秘めた決意
「違います。沿矢様、一旦ストップして下さい」
「ふぁい……」
俺は今、ヤウラ南駐屯地近くの荒野でラビィから運転を習っている最中だ。
何故今それを行っているかと言うと、揃えた大量の物資や武器を荷台に載せてから車両を動かしてしまうと重量が大幅に増えてしまい、無駄に燃料を消費する事になるからである。
それに火器の扱いに慣れているラビィが銃座に着いた方がM5を上手く扱えるだろうし、弾薬の交換も手早く済ませる事が可能だろう。
さらに言うならばコンディションに波が出てくる俺が銃座に着くと、命中率に大幅な開きがでそうなのだ。
荷台で長時間、日の光を浴びればさらに消耗するだろうしな。だが、機械であるラビィならばその心配はまず無い。
それに彼女には驚異的な視力(倍率ズームがあるらしい)と、センサーもあるし、この配置は適材適所と言った所だろうか。
そんな事情もあり、里津さんの家に組合所で買って来た荷物を置いて、こうして荒野で練習している訳だな。
俺が購入したトラックは予想通りMT車であり、クラッチやギアの操作やらで俺は大変に混乱している。
とりあえず荒野では坂道発進の技術が要りそうにないから一安心だな。今とて数十回目のエンストを起こし、マトモに走らせる事すら困難なのだ。
ギアのチェンジ指示で『ロー』とか『セカンド』や『サード』なんて言葉を聞いていると、某ワンピ○スに出てくる必殺技と勘違いしそうだ。
そんな事を思い浮かべている有様では運転など上達するはずもない。
某金○先生ですら『お前は腐った蜜柑だ』と言って突き放してしまいそうな位には、俺は出来の悪い生徒だ。
しかし、助手席に座る銀髪の女神は俺を見捨てる気配を見せず、熱心に運転方法を教えてくれている。
練習を開始した時刻は昼頃だったのだが、俺がぎこちなく何とか運転できる様になる頃には太陽の光は白から赤に変わっていた。
大分技術は向上した方だとは思うが、路上教習に出たら一発でアウトであろう。
幸いにも荒野には時差信号や標識なんかはないので、走らせる事さえできたらオーケーでしょう。後は慣れるしかないと思う。
流石に暗くなってきた街中を走るのは俺の拙い技術ではまだ危うく、ラビィに運転を代わって貰って帰路に就いた。
燃料は少ししか消費してないが、元々帰りに携行缶にガソリンを入れる目的があったので、ついでに組合所に寄ってみる。
一旦中に入って通りすがりの警備員にガソリンを補給する場所を聞くと、組合の裏手に軍が立てたガソリンスタンドがあるらしい。
確かに裏手に回ると噂の場所があったが、元居た世界のガソリンスタンドとは全然違う。
どう違うかと言うと、主にこっちの方が質が低そうなのだ。
一応、車両へ降り注ぐ雨を防ぐ四本の柱を軸にした屋根があるが、店員が待機する施設や自販機なんかは無く、代わりに近くに停まっている軍用トラックが待機する場所となっている。
軍用トラックの横に金属製のテーブルと椅子が四つ置いてあり、そのテーブルを軍服姿の四人が囲んでいる。
彼等は薄暗い懐中電灯の灯りを頼りにポーカーを楽しんでいたようで、俺達の車両が間近に近づいてくるまで気付かなかった。
そんな彼等の勤務態度を見て分かる通り、彼等から窓拭きや灰皿の吸殻を捨ててくれるサービスなんかを受ける事はできなかった。まぁ吸殻はないけどさ。
燃料の補給はセルフサービス式ではなく、彼等が自分の手でやってくれるらしい。そうだね、料金を自動で払える所とかないもんね。
ちなみに携行缶を差し出すと『うわ、面倒臭ぇ』的な顔をされたのが最悪だったな。元居た世界だったらネットに評判を書き込まれてもおかしくないぞ。
ガソリンのお値段は七百四十ボタと予想より高かったから驚いた。
車両に補給した分が二百四十ボタで、五リットルの携行缶を満杯に入れて五百ボタだから……一リットル百ボタくらい?
