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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
59/105

生きる目的は



ヤウラに存在する組合所ビル、そこの二十九階にある会議室。

今、其処では今月に入ってから最初の会議が開かれていた。

基本、組合所はヤウラ軍の会議が終わり、そちら側の情報を受け取ってからの後日に会議が開かれるのが通例だ。


しかし、最近では街中で死亡したビッグネーム迫田 甲の事件を始め、次にクースの悲劇、果てには組合所のビルが他都市から来たハンターに襲撃される等の異常事態が相次いでおり、会議室に足を運ぶ階長達や職員達の表情は晴れない。


ただ一人、例外なのが組合長のウォルフ・F・ビショップであり、彼は会議室に入室してからずっとニヤニヤと笑みを浮かばせている。


その様子はまるで悪戯が上手く成功した時に子供が浮かべる様な憎い笑顔であり、最近起きた事件で奔走し、ビルの入り口を改装したりと色々な苦労をしてきた職員や階長達の苛立ちを更に増長させる物であった。


会議室へ最後の職員が入室し、テーブルに着席すると、ウォルフの様子を横目で伺っていた二十階長の『エレノア・ヒビキ』が遂に問いを投げかける。



「組合長。随分とご機嫌な様子ですが……何か良い事でもありました?」



問いを投げかけた際、かすかに首を傾げた事で金髪のショートカットが揺れた。

淵を茶色で彩られた眼鏡のレンズ奥から覗く、黒曜石を思わせる彼女の瞳は瞼で細められており、普段より厳つさを増している。彼女の口角の両端は持ち上がっており、一見すると花が咲いた様な眩い微笑の様に見えるだろう。だが、それは彼女がストレスを感じている証であると会議室に集った面々は知っている。


それは組合長であるウォルフも知っている筈なのだが、彼はそれでも笑みを打ち消すことはなかった。



「ほら……例の小僧だよ。その内また何かやらかすとは思ってたが、まさかさっそくクースの廃病院を一人で攻略してくるとは想像してなかった。しかもアイツ、聞けば二回目の探索だったんだろ? かーっ!! 最近の若い奴は生き急いでるのぉ!! まぁ、軍がアイツの尻に火を点けた所為もあるんだろうがな!」



そう言い終えると、今度はこれ見よがしにと愉快そうに大声を上げてウォルフは笑う。

そんな様子を見て、話を振ったエレノアは自分の迂闊な行動を後悔し、小さく息を吐いた。



「笑い事ではありません。彼がタルスコットに瀕死の重傷を負わせてからと言うもの、紅姫は彼女に付きっ切りで動く気配がないんですよ? ずっとこのままでは困ります」


「なんだぁ? 何時もはお姫様に『もう少し落ち着きを持って欲しい』とか言ってたじゃねぇか」


「それとこれとは……っ!! はぁ……もういいです」



思わず声を荒げそうになったエレノアだったが、寸前でようやく自分がからかわれてると気付き、何とかソレを堪えた。


ウォルフはこうして掴み所の無いペースで相手を翻弄するのが得意であり、それに付き合うと時間が幾つあっても足りないのである。


会議の始まりは何とも締まりの無い模様であったが、廃病院の件が出たのは幸運であったと思いながら、御川 啓は口を開く。



「廃病院の件なのですが……既に聞いてるでしょう? 木津君が死亡者のライセンスを回収して来てくれました。そこで次に送る送迎バスの日程を各都市の物と合わせ、ベースキャンプ地で相手側の送迎隊に死亡者達のライセンスを受け渡したいと思うのです。……勿論、ミシヅは除外として、ですが」



御川が最後にそう言葉を濁すと、職員の一人が憂鬱気に言葉を零す。



「依然として、ミシヅは沈黙を貫いてはいます。と、言うのも……下手にこの件で素早く反応すると『そちら側に諜報員を忍ばせてます』って答える様な物ですからね。ですが……ヤウラ軍から受け取った此方側の諜報員の報告書を見る限り、水面下では随分と荒れてる様ですよ」


