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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
54/105

胸に浮かぶ思いは



突然だが、俺は過去に思いを馳せている。

吹き付ける風、内蔵全体を揺する響き、そして盛大に響く金属音。


そう――俺は前にクースから帰還する際、似た経験をした事がある。

ラビィにお姫様抱っこされ、俺自身は百式の部品を抱え、盛大に荒野を走り回って羞恥プレイしていた所を弓さん達に発見されたのだ。黒歴史だね。


あの後、ケースと生体義手を確保した俺は、廃病院の二階の窓辺から冷蔵コンテナとケースを抱えながら華麗に飛び出し、廃病院から脱出した。

その際に後方から爆風が迫ってきていたら、さぞカッコイイ絵になっただろうな。


しかし、俺が輝いていたのは其処までだ。

荷台に素早く乗り込んで銃座に着いた俺はラビィに合図を出し、彼女が車両を急発進させた瞬間から悪夢は始まってしまった。


崩壊したクースの街中をラビィは猛スピードで駆け、所々にあった障害物をスピードを落とさずに華麗に避けていく。

が、そのお陰で俺は既にM5を構えている余裕なんぞなく、荷台に置いた物資が落ちない様に両手足を駆使する事に専念した。

流石に荒野へ出たら楽になるかと思いきや、車両はさらにスピードを増してしまい、盛大に土埃を上げながら荒野を横断して行く。


当然ながら、荒野とて多少の窪みや盛り上がった部分がある。

クースへ行く時の俺は運転席にいたので多少の揺れは気にしなかったが、荷台の揺れってのは想像以上に酷いものだった。

しかも今は大量の物資を積んでいる訳だから、荷台の上で部品が跳ねて地味に体に当たってくるのが気に障る。


この世界に来た最初の日に弓さん達の軽トラの荷台に乗せてもらったのだが、あの時はよく寝れたものだ。

いや、もしかしたら弦さんが荷台で寝た俺に気を使ってスピードを緩めてくれたのかもしれない。

そう思うと彼の優しさと現状の酷さが合わさって思わず泣けてきそうだが、仕方ない。


これも全て生体義手を売り捌く為の試練である。恐らくだが、生体義手は確実に高いと思われる。

多分これは遺物だろ? 今の技術では再現できない、もしくは難しい品物のはずだ。

大怪我を治す医療用ナノマシンと比べたら使える状況が大分限られてくる物だがら、ナノマシンと比べたら値が低いかもしれんがな。


そんな考察をして現実から逃避しても、また大きく揺れた車体が俺を現実に引き戻す。

何とか荷台に立って視界を正面に向けるが、ヤウラの町並みはまだ見えてこない。


楽園はまだ遠く、心が休まる暇も無い。コレが新しい拷問方法だと言われても俺は納得できそうだ。

しかし、ラビィただ一途に俺の命令を遂行しているだけだ。責める事などできる訳もない。


俯いて静かに吐いた溜め息は、荷台に吹き付けてきていた暴風に攫われて消えた。









▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






「……一体どうなってんの?」



里津 理乃は静かにそう呟いた。

時刻はまもなく太陽の明かりが赤く染まる時間帯だろうか、この時間になってくると客足は遠のいてくるので、何時もならば彼女は店を閉める準備をするのだ。


だが、今日はそうする訳にはいかなかった。何故なら今は店内に数名の客が滞在しているからだ。

さらに言うなれば、里津にとって彼等は初めて見る顔であった。

彼女も商売人、新しい固定客が増えるチャンスが訪れたのならばそれは大変に喜ばしい事だ。


