会議ってのは、基本的にはつまらない
「ふむ……今日は各チームの連携をスムーズに運ぶ為の顔合わせ……と言う訳だったんだが、どうやら随分と顔見知りが多かったみたいだね」
席に腰を落ち着けたカークスさんがそう言ったが、場にはなんとも言えない緊張感が漂っていた。
チーム『ラウル』のメンバー三人は敵意と怯えの感情を露骨に浮かばせ、なんとも落ちつかない様子で此方に目線を向けてきている。同じテーブルに着かず、態々と隣のテーブルに腰を落ち着けた事からも彼等の警戒度が伺えた。
「まぁ、まずは各々が自己紹介でもしていこうか。私はドノバン・カークス、ランクはC+でチーム『クルイスト』のリーダーを務めている。この度は急なお願いにも関わらず、参加を表明してくれた皆さんに改めて御礼を述べたい……ありがとう」
カークスさんがそう神妙に言葉を述べ、ゆっくりと頭を垂れる。
これには誰もが小さく頷きを返したり、腕を組んで真剣な様子を見せたりと概ね好意的な反応を示す。
次にカークスさんは頭を上げると、まずは比較的に大人しそうな藤宮さん達へと視線を向けた。
それを受けると彼女達は小さく頷きを返し、静かに席を立つ。
「私は藤宮 静です。ランクはF+で……ち、チーム『Hand of Hope』のリーダーをやらせて頂いてます。まだまだ若輩者ではありますが、皆さんの足を引っ張る事だけはしない様に全力を尽くします」
何故か藤宮さんはチラチラと此方に視線を向けながらそう自己紹介して見せた。
先程はチーム名を聞きそびれたが、中々に良いセンスをしてらっしゃる。
一人でそう静かに感心していると、続けて里菜さんとフェニルさんも自己紹介する所であった。
「私は里菜 久美。ランクは静と同じくF+よ。まぁ、お手柔らかによろしくね」
「……フェニル・ルザード。ランクはE……以上だ」
里菜さんは片手を上げて気楽に、ルザード先輩はローブで口元を隠しながらクールに決めてみせる。
相変わらずルザード先輩の口数は少なそうであるが、先程のやり取りを見るに他の二人とは上手くいっているのだろう。
そんな事を考えながらボーっとしていると、俺はとんでもない事に気付いてしまった。
――自己紹介する時って、ランクも言わなきゃならんのか。
なんとなく浮かんだその考え、それを理解すると同時に一気に冷や汗が流れ出てしまう。
いや、以前に迎撃戦が終わった後のイベントで似た様な流れは経験したよ?
けどさ、あの時の俺は普通にランクGだったのである。
だけども、今の俺はなんと底辺中の底辺であるランク『G-』だぜ?
自分は最底辺の人間です、って言わなきゃいけないの? マジで? リアリィ?
そんな風に心中でオタオタしていると、次はラウルのメンバーが腰を上げ始める。
「ぁー……俺はフィル・コープだ。ランクはD+で、ラウルのリーダーだ」
「同じく、ラウル所属のマイク・ケノービー。ランクはDだ。ま、まぁ……仲良くやろうや」
「最後に俺がランド・グリン。ランクはDだが、そこそこの修羅場は潜ってるつもりだ」
そうだね、乗ってる車が盛大に揺すられる経験なんて滅多に味わえないもんね。
相も変わらず彼等は最後まで俺を警戒しつつ、そう自己紹介を終えた。
見た所コープは負けん気が強く、未だに俺への敵意を宿してはいる。
が、他の二人は敵意よりも恐れの方が上回ってる感じがする。
この調子でいてくれたら、此方としても不安の種が消えるのだが……。
そんな風に考察していると、ラウルのメンバーだけじゃなく、その場に居た全員の視線が此方を向いているのに気付いた。
物憂鬱気に溜め息を零したい衝動を抑えながら、覚悟を決めて席を立つ。
「木津 沿矢です。ランクは恥ずかしながらG-なんですが、今回の護衛依頼で役に立つべく、一応それなりの装備は用意してるので心配しないで下さい」
「確かに、その左腕に着けてる"鉄屑"はご立派だよ」
「おい、フィル……」
その通り、知ってるか? この立派な鉄屑に殴られると人間って死ぬんだぜ。
口を挟んできたコープに咄嗟にそう言い返したかったが、ここで言い争うと他の人達にまた迷惑を掛けてしまう。何とか無視を決め込みながら、そ知らぬ顔で俺は隣に座るラビィへと手を向ける。
「で、俺はチームを組んでる訳じゃなくてですね、此方に居る彼女と二人で活動しています。……ラビィ、挨拶を。あ、MMHがどうたらバージョンで良いよ」
最後にそう小声で呟くと、ラビィは小さく頷きを返して素早く席を立つ。
「私は多目的任務遂行用ヒューマノイド。通称MMHシリーズ開発の為に調整されたプロトタイプで型番は01です。ラビィ・フルトと申します」
ラビィがスラスラと舌を噛みそうな言葉を吐き出し、自己紹介を完璧に終えてみせる。
それはこの場に居たチームの面々達だけではなく、近くのテーブルに座って此方の様子を伺っていた同業者等も彼女の言葉に多少の驚きを見せた。
いや、それ所か事前に紹介していた藤宮さん達ですら何故か驚きの表情である。何故に?