「それも無理はないだろう。こっちだって紅姫が捕まる様な事態があれば、勿論だが黙っちゃいないさ」


「タルスコットの処分は軍任せとは言うが、一体どうなるのでしょう……」



会議室の話題はすっかりミシヅの対応や、タルスコットの処遇へと変わってしまった。

それも無理はないだろう。ちょっとしたイザコザから争いが起き、幾つもの町や集落が消えてきた事例はこの世界では珍しく無い。


最近だと、ヤハツキとハタシロの紛争がそうだ。

一連の騒ぎはヤウラへと飛び火し、大規模な徴兵騒動にもなった。


今回の件は新たな争いの火種になるのではないか? 彼等がそう危惧してしまうのも仕方のない事なのだ。



「まっ、タルスコットが目覚めるか、ミシヅが口出ししてこない限りは此方側も動けんさ。その話は此処までとして、他に報告すべき事はあるか?」



そう言って話を修正する辺り、ウォルフも組合長としての自覚があるのだろう。

各階長や職員達は何とか気を取り直し、持参した報告書を読み上げていく。



「……そう言えば、最近は迎撃戦の頻度が落ち着いています。先月の襲撃回数は、各駐屯地から届いた報告を合わせて十にようやく届いた程度です」


「それ所か、襲撃してくるタイプも小物ばかりが増えてますね。先月だと大物と言って良いのは、多脚戦車のスパイダータイプ位でしょうか? 」


「ふむ、そうか。まぁ、そんな時もあるだろ」



ウォルフはそう言って話を流そうとしたが、迎激戦の話題を出した職員は何かを注視するかの様に報告書に視線を落としたままだ。


それを見逃さず、素早くウォルフは指摘する。



「どうした? 何か気になる事でもあんのか? 遠慮しなくて良いから、どんどん発言しな」



ウォルフのこうした軽い対応は自然と相対する者の緊張を解し、口を軽くしてしまう。

話しかけられた職員は一つ頷きながら席を立ち、報告書をウォルフに手渡しながらある文面を指す。



「此処です。北は襲撃無し、西は一、東は二、ですが……南駐屯地は七回も襲撃を受けてるんです」


「随分と偏ってるな……。南方面にキャリアーでもうろついてるのかね」


「だとすると襲撃してくるタイミングがずれているのが気になります。キャリアーに搭載されている兵器の大体はグループを組んでいますから」



職員から受け取った報告書を受け取り、ウォルフは瞼を細める。

彼はそのまま顎を撫でながら、テーブルに着いた者達を見渡して聞く。



「おい、最近南から来たハンターか商人はいねぇのか? 話を聞いてみてぇ」



しかし、返ってきたのは沈黙だけだ。

いや、よく耳を澄ませば持参した報告書を捲る音が各所から聞こえてくる。

そんな時間が暫く続いたが、それがようやく収まっても誰も口を開かない所を見る限り、ウォルフが期待した情報は載ってなかったのだろう。


ヤウラの近くにある都市はハタシロとミシヅだけであり、他の都市は遠い場所にある。

基本、危険な荒野を横断してまで各都市を行き来するのは組合所に所属する者か、商人くらいだ。

そんな彼等でさえ、他都市に赴く時は組合所で同士を募り、準備を整えてから出向くのが通例である。


移動時の燃料、食料や水、襲撃に対処する為の武器や弾薬費、都市間の移動という物は基本的に金が掛かる物だ。


それに下手をすればそれ等全てを襲撃で失うリスクもあるので、何らかの事情がないと基本として人々はホームを動かない。


だから、南から来た滞在者が今のヤウラには居ない。なんて言うのは別段珍しい事ではないのだが……。



「どうにも気に食わんな……」



ウォルフはそう小さく呟くと、腕を組んで瞼を閉じた。

珍しくも会長が見せた真剣な態度に各々が困惑し、会議室の模様は暫く停滞する……かに思われた。



「南と聞いて思い出しましたが、近々チーム『クルイスト』が隊商の護衛依頼の為に南下します。もし気になるのでしたら、彼等に南側の様子を注意深く調べる様にお願いしますか?」



沈黙を破り、そう言葉を吐いたのは御川である。

五階長である彼は一階のロビー担当でもあり、自然と各チームが受けた大きな依頼も耳に入ってくるのだ。


ウォルフは御川の提案を聞いて眉を片方だけ上げ、訝しげに言葉を返す。



「護衛依頼だぁ? そもそも、あいつ等の戦車は修理中だろ? 隊商はまだ奴等の事情を知らねぇんじゃねぇのか? 依頼をキャンセルされる場合もあるぞ」


「えぇ、ですが……彼等は車両持ちの各チームやハンターに協力をお願いしたらしく、戦力を補っています。時には戦車一台よりも、複数のテクニカルの方が何かと役に立つ場面も多々ありますから、そう簡単に無下にされるとは思いませんが……」