しかし、基本的には里津という女性は面倒臭がりな性格の持ち主。

それに彼女は自分の愛想の無さを自覚しているし、それを直すつもりも本人には全く無かった。


店に置いてある商品の質と、銃器類を整備する里津の手際の良さが合わさり、よろず屋『不屈』はちょっとした隠れた名店扱いだ。

此処が真の名店と成りえないのは、里津が好きな時に店を開け閉めする等の、安定感の無さがあるからだろうか。


そう言う事情もあり、何時もならば二十人も訪れれば良い方なのだが、今日は既に五十人程の客が不屈を訪れている。

初めて此処を訪れたスカベンジャーやハンターは組合所のショップにも負けない品揃えに感嘆し、自身のランクではまだ購入できない装備品等を貯めていたボタで購入していく。


里津は思わぬ繁盛に戸惑いながらも手際良く彼等に対応し、夕方頃になってようやく店内は落ち着きを取り戻しつつある。

其処で初めて彼女は一息を吐き、この事態が起きた謎を解き明かそうと思い至った。

そう決めると迷う事でもなく、里津は次にカウンターに商品を置いた女性スカベンジャーにそれとなく尋ねた。



「ねぇ……今日は何で此処に来たの?」


「……え? あ、あの」



里津の物言いはあくまで静かな物だった。

しかし、それは初めて彼女と言葉を交わす事になる相手には威圧に似た物だったらしく、口篭ってしまう。

そんな相手の態度に思わず溜め息を零したくなる里津であったが、そんな事をしようものならば印象は最悪になる。

仕方なく、作り慣れていない固い笑顔を浮かべながら誤魔化すように片手を振って見せた。



「いえ、貴方に思う所がある訳じゃないのよ。ほら、此処って目立たない位置にあるじゃない? だから誰かにこの場所を聞いて来たのかなって……ね?」


「……えっと、此処の事は噂で聞いたんです」


「噂……?」



そう聞き返しながら、里津は嫌な予感が急激に膨れ上がってくるのを感じた。

人の噂。しかも急速に広がる物など碌でもない物だと相場が決まっている。

しかも、人はそんな噂の真偽を確かめず、鵜呑みにする輩が多いから更に厄介だ。



「はい、此処はストーム・フィストの"恋人"さんが経営して……」



そこまで聞いた時、里津は思わず唸る様にして声を放ってしまう。



「恋人ぉ……!?」


「え、あ……はい。そう聞きましたが、違うんですか……?」



相手にそう問われ、里津は咄嗟に否定の言葉を吐けなかった。

そもそもとして、自分と沿矢の関係をどう言い表せば良いのか、それが彼女には分からなかったからだ。


数週間前、なし崩し的に沿矢を家に住まわせる事となったが、中々に楽しい奴だと里津は思っている。

文字を読めるし、計算も出来る、話せば即座に思わぬ言葉を返してくるし、食事時の態度も良し、明らかに"教育"を受けているのは確かだ。

そんな事実から里津は密かに沿矢がメイン居住区から抜け出してきた家出少年か、軍から脱走した訓練兵とでも思っていたのだが、彼は玄甲から戻って来た。


つまり自分の予測はハズレていたのだろう。

その事に僅かな安堵を覚えたのは里津の記憶に新しい。

沿矢とラビィが一週間近く此処を離れていた間に寂しさを感じなかった。なんて事を言えば、それは間違いなく嘘になるだろう。


里津自身は恋人なんて欲しくないし、変わり気味な自分に付き合ってくれる様な物好きな男は居ないと思っている。

最近覚えてしまった一人の寂しさもあるが、それはあくまで沿矢を弟の様に思えてきているからだ。

彼女の中では、自分が沿矢と"そんな関係"になっている絵面など思い浮かばない。

歳の差もかなり離れているし、自分に年下趣味などある訳が無い。


そのはず、なのだが――。