やばいな、気楽にドライブとかできる代物じゃないね。荷物を積む前に練習して正解だったわ。
燃料の補給が済む頃には完全に日が落ちて暗くなっていたので、車のライトを点けて走行している。
最初はラビィが『暗視装置がありますので』等と言って無点灯で走り出そうとしたからマジで焦った。無点灯で憲兵隊に捕まるのは勘弁だよ。
そもそも、そこ等辺の法整備がヤウラではどうなってるのかは分からんがな。制限速度とかあるのかね? 帰ったら里津さんに聞いてみるか。
里津さんの家に着くと、正面の道路の路肩に車両を停めた。
近くに空き地なんかは無いし、遠い所に停めて車両に傷を付けられても困るからな。
車から降りると、ラビィと一緒になって鉄の車輪店で買ったシートを荷台に被せて固定した。
これで雨が降っても大丈夫だし、荷物も一々下さなくて大丈夫だろう。
まぁ、そもそも盗られそうになってもラビィのセンサーが探知してくれそうだがな。
家に戻り、里津さんが用意してくれた食事を頂く。
前はジャガイモやスープ類が主食だったのだが、俺が玄甲から戻ってきてからは食卓に肉が並ぶ様になった。
何の肉かは怖くて聞いてないが、まぁまぁ美味しいよ。細長い尻尾みたいな所があるのは気の所為だろう。うん。
もしや、遂に里津さんのデレ期が到来したのかな?
そう思ってチラチラと彼女に視線を向けると、何を勘違いしたのか胸元を少し隠された。ファック。
食事を終えると居間でシャツを脱ぎ、組合所で購入した包帯を取り出してラビィに古いのと交換してもらう。
傷口に触れると違和感はあるが、痛みは余り無い。多分、探索に支障は出ないとは思うが……。
里津さんはその様子を対面で眺めながらポツリと呟いた。
「傷跡が残っちゃったわね。まぁ、ナノマシン治療じゃないから仕方ないんだろうけど……」
確かに、里津さんが言う様に俺の体には傷跡が残っていた。
額部分にある二箇所の裂傷、右腕の上腕と肩に受けた銃創、左腕の細かい裂傷の痕は幾つか消えてはいるが、残っているのも確かにあるし、軽い火傷の痕もある。
幸いにも、額部分の裂傷はなんとか髪の毛で隠れるから助かった。
教会の子供達に嫌われたくは無いからな……。まぁ、でも傷跡一つぐらいで動揺する様なメンタルの弱さじゃないだろうか? あの子達は。
そんな事を考えながら微笑を浮かべていると、俺はふとある事に気付いた。
「あの……里津さん。武鮫って直りましたか?」
「ん? うん、勿論直したけど……。どうしたの?」
「あ、いや……。武鮫を直したんなら、また教会に行って子供達に手伝って貰ったのかなって思って……。その、ロイ先生やペネロさんは俺の事を……」
――どう言っていましたか?