「ふむ……分かった。そうと決まればお前からクルイストに話を通しておいてくれ、南に行く際に何か変わった事はないか調べておけってな」


「報酬はどのように?」


「報酬を要求してきたらポイントでも提示しとけ。いいか……要求してきたら、だぞ?」



口角の端を持ち上げ、ウォルフは不敵に笑う。


市民や商人が出す依頼とは違い、組合が出す依頼と言う物は基本的にボタが支払われない。

代わりに破格と言って良い程のポイントが加算されるので、組合に所属する者達にとってそういう依頼は是が非でも受けたい物だ。


クラスが昇格する度に組合側から受けられるサービスも向上するので、それも無理は無いと言う物である。取り分け、ヤウラに所属する者達は紅姫に対する職員達の真摯な対応を日頃から眼にしているので、一層と熱が上がる事だろう。



「わかりました。では、その様に……」



御川はそう言葉を返し、頭を下げる。


心配事に一応の片がつき、その後は滞りなく会議は進んでいった。

ただ、その後はウォルフの表情にあの憎らしい笑顔が浮かばなかった所を見るに、彼の心中では何かを懸念していたのかもしれない。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼








瓦礫の山の撤去、これは俺とラビィが手際よく協力して上手くいっている。

問題なのは、軍用トラックに詰め込める瓦礫や鉄柱を乗せるスペースが思ったより少ない事であった。


その対策としては出来るだけ細かく瓦礫の破片を砕いたり、錆びた鉄柱を折ったりしてして何とか折り合いをつけているが、思ったより時間が掛かりそうだ。


それにトラックの荷台が満杯になると荒野へと破片を捨てに行かなければいけない。

教会から荒野に出るまでの最短距離をトラックで七分ほど、荒野で破片や鉄柱を荷台から捨てるのに五分ほど、戻ってくるのにまた七分。


つまりは、地味に二十分近くは確実に消費する事になるのだ。

トラックの荷台へ破片や錆びた鉄屑一杯に乗せるのにこれまた十分程の時間が掛かるので、一時間に二往復しかできない。


機材を使っていないので、これでも驚異的なスピードだとは思うが、如何せん少し甘く見ていた節がある。とは言え、確実に瓦礫の山は目に見えて姿を小さくしていってるので、それに比例して此方の気合は上がっていく。


ロイ先生は突然の急展開に最初は泡を食ったが、直に気を取り直して感謝の言葉を告げてきてくれた。


俺はそれに照れ笑いで答えると『仕事から帰って来る前には終わらせます!!』等と宣言して、仕事に出かけるロイ先生を見送る始末。


今のペースでやればそれも可能だろうが、徐々に体力を消費してしまっているのでそれも怪しいかもしれん。調子に乗りすぎたか……?


気付けば日も大分高く上がっており、俺の周りでは作業の様子を伺う為に教会の子供達が集まってきている。子供達の相手を片手間にしつつ、大きな破片を蹴りで細かく砕くと、子供達は可愛く感嘆の声を上げて嬉しそうにキャピキャピと笑う。



