冒険するには、夢と勇気と物資が不可欠である
朝早くに目覚めて身支度を整え、朝食を摂ると俺とラビィは家を後にした。
早朝だと流石の外周付近でも擦れ違う人影は疎らであり、どうやら今日はトラブルに巻き込まれずに過ごせそうだ。
まぁ、俺はそもそも車両に重火器を取り付けて貰う為、今回は重さ六十kg程はあるデカイM5を片手で抱えているから、そんなチンピラ共が居たとしても大人しく道を譲ったかもしれん。
鉄の車輪店の近くに来ると、何やらガレージから金属を叩き合せる様な音が聞こえてくる。
訝しげに思いながらガレージに足を踏み入れると、昨日購入を決めたピックアップトラックがガレージに搬入されており、作業台で何やら手作業しているダグさんの後ろ姿が見えた。
流石にゾロゾロと足を踏み入れた音が聞こえたのか、ダグさんは直に俺達に気付いて作業の手を止めると後ろを振り返る。
「おお、お待ちしてましたよ!! 木津さん!! ご覧の通り、車両の準備も出来ています!!」
彼は早朝だと言うに早くも額に大量の汗を浮かばせている。
しかし、それは不快感になる要素などでは決してなく、むしろ職人気質が垣間見えた事から俺は密かに感心を抱いた。
俺は彼の仕事に対する熱意を感じ取り、自然と敬意の眼差しを浮かべて腰を低くする。
「ありがとうございます、フルトンさん。此方が代金です、確認をどうぞ。あ、あとレンチ代も入ってますんで……昨日はすみませんでした」
俺はそう言うと、ラビィに目配せしてトランクケースに収めていたボタのホルダーを差し出させる。
ちなみにレンチ代はお詫びの意味も兼ねて八十ボタ程と、少し割高です。
ダグさんはそれを恐縮しつつ受け取りながらも、ある一点に視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「いえいえいえ!! 気にしなくてよかったんですぜ? ほら、木津さんが来た記念品として飾ってますから」
「……な、なるほど。気に入って頂けたようで……」
ガレージの一角にある金属製の棚にガラスケースが置いてあり、その中に折れたレンチが飾られていた。
しかもご丁寧に目立つ高い位置にケースが置いてあり、人目を惹く事が容易である事が伺える。
野球選手のサインボールみたいな扱いだな。どう答えたらいいか地味に困るわ。
一万ボタが入っているボタのホルダーは某少年ジャンプぐらいの大きさであり、地味に持ち運びが大変だ。
改造されたコインカウンターでそれ等を数えるとなると大変に時間が掛かると予測していたのだが、其処は流石に大金をやり取りする車両を扱っている店、ダグさんは複数のコインカウンターを所持しており、手馴れた様子でボタを流し込んでいく。
その作業を眺めながら、俺は抱えていたM5を差し出すとダグさんに一つ問いかける。
「フルトンさん。このM5の取り付けをお願いしたいんですが、幾ら掛かりますか?」
「お、やっぱりソレを取り付けるんですか?! 実はさっきから気になってはいたんですよ!!けど、あんまりにも自然に軽々と持ってるもんですから、まさかM5を携行武器にしてるのかと思っちゃいましたよ。ははははは!!」
ダグさんはそう言うと豪快に笑い声を上げた。
俺がブルジョアならダグさんの言う通り、M5を携行武器として持ち歩いて『ヒャッハー!!』してもいいかもしれんが、一発二十ボタも掛かるしな。
それにこういう強力な火器は使いすぎると銃身の寿命がマッハで縮まりそうである。あくまで対無人兵器用として使うのがよかろう。そもそもこんな代物を廃墟内で扱えば建物が崩壊しそうだ。
ダグさんの大胆な発想に苦笑を浮かべながら、とりあえず荷台の上にM5を下ろして俺はダグさんに向き直る。
彼はしげしげとM5を眺め、顎を擦りながらニヤリと口角の端を上げた。
「それにしてもM5とは良い武器を選びましたね~。コイツの取り付け作業を依頼するなら通常は千って所ですが……。木津さんは初めて此処へ訪れたってのに、イキナリ大きな買い物をしてくれましからね。オマケとして今回は無料で取り付けますよ!!」
「ほ、本当ですか? 凄く助かりますよ、フルトンさん!! 本当に感謝の言葉もありません」
借金がある俺としてはその好意は素直にありがたく、さらに腰を低くしながら感謝の言葉を述べる。
フルトンさんは後ろ頭を掻きながら満更でもない様子であり、作業は昼までに終えると力強く宣言してくれた。
