。トマト投げるぞ。
「……はぁ。ご馳走さん」
自分のテンションが物凄く低下しているのが分かる。
戦場での兵士の士気を保つのに食事が重要だと聞いた事はあるが、マジでそうでした。
「やぁ、食事は終わったかい?」
そんな事を考えていたら、カークスさんが近くにやってきた。
彼はどうやら各チームの状態を見て回っている様だ。
「えぇ、まぁ……。そう言えば、夜の警戒はどうしましょう? 見張りとか」
「うむ、極端な事を言えば集落の人達に任せていいかもしれんが、初日からそんな風に手を抜いてると癖になるからな。まずは我々クルイストが見張りをしよう。次にラウル、その次がHope、そして最後に君達と任せていいかな?」
「はい、構いません。何時間毎での交代ですか?」
「二十一時から開始したとして……二時間毎で交代としよう。そうすれば朝の五時まで繋げる事ができる。その頃には皆も起きる時間だ。木津君には悪いが、最後の見張りが終わると同時に出発する流れになるとは思うが……大丈夫かい?」
「おーけーです。その分交代する時間まで休んでおくんで、全然平気ですよ」
「ああ、そうしてくれ。それじゃ、私はもう行くよ。おやすみ、木津君」
「おやすみなさい、カークスさん」
去っていくカークスさんに軽く頭を下げながら見送り、懐からPDAを取り出すとまもなく二十一時になろうとしている。
寝るには少し早いが、今日は戦闘の疲れもあって体に疲労が蓄積されているから丁度良い。
地面から腰を上げると車両へと近づき、荷台から寝袋を引っ張り出す。
それをテントの中に持ち込み、横に並べて設置する。
「よし、寝るか!! ラビィ、お休みの時間でございますよ」
「…………申し訳ございませんが、今の気温ではラビィが寝袋を使う必要はございません。前にも述べた通り、寝袋に入ると窮屈な状態にもなりますから、突然の事態に対処する場合には0.2秒の遅れが生じます」
むしろ0.2秒だけで済むのかよ。
どうやって中から素早く抜け出すんだろう。
それとも寝袋をブチ破って体勢を立て直すのかな。
「って言っても、結構寒いぞ? 息とか白くなってるし……」
ハァ~と息を吐けば、薄暗い闇の中にハッキリと白い物が浮かび上がる。
真冬とまでは言わんが、結構寒い。
「んじゃまぁ、寝袋を布団代わりにしてその上に寝るといいよ。そのまま寝たんじゃ地面が硬いだろ?」
「そうですね。そうさせて貰います」
そんな事を話しつつ俺はPDAに交代時間にコール音が鳴る様に設定し、懐中電灯の灯りを消して寝袋の中に入って横になる。
初めて寝袋なんて使って見たが、確かに窮屈かも。
俺って腕を動かしたりして寝やすい体勢を微調整するタイプだからなぁ。
「んじゃ、おやすみラビィ。うー寒いなぁ……」
寒い寒いと呟きながら目を閉じる。
すると突然、寝袋が急激に体を締め付けてきた感触に気づく。
慌てて目を見開いて首を横にすると、なんと目の前に赤い瞳があるではないか。
「…………何してんの?」
「沿矢様が寒いと仰られたので、暖めようとしています。体温の低下は身体機能も同時に低下させますから」
「いや、その気遣いは嬉しいけどさ。ちょっと手段がアナログすぎない?」
少し視線を下げれば、ラビィは足を使って俺を器用に挟んで体を密着させている。
確かに今の状態は『暖かいなりぃ……』と法悦しそうな状況だ。
互いの体が余りにも密着しすぎているから、その所為でドキドキしすぎて血の巡りがF1レース状態になってるしな。
「ですが、非常に効果的でもあります。現に沿矢様の体温の上昇も確認できております」
「この状態で体温が上昇しなかったら、多分そいつは男として終わってるか、死亡してるかのどちらかだわ」
互いに息が掛かる程の至近距離だ。
そもそもラビィって呼吸してたんだな。
いや、それも敵方に不信感を与えない為の偽装なのか?