「うぉ~~~~!! きづにーすげええええええ!!」


「ベニーがいってたこと、ほんとーだったんだ。すごいねぇ」


「だから言ったろ?! ソーヤはすごいんだって!!」


「あぐ……ヤキイモ、おいしい」



聞いての通り、子供達は俺の怪力に関しての見方は概ね好意的だ。語彙が少ないのはご愛嬌だな。


急に『oh!! きづにぃクール!! イェア!!』とか言われても逆に困るからな。


どうやら、ベニーは既に俺の事について話してしまっていた様だな。

街で噂になってたんだし、仕方ないと言えばそうだ。

むしろ、みんなが俺を受け入れると言うか、驚く手間を省く下地を用意してくれていたと感謝しておくべきかもしれない。


ラビィに関しては何故か思う所が無いのか、普通に受け入れていたのが疑問符だったが……。

まぁ、顔合わせしたのも最初の一回だけだったしな。

それとも流石のラビィでさえ、俺の膂力よりは劣っているから地味に見えているのかもしれない。


そんな事を考えている内に、また軍用トラックを瓦礫やらで満杯にしてしまった。

運転席に乗る軍人に合図を出すと、クラクションを一つ鳴らしてから荒野に向かって走り去っていく。


彼等も流石に俺とラビィに頼りっきりなのは情けないと言うか、後ろめたい物があるらしく、荒野に瓦礫を放棄するのは自分達だけでやってくれるらしい。


荷台から瓦礫をシャベルで引き摺りだすだけなので、彼等だけでも何とか出来るそうだ。

その間に俺とラビィは休む事が出来るので地味に助かっている。ラビィに関しては休息は必要なさそうだがな……。


瓦礫の山の一角に腰を下ろし、ゼェゼェと息を乱しながら涼しげなラビィの表情を見てると、何だか自分が貧弱坊やの様な気がして情けない思いだ。


そんな劣等感に苛まれつつ、休息を取っていると瓦礫の山の頂上から小気味の良い音を鳴らしながら、小さな瓦礫が近くに転がってきた。


太陽の光に瞼を細めながら視界を上げると、長い金髪が風で揺れない様に片手で押さえ、此方を見下ろしているペネロさんと視線が合う。彼女はそのまま此方に微笑むと、スカートを履いているにも関わらずに慣れた足取りで頂上から下りてくる。



「お疲れ様です、木津さん」


「ぁ……どうも」



ペネロさんは持参した水筒を懐から取り出すと、蓋に水を注いでそのまま手渡してきてくれた。


お礼を述べ、そのまま水を口に含もうとしたらラビィが横から蓋を横取りし、素早く傾けて中の水を口へ流し込む。唖然とする俺とペネロさんを尻目にラビィは暫く水を口内で転がす様にしていたが、ようやく喉を鳴らして水を飲み込む。



「毒物反応は無し。沿矢様、安心してお飲み下さい」



シレっとした表情でラビィはそう言うと蓋を俺の手元へ返してくるが、そこでお礼を言うほど此方は惚けてはいない。



「ぶっ!! な、なんつー事を言うんだラビィ!! す、すみません。ペネロさん。この子に悪気はないんですが……」



そう言ってラビィを庇うが、当の本人は可愛く首を傾げて不思議そうに事態の成り行きを見守っている。対するペネロさんは何かを納得するかのように小さく頷くと、目尻を下げた。



「いいえ、構いません。それにしても……フルトさんがヒューマノイドだったなんて、全く気付きませんでした」


「はははは……俺も最初はそうでした」



最初にラビィと会った時は特殊な性癖のお姉さんと勘違いしてたからな。

下手すりゃ、今だって時々ラビィが機械である事を忘れそうな時すらある。


そんな事を考えつつ、ラビィから返してもらった蓋に口をつけ、喉を潤すと一息を吐く。

お礼を言って蓋をペネロさんに返すと、彼女は蓋を受け取りながら自然と俺の隣に腰を下してくる。



「木津さんには色々とお世話になってばかりで……本当に感謝の言葉もありません」


「ぅえ? いや……俺の方だって命を助けて貰ったりしてますし……」


「その怪我を負ったのも、ベニーを助ける為だったのでしょう? それに……」



ペネロさんはそこで言葉を区切ると、悲しげに瞼を伏せた。

そんな様子を見ると、彼女が何を思ったかを瞬時に分かってしまう。

恐らくだが、俺が迫田を殺害した事に思う所があるのだろうか。


ペネロさんやロイ先生は荒れ事を良くは思わない人だろうし、そんな風に戸惑うのも無理はない。


場になんとなく気まずい空気が漂い始めていると、ペネロさんは急に目が覚めた様に顔を上げ、両手を素早く動かしてみせる。



「す、すみません!! 私ったら……木津さんの苦労も知らずに……ごめんなさい」


「いえ、大丈夫ですよ」



UFOに拉致されたり、ゴミ山でイキナリ☆殺人パンチを顔面に食らったり、廃病院で百式と正面から殴りあったり、良い感じに好意を抱いていたお姉さんに殺されかけたりしてるけど、俺は元気だよ。