里津は自身の頬に僅かな熱が宿った事が分かってしまった。


いや!! これは思わぬ言葉に驚いてしまっただけだ。

そう心中で言い訳しながら里津は自身の顔を客に見られない様、ずれてもいない眼鏡の位置を変えて誤魔化す。


その間に何とか心を落ち着かせ、少し戸惑いを覚えながらも里津がようやく否定の言葉を返そうした、正にその時だった。

遠くから聞こえてくる排気音、それは徐々に高くなり、僅かにタイヤが擦れる音も聞こえてくる。

いや、それよりも金属質な物が跳ねる音の方が大きいだろうか? 思わず眉を顰めたくなる様なその騒音は、聞く者に疑問と苛立ちを付加する物だった。


店の前をその騒音が過ぎた後で、女性客が告げた先程の的外れな言葉に否定を返そうと考え、里津は開きかけた口を一旦閉じた。

しかしである、何とその騒音を発生させていた車両は盛大なブレーキ音を伴って店の前で停まってしまったではないか。

さらに言うとだ、聞き覚えのある声が店の前から聞こえて来た事で里津は更に頭を悩ませた。



『うぇぇぇぇ……。よ、良くやったラビィ。刺激的な運転だったよ』


『いえ、感謝は不要です。ラビィの存在意義は沿矢様のお役に立つ事ですから』


『そ、そうか。なら、早速また役に立って貰おうかな。店のドアを開けてくれ、両手が塞がってて開けられない』


『了解しました』



その会話は当然ながら店の中に居た全員が耳にしており、彼等は自然に店の入り口に視線を向けてしまった。

そして遂に扉は開かれ、まず銀髪の乙女が姿を表した。

彼女の長いロングヘアーは探索時の邪魔にならぬ様にと後ろに団子状に纏められており、それが太陽の日の光を浴びて反射し、まるで月明かりが照らされたかの様に店内を僅かに明るくした。


サッと店内の客に向けられた真紅の瞳は情熱的な色合いに似合わず冷たく、その瞳を見た者は思わず身を竦めるか、魅入られたかの様に動きを止めてしまう。


しかし、彼女は直に興味を無くしたかの様に店内から視線を外し、背後に居た人物に声を掛ける。



「沿矢様、進路を確保しました。お通り下さい」


「ありがとう、ラビィ!! あ、失礼します。すみません!! 通ります!! ごめんなさい!!」



次に店内へ飛び込んできたのは、今のヤウラで話題の人物となっている沿矢であった。

彼は両手に持った荷物を抱えながら小走りで店内を駆け、謝罪の言葉を口にしながら店の奥へと迷い無く飛び込んで行く。


突然の出来事に店内に居た客は呆気に取られ、里津も頭痛を抑えるかの様に額に手を当てて俯いてしまった。

そうこうしている間にも奥からドタバタとした音が聞こえてきていたが、今度は沿矢の戸惑った大声も聞こえてくる。



『あ、やべぇ!! これってどう扱うんだ!? い、いかん!! 思わぬタイムロスだ!! さ、里津さん!! すみませんが此方に来て下さい!! ヘルプです!! 一生のお願いですからぁ!!』



返事をする気力も湧かない里津であったが、仕方なく腰を上げて工房に向かう事にする。

カウンターに来ていた女性客に一言だけ謝罪を口にし、奥に足を運ぶ里津の背後から小さな呟きが聞こえて来た。



『や、やっぱり噂は本当だったんだ……』



その言葉に否定を返せないこの状況に、里津は思わず小さな溜め息を零してしまった。


しかし――彼女の表情に小さく笑みが浮かんでいたのも、また事実だった。

その事に彼女自身が気付いていたかどうかは分からない。


ただ、この騒がしい日々が心地良いものだと言う事だけは、里津の心中では確かな答えだった。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