その言葉は口にする事は出来ず、俺は俯いてしまった。
当然だろうが、教会の皆も俺がした事を聞いているだろう。
ゴミ山を吹き飛ばして街に被害を与え、迫田を殺し、大通りで暴れて公共物を破壊した。そんな俺に対して思う所があるかもしれない。
そんな不安を抱いていると、里津さんはサラリと言ってのける。
「皆、アンタの事を心配してたわよ。そりゃあ……街の噂も多少は気にしてはいたけどね。それよりもアンタが大怪我したってのが気になったみたい」
「そうなんですか? そっか……」
その言葉を聞いて安堵していると里津さんは自分の部屋に戻っていった。
しかし、扉は開きっぱなしであり、中からガサコソとした物を漁る音が聞こえてくる。
目的の品を見つけたのかその音も止み、部屋から里津さんが戻って来た。
里津さんは薄汚れた瓶を幾つか抱えており、中にはボタが入っていた。
彼女はそれを一つ一つ丁寧にゆっくりと床へ並べながら語りだす。
「教会の皆からナノマシンの代金を受け取ったわ。こっちがペネとロイの二千ボタで、これが教会の子供達の分ね。子供達が持参した中ではルイが持ってきたのが一番多いかしら? 百ちょっとはあるわよ」
「え、な、何で? 俺が返すって言ったのに……」
並べられた大小の瓶にはどれもボタが入っており、カンテラの灯りを浴びて静かに輝きを放っている。
呆然と俺が瓶を手に持ってそれを眺めていると、里津さんが柔らかな口調で言う。
「安心しなさい。ペネ達は別に生活を切り詰めたりはしてないから。アンタに心配して欲しくなかったんだってさ。自分達だけでも借金は返せるから、無理はしないように……ってね」
その言葉を聞くと僅かに涙腺が刺激され、俺の心中に暖かな気持ちが広がっていくのが分かる。
手にした瓶はどれも不思議と重く感じ、自然と笑顔が浮かび上がってきた。
俺は小さく息を吐くとその気分をさらに高揚させ、新たな決意を言葉にする。
「里津さん……見ててください。ヤウラから請求された借金なんて、あっと言う間に返して見せます。どーんと素早く返済して奴等の度肝を抜いてやりますよ!! 俺を甘く見てるとマジで痛い目に合うんだって事をあいつ等にですねぇ……!!」
「沿矢様、動かないで下さい。包帯がずれてしまいます」
「あ、はい。すみませんでした……」
新たな俺の決意は数秒で鎮火されてしまいそうになったが、何とか大丈夫だ。
里津さんは俺とラビィを眺めながら慈しむ様に瞼を細め、ゆっくりと頷いてみせる。
「そうね、アンタならできるわ……」
その言葉は不思議と耳に残り、俺の決意を後押ししてくれた――。
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そんな決意を決めた翌朝、俺は朝食を摂り、身支度を整えるとラビィと一緒に買った物資を荷台に運ぶ。
里津さんが修理してくれた武鮫はすっかり元通りとなっていて、久々の感触に思わずニヤニヤと笑みが出てしまった。
私ったら、もうこの子無しじゃ満足できない体になっちゃったみたい……。
荷台の上には銃器と弾薬や折り畳んだテント、今回は試しでシャベルを二つだけ持って行く事にする。シャベルを全部積んでも重量と場所を無駄に取るだけだからな。
運転席と助手席の後部にも荷物を置けるスペースが少しあるから地味に便利だ。生活用品と缶詰や医療品、衣服ぐらいなら余裕で置ける。
荷台に大体の装備を置くと三分の一が埋まってしまったが、それは仕方ない。俺のYF-6は助手席の後ろにある僅かなスペースに置いておく。
探索に出かける前に、まず俺は組合所に向かう事にした。
早朝だから人の通りも少なかったので、地味に運転の練習も兼ねている。
荒野と違って罅割れた道路を通り抜けるのが地味に大変だが、こんな事で弱音を吐いてられん。
しかし、念の為にラビィには助手席に座って貰っている。荒野に出る時は銃座に着いてもらうが、今は俺の指導をお願いしたい。
ラビィ教官の熱心な運転指導を受けながら、俺は何とか組合所に辿り着いた。
車から降りて中に入ると俺はフロントに目を向け、静かに安堵の息を吐く、何故なら田中さんが業務に着いていたからだ。
彼女も俺に気付くと微笑を浮かべ、一つ頷いてくれる。
俺は気恥ずかしさで後ろ頭を掻きながらフロントに歩み寄り、軽く頭を下げて挨拶する。
「お早うございます、田中さん」
「お早う、木津君。今日はどうしたの? 昨日はショップで買い物してたって聞いたけど……」
なんと、そんな些細な事ですら噂になってるのか?