ボタの確認も終えた所で俺はフルトンさんとまた握手を交わして挨拶を済ませ、そのままガレージを後にする。
テントやらの購入は組合所のショップで済ませようと思い至り、顔を出すとまた注目を浴びてしまった。
その視線をさらりと受け流し、組合五階までのショップをラビィと一緒に見て回り、必要な物を買い揃えていく事にする。
以前クースでは宮木伍長達にスプーン等を借りて食事した経験があるので、そういう箸やスプーン、それに食器や鍋なんかの生活用品も念の為に買い揃えていく。
後は水を貯めておく大きなタンクと、燃料を貯蔵しておく専用のガソリン携行缶も購入した。荒野のど真ん中で燃料切れなんてしたら最悪だからな。
さらにラビィのアドバイスを元に燃料を別の携行缶へ入れ替える時や、車に燃料を注入する時に使う専用のポンプも買った。気化すると危険である。
食料品は適当な缶詰を買い揃えておく。
俺的には激安な豆缶だけで十分だと思っていたのが、俺の栄養バランスを考慮してラビィが多種多様な缶詰を抱えてきたので苦笑してしまった。
とりあえずはどんな缶詰があるかを把握しておく必要もあったので、今回だけはラビィの好きにさせておく事にする。戻すのも面倒だったし。
後、鉄板が仕込まれているブーツ型の安全靴なんかも買った。
前々から思ってたのだが、普通のスニーカーだと流石に耐久性に難があるようなのだ。
これから長期的な探索の日々が始まるのならば、そこ等辺にも気を使っておきたい。勿論、ラビィの分も購入してあげた。
カーテンの切れ端を彼女の足に巻いてあげた時が大分前の事の様に思えてしまって、なんだか懐かしい気分である。
それと新しいローブも購入した。
危うく『ストーム・フィスト』なんて中ニ病ちっくな二つ名に踊らされ、黒いローブを買ってしまいそうになったが、何とか堪えたぜ。
そもそも日差しを防ぐ意味合いもあるのに、熱を吸収する黒なんて買う奴は馬鹿だろうしな。ってか、組合側もそこ等辺を考慮しておけよ。
前が灰色だったので今度は茶色を購入してみた。気分は西部開拓時代やな。ちなみにラビィも茶色を選んだ。
次にインターナルフレームバックパックを購入した。
俺はもう大型のリュックがあるので、これはラビィ用だがな。
彼女もかなりの重量を持ち運べるそうなので、大量の物資がこれで確保できるだろう。大金を稼がないとな。
後は念の為に医療器具も買い揃えておこうと思い至り、専用の店を覗いてみた。
最低ランクの階層なので良い物はないかと思いきや、ある程度の品物は揃えられている。
店員に聞くと高ランク者が利用できるショップでは俺が使用した医療用ナノマシン、後はレーザーメス等の高級品が売ってるらしい。
とりあえず縫合用の糸や針、包帯、消毒液、弾丸を摘出するのに使えそうなメスやピンセント、それ等の器具を消毒する時に使えそうなオイルライター、これ等を買い揃えた。
モルヒネとかは売ってないのかな? 恐らく上の階層では売ってるんだろうが……。
此処には麻酔とかもないし、気合で痛みを我慢しろと組合所からの無言の意思が垣間見えてしまった。悲しいかな、最低ランク。
さーて、俺的には最大の試練が訪れてしまった。それは何かと言うと――ラビィの衣服である。
ラビィの身長は180cm程であり、里津さんは俺より少し背が高いから恐らく175cmくらいだ。
さらには身体的特徴、ぶっちゃけて言うとバストサイズも同じくらいだったので、今までは里津さんの衣服や下着を借りてラビィに着せていた。
だが、これからはラビィを探索に連れて行くと言うのならば、里津さんの衣服を借りたまま行動する訳にもいかん。
そんな訳で俺はラビィを連れて女性用の衣服を売っているショップの一室に向かったのだが、他にも女性客が居て大変に気まずい。
最初はラビィ一人に行かせようかとも思ったのだが、ふと彼女のファッションセンスに興味を惹かれてしまったんだよね。
これは決して乙女の花園に俺が足を踏み入れたかった訳じゃないんだからね。そこは誤解しないで欲しい。俺はブルマを愛する極々普通の紳士である。
女性用の衣服が売っているとは言えど、あくまで組合所に所属する人達向けなので華やかな衣装なんかは売っていない。
フリルが付いてる服や、ワンピースを着ている人なんてヤウラでは滅多に見掛けないし。それどころかスカート類ですら珍しいのだ。