だったら瞬きくらいしてくださいよ。
そんなどうでもいい考えがグルグルと脳内を駆け巡る。
いかん、確かに暖かいが、このままでは眠れんぞ。
「ラビィ、もう大丈夫だ。確かに暖かいけど、体勢が少しきついからさ……離れていいよ」
「大丈夫です。ラビィはこの体勢でもスリープモードに移行できます」
いや、俺がキツイって話なんだが。
そう戸惑いを覚え始めた時、ラビィが徐々に瞼を下ろし始める。
「では、おやすみさない沿矢様。二時間後にはラビィの調整も済みますので、ご安心ください」
「ぅ……うん。おやすみ~……」
まぁ、しゃーない。
役得だと思いながら寝るしかないな。
二時間後には離れてるだろうし、大した問題じゃない。
それに今日は色々とあったし、疲労と眠気が蓄積しているので直に意識が遠ざかっていくのが分かる。
この依頼を早く終わらせて、ヤウラに帰りたいなぁ……。
最後にふとホームシックな気分に陥りつつ、ゆっくりと俺は意識を手放した。
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荒野の夜空にまだ星が煌いている時間帯。
地上では光源がまったく無いと言うに、頭上では宝石を散りばめた様な美しい光が幾つもある。
文明の崩壊で地表の大部分から人工的な輝きはかなり減少してしまった。
しかし、そんな壮大な景色に見とれるでもなく、フェニル・ルザードは銃座に着いて23mm機関砲を荒野に向け続けていた。
そんな風に真面目に見張りを続けている彼女であったが、ふと耳に飛び込んできた小声での会話に気を取られてしまう。
『にしても、木津には恩を受けっぱなしだねぇ。どうしようか、シズ』
『う、うーん。借金の返済を手伝うとかどうだろう? やっぱり二百五十万なんて大金を一年で返済するのは大変だと思う』
『確かにそうかもね。けど、私達が手伝える事って何かあるのかなぁ……。木津にはラビィとか言うヒューマノイドがいるし、戦闘力に関しては言わずもがなあの二人のが上でしょ? ……荷物持ちくらいしかやることないじゃん』
里菜はそう言って自分の無力さを嘆くかの様に夜空を見上げて息を吐く。
天へとか細く立ち上り、消えていった白い息が今の彼女の心境を表しているかの様だ。
クルイストの様に大人数でチームを組み、加入したばかりの新人を育て上げる時には荷物持ちとして同行させるケースが多い。
そういう新人は経験者の後を着いて回る姿から雛鳥と呼ばれ、チームの仲間から認められるまでヤング呼ばわりされるのが通例だ。
ただ、チームを組んでる訳でもないのに荷物持ちとして同業者が付き合う例はあまりない。
「……そんな事で一々頭を悩ませてどうする。借りを返したいのならば、まず本人にどうして欲しいか聞けばいいだろう?」
珍しくも、ルザードが二人の雑談に参加した。
見張りに集中しろとの注意の声ではなく、普通に話しかけられた事に驚きながらも里菜は言葉を返す。
「フェニル……あんた何にも分かってない。木津の謙遜っぷりは今日だけでも散々見たじゃないか。無人兵器から助けてもらったと思ったら『助けるのが遅れてすみません』……よ!? あたしは一瞬何を言われたか分かんなかったわよ!!」
「そうそう、マトモにお礼どうこうの話をしても『いえ、大丈夫ですよ』って流されそうだもん。私達から積極的に動かなきゃ借りは返せないよ!」
二人から非難を受け、ルザードは少し眉の片端を跳ね上げながらそれに対抗する。
「で……考え付いた案が荷物持ちか? それは木津の膂力の凄まじさを知ってて言ってるのか、クミ?」
「ぐぐぐぐ……。じ、じゃあフェニルはどうなの?! 良い案があるなら言ってみてよ!!」
「ふむ……そうだな」
そう返され、ルザードは閉口して暫く考えに没頭する。
藤宮と里菜はそんな彼女を見つめながら、期待に胸を膨らませる。
ルザードは三人の中では一番の経験者だし、頭も良い。
これはさぞ画期的な考えを述べてくれるに違いない。
しかし、次に彼女から放たれた言葉に二人は度肝を抜かれた。
「古来より、女が男に守られた時にする事は決まってる――抱かれるんだ」
『…………ぇ』
「だから、体を捧げるんだ。優秀な男の子供を孕むのは実に利に適っている事だし、木津は十分に若い。二人同時でも多分可能だろう」
コイツ、本気で言ってるのか?