里津さんが言う様にマジで俺はちょっとした有名人らしい。ショートパンツを凝視してた事とかも噂になってるのかな……?
そんな一株の不安を覚えながらも、俺は田中さんに用件を話す。
「実はですね、俺って車両を購入したんですよ。それで今日は試しにクースへ向かおうかと思いまして、だから地図とか無いのかなー? って……」
「えぇ!? あーでも、木津君には壊し屋の賞金があったもんね。そっかそっか……私が知ってる限り、君は登録してから最速で車両を手に入れた人物よ!! おめでとう!!」
田中さんは一瞬驚いて見せたが、直に細かく頷きながら納得し、最後には満面の笑みを浮かべながらお褒めの言葉を送ってくれた。
俺も笑みを浮かべてそれに答えると、唐突に彼女は俺から視線を逸らしてキーボードを軽快な手付きで叩き始める。
暫く沈黙が流れて俺は戸惑ったが、その作業が終わると田中さんはフロントの下から地図と方位磁石を取り出し、手渡しながら説明してくれる。
「はい!! 車両持ちの人には地図と方位磁石が無料で配布されるわ。PDA持ちなら周辺地図のデータも配られるけど、木津君はPDAを持ってる?」
「いや……持ってないです。PDAって高額な品物なんですよね?」
「うん。色々と種類はあるけど、最低でも一万くらいはするわね。持ってると何かと便利だから覚えておいてね」
一万もするのかよ。とりあえずPDAはパスかな? 地図と方位磁石もあるし。
手渡された地図は世界地図などではなく、ヤウラ周辺の地形や探索地、他の都市が記載された物だ。
御川さんが言っていた『キスク』も北の端っこにあるが、そこで終わりと言う訳ではないだろう。多分。
当然ながら俺が知っている名前は地図には一切記されていないし、見覚えのある地形でもない。
俺はある事がふと気になって、田中さんに問い掛ける。
「田中さん。世界地図って無いんですか?」
「へ……? 世界? 何でそんなのが要るの?」
「な、何でって……気になるじゃないですか」
俺がそう言葉を返すと、田中さんは困った様に眉を顰めながら話す。
「前世界が終わってから数世紀の時が流れてるけど、各大陸がどうなったかは未だに分からないわ。宇宙からの電波妨害で飛行機のレーダーは使えないし、着陸できる場所があるかも分からないから飛行機は飛ばせないし、そもそも飛ばせる飛行機も希少だしね。命知らずな人達が船を使って海を渡ったけども、結局は帰ってこなかった。もしかしたら……無人兵器の攻撃で他の大陸にある都市や人類は消滅させられて、機械によって完全に支配されてるのかもね」
なにそれこわい。
今の時代では全世界と繋がりを保ててる訳ではないのか。
まぁ、それもそうだよな。電波も一定の距離までしか通じないらしいし、無人兵器が闊歩してるんじゃ仕方ないよね。
俺がそう納得していると、二人の警備員がフロントに近づいて来る。
あまり警備員に良い思い出が無い俺は身を強張らせたが、彼等は俺の前で足を止めると、背筋をスッと伸ばして姿勢を正しながら予想外の事を口にした。
「車両登録に来ました。表に停まっているのがそうですか?」
「へ……? 登録?」
唐突な問い掛けに俺が首を傾げていると、田中さんが横から説明してくれる。
「私が呼んだの。車両登録は組合所に所属する人達へ提供するサービスの一つでね。ヤウラから発行されたナンバープレートを装備して写真を撮っておくの。もし街中で盗難されたりしたら全力で捜査出来る様にね」
「そうなんですか? それは助かりますね!!」
「でしょ~? だから、彼等にナンバープレートを取り付けて貰ってね……。それと……木津君、まさかクースにある廃病院へ行くつもり?」
「え? あ……はい。拙かったですかね?」