ノーラさんやキリエさん程の余裕がある財力の持ち主や、メイン居住区ではもしかしたらそれ等を着ている女性が多いかもしれんがな。
……少し話がずれたな。
さてはて、そんな訳で組合所のショップではジーンズやタンクトップ等しかなく、特に俺の趣……げふんげふん。 特にコレと言って"女性専用"って感じの品物は見つからない。
今の所、女性同業者からの蔑む視線と引き換えに俺が手に入れた物は皆無に等しい。ちくしょう、等価交換の原則は何処へいった。
ラビィに下着やブラジャーを選ばせている間、開き直ってブラブラと商品棚を見ていると――遂に俺の琴線に触れる素晴らしい一品を見つけてしまった。
それは何かって? 紹介しよう"ショートパンツ"である。
コレを装備する事によってその人が持つ魅力的な肢体や、健康的な一面をこれでもかと主張する素晴らしき装備だ。
男とは言えど、幼少時代にコレを履いていた者も珍しくはないだろう。
しかし、月日が流れるに従って羞恥心と脛毛が芽生えてしまい、何時しか脱ぎ去ってしまうのだ。悲しいね。
そう言えば初めてキリエさんと会った時には、彼女もショートパンツを履いていたな。
つまりだ、俺がコレをラビィに勧めても別に何もおかしい所は無いと言う事だ。
そうと決まれば話は早い。俺は下着を籠に入れて近寄ってきたラビィに向かって、極々自然な感じで商品棚に指を向けて話を振ってみる。
「ラビィ……。これとかどう思う? 動きやすそうじゃないか?」
此処で重要なのは、あくまで探索に向かう上で重要な要素を強調する事だ。
下手に『生足が見たいからコレを履いてくれ』なんて言葉を吐けば、俺はただの変態となってしまう。
ラビィは俺の言葉に従って商品棚に置いてあるショートパンツに視線を向けると、スラスラと語りだした。
「この装備は無駄が多いですね。確かに動き易いと言う特徴は重要ですが、長時間荒野を移動するのならば紫外線から身を守らなければいけません。ラビィに使われている生体パーツは人間のソレと遜色のない特徴がありますので、肌の表面にダメージを負う危険性がございます。裾の長い衣服ならば紫外線もカットできますし、内部に装備を隠せる等のメリットもございますので、他の衣服を選んだ方が何かとお得でしょう」
「……そうだね、その通りだよ。ラビィさんの言う通りですよ、ホンマに……」
冷や水を浴びせられる気分とは正にこの事だろうか。
ラビィは真剣にこれからの事を考えているのに、俺は生脚が見たいなんて愚かな事を考えてしまった。
だけどね、人は夢見る事を忘れてはいけないんだ。理想郷を追い求めるのを止めた時、人生は一気に色褪せてしまうのだから。
そんな事を俺が考えている内にラビィはさっさとジーンズを籠に放り込んだ。嗚呼……無情。
でもまぁ、よくよく考えたら他の野郎共にラビィの肌を見られる危険性もあったし、妥協しておくか。
下手に目立つと、この前みたいに変な輩に絡まれる危険性も高まるだろうしな。とりあえず、そう思う事で心の均衡を保っておこう。
次に俺の衣服も適当に買ったが、特に言う事も無いのでカットだ。
黒いトレンチコートとかも無かったしな、残念だ。あったとしても多分買わないだろうけど。ガイアも俺に輝けと囁いてはいないしな。
さてと、最後はテントや寝袋だな。
最悪、車両の中で寝泊りしても良いだろうが、あまり根を詰めすぎて体調を崩すのも本末転倒である。
それに足を真っ直ぐ伸ばして疲れを取りたいし、睡眠時はできるだけ快適さを保ちたいからな。
最初に寝袋を選び、そのままラビィの分も手に取ろうとしたら彼女に止められてしまった。
まずラビィは寝袋の身を束縛する状態が厄介だと述べ、余程の高気温か低気温でないと自分の機能にも障害が出ないらしく、不必要らしい。
とは言え、寝袋は値段も安いし、何時かその低気温とやらが訪れる日があるかもしれないので、俺はラビィを説得して一応買っておいた。
次はテントだな。流石に最低クラスで購入できるテントだから粗末な物と思いきや、ガレージ型なんかの大物も置いてあった。
だが、其処でまさかの贅沢をする訳にもいかんだろうし、普通にノーマルなドーム型のテントを選んだ。三人くらいなら入れそうなデカさである。
未来なんだからさ、某DBで出てきたホイホイカプ○ルに入ったコテージとか無いのかな?