ここ最近起こった出来事を思い出して、軽く自嘲気味に笑ってみる。

人生何が起こるか分からない、とはよく言ったものだが、流石にコレは俺も予想外だ。ってか、予想したくもねぇわ。



「木津さん……貴方に謝らなければいけない事があります」


「へ?」


「実は、タルスコットさんに木津さんの事を色々と聞かれて、私はそれに答えてしまったんです。あの時はまだ、お二人の仲が良く見えたものですから……」


「……あぁ、気にしないで下さい。ノーラさんの事はどうしようもなかったと言うか……」



そう言葉を返したものの、ペネロさんの表情は晴れない。

それも無理はないかもしれない。彼女は俺とノーラさんが死闘を繰り広げた事を知っている。

もしかしたら、その原因が自分の言葉によるものだと思い込んでいるのかもな。



「ノーラさんとの事は本当にどうしようもなかったんですよ。だから、ペネロさんがそんなに気に病む必要はないんです。すみません。玄甲から戻った直後に教会へ伺って、そう言えたら良かったんですが……」



よく見れば、ペネロさんの目元には僅かに隈が出来ている。

優しい彼女の事だ。ずっと俺とノーラさんの事で思い悩んでいたのだろう。

それに気付くと瞬時に罪悪感が胸を覆い、息苦しくなった気がした。


くそ、借金の事ばかりに気を取られている場合じゃなかったか。

そうだよな。俺とノーラさんが教会に訪れた翌日にあんな事が起こったのだから、ペネロさんが気にするのも当然だろうに。


そんな風に気まずい時間を過ごしていると、唐突に背中へ衝撃を受けた。

驚いて背後を振り向くと、ルイが焼き芋を片手に俺へ抱きついているではないか。

ルイは珍しくジト目で俺を睨み、小さく唸っている。



「ぅー……ソーヤぁ。先生をなかせたらダメだよ?」


「し、失礼な。俺は女の人を泣かせない事に定評があるんだぞ」



中学時代は告白されたら無条件でおkを出す所存だったからな。みんなハッピーだよ。

問題があったとしたら、その三年間で一度も告白されなかったって事かな。

あ、やばい。逆に俺が泣けてきたよ……。


過去の思い出を振り返って若干の鬱を感じていると、ペネロさんがルイを俺の背中から引き離してくれた。彼女はそのままルイを胸に抱きかかえ、優しく頭を撫でる。



「ルイ? 木津さんは何も悪い事はしてないわ。でも……心配してくれてありがとう」


「うん……先生もヤキイモ食べる?」


「え? あ……じゃあ一口だけ、ね?」



ルイが差し出した焼き芋におずおずとペネロさんが噛り付き、口を離す。

その際に此方と視線が合うと彼女は頬を僅かに赤く染めて微笑んだ。


イカン、胸がキュンとしちゃった。ギャルゲーなら今の場面は間違いなく一枚絵として描かれてますわ。


久々に訪れた和やかな雰囲気に自然と頬を緩ませてしまう。

しかし、ルイが次に起こした行動で俺の表情は固まってしまった。



「ソーヤもたべていいよっ! はい」


「ぶっ!! あ、え? い、いやー……それはちょっと」



あろう事かルイはペネロさんが噛り付いた焼き芋をそのまま俺の方に向けてきた。

思わず口篭ってしまう俺だったが、逆に今の態度の方が不自然なのではと思うのも事実。


そもそもペネロさんは大人の女性で俺は十五歳のガキである。

たかだが間接キスの一つや二つでドギマギするのもアレだし、ペネロさんも別にどうも思わないであろう。


そう自覚してしまうと何だか一人で慌ててるのが馬鹿らしくなり、自然と微笑しながらルイの頭を撫でる。



「ん、ありがとな。ルイ。じゃあ、貰おうではないか」



お礼を述べながらルイが差し出してくれていた芋に噛り付く。

流石に時間が経っていたも所為もあり、芋はすっかり冷めてしまっている。

ただ、朝食も食べずに朝から重労働していた俺にとっては格段に美味い物であった。



「る、ルイ! じゃあ、そろそろ向こうに行きましょうか。木津さんを休ませてあげましょう? ね?」


「うん、じゃあね。ソーヤぁ」


「ぅえ? あ、うむ。またね」



ペネロさんは俺に気を使ってくれたのか、急にルイを諌めるとそそくさとその場を立ち去ってしまった。


なんとなく物寂しい気分を味わって佇んでいると、今度は近くで遊んでいた別の子供が駆け寄ってくる。