俺がそう答えると、田中さんは『んー』と唸りながら唇に可愛く人差し指を当て、説明してくれる。
「廃病院では大勢が亡くなってるし、さらに木津君が百式を確認したじゃない? だからこの前、あそこは限定封鎖地域に指定されちゃったのよ」
「え……? 限定封鎖地域? じゃあ、あそこに立ち入る事はできないんですか?」
「安心して、あくまで"限定"よ。それが適応されるのは組合が送迎した人達だけね。木津君は自前の車両で赴くんだから、それは無視できるわ。だけど……あそこに居る百式が木津君が倒した一機だけとは限らないからね? だから注意深く探索して……。今度は心配掛けないでね? 約束よ」
「……はい、大丈夫です!! 装備も整えましたから、どうか安心して下さい!! 田中さん!!」
田中さんの言葉に俺が力強く答えると、彼女は表情を緩めて安堵してくれた。
俺はそれを見届けると地図と方位磁石を抱えながら組合所を出て、警備員が行う作業を見守った。
彼等は慣れた手付きでナンバープレートを取り付けると、四方から車両の写真を撮っていく。
それも滞りなく終わり、彼等は軽く俺とラビィに頭を下げて組合所の中へと戻る。
車両に戻ると地図を広げ、クースの位置を確認した。
クースはやはりそう遠くない位置にあり、ヤウラの南西付近に存在している。
今はまだ早朝だから、クースに向かっても十分な探索時間が確保できるだろう。
俺は頭の中で今日のプランを組み立てながら、車のキーを差し込んでエンジンを掛けた。
今度は荒野を横断する為、ラビィには銃座に着いてもらっている。
静かに息を吐くと気合を新たにし、俺はゆっくりと車両を走らせた。
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クースに向かう道中では地図頼りになると思っていたが、送迎トラックのタイヤ跡が薄く残っていたから助かった。
それと偶に赤い紐が括り付けられたポールが立てられており、一定距離ごとに似た様なポールを見つける事ができる。
初めてクースに向かった時はあまり気にしていなかったが、どうやらこれはちょっとした目印らしいな。地味に助かるぜ。
俺がまず他の都市に賞金を受け取りに行かず、クースへ向かっているのには理由がある。
まずは運転や新調した装備に慣れたかったのもそうだが、俺がクースの廃病院で百式を破壊した事が噂になったと聞いたからだ。
つまり宝を守る"番人"が居なくなった事に気付き、同業者達が廃病院へと向かったかもしれない。
医療施設である病院の物資は高いだろうし、その可能性は高いと思う。
賞金は何時でも受け取りにいけるが、物資は早い者勝ちだ。急いだ方が良いだろう。
田中さんは百式が複数居る可能性を話してくれたが、恐らくその可能性は低いだろう。
何故ならあの時、廃病院の警報システムはフルに機能していた。しかし、現れたのはLG-61式とLG-103式のみ。
もし高性能な百式が他に居たならば、俺が最初対峙したLG-103式との戦闘の途中で遭遇していたと思うのだ。
勿論、俺の考えが絶対にそうだとは思わないが、その可能性は高いと見ている。
さらにはクースの廃病院は都市部にある施設と同レベルの危険性があると聞いた。
莫大な借金を抱えている俺だ、それ位の危険性を孕む施設にある物資を積極的に狙っていかないと、何時までも借金を返せないだろう。
それにこれは俺とラビィと言う新コンビの実力が、廃病院程の施設で何処まで通用するかの確認をしておきたいのだ。
彼女には豊富な火器の知識やセンサーもあるし、格闘センスも抜群だ。そんな訳で、かなり良い線を行くのでないかと俺は期待している。
そんな事を考えながら荒野を横断していると、あっと言う間にクースへ着いた。