俺のそんな疑問は、鷹揚に頷きながら発せられたカークスさんの発言で散らされる。
「MMH……聞いた事の無いタイプだな。それにプロトタイプとは……ただでさえ希少種のさらに希少な物を木津君は手にしているのだね。同業者としては尊敬すると同時に、少し嫉妬してしまうな」
「あ、いえ……。不幸中の幸いと言うか、運が良かっただけです」
嫉妬などと言うが、カークスさんの発したそれは感心するかの様な言葉の響きであった。
そっか……ラビィがヒューマノイドってのはヤウラではそこそこ知られてはいたけど、タイプなんかは知られてなかった訳だな。いかん、ミスったかな。ただでさえヒューマノイドを所持してるってだけでヤッカミを受けそうだってのに……。
そんな風に自分のミスを悔やみながらチラリと周りを見渡すと、やはり嫉妬混じりの視線を隠さずに此方の様子を伺う奴等がチラホラと居る。
弦さん達やカークスさんの様な大人な輩の方が珍しいのだろうが、こうも露骨だと少し参ってしまう。俺はどこぞのス○夫みたく、週一で自慢するタイプではないからな。
「さてと……各々が自己紹介を終えた所で本題に入ろうか。まずは我々が護衛する隊商の規模と彼等の私兵戦力を話しておこう」
私兵戦力? って、それもそうか……初依頼で出向いた酒場のオヤジさんだって警備員を雇ってたりしてたもんな。向こうも無条件に此方を全面的に信じてる訳でもないだろうし、自前の戦力を揃えてるのは当然と言えばそうだろう。
内心でそう考えを纏めながら、カークスさんが話す内容に耳を傾ける。
「物資……つまりは商品を運ぶトラックが五台。彼等の食料や弾薬、燃料を運ぶトラックが二台。最後に私兵戦力である装甲車が一とテクニカルが二台。ここまで聞けば分かると思うが、結構な大所帯だ。依頼人や付き添っている私兵達を合わせると最低でも二十人は居るだろう。個人的な意見で言えば、恐らくもう少しは居ると思うがね」
「私兵戦力っつてもよ……。年に一、二回だけピクニックに出掛ける連中だろ? 数だけいたって、あまり当てにはできんぜ」
嘲る様な、と言うより明らかに嘲っている言葉を吐きながらコープが横から口を挟む。
唐突に横から口を挟まれたにも関わらず、カークスさんはそんな言葉にも反応して見せる。
「そんな事は無い……と、言いたい所だがコープが言う事も分かる。彼等は一年の大半を雇い主が経営する店や、売り物が保管してある倉庫を警備しているだけだからね。所持している車両や装備の質は高いかも知れないが、実戦経験は皆無に等しいだろう。しかし……だからこそ、我々が雇われたのだ」
「へっ、雇い主はそこ等辺を分かってるかもしれんが、私兵達がそうだとは限らない……だろ? いざ現場に出たはいいが、私兵達から上官気取りで此方の行動をアレコレ口出しされたんじゃ堪ったもんじゃないぞ」
吐き捨てる様にそうぼやいたコープ。
しかし、彼に対してカークスさんはニヤリと不敵な笑みを返す。
それは今まで彼が見せていた紳士的な態度とは違い、凄味を感じさせる物であった。
「そう思うだろ? しかし、今回の雇い主は全面的に此方の行動に合わせてくれるらしいんだ。陣形、行進時の車両速度、野営時の警戒人数、それ等は当然の事だが、私兵達にも適応される。つまり……通常時以外の、戦闘や護衛に関しての全面的な指揮権は此方にあると言う事だ」
「それって……かなり異例と言うか、あまり無い事ですよね? 大丈夫なんですか? なんだか全て丸投げされてるだけじゃ……」
藤宮さんは不安そうな面持ちで呟く様に言う。
対する俺も内心は藤宮さん寄りの心境ではある。
全て任せる。聞こえの良いその言葉であるが、実際に任されると困るってのが現実なんだよな。
アレだな。今晩のオカズを何にするか聞いてきた母親に『何でもいい!!』って答えるのと同じだな。