万が一の可能性として上の階層で売ってたりしないの? もしあるとしたら頑張ってランク上げるんだけど。
そんな事を考えながら雑貨ショップである一室を後にしようとした所で、とある品が俺の目に入り込んだ。
全身を鈍い鉛色で輝かせるその品――それはTハンドル式の軍用シャベルである。
俺は誘蛾灯に誘われるかの様にそのシャベルに吸い寄せられると、手にしていた荷物を床に置いて迷わずソレを手に取った。
「……? 沿矢様?」
ラビィの問い掛けにも答えず、俺は一つ確かめる様にしながら軽く軍用シャベルを振り回してみる。
一通りの使い心地を確かめ終えると、今度は左手にも軍用シャベルを持って感触を確かめておく。
そのまま暫くの時を過ごしていると、レジの店員がカウンターから遠慮がちに俺へ声を掛けてきた。
「あの、お客様。あまり商品にお触れにならない様、深くお願いを申し上げます」
「いや……すみません」
俺はようやく其処で気を取り直し、そのまま立てかけてあった軍用シャベルを全て抱えてレジに向かう。
金属製である軍用シャベルは重さ数キロはありそうだが、俺的には負担を覚える物ではない。
しかし、それが他人にはかなり異質に見えるらしく、レジの店員は軍用シャベルを大量に持ち上げながら近づいてきた俺に怯えの視線を向けている。
俺はそんな店員の様子を尻目に軍用シャベルをカウンターに置くと、高らかに告げた。
「このシャベル、全部買います」
「……お、お買い上げありがとうございます」
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組合所での買い物は無事に終わった。使った金額は総額三千と五百五十ボタと結構な値段だ。
火器や銃弾なんかと比べると安く思えるかもしれないが、これでも結構な額だからな……。
最近は大きな金額を見聞きしているお陰で金銭感覚に狂いが生じている気がする。恐ろしいね。
ちなみに軍用シャベル十個のお値段は三百ボタでした。一個で三十ボタですな。
軍用シャベルに関しては無駄な買い物に見えるかもしれんが、これには深い訳がある。
俺はノーラさんとの戦闘の際、折れた電柱が大変に使い易い事に気付いた。
それに素手でも十分な威力が打ち出せるとは言えど、如何せんリーチの長さに欠点がある。
ただ、この崩壊世界にはロングソードや大剣なんかは無さそうだし、ただの鉄棒にしたって手軽に入手できる物ではない。
そんな訳で俺は今後の近接武器に扱う物を地味に思い悩んでいたのだが、そんな時に軍用シャベルを見かけた次第なのだ。
金属製で丈夫、さらには値段もお手軽となれば、これはもう神が俺に軍用シャベルを使えと囁いているに違いない。
もっと扱いやすい近接武器があれば助かるが、軍用シャベルは値段が安かったからな。お陰で気楽に使い捨てできそうだから中々に良さそうである。
組合所での買い物を終えると、タイミング良くダグさんが指定した約束の昼頃となっていた。
俺とラビィは組合所で購入した大量の物資を抱えながら、鉄の車輪店を目指す。
そのお陰で道中ではこれまた大きな注目を浴びてしまったが、既に俺の心は何も感じていない。慣れって凄いよね。
鉄の車両店に着くと、俺が購入したピックアップトラックがガーレジ正面の表に出ており、M5の取り付けも完了していた。
荷台に取り付けられた銃架、それに装着されているM5の銃身が太陽の光を浴びて鈍く輝きを放ち、道行く人達の注目を集めている。
これが自分の物になるのかと、俺は暫くトラックの前で感慨深い思いでそれを眺めていると、ガレージからダグさんが小走りで出てきた。
彼は誇らしげな笑みを浮かべて額に輝かしい汗を浮かべており、そんな姿が彼がどう熱心に働いたのかを物語っている。
「ご覧の通り、仕事はバッチリと終えました!! 流石に試し撃ちなんぞはできませんので、どうか勘弁して下さいね……」
「あ、あはは……。昨日はマジですみませんでした」
ダグさんは怯えを含んだ視線をチラリとラビィに向けている。トラウマになってないといいが……。
俺はとりあえず手に持った大量の荷物を荷台に下ろし、タグさんに向き直ると腰を曲げて深く頭を下げ感謝の言葉を述べる。
「色々と助かりました。今後も何かと世話になると思いますんで、どうかよろしくお願いします」
「いやぁ!! そう言って貰えると俺も嬉しいですよ!! 是非是非、遠慮せずに何時でも来て下さいね!! 待ってますんで!! はははは!!」
ダグさんはそう言って豪快に笑い声を上げると、俺に鍵を手渡してきた。
手にした鈍い光を放つ鍵は不思議と重く感じ、心中に大きな喜びが浮かび上がってくる。
この車両を今後どう扱うかで俺の運命が決まってくるだろう。大切にしよう。
「あ……!! フルトンさん。タイヤって売ってますか? えーと、それとナットを外す工具とか……。後は荷台に被せるシートとか、ロープなんかもあったら助かります」
「えぇ!! 勿論ございますぜ!! 倉庫からタイヤと交換に使う工具を取り出してくるんで、少し待っててくだせぇ!!」
俺の唐突な注文にも嫌な顔一つ見せず、ダグさんは小走りで倉庫とやらに向かっていった。
これで必要な物資はあらかた揃えたと思うが……大丈夫だよな?