一応この前過ごしたベースキャンプ地を通ったが、同業者達の姿は見当たらない。
クースへ来るのはヤウラの同業者だけではなく、他都市の同業者も来るのだろうが、今回は遭遇しなかった様だ。
でもまぁ、最近は好奇の視線に少しウンザリとしてたからな。丁度良いかもしれん。
そんな風にポジティブに捉え、俺はクースの街中に車両を走らせた。
すると走行難易度が一気に上昇してしまう。ヤウラより荒れ果てた道路や、道のど真ん中を塞ぐ廃車や障害物、これ等が俺の行く手を遮る。
しかし、幸いにもヤウラの道路とは違って通行人なんかは居ないからな。ここは練習と割り切り、四苦八苦しながらも俺はなんとか運転に集中した。
時にはバックし、時には態々と車から降りて障害物を力任せに道の端へ退け、時にはフィリ○プス上院議員の様に車両を歩道へ走らせながら何とか廃病院へ辿り着いた。
廃病院の駐車場に車を停め、俺は一息を吐きながらエンジンを止めて車のキーを抜いた。
腰に巻いたベルトポーチに鍵を納めながら、YF-6を手に取って車から降りる。
背筋を伸ばすついでに空を見上げると、丁度頭の真上にある太陽に雲が重なっていく所だった。
どうやら時刻は昼頃と言った所か? 車の時計は何故か表示されて無かったんだよね。まぁ、別に見たいTVとか無いからいいけどさ。
俺は荷台に回ると軍用シャベルを一つだけ手に取った。
さてはて、これがどれだけ扱いやすいか楽しみだな。
ラビィは軽快な動作で荷台から降りると、Y-M20を手にしながら廃病院に視線を向けた。
彼女はスリングを使ってYF-6を肩から下げており、上手く動きを阻害しない位置にある。
俺はそんな彼女の様子を横目で確認しながら廃病院の入り口へ視線を向け、僅かに溜め息を零す。
何故なら、廃病院の入り口から俺が始末したLG式の姿が消えていたからだ。
その光景を見れば誰かが最近此処を訪れた事は明確な事実であり、少し気が滅入ってしまう。
だがらと言って内部が根こそぎ荒らされた訳でも無いだろうし、其処は妥協するしかあるまい。
そんな考察をしていると、沈黙を保っていたラビィが静かに言葉を放つ。
「沿矢様、内部に動体反応を七十ニ確認。恐らく無人タレットが四十一、ガードが三十一と予測。ラビィはこの施設の危険度をLvⅢと判断しましたので、沿矢様は私から離れない様に強く要請します」
「……ぅえ?」
え、なにそれwhy?
ちょっと待ってよ。ラビィさんってやばくないっすか? 俺、ちょーリスペクトなんすけど? マジぱねぇっす!!
そりゃあさ、ラビィに内蔵されたセンサーは探索の助けになるとは予想してたよ?
けど、ここまで高性能だとは想像してなかった。もしかしたら……借金の返済なんて余裕でクリアできるかもしれない。
俺は思わず興奮で鼻息を荒くしながら、ラビィの肩を軽く叩いて彼女の働きを労う。
「よ、よくやったラビィ!! ラビィが居たら……もう怖い物なんてないぞ!! マジで凄いぞ、ラビィ!!」
「――はい。その言葉は概ね間違いないと答えておきましょう」
ラビィは微笑を浮かべながら胸を張り、少し得意げに答えた。
俺は咄嗟に彼女をムツゴ○ウばりに撫で回したい気分に陥ったが、何とかそれを堪える。絵面的にもやばいしな。
それに日が落ちる前に探索を終えたいし、気を抜くには少し早い。
「よし!! ラビィ、先導を頼めるか? えーと……俺が背後で足を止めてもセンサーで分かるよな? 探索したい部屋に入りたい時は動きを止めるからさ」
「はい、問題ありません。戦闘やトラップは回避する趣旨でよろしいですか?」
「そうだね、そうしてくれると助かる」
「了解しました。これより先導を開始します」
こうして廃病院の探索が始まった。