「きづにー!! どうしたらきづにーみたいになれんの?」


「あん? そうだなぁ。やっぱり毎朝の洗顔とお肌のケアかな」


「……なんの話?」


「俺みたいなイケメンになりたいって話だろ?」



冗談めかした口調でそう言うと、その男の子は困った様に笑って小さく頷いた。


おい、なんだその大人の対応は。

もっとこう……大声で『違うよぉ!!』とか言えよ。泣いちゃうだろ。

しかし、どう返事すればいいかねぇ……。

馬鹿正直に『ちょっとそこら辺を歩いて、UFOに攫われて来いよ』って言う訳にもいかんだろうし。


仕方なく、俺は幼少時に両親からよく聞かされた言葉を返す。



「強い男になるには好き嫌いをしない事と、りょ……保護者の言う事をよく聞く事だ。そうすればあら不思議、筋肉もムキムキで女の子にもモテモテだ」



危うく、教会の子供に向かって『両親』なんてNGワードを言いそうになってしまった。

なんとか言葉を取り繕い、様子を伺う。


が、そんな心配は杞憂だったみたいだ。

男の子は輝かしい笑顔を浮かべて答えてくる。



「なるほどぉ!! でも、きづにーは細くて女の子にももててないよね?」


「あっはははは!! ……さっきの大人びた気遣いを持つ君はどこにいったんだい?」



あんまり筋肉ないからな、俺。女の子に告白された事もないし。

しかし、この細腕でどうしたら戦車を転がしたりできるのだろう。


そう思いながら、何ともなしに視線が向くのはやはり右腕だ。

右の前腕に浮かぶ黒い線を撫でると、肌の下から硬い感触が伝わってくる。


この謎の物体xは一体何なのだろうか?

硬い硬いとは思ってたが、コイツは迫田が装備していたブレードを受け止めたりもしている。あの時はよくコイツを盾にしようなんて思ったもんだが、普通に考えてみると正気の沙汰じゃないな。


そう過去に思いを馳せていると、気付けば男の子はとっくに去っていた。

飽きの早い子供だなと苦笑しながら背を伸ばして気を抜いていると、今度は傍らに立っていたラビィが口を開く。



「沿矢様、前々からお伺いしたかった事が一つございます。質問してもよろしいでしょうか?」


「え? あ、彼女ならいないよ? …………うん、気にしないでくれ。それで質問って?」



最初期と比べればラビィの人間味はさらに増してはいるが、ジョーク類に反応する程ではないらしい。


俺は軽く咳払いしつつ、右手を軽く上げて彼女に質問を促してみる。



「沿矢様が抱えている今の第一目標は『借金の返済』……それでよろしいのですよね?」


「うむ、まぁそれをどうにかしないと平穏は訪れないだろうからな」


「では――借金を返済し終えた後の目的は何でしょうか? もしあるのでしたら、事前に教えて貰えてるとラビィとしても対処の余裕ができます」


「う、うーん。目的……ねぇ」



言われて、俺は口篭ってしまった。


確かに、俺はこの崩壊した世界に来たのはいいが、その後は激動の日々に流されるまま生きているだけだ。いや、借金を返すと言う意思は自分自身で決めた物であるが、それは義務感が強い。


そもそも、借金を返済した後で俺はどうすればいいのだろうか?

元の世界に帰る事は当然だが叶わないだろうし、それに関しては既に諦めの境地だ。

つまり、俺はこの世界でコレからの長い人生を過ごす事になるのだから……生活基盤を整える必要がある。


男である以上、ずっと里津さんの好意に甘えっぱなしではいけないだろう。

そうなると俺も何時かは自分の家を見つけて一人暮らし……? いや、ラビィが居るから二人暮らしか。


家か……そうだよな。

俺は今、莫大な金額の借金漬けではあるが、組合に所属してボタを稼いでいるのだ。


借金を無事に返済できたら、一軒家の一つや二つ位は余裕で建てれる程のボタを稼ぎ、自由に暮らしても良い訳である。


無事に自分の生活基盤を整える事ができたらならば、俺は独り立ちしている立派な大和の男となり、社会人として胸を張れるのだ!!買いたい物は買えるし、やりたい事は自由に出来る。大学受験なんかの心配もしなくていいんだしな。


うひょー!! そう考えるとなんだか一気に楽しくなってきたぞ!! 崩壊世界もそう捨てたものじゃないね!!