「はははは、藤宮君の心配も分かるよ。けど、こうして物事をハッキリしてくれていた方が此方としてもやりやすいんだよ。いざと言う時の緊急事態に引くか戦うか、なんて事で仲間内で揉めたくはないからね」
指揮を丸投げされると言うにも関わらず、カークスさんは気負った様子を見せない。
大人の余裕と言うか、彼のそんな態度は歴戦の猛者って感じであり、此方としても彼の反応は受け入れやすい物だ。案の定、不安気に陰っていた藤宮さんの表情も少しだけ晴れている。
思わぬ好条件を聞いたからか、コープは先程見せていた陰険な雰囲気を引っ込めて気楽そうに肩を竦めて見せた。
「なんにしても随分と肝が据わってる雇い主ではあるよな。名のある商人なのか?」
「此処等ではともかくとしても、キスクでは知らぬ者は居ないだろうな。……フィブリル。この名を聞いた事は?」
「フィブリル……? 待て待て待て!! まさかフィブリル商会か!? 小規模とは言え、ただの一組織でプラントを所持してるって言う……」
「そのフィブリルだ。今回の条件は肝が据わると言うよりは、余裕なのだろうな。例え今回の護衛依頼で商品を失っても相手方には大した損失では無いのだろう。プラントさえあれば、一商隊程度の損失など余裕でカバーできる。まぁ、少し時間は掛かるだろうがな」
「はぁー……まさに格が違うって奴だな。余裕ね……羨ましいこって」
コープは最後に拗ねた様にそう言うと、腕を組んで閉口する。
此方としては頭に?マークである。
ファフニールだがファ○リーズだが知らんが、その人が凄いってのはよく分かったよ。
「へぇ、なんだか凄い商会なんですね。それで……その商会の運営者が今回の隊商を率いてるんですか? それとも代理人?」
「フィブリル程の人間が直接現場に出向くはずは無い……と、思ってたんだがな。なんと隊商を率いて来るのはフィブリル会長のご息女だそうだ」
「ご息女だぁ~~? オイオイ、子守りは勘弁だぜ」
コープはそう皮肉って見せたが、先程とは違って比較的に軽い口調ではあった。
ったく、コイツは一々悪態を吐かないと生きてけないのかな? マグロみたいな生態なの? 黙ったら死ぬの? ねぇ、死んで?
「なんにせよ、彼女が隊商を率いてるならば私達は全力で守るしかない。……万が一の事態には商品を全て破棄してでも、彼女だけは守り通すぞ。彼女の身に何かあったらならば、それは我々だけじゃなくヤウラの信用も落としかねないからな」
不意に静かな口調でカークスさんはそう告げると、集った面々を見回してくる。
そんな真剣な態度には流石のコープも横槍は挟まず、沈黙を保ったままだ。
一瞬で静けさと緊張感が場を支配し、自然と気が引き締まるのを感じる。
そんな時間が数秒程続いた所で、カークスさんは笑顔を浮かばせて表情を崩す。
次に彼はテーブルの脇に置いてあった食堂のメニューを手に取ると、ソレを広げて高らかに言う。
「さて、重苦しい話はここまでだ。後は食事をしながら仲を深めよう。今回は私が奢るよ。各自、好きな物を頼んでくれ」
「奢りも何も、テメェのランクだと全部無料だろうが……」
「ははっ、これも日々の積み重ねと言う奴だ。コープ」
「あははは……」
流石は大人数のチームを纏める人物と言うべきか、彼は規律の纏め方と士気を高揚させる方法をよく心得ている。彼が指揮を執ると言うのならば、何とかなりそうだ。
そんな安心感を覚えながら、俺はメニューに視線を落とした。
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食事をしながら会話を交わし、各々が仲を深めていった。
意外にもウラルのメンバー達は静かにしていると言うか、最後まで大人しくしていた。
此方の様子を伺う回数も減ってきていたし……良い兆候なのかね?