薄汚れた白い床に色付けされた血痕を入り口で見つけ、俺は新たに気を引き締めながらラビィの後に続く。
一階では俺が何機かLG式を排除していたからか、コレと言った危険には遭遇しなかった。
しかし、時折遠くから金属質な足音が聞こえるから、全く居ないと言う訳でも無いだろう。
だが、ラビィは静かな足取りで迷い無く通路を進み、俺は気になった部屋を探索して次々に物資を手に入れていく。
手術室なんかの大物がありそうな部屋では、なんと高級品と聞いていたレーザーメスを四つ手に入れてしまった。
ラビィの解説では単分子メスとやらも六つあったし、さらに小型化された冷蔵コンテナなんかも発見してしまう。
どうやらコレは独立された保全機能があったらしく、病院の電源を使用していないみたいだ。
しかし、当然の事ながらロックが掛かっており中は確認できない。流石のラビィも機材無しでの解除は無理みたいである。
恐らく中身は薬品類が入ってそうだが……。まぁいい、このコンテナごと持って帰ればいいだけだ。
俺は意気揚々とリュックに見つけた小型冷蔵コンテナの二つを詰め込み、ワクワクしながらラビィと一緒に部屋を見て回る。
噂の生体義手とやらもあったが、それが保存されていた収容ケースは施設の安定した電気供給が必要だったみたいだ。
コンセントのコードは途中で千切れており、電源の供給はストップされている。
仕方なくそのケースを開けてみるも、中に納められていた生体義手は生体パーツ部分が腐り無くなっており、フレームが無惨にむき出しとなっている。惜しいな。
最後、思わぬ一品を手に入れた。
ラビィの説明によると、それはメディカルゴーグルと言う代物で、これを使えば患者の肌が僅かに透けて見えて静脈の発見が安易となるそうだ。
その他にも色んな機能があり、患者と繋がっている機材とリンクさせれば脈拍や心拍数も視界の隅に表示されるそうだ。科学って凄い。
残念ながら水素バッテリーは切れていたが、ゴーグル本体には何の損傷も見られないので、品物としての価値はあるはずだ。
……服とか透けたりしないのかな? やばい、早く帰って確かめたくなってきたぞ。
下らない事を考えつつ、俺とラビィは手術室から出て一階を見て回った。
残念ながら他のスカベンジャーに荒らされてたっぽい部屋もあったし、すっかり壊れている器具も多々見つけてしまう。
そんな訳で他の部屋ではコレと言った物資は見つからなかったが、患者のカルテが記録されているっぽい情報保存チップが幾つかあった。
これは中の記録を消せば再利用とかできるのかね? よー分からんが、小さいし適当に持っていこう。壊れてても別にいいや。
早くも一階部分で結構良い物資を手に入れてしまった。幸先が良い。
それと、ラビィが居た地下施設に向かう予定は無い。あそこは無駄に広かったし、ラビィが居た部屋の大型機材もエレベーターに乗せられそうに無い。
それに街の外ではならず者達がうろついているらしいので、地下を探索中に車両を荒らされる危険性もある。
病院内部ならラビィのセンサーが車両に近づく輩を探知したら、素早く行動を起こして抜け出せるからな。
そんな訳で、俺はラビィのセンサーを頼りに十字路を通り、今度は二階へと上がって行く事にする。
以前、俺が助けた女性同業者が流した血と思わしき血痕が所々にあり、何となくソレを踏まない様に気をつけながら歩みを進めていった。
しかし、ラビィは二階に続く階段の踊り場付近で足を止めると、ゆっくりと後ろを振り向いた。
彼女は瞼を細めており、多分センサーの反応に気を向けているのだろう。そんな推測をしていると彼女は小声で語りかけてくる。
『沿矢様。この先は隠密で移動するには少し難しいです。多数のガード、タレット。それにトラップの配置が上手く噛み合って効果を最大限に発揮しています』