これからの未来予想図に胸躍らせながら、俺は鼻息を荒くするとラビィに力強く頷いてみせる。



「ふっ……ラビィよ。男である以上、生きる目的はただ一つ。それは自身の城を築く事だ!!」


「……それは――国を建国すると言う事でありましょうか?」



どこからそんな発想が出てきたんだよ。スケールがでかすぎるわ。

いや、違うな。俺の言い回しが紛らわしかっただけか。


ラビィの的外れな反応に苦笑しつつも、片手を振って否定の意を返す。



「いや、すまん。言い砕くとマイホームが欲しいってだけだよ。何時までも里津さんや他の皆にお世話になりっぱなしじゃ申し訳ないしな」


「なるほど、拠点を構える事はラビィとしても必要な行為だと思います」



ラビィは何処までも生真面目な態度を崩す事無く、真剣な面持ちで頷くのみだ。

そんなやり取りを交わしていると此方に走ってくる軍用トラックを気付き、慌てて意識を取り戻す。



「まぁ……色々考えるのは後でいいや」



そう呟きながら背伸びをすると、不思議と自分の中に新たな活力が芽生えているのに気付いた。

恐らくだが、ラビィのお陰でおぼろげながら俺の心中に目的が出来つつあるからだろう。


借金がどうこうなんて陰険な気持ちだけではなく、これからは明るい未来の為にも頑張るのだと思う事にしようじゃないか。



「さて、とりあえずは目の前のコレを片付けますか……」



俺は笑みを浮かべると拳をゆっくりと握り締め、残り少なくなった瓦礫の撤去に向かうべく、軽い足取りで一歩を踏み出した。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






「はぁ、私達商会の隊商なんて何度も此処に来てる筈なのに、どうして通行許可が直に降りないのかしら? 兵隊さんは時は金なりって言葉を知らないのかしらね……」



そう不満気に言葉を漏らして唇を尖らせ、助手席のシートに深く背を預ける女性が居た。


肩まで伸びる金髪のセミロングは、荒野を長く横断して来たお陰で艶をなくしている。

しかし、その女性の垂れた目尻が目立つ瞼の隙間から覗き見える黒い瞳から放たれる光は、キスクから出発した時と同様の強い輝きがあった。


防弾チョッキを着てはいるがローブは纏っておらず、ハンドガンをホルスターに納めてはいるがグリップに"擦れた跡"が見当たらない。明らかに荒れ事には慣れていない姿だが、彼女はこれでもかと言わんばかりに気を抜いている。


それもその筈、彼女が乗るトラックの周りには頼もしい護衛が居た。

隊商のトラックがバリケードから少し離れた場所で列を作り、その周りをキスクから護衛依頼を請け負ったチームの車両が円陣に配置されている。


長い旅路を終え、もう間も無くこの都市――ハタシロのチームと交代する時間が迫ってきているが、彼等は誰一人として気を抜いた様子を見せてはいない。


その様子を見て女性は満足気に鼻を鳴らし、運転席でハンドルを握る従業員に話しかける。



「ほら見なさい、彼等を雇って正解だったでしょ? 戦力も大事だけど、一番重要なのは仕事に対する熱意なの。ただ有名なチームに依頼すれば良いって物じゃないのよ。ふふん、私の目利きも捨てたものじゃないでしょう?」