くお~!! ぶつかる~?!! ここでアクセル全開、イ○ド人を右に!! と大声で喚きたい程にラビィの運転は見事だった。


街中を高速で駆け抜けたのに憲兵隊に捕まらなかったのは、恐らくセンサーを使ったからだろうか? 頼もしいね。

更にはラビィの超絶なドライビングテクニックが合わさり、素早く里津さんの家へと辿り着く事が出来たのだ。

そのお陰で何とか生体義手が納められていたケースの電源を確保し、冷蔵コンテナから生体義手を取り出して中に戻す事に成功する。


ケースに生体義手を仕舞うと同時に診断機能も勝手に始まってしまったが、どうやら診断には大分時間が掛かるらしい。

俺的には心臓に悪いジャッジメントタイムではあるが、愚痴を言っても仕方が無いだろう。


当然ながら廃病院で集めた物資は大量であり、一目で価値を見極める事はできないだろう。

さらには里津さんは工房に置かれていた非常電源装置を起動させると、さっさと店内に戻っていってしまった。

どうやら結構居た客の対応に忙しそうだったので、俺とラビィは集めた物資を裏口から持ち込んで一旦居間へと運んでおく事にした。


普段は広い居間も病院で掻き集めた物資を敷き詰めると大分狭くなってしまい、思わぬ劇的ビフォーアフターとなってしまった。

これには思わず里津さんも満面の笑みを浮かべ、俺に飛び蹴りを放ってきそうである。

今はまだ彼女は店の方に居るので処刑は始まらないが、避けられぬ裁きの時間は刻一刻と迫ってきている。


とりあえず現世でやり残した事がある俺はラビィと一緒になって家をコッソリと抜け出し、組合所へと向かう事にした。

そのやり残した事と言うのは言わずもがな、廃病院で見つけた死体から抜き取ったライセンスを組合所に返す事である。

しかし、集めたライセンスにざっと目を通すと、中には他の街に所属していたスカベンジャーも居た。

これ等の扱いがどうなるかは分からんが、とりあえず組合所に持ち込むしかないだろう。


時刻は大分遅くなり、街中の所々にはドラム缶を使った乏しい灯りが見え始めていた。

幸いにも車両のライトと、遠くに見える高い組合所の電気を使用した輝かしい光がある為、道に迷う事は無い。そもそもラビィに運転してもらってるから、その様な心配はナンセンスだろう。