何をするにしたって必要な物が多くてうんざりしそうだが、それを怠ってピンチになると困るのは俺やラビィだ。
そうなると命の危険にも繋がるだろうし、キチンとしておきたい。俺は暖かいベットに寝ながら孫に囲まれて老衰するのが夢だからな。
そんな事を考えていると、ダグさんとビブが商品を抱えて戻って来た。
ビブはスペアのタイヤを二つ抱え、ダグさんはロープや工具を落とさない様に両手で慎重に持っている。
彼等がトラック前に来ると俺はまずビブに一言断ってからタイヤを受け取り、軽々と持ち上げて荷台へと積む。
そんな俺の行動を見てビブがキザに口笛を吹くと、軽い口調で話し掛けてくる。
「へぇ……オーナーがホラ吹いてるかと思ったけど、アンタ凄いんだな」
「はははは、どうも……」
「おいおい、レンチを見せただろうが!! ってか、相手はお客様だぞ!! 口を慎め!!」
「へぃへぃ、じゃあ失礼しますね。お客様」
ビブはそう言うと、俺の近くに立つラビィにウィンクしてから去っていった。
当然と言うとアレだが、ラビィは全く反応してない。これで頬を赤らめたりしてたらお父さんショックだからな。助かったぜ。
「ったくアイツは……。すみませんね。はい、これが大体の工具ですね。まずは車体を持ち上げるジャッキ……あ!! これは必要無かったですかね!?」
「へ? あ、いや……」
ダグさんはジャッキを手にすると何かに気付いたように目を見開き、恥ずかしそうに笑いながら後ろ頭を掻いた。
確かにジャッキは必要無いかもしれない。俺が車両を抱えている間にラビィにタイヤを交換させればいいんだしな。思わぬ節約だ。
とりあえず交換に使うレンチ、ロープや荷台に被せる専用のシート、それとスペアタイヤを二つ購入した。お値段は八百ボタとお手頃な価格で助かる。
代金の支払いを終えると俺はダグさんに感謝の言葉を告げ、ラビィに車の鍵を手渡す。
彼女が運転席に乗り込んだのを確認すると、俺も助手席へ回って遂に内部へ乗り込んだ。
太陽の光を浴びていた所為か中はムンとした熱気が立ち込めていたが、俺はそれすらも何処か新鮮に思えてしまう。
ラビィが鍵を差し込むとエンジンが唸り声を上げ、備え付けられていたエアコンから風が吹き付けてきた。俺はその心地良さに堪らず瞼を細め、静かに息を吐く。次にシートベルトを締めると、ガレージの前へ見送りに出ているダグさんに手を振って挨拶する。するとダグさんも片手を上げてそれに応えてくれた。
「よし、ラビィ。里津さんの家まで一旦帰ろうか。……ゆ、ゆっくりな!!」
「了解しました」
俺が慌てて最後にオーダーを付け加えるとラビィは一つ頷いてギアやクラッチを巧みに操り、アクセルペダルを浅く踏み込んで車両を動かした。
薄汚れた窓から見えるヤウラの町並みはどこか様変わりしている様にも見え、俺は年甲斐も無く心を躍らせてしまう。
ふと、元居た世界で父親と男二人でドライブに出かけた事を思い出したが、その時の光景は何処か色褪せており、上手く思い出せなかった。
この世界に来て一ヶ月近くが経つだろうか?