そう自画自賛して笑みを浮かべる女性に、ハンドルを握る隊商の従業員の男性は張りの無い声で答える。



「へぇへぇ、そうですね。お嬢の勘は何時も正しいですよ……それにしても本当に長いですねぇ」



雇い主に対してあんまりな態度ではあるが、当の本人である彼女は気にする事なく相槌を打つ。



「そうですわね。こればっかりは仕方ないとは割り切るしか無いのでしょうが……。ホント嫌になっちゃうわ」



ハタシロはヤウラと違って玄甲の様な壁を持たない。

故にメイン居住区や外居住区と言う区別が無い場所だ。

勿論、ある程度の貧富差で自然と住み分けが出来てはいるが、厳密な隔たりは存在していないのである。


つまりとして言うと、一歩ハタシロに足を踏み入れれば其処は既にヤウラで言うメイン居住区に等しい場所なのだ。


外部から立ち入る者達に対してこうして入念に検査が行われるのも、無理はないと言う物であろう。


加えて言うならば隊商が運んできた物資は大量であり、それを調べる時間で彼等を長く拘束する原因の一つとなっている。しかも、隊商がハタシロにようやく立ち入りが許可されたとしても、その後は道中の集落や街で集めた物資を売り捌く時間も必要なのだ。


最低でも三日、下手をすれば四日は此処に留まる事になるかもしれないと、助手席に座る女性は憂鬱な気分で溜め息を零す。


運転席に座る従業員もこの状況には流石に嫌気がさしてきており、この重たい空気を紛らわそうとゆっくり口を開いた。



「そう言えば……お嬢は聞きました? ミシヅの凄腕……たしか貴婦人とか呼ばれてたバウンティハンターが、ヤウラで暴れたって奴ですが」


「……えぇ、それは聞きました。けど、どうにも要領を得ませんのよねぇ。多分、ホラ話じゃないかしら」



商売人である為、基本的には彼女はこういう情報も頭の隅に留めて置く主義だ。

しかし、今回聞いた噂話は流石にデマだと思っている。

その凄腕はなんと愚かにも組合所を襲撃し、街中を無差別に爆破したのだと言う。

言うまでもなく、そこ等の賞金首が行った行為を軽く上回る程の悪行だ。


だが、組合所に所属する人間の中には破天荒な者も多く、"絶対にそんな事は有り得ない"と断言できないのも事実。


しかしである、今回の話を最後まで聞けば、なんとその凄腕を止めたのは戦車を生身で転がす様な化け物らしい。間違いなく話が誇張しすぎだ。 


恐らく、ヤウラで起こった"ちょっとした騒動"を誰かが面白可笑しく脚色したのだろう。

こういう話は実りが無いので、基本的には適当に流すのが一番良い。

手持ち無沙汰に自身の髪を弄くりながら『この話題には興味が無い』そんな態度を女性は見せている。


しかし、そんな彼女の心中に気付かず、運転席の男は熱が籠もった口調で話を進めてしまう。



「いや、俺もそうは思ってたんですよ?! けど、さっきゲート付近にいた兵士達がやけに熱心に話し合っててですねぇ……」


「はいはい。分かりましたから、その話題はストップですわ」



女性は冗談めかした口調で話を遮り、耳を塞ぐ仕草を見せる。

流石にそこまでされては口を噤むしかなく、男は軽く肩を竦めた後で視線を前に戻した。

一見すると雇い主を侮辱する仕草にも見えるが、これでも二人は長い付き合いなので女性も特に問題視しない。


勿論、客前でこの様なふざけた態度を取るなら話は別であろうが……。

運転席の男が未だに職務にありつけている事を考えると、どうやら彼もそこ等辺の区別はできているらしい。


また車内に沈黙が訪れた。

しかし、女性は自身の髪を人差し指で弄くりながら、チラリと横目で運転席に座る男に視線を向けながら気だるげに言い放つ。



「アナタが気にしているその噂話も、ヤウラに着いたら白か黒かハッキリ分かるでしょう。だから……今は目の前の商談に集中するのですよ? よろしい?」



一見すると、女性が注意を促している場面だ。

しかし、運転席の男は今のが彼女なりの気遣いである事を気付いている。


だが、そこで笑顔を見せてしまうと彼女の怒りを買う事になるので、あくまで真剣な表情を浮かばせつつ彼は頷いてみせた。



「勿論、そこは理解してますよ。俺が何年お嬢の下で働いてると思ってるんですか?」


「ならばよし……ですわ。そろそろ気合を入れて下さいな。ほら、まもなく通行許可が下りそうよ」



彼女は満足気に一つ頷くと、指を前に向けて男に注意を促す。

彼はハンドルを強く握る音でそれに答え、ギアに右手を乗せた。

気付けば、既に二人の脳内から先程の短いやり取りは消えており、今から起こる長い一日の始まりに気を向け始めていた。




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