組合所に着くとラビィも素早く運転席から降りようとしたが、俺は組合所に長居をするつもりは無かったのでラビィに車両への待機を命じ、一人で中に入る事にした。


ラビィがその命令を受けて不満気に瞼を細めた事に苦笑してしまったが、それはご愛嬌と言った所だろうか。


昼とは違って夜は冷えるからか、組合所の中に入ると暖かな空気がエアコンから吹き付けている。

フロントへと目を向けるとまだ田中さんが業務に着いており、彼女は柔らかな笑顔を浮かべて此方を見ていた。

此方と眼が合うと彼女は小さい子を相手にするかのように可愛く手招きし、それに釣られて俺も歩み寄る。


お菓子を持った怪しいオジサンの誘いはノーサンキューだが、美人の誘いは断らないのが俺の信条なのだ。



「お帰りなさい、木津君!! その、探索はどうだった……?」



何故か田中さんの言葉は尻つぼみだ。

俺はその事を不可解に思って首を傾げたが、とりあえず廃病院のLG式を一掃した事を話そうか。



「ええ、上手く行きました。廃病院のLG式は一掃して、ゆっくり探索できましたから。それで……」


「え?!」


「ぅえ?」



話の途中で田中さんが大きく声上げたので、思わず俺も言葉を止めてしまった。

田中さんは暫く視線を宙に彷徨わせていたが、暫くして一つ大きく頷くと小首を傾げながら問い掛けてくる。



「……あ、デパートのOG式を一掃したのよね?」


「いえ、廃病院のLG式です」


「えぇ?!」


「ぅえ?」



また同じやり取りを交わし、暫しの沈黙が訪れてしまう。

このままでは話が進まないと判断した俺は、増設したポーチから回収した大量のライセンスを取り出して見せた。



「その……廃病院で亡くなった人達の遺体からライセンスを回収してきました。後の対応は任せてもいいですか?」


「う、嘘……? ちょ、ちょっと待ってね。直に確認するから、幾つかライセンスを貸して頂戴」



田中さんは俺が差し出した大量のライセンスを見ると驚きで言葉を詰まらせた。

しかし、流石は組合所で働くプロと言うべきか、彼女は直に気を取り直すと此方の返事を待たずにライセンスを幾つか素早く抜き取る。

次に彼女はキーボードを慣れた手付きで叩き、何やら集中するかの様に瞼を細めていく。


凄いな、何時もの穏やかな雰囲気とは全く別人だ。

でも、田中さんは俺が前にクースから帰還した際も、俺を囲む警備員に向かって怒鳴りつけてくれたりしたんだよね。

地味にアレは胸キュンしちゃったな……。ギャップ萌えは高ポイントです。


そんな馬鹿な事を俺が考えている間に田中さんは確認作業を終えたらしい。

彼女はフロントに備え付けられた画面を見ながら悲しげな様子で溜め息を一つ零し、次に神妙な面持ちで此方に向き直ると声のトーンを抑えて話し始める。



「……確かに、最後の目撃情報がクースで途絶えた人ばかりね。おーけー。今、五階長を呼ぶからね? 少し待ってて」



そう言うと彼女は傍らにあった電話を手に取り、小声で話し始めた。

俺は仕方なく御川さんが来るまでの間、その会話の音をBGMにしながら何気なくフロアに視線を向けた。

するとフロアに居た誰もが此方の様子を伺っていた事に気付き、僅かに冷や汗を流す。



『あ、フロントの田中です。五階長。今、少し良いですか?』


『……た? トラ……きたのかい?』


『いえ、そうじゃなくてですね。その、クースにある廃病院を知ってますよね? ほら、前の会議で限定封鎖地域に指定された……』


『勿論……そこは……多……のLGや……百……が居る可……性がある……』


『はい。で……その、木津君が廃病院のLG式を一掃して、亡くなっていた人達のライセンスを回収してきてくれたんです』


『は!? じょ、冗談だろう!? あそこは数十機のLG式が確認されてるんだぞ!? タレットの数だって……』


「で、でも!! 幾つかライセンスを確認したんですが、最後にクースへ向かった事が確認されていた人達の物ばかりで……!!」


『そ、そう……。……かった。取り乱……ない。直に……う』


「はい、お待ちしてます」



電話が終わると田中さんはぎこちない笑みを浮かべて此方に微笑み、俺も何となく硬い笑顔でそれに答える。


そんな何とも落ち着かない時間を五分ほど過ごし、ようやく御川さんがフロアに姿を現した。

彼は俺の姿を見つけると思わずと言った調子で苦笑し、フレンドリーに片手を上げて挨拶をしてくれる。

此方としては何度も彼にお世話になってる身なので、俺は軽く頭を下げながら低姿勢で挨拶して見せた。


御川さんはまたもや警備員の護衛を断ると、一人で悠然とフロアを横断して歩み寄って来る。