前の件で恨みを持たれてて、密かに復讐でも企んでたりしてても俺は驚かんぞ。
迫田やノーラさんの件もあるし、不意を打たれる事だけは避けたいもんだ。
宇宙生物共に能力を付加されてなければ、俺はとっくに死んでる。
この世界に来て無人兵器や百式なんてとんでもない脅威と相対してはいるが、今の俺自身が一番何を警戒していると問われれば人だ。迫田やノーラさんとの戦闘ではどっちも死に掛けたし、生の感情を剥き出しに襲い掛かってくる相手の怖さを知った。
弦さんには『適度に気を抜け』なんて言われたが、ラウルと言う新たな不安要素が混じったんじゃそれも無理かもしれない。護衛依頼の間は十分注意しとかねばなるまいな。
そんな風に今後の立ち振る舞いを考えながら食事を終えると、すぐに解散の雰囲気が漂い始める。
「じゃ……俺達はこれで失礼させてもらうぜ。カークス、何かあれば連絡をくれ」
と、まずラウルのメンバーが短い挨拶を口にして席を立って去っていく。
立ち上がった際にコープが此方にチラリと視線を向けたが、それは敵意と言うよりも此方の様子を伺う物の様に見えた。
案外、向こうも里津さん達に失礼な事を言った件で、俺が何か報復でもしやしないかと気にしてるのかね?
そんな考察をしていると、次にカークスさんが席を立って別れの挨拶を述べる。
「色々とあったが、最終的にはみんなが和解してくれてよかったよ。君達には期待してるよ。では、私もこれで……」
「はい、お疲れ様でした」
去り行くカークスさんの背後に労いの言葉を投げかけると、彼は此方を振り向かずにクールに片手を去りながら去っていった。
ヒュー!! 彼も結構なナイスガイですな。
まぁ、俺の中でのNo1ダンディはダントツに弦さんだがな。
そんな事を考えながらうんうんと一人で小さく頷いていると、遠慮がちに藤宮さんが声を掛けてくる。
「あの、先ほどはスミマセンでした。事情もよく知らずに口出ししてしまって……」
「へ? いや、そんな……俺も少し熱くなってきてたんで、藤宮さんが間に入ってきてくれて助かりました」
先ほど、と言うのは俺がコープと険悪な雰囲気になった事だろう。
藤宮さんの謝罪の言葉に対し、俺は逆に感謝の言葉を送り軽く頭下げる。
「木津はさっき難癖どうこうって言ってたけど、あいつ等に何か言われたのかい?」
「久美、お前は少し遠慮しろ。よくそうズケズケと物が言えるな……」
「何よ~? 聞きたい事があるんなら素直に聞くのが一番でしょ? 私に言わせればフェニルの口数の少なさの方がありえないって」
「少ないのではない。必要の無い事を言わないだけだ」
興味津々ってな感じで此方に事情を伺ってきた里菜さん。
しかし、此方がそれに答える前に諌める様にして横からルザード先輩が釘を刺す。
そんな彼女に対して里菜さんは唇を尖らせると、小さく愚痴を返した。
ルザード先輩はそれを受けてぶっきら棒に言葉を返すが、場に漂う雰囲気は険悪な物ではなく、むしろ心地よい空気が構成されつつあった。
「いや、気にしなくて良いですよ。えっとですね……何て言えばいいかな」
あの時受けた仕打ちをどう説明したらいいもんか。
そう悩んでいると、今まで静かに事の成り行きを見守っていたラビィが口を開く。
「彼等は以前、沿矢様が車両の購入を決めた帰り道に絡んできたのです。まず最初に車両を使って行く手を阻み、次に名乗りもせずに迫田 甲の討伐の真偽を確かめる問いを投げかけてきました。沿矢様がそれに答えると彼等は笑い飛ばし、沿矢様を見下した発言をした挙句、ラビィともう一人居た女性同伴者に下衆の極みとも言える言葉を向けてきたのです」
「……うん、まぁ……大体あってる。ってか、全部あってる」
唐突にスラスラと語りだしたラビィに藤宮さん達は呆気に取られ、俺はラビィの発言に肯定する。
「で、俺がそれにムシャクシャして車両を持ち上げ、シェイクしてプギーな騒ぎを起こしたってオチですね。いや~……まさかあいつ等と組む事になるとは予想外でした」
まぁ、俺に言わせれば何もかもが予想外なんだけどね。
この世界に来てから上手く行った事なんて滅多に無いよ。