そんな風に里菜と藤宮の思いが寸分違わず重なったのは無理もないだろう。
「ふ、フェニル。あんた……そりゃないって、少しばかり直情的じゃないか? 木津だって困惑するだろうし、それにもし万が一断られでもしたら合わせる顔がなくなるよ!!」
「そ、そうそうそう!! そりゃあ、木津君には感謝してるよ!? けど、だからって……ねぇ?! そういうのはもっと仲を深めてから行う物だと思うの!!」
「まぁ、確かにな。私達は組んだばかりだし、二人が同時に身重にでもなったらチームが活動できなくなるから困る」
「そ、そういう問題じゃないっての……」
ゲンナリとした表情を浮かべ、里菜はツッコミを入れた。
それに彼女はルザードの今の提案に対し、納得がいかない部分がある。
「ってか、何で私とシズだけなのよ? 命を助けられたのはフェニルも一緒じゃないか。アンタは借りを返そうとは思わないのかい?」
そうズバリと指摘するとルザードはビクッと肩を揺らし、俯いて言葉を濁す。
「い、いや……確かにそうだが、私はお前達と違ってまだ一つしか借りがない。だから、そこまでする必要はない」
「な、なによその理論は!? いいかい、助けて貰ったのは命だよ!? い、の、ち!! その借りの大きさに一回目も糞もあるかっ!!」
これには溜まらず里菜が憤慨し、そう大声を上げて捲くし立てた。
思わぬヒートアップを見せ付けられ、対照的に藤宮は冷静さを取り戻しながら何とか二人を仲裁する。
「落ち着いて、二人とも!! ま、まぁフェニルも本気で抱かれて来いなんて言った訳じゃないんでしょ? 軽い冗談よね?」
「……確かに、少し悪戯が過ぎた。が、私は本気で進言したつもりだ。だって二人とも木津に好意を抱いているのだろう?」
瞬間、時が止まった。
藤宮と里菜の両名の口から白い息が零れる様子も無く、微動だにしないまま数秒の時が過ぎていく。
が、何とか先に気を取り戻したのは里菜であった。
「あ、あたしは違うよ!? そ、そりゃ木津は良い男だとは思うけど、私と木津とじゃちょっと歳の差があるし? あ、いや!! だからと言ってシズが木津と不釣り合いとか言うつもりはないよ!? うん……本当に」
盛大にどもりながら言い訳し、里菜はそう話を締めくくった。
頬に宿った熱は興奮からか、それとも別の意味合いによるものなのか、その判断の区別は着かない。
「……わ、私だって別に木津君の事は好きじゃないよ!? も、勿論二回も助けられて感謝はしてるよ!! けど、だからって別に彼の事を白馬の王子様だなんて言うつもりじゃないから! ただ、純粋にお礼をしたいってだけであって……そんな、好意がどうとかじゃあ……」
段々と藤宮の言葉は尻窄みとなり、遂には聞こえなくなる。
ただ、俯いた彼女の顔は暗闇でもハッキリと分かる程に真っ赤に染まっていた。
何とか誤魔化した里菜とは違い、藤宮は何とも見え見えな態度である。
当然ながら、そんな彼女の想いは他の二人にはバッチリと伝わってしまっただろう。
……その筈なのだが、不意にルザードがニコリと微笑んで見せる。
「……そうかそうか、二人は木津の事をどうとも思っていないのか? それは良かった――なら、私が頂いても問題はないな?」
『――え!?』
まさかの衝撃発言を受け、二人は一斉に顔を上げてルザードを見る。
当の本人はそんな二人の驚愕の眼差しを受け流し、肩を竦めて挑発した態度を取った。
「なんだ? 私とて木津の勇猛さに思う所が無い訳じゃない。私はてっきり二人が木津を"狙っている"と思って遠慮していただけだ」
「は、はぁ!? フェニル、アンタはヤウラから出発する前は『男なんて要らん』とか格好付けてたじゃないか!!」
「そうだな、アレは撤回しよう。私は……木津が欲しい。ほら、これで良いか?」
「良い訳あるかぁ!! じょ、冗談も程々にしないと本気にしちまうよ!?」
何とか反応を返す里菜とは対照的に、藤宮はルザードの爆弾発言に完全にフリーズしてしまっている。
盛大に混乱している状況であったが、それは唐突に終わりを告げる事となった。
「…………お前達は面白いな。冗談だ、悪かった。少しからかっただけだ」
そう言って、ルザードが小さく頭を下げて謝罪を口にした。
彼女の表情には珍しく微笑みが浮かんでおり、ヒートアップしつつあった里菜は思わず勢いを挫かれてしまう。
「……からかったぁ? か、からかうにしてもネタを選びなさいよ。マジで心臓に悪いわ……」
「あぁ、女同士の楽しい会話とやらをしてみてたかったんだよ。思えば、お前達とこうして冗談を言い合った事もなかったしな。何と言っても、昨日死に掛けた身だからな。少しばかり思う所があったんだ。けど……ちょっと冗談が過ぎたな、混乱させてすまなかった」
そう言ってまたルザードは謝罪し、今度は大きく頭を下げた。
流石にこうなっては責める事もできず、里菜は後ろ頭を掻きながら苦笑する。
「一つ分かったのは、アンタに冗談を言わせたら駄目って事ね。これからはずっと黙って射手をしてなさい」
「随分な言われようだな。まぁ、努力しよう。シズも……悪かったな」
「う、うん。全然大丈夫だよ」
藤宮の反応を確認するとルザードは頷きを返し、23mm機関砲を操作してまた荒野に視線を向け始めた。
そんな彼女を他所に里菜は盛大に溜め息を零して見せ、地面に胡坐をかいて座る。
「あぁ……無駄に疲れた。交代まであと何分かな? あたしはもう眠りたい気分だよ……」
そんな里菜の愚痴に耳を傾けながらも、藤宮はルザードを眺めながら小さく呟いた。
「……本当に、冗談なのかな」
その言葉は突如として荒野に吹き荒れた突風が掻き消し、誰の耳にも届かなかった。