五階長である彼が現れた事でトラブルの匂いを感じ取ったのか、耳を澄ませずともフロア内にどよめきの声が広がっていくのが分かった。


しかし、そんな周りの様子に戸惑う俺とは対照的に御川さんは堂々としており、彼は俺の前に立つと落ち着いた様子で口を開く。



「やぁ、事情は分かってる。廃病院のLG式を全て排除し、攻略を終え、亡くなっていたスカベンジャー達のライセンスを回収してきてくれたのだろう?」


「はい、此方がそうです。その、此処とは別の組合所に所属する人達のもあるんですが……大丈夫ですかね?」



事情は分かってるとは述べたものの、俺が差し出した大量のライセンスを目にすると流石の御川さんも少し眉を顰めた。

数十人分はあるのだし、彼のそんな態度も無理はないだろう。


だが、そこは流石に幾度のトラブルを解決してきた御川さん。

彼は憂いた様に小さく息を零しただけで直に表情を引き締め、両手を差し出して俺からライセンスを受け取った。

手にした多数のライセンスの重みを感じとるかの様に彼は瞼をゆっくりと閉じ、何かを堪えるかの様に重い口調で言葉を紡ぐ。



「……よくやってくれた、木津君。これで数多の勇士達の無念も晴らされただろう。他の街に所属する者達のライセンスに関しては心配は要らない。此方で送り届けるからね」


「そうですか……。それを聞いて安心しました。じゃあ……俺はこれで失礼しますね」


「ああ、気をつけて。本当にご苦労だったね」



俺と御川さんのやり取りを注視していたギャラリーは大量のライセンスを目にすると驚きの声を零し、それが更にフロアの喧騒を大きくしていた。

流石にそろそろこの状況に嫌気を覚えてきた俺は御川さんに頭を下げ、その場を後にしようと彼に背中を向ける。

此方を見ていた田中さんにも軽く頭を下げて挨拶し、俺はようやく組合所から出る事が出来た。


外はすっかり暗闇に包まれており、寒い空気が肌を撫でる。

ラビィは俺が出てくるのを確認すると素早く助手席のドアを開け、エンジンを掛けた。

俺は彼女の気遣いに微笑みを浮かべると、軽い足取りで車両に乗り込んでその場を後にした。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






恐る恐る家へ帰ると流石に店は閉っており、裏口から家に入る。

すると居間からカンテラの乏しい灯りが見えてしまい、俺は大きく心臓が高鳴るの感じ取った。

悲痛な覚悟を決めながらソッと中を覗き込むと、居間に胡座を掻いた里津さんが見えてしまう。

しかし、店で一日中働いた後だと言うに彼女は真剣な眼差しを浮かべながら居間に運んでおいた物資を品定めしており、此方に気付く様子がない。


そんな里津さんの真摯な姿に心打たれ、俺は目尻を下げながら居間に足を踏み入れた。



「あの、ただいま戻りました~……」


「ん? あぁ、おかえり……。外で食べてきたの?」


「あ、いえ。ちょっと組合所に用がありまして……」


「そっ、じゃあ今から夕食の準備をするから。少し待ってなさい。悪いけど、この物資に目を通すのは明日ね。明日は店を開けずにゆっくり時間を使って調べるから、アンタもゆっくり休みなさい」



里津さんはそう言うと器用に背伸びをしながら立ち上がり、台所の方に歩いて行った。


どうやら、居間を物資で埋め尽くした事は特に怒って無い様だ。

当然、僕は里津さんが女神の様な慈愛を兼ね備えていたって信じてましたよ。うん。


色々とあったが、ようやく休息を取れる状態になった。

まずはリュックを下ろし、次にローブを脱ぎ、最後に居間の端っこに腰を下ろしながら武鮫を外す。するとラビィも近くに並ぶ様にして腰を下してきた。

ようやく体を休められた心地良さに抗いながら、俺はノロノロとした手付きで防弾ベストを脱ぎ、ベルトポーチやホルスターを外す。


すると着ていたシャツが大量の汗を吸っていた事にそこで初めて気付いた。

それを確認した途端、体が急激に喉の渇きを訴えてきてしまう。自分の体の現金な具合に呆れる思いである。


台所で調理している里津さんの邪魔をするのもアレだったので、俺はリュックから水筒を取り出して喉を潤した。

俺の異常性はあくまで怪力と衝撃に対する耐性だけであり、体力は普通に減るし、疲れも蓄積される。

いや、心なしか体力は増えてる気もするが、それは最近の出来事に体が対応したのだろう。成長期だしな。


LG式の群れと激闘を繰り広げ、タレットを排除しながら探索をし、荷台で長時間の揺れを体験すれば流石の俺も参ってしまうようだ。


少しばかり、ラビィを頼りにしすぎて無茶をしてしまっただろうか?