「なんだい、それ!! じゃあ、あいつ等は逆恨みもいい所じゃないか!! なっさけない奴等だね!!」
「……全くだ。高額の依頼でなかったならば、あんな奴等と組むのは御免だな」
里菜さんが憤慨すると、続いてルザード先輩も同調してみせる。
こうして見ると、この二人もなんだかんだで仲が良い様だ。
そんな二人の反応に苦笑していると、藤宮さんが少し俯きながら質問を飛ばしてくる。
「あ、あの……前々から聞きたかったんですが、木津さんってお幾つなんですか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 俺は十五歳です。ですから『さん』付けとかしなくていいんですよ? 本当に」
「あ、じゃあ……木津君って呼ぼうかな? いいですか?」
「どうぞどうぞ、お好きに呼んでください。何ならジャックでもバウアーでも歓迎です」
なんておどけてみると、それに里菜さんが乗ってきてくれる。
「うーん……ジャックって感じじゃないよ、木津は。チャックって感じだね」
「いや、チャックって誰ですか」
「それを言ったらジャックもでしょ~?」
「あははは、それもそうですね」
そんな風に和やかな雰囲気を作っていると、続けて里菜さんが会話を切り出す
「それにしても木津は十五かぁ。うーん、確かに若いとは思ってたけども……。シズ、アタシとしては八歳差くらいなんてことないと思う。だから落ち込むんじゃないよ」
「クミィ!! 何を言い出してんのよ、アンタは!! しかもさり気に私の歳を暴露しないでよぉ!!」
藤宮さんが里菜さんの言葉を受けると、席を立ってそう憤慨する。
女性の歳に対する反応はそれ位過敏な物なのだろうか。
里菜さんの発言から推測するに、藤宮さんって二十三歳なのか……。
そ知らぬ顔で密かにそんな情報を脳裏に刻み込んでいると、ギャーギャー言い争う二人を横目にルザード先輩が問い掛けてくる。
「そうか、十五か。ところで、どうしてその若さで組合に所属する事にしたのか、聞いてもいいか?」
「えっと……俺は一ヶ月前位に地図にも載らないようなド田舎と言うか、集落からヤウラに来たんですよ」
「あぁ、木津はこの街の生まれじゃないのか。通りで……」
ルザード先輩は何かを納得したかの様に頷く。
そんな彼女の反応に頭を傾げつつも、続きを話す。
「で、まぁヤウラに着いた初日から色々とあったんですが、その日は何とか終わりました。……でも次の日に不幸にもゴミ山で迫田と遭遇して、仕留めちゃったんですね。でも、やっぱり無傷とはいかなくてですね。瀕死になってた俺は知り合いの助けもあって、とある親切な人に医療用のナノマシンを投与されたんです」
「そこ等辺の話は噂で聞いたな。しかし、ナノマシンの件は初耳だ。つまりはその費用を返す為に組合に来たと言うわけか」
「はい。まぁ、その後も色々とあったんですけど……」
こうして振り返って見ると、どれも刺激的な体験ばかりだ。
登録する時にしたってイキナリ撃たれて監禁されたり、キリエさんと遭遇したりもしたし。
どれも刺激的すぎて吐き気が沸いてくる程ですわ。
「でも、その代金は既に返せたんじゃないのかい? 木津は壊し屋や百式も仕留めてたし、あの廃病院だって探索し終えたんだろ? 医療用ナノマシンの相場は大体八万から十五万位だし」
「いや、その……俺ってば組合所の前でノーラさんを相手に大暴れした際に公共物は勿論、クルイストが所持していた戦車も駄目にしちゃったじゃないですか? だから、その分の修理費用が新たな借金として……」
「なんだと? じゃあ、今流れている木津の借金に関する噂は本当の事だったと言うのか? ヤウラ市もなんと度量の狭い事か、無差別爆破の犯人を捕まえた功績を労わるどころか、その様な責務を背負わせるとはな!!」
ルザード先輩は最後にそう言葉を強調させ、怒りを滲ませる。
とは言え、そこ等辺の話はまた別の事情が絡んでくるのだ。
俺の推測としては軍はラビィに目を付けた故に、その様な責務を俺に負わせたのだと思う。
恐らくだが、俺が公共物や戦車を破壊せずにノーラさんを抑えてたとしても、軍は別の手段でラビィを手に入れようとしたかもしれない。