『そうか……。よし、分かった。一旦車両に戻ろう。俺に考えがある』
『了解しました』
そう決めると早いもんだ。
俺とラビィは一階を素早く移動して外へ出ると、集めた物資をリュックから取り出して荷台に積んだ。
とは言っても、レーザーメスやらの小型な物はそのままだがな。大物は冷蔵コンテナが二つだけである。
しかし、探索を開始して三十分くらいしか経っておらず、交戦もしていない。十分な成果だろう。
俺は荷物の整理を済ませると、近くの廃車に近寄ってそれを持ち上げた。
そして病院の入り口付近のフロアに戻り、フロアに繋がる三つの通路の内の二つを外にあった廃車や長椅子で塞いでいく。
その作業を一通り終えた所で、ラビィが小首を傾げながら疑問を口にする。
「沿矢様。これは一体……?」
「うむ、俺は中に居るLG式を一掃しようと思う」
だったら最初からしろよ。と突っ込まれそうだが、元々は俺もこんな大胆な事をするつもりは無かった。
しかし、ラビィのセンサーを駆使しても二階の探索が難しいとなれば、突発的な戦闘が起こる危険性が出てくる。
それならば邪魔なLG式を予め排除し、タレットやトラップだけに注意できる様にすれば良いだけだ。
ラビィのセンサーが捉えたLG式の数はおよそ三十一機。
俺が一人で排除した時のLG式の数は多分だが、十機程だ。しかもそれは無人タレットに警戒しながらの戦果だ。
今回は装備も整えているし、ラビィも居るし、他の通路も塞いで一つだけ通路を開けてある。
さらには、その通路に打ち込む弾――廃車も三台用意した。
この状態で警報トラップに態と引っ掛かり、LG式を通路に誘き寄せた所で一網打尽にしてやろうとの魂胆だ。
廃車が無くなったらYF-6等を駆使して排除する事にしよう。
一応、万が一に備えて自分の車両を入り口付近に移動しておく。これで素早く逃げ出せるだろうし、M5の射線も確保している。
俺が作戦の説明をラビィにすると、彼女はスッと瞼を細めながらポツリと言う。
「……了解しました。ラビィの性能を披露する良い機会です。その作戦を遂行しましょう」
「よし。じゃあ……悪いけど、警報トラップに引っ掛かってきてくれ、無理に引き付けなくていいからな? 直に戻ってくれよ」
「了解しました」
ラビィはゆっくり頷くと、薄暗い通路の先に駆け出していった。
今回、殺し間に使う通路は百式が二階から降ってきた通路だ。他の二つの通路は少し広く、LG式を一網打尽にしにくいと判断した。
もしかしたら百式が降って来たその穴を通じてLG式が降りてくるかもしれないが、同時に隙も出来ると思うから妥協するしかない。
俺は通路に向けて廃車の正面を向けると、片足を当てて蹴りだす準備をする。
準備を終えたその瞬間、廃病院内に耳障りな警報が鳴り響き、同時に機械音声が侵入者に降伏を促すメッセージを何度も繰り返す。
その音は以前、百式と相対した記憶を呼び覚ましたが――俺の心は不思議と落ち着いている。
そんな自分の変化に少し戸惑いつつも、俺は僅かに口角の端を上げた。
「……弔い合戦といこうじゃないか」
聞く所によると、この廃病院では多数の同業者が命を落としたらしい。ならば――今日が彼等の無念を晴らす日だ。
以前、クースに向かう途中で俺は江野田とドンの演技に気付いた。
しかし……あの時はソレを指摘する証拠が無かったし、何よりも俺は廃病院の危険度を甘く見ていた。
多人数で向かえば大丈夫なのだろうと思い込み、彼等を止めようなんて発想は微塵も湧いてこなかったのだ。
俺は自分が何でもできるヒーローなんて思っている訳ではない……が、同じ過ちを繰り返すつもりもない。
――今日、此処でその決意を確固たる物としよう。