だが、コレ位の事は軽くやって行かないと莫大な借金を返せる気がしないのだ。

最大限に注意を払っていくが、暫く危険な探索の繰り返しになるかもしれないな……。


これからの探索に俺は頭を悩ませながら水筒を傾け、また口に水を含む。



「っは……。ラビィ、今日はありがとな。疲れてたりしてないか?」


「問題はありません。ダメージ無し、センサーにも異常無しです」


「そかそか……。頼もしいな、ラビィは」



俺がそう言うとラビィは微笑を浮かべ、ゆっくりと頷いて見せる。

今日初めて訪れた穏やかな時間に心を休ませながら疲れを癒していると、台所から香ばしい匂いが漂い始めていた事に気付いた。

今度はそれに体が反応して腹を鳴らし、思わず苦笑してしまった。


ラビィと組んで始めた探索初日、それは疑うまでも無く大成功だろう。

廃病院の脅威を取り除き、多数の物資を手に入れ、最後には生体義手と言う大物も手に入れる事が出来た。

生体義手に関しては使い物になるかのどうかの判断はまだ着かないが、まぁ仕方ない。


中でも最大の成果は、俺とラビィと言うコンビの実力を確かめる事が出来た事だ。

都市部の廃墟と同レベルの厄介さを兼ね備えている廃病院をクリアできたのなら、遠慮なく俺達も都市部の探索地へ赴ける。

今日、廃病院で繰り広げた激闘はさしずめ、コレから始まる長い探索の日々の序章と言った所だろうか。

此方としても、既に覚悟と準備は出来ている。後は俺の気力や命が潰えない事を祈るしかないだろう。


《ピー……!》


そんな事を考えていると、突如として聞き慣れぬ機械の音が聞こえて来た。

音の発生源を探ろうと周囲を見回す俺に、ラビィが思わぬ情報を告げる。



「沿矢様。どうやら生体義手の診断結果が出たようです。ラビィが確かめてきましょうか?」


「ぅ……遂にきたかぁ~~……。緊張するが、俺も一緒に見に行くよ」


「了解しました」



正直に言えば、診断結果を見たくない気持ちの方が強かった。

何だっけ? シュガーが掛かった猫とか言う理論で、結果を見なければ可能性は二つ存在したままとかあったよね。


もし生体義手の診断結果が駄目だった場合、折角の達成感が台無しとなるだろう。

かと言って診断結果を確かめなかったら、終始気になって仕方がなくなってしまうだろう。


俺は一つ覚悟を決めると重い腰を上げ、リュックから懐中電灯を取り出して灯りを点けるとラビィを伴って工房に向かった。

工房の中に足を踏み入れると作業台の上に置かれたケースの正面に緑色のライトが点いており、それが何度も点滅を繰り返している。

近くに寄るのを俺は僅かに躊躇し、まずは何度も深呼吸を繰り返して心を静めるのに集中した。



「すぅー……はぁ……すぅー……はぁ……すぅー」


「生体義手に異常は無かったようですね。おめでとうございます、沿矢様。これで資金が稼げるでしょう」



俺が精神を統一させていると、ラビィが空気を読まずに結果を発表してきた。

しかし、その内容は求めていた物であり、俺は咽ながらも堪らず聞き返す。



「ぶっは!! がはっ……はぁはぁ。え、ちょ……マジで? 本当にあの生体義手は使えるの? 優しい嘘とかじゃなくて?」


「はい。一応の可能性としてはケースが何らかの誤作動を起こしている可能性もありますが、今は正常に稼動しているとラビィは判断しています。不安でしたら、後で里津にも確認してもらえば真偽の程が分かるでしょう」



そうは言うものの、ラビィが異常が無さそうだと言うのならばその可能性は高いだろう。

勿論、彼女の進言も受け入れて念の為に里津さんにも後で見て貰うが、今の俺の心中に浮かんだのは強い歓喜である。

薄暗い工房の中で小さな緑色の光を放つケースは希望の光にも見え、これから起こる出来事を暗示している様にも見えてしまう。


遂に訪れた幸運は蓄積された疲れを一気に取り除き、思い浮かべていたこれからの不安を吹き飛ばしてくれた。


そこで俺はようやく心の底から安堵の笑顔を浮かべる事ができ、胸に湧き上がる歓喜と達成感を噛み締めるかの様に自然と両拳を握り締める。


どうやら――今夜はゆっくり眠れそうだ。





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