街の破壊どうこうで発生した借金は確かに納得できる理由でもあるが、此方としては自衛の意味合いが強かった。が、軍としてはそんな事情はどうでもよい物であり、俺に負債を背負わせる格好の材料だった訳なのだろう。
『まぁ、どれも俺の身勝手な推測なんだがな』
結局の所、どれも俺の内に秘めた考えに過ぎない。
真実は分からないし、それを確かめる術も時間も無いのだ。
今はただ我武者羅にボタを集めて借金を返済し、ラビィと共に居れる様に努力するしかない。
そんな風に現状を再認識していると、対面で里菜さんが茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべており、彼女は好奇心を隠すことなく尋ねてくる。
「ちなみに今の借金の額はどれ位あるんだい?」
「ちょ、ちょっと久美!! あんたって子は……」
「本当にデリカシーの無い奴だな、お前は……」
ここぞとばかりに借金の額を聞いてきた里菜さんに対し、後の二人は呆れた顔を浮かべて注意する。
俺はと言えば、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべて見せ、高らかに答えてみせた。
「二百五十万です! さらに返済期限は一年以内です!!」
――がはっ!!
大声でそう答えた瞬間に誰かが咳き込んだ様な音が聞こえた。
それと同時に椅子がずれる様な音も聞こえたり、箸を落としたかの様な小気味の良い音も聞こえた。
どうやら、此方の会話を盗み聞きしていた食堂の奴等の度肝を抜いてしまったみたいだ。
ここまで来たならどうにでもなれと、俺は新たな事実も述べる。
「ちなみにポイントのマイナスは499310です」
ですが、勿論フルパワーで戦う気はありませんからご心配なく……。
等と某フリ○ザが語った名台詞を述べたい衝動に駆られたが、何とか抑える。
「……大変、だな」
何とも気まずい雰囲気に包まれた場であったが、ルザード先輩が何とかそう取り繕う。
彼女の瞳には哀れみを通り越して、慈しむかの様な眩い光が浮かんでいた。
やっぱり傍から見ると俺の状況って大分アレみたいだな。
「木津……その、ごめん」
里菜さんに至っては顔面真っ青で謝ってますがな。
やめてよ、さっきまでの天真爛漫な貴方で居てよ。何で謝るんだよ。
「だ、大丈夫ですよ!! 木津君なら絶対に返済できます!! 私に出来る事があれば遠慮なく言って下さい!! 何でもお手伝いしますから!!」
ただ一人、藤宮さんだけはそう言って励ましてくる。
彼女の励ましに頷くと、俺は後ろ頭を掻く。
「はい、実は俺もそう悲観してはいないんです。俺を手助けしてくれる人達も居ますし、探索にしても今はラビィが傍に居ますから」
そう言って隣に座るラビィに目を向けると、彼女はゆっくりと頷いて賛同する。
廃病院で確かめた彼女の戦闘力の高さ、センサーの利用価値、刺激的なドライビングテクニック。
そのどれもがこれから先に待ち受ける苦難を和らげてくれるだろう。
ラビィの実力の高さもそうだが、同行者が居るってだけで精神的にも助かる部分が多いしな。
そんな風にラビィと頷きあっていると、藤宮さんが微笑みながら一つ頷いてみせる。
「その気持ちすごく分かります。一人じゃないってのは本当に心の支えになりますよね」
「そうだねぇ。クースでは散々な目に合ったけど……アレを機にこうして仲間と巡り会えたし、悪い事ばっかじゃなかったよ」
「巡り会わせと言う奴だな。私達は運が良かった」
そんなやり取りを交わし、三人は楽しげに笑う。
思わぬアットホームな雰囲気に自然と釣られ、俺自身も笑みを浮かべしまう位だ。
しかし、ふとある疑問が浮かんだので、この流れに乗って一つ質問してみた。
「そう言えば三人はチームを組んで日が浅いんですよね? なのにもう車両を購入できる程に稼げるなんて……凄いなぁ」
クースで起こった騒動はそんなに前の出来事ではない。
しかし、アレを機にチームを組んだと言う三人は既に車両を手にし、こうして護衛依頼に参加できている。
俺が購入した車両も割引されてなければ二十七万もしたし、藤宮さん達がこの短期間で稼いだ額はかなりの物じゃないのかな?
などと考察していると、里菜さんが苦笑して見せながら片手を振る。
「違う違う。実は私達の車両は購入したんじゃないんだよ」
「へ? じゃあ……」
「えぇ、探索で見つけたんです」
「は!? す、凄いですね。かなりのお宝じゃないですか」
この前に廃病院で俺とラビィが集めた多数の物資を合わせた額よりも、稼動できる車両の方が高額な品だろう。
そんな風に思いながらチラリとルザード先輩に視線を向けると、彼女は肩を竦めながら口を開く。
「実はクースから戻って少し経った後、久美の怪我の具合が気になって見舞いに行った際に二人から『恩を返したい』と言われてな。以前から目星を着けていた、とある探索場所への同行を要請したんだ。その結果……大当たりだったと言う訳だ。二人は思ったより腕も良かったし、探索が終わった後で私からチームへの参加を頼み込んだ」
「今思えば、随分と危ない賭けだったけどね。まさか、病み上がりにあんな場所に連れて行かれるとは思わなかったよ」
里菜さんがそう愚痴ると、ルザード先輩は肩を竦めて見せる。
「なにを言うか、何の危険も無い場所に宝がある訳が無い。あれほど厳重に守られていた場所だからこそ、これまで手付かずに車両が保管されていたのだ。それに……私も考えなしに行こうと思った訳ではない。以前からあの場所に設置されていたトラップの有無や、配置されていたガードの数は調べていた。後必要だったのは信頼できる仲間だけ……。今だから言うが、廃病院の危機を切り抜けたお前達だからこそ、共に行こうと決心したんだ」
確かにルザード先輩の言う通りだな。
ラビィも数多のLG式やトラップとタレット、果てには百式と言う存在に守られていたから手付かずだったのだ。
秘密の地下施設に隠されていたとはいえど、それ等の脅威が存在してなかったらラビィは直に発見されていたと思う。
「……まったくぅ。フェニルったら、普段からそれ位素直だったら言うこと無いんだけどね~」
ルザード先輩の思わぬ賞賛を受け、ニヤケた笑みを浮かべた里菜さん。
そんな彼女に対し、ルザード先輩はこれ見よがしに溜め息を吐きながら言い返す。
「…………今の様にお前が調子付くから、素直になれんのだ」
「なによぉ!! 恥ずかしがってんの? 可愛いんだからぁ、もう!!」
「物を知らないお前に教えてやるが、これは呆れているだけだ。一つ賢くなったな」
「……やっぱり可愛くないっ!!」
ギャーギャーと騒ぎ始めた二人を尻目に、藤宮さんは柔らかな微笑を浮かべている。
そんな彼女に視線を向けていると自然とお互いに目線が合い、彼女はそのまま此方に向き直った。
「クースで起きたあの悲劇で色々と変わりました。けど、それは悪い事ばかりじゃない。今の二人を見ていると、そう思えるんです」
「そうですか……。うん、俺もそう思いますよ」
俺だって、アレを機にラビィと巡り会えた。
この世界に来てから思わぬ事が続きっぱなしではあるが、その全部が悪いって訳ではない。
俺を取り巻く今の現状は確かに最良って訳ではないだろう。
しかし、かと言って最悪と言う訳でもない。
「まぁ……頑張ればどうにかなりますよね」
そんな風に自分に言い聞かせながら、未だに騒ぎ続けている二人を眺める。
色々と少し落ち込み気味な俺にとって、彼女達と再会できた事は救われる出来事でもあった。
きっと、今回の護衛依頼も彼女達と一緒なら乗り越えられるだろう。