此処で過ごす日々は激動の毎日であり、一年は過ごしたと言われても俺はすんなりと受け入れてしまいそうだ。
色々と大変な事が続いてはいるが、そんな騒動に何処か慣れ始めている自分の適応力に驚きである。
とりあえずはヤウラ市から請求された借金の返済が早急な課題だろう。
とは言えど、俺にはまだ受け取っていない迫田の賞金がある。
ミシヅは除外するとしてもハタシロやキスク、必要ならば他の街にも赴いて御川さんから貰った討伐証明書を見せればソレを受け取れる。
ヤウラで貰った賞金額が三十万ボタだった事に俺は気を落としてしまったが、よく考えれば"あまり被害を受けていない"ヤウラで三十万なのだ。
他都市を巡れば、もしかしたら百万ぐらいは軽く集まってもおかしくない。そうなってくると随分と楽になる。
当初はどうしようかと焦ってしまったが、こうして考えてみると俺にはまだ打てる手があると分かり、自然と気が抜けてしまった。
備え付けられた車のエアコンが気温を冷やし、ラビィの静かな運転の揺れに眠気を誘われ、気付けば俺はゆっくりと瞼を閉じていた――。
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「送迎トラックの発車日時を変更する? 何故ですか?」
御川 啓は怪訝な声を上げた。
場所は組合所の最上階、ヤウラの組合長が滞在する一室だ。
組合長に用意された部屋は大変に広いのだが中は無駄な物が一切置かれておらず、そのお陰で更に部屋の広さが際立っていた。
今、その一室では大昔に流行ったクラシック音楽が流れており、御川の声を僅かに打ち消してしまう。
しかし、組合長である『ウォルフ・F・ビショップ』は御川の疑問の声を聞き逃してはおらず、乾いた唇を上下に開いた。
「ドノール、クラスク、ブラックベイ、この三つの探索地は前々からミシヅの探索日程と被っていただろう? 今朝早く軍から知らせが届いてな、要らぬ騒動を起こさぬように"配慮しろ"との命令が下った。ベースキャンプ地で互いの軍や、スカベンジャーが顔を合わせると"衝突"がおきかねないとさ。やはりタルスコットを失う事はミシヅには大きな痛手らしくてな、諜報員の情報では奴等は"いきり立っている"らしい。随分と元気な事だ、ワシにもその元気を分けてくれんものかね?」
ウォルフはそう言うと楽しげな笑みを浮かべた。
彼が浮かべている笑みは少年の様に輝かしい物で、御川は大変に機嫌の良い彼の様子に目を白黒させた。
大分皺が目立ってきている年齢とは言え、グレーのスーツに身を包んでいるウォルフの首元からは張りがある筋が覗き見える。
質素な作りの机に両肘を着いて手を組んでいるウォルフの両拳には細かい傷が浮かんでおり、ソレを見る者には長年雨風に曝された岩石の様な印象を抱かせる。
「はぁ……。ですが、ミシヅはタルスコットの行いを知った上でそんな態度を? 随分と調子の良い事ですね……」
御川はそう言うと、僅かに眉を寄せて不快感を露にした。
彼はノーラが起こした不可解な行動を最後まで見届けた一人であり、そんな態度を見せてしまうのも仕方の無い事だろう。
ウォルフは御川の不快感を隠さない憮然とした態度に目を丸くし、静かな笑い声を口から漏らした。
「くく……監視カメラの映像は見たが、あのお嬢ちゃんは随分と"ぶっ飛んでた"よなぁ? 電子制御銃の特徴を生かした、あの戦術にはワシも舌を巻いたよ。もっとも……レイルガンの一撃を受けても無傷だったあの小僧を見た時は、流石のワシも腰を抜かしそうになったがな。……なんて言ったっけか? あの小僧」
ウォルフに言わせれば、Aランクであるノーラ程の凄腕でも"お嬢ちゃん"らしい。
楽しげに告げた言葉に嘲る様な感情の色は混じってはおらず、ノーラの戦術を褒めるウォルフの態度はあくまで飄々とした物だ。
しかし、彼が楽しげな笑みを浮かべていたのは其処までであり、沿矢の事を口にした時には彼の表情は真剣な物に変わっていた。
御川はウォルフに沿矢の事を尋ねられるとゆっくりと瞼を伏せ、今度は言葉に自分の感情を混ぜない様に気をつけながら口を開く。
「木津 沿矢です。彼とは何度か言葉を交わす機会がありましたが、極々普通の少年でした」
淡々とした口調で紡がれたその言葉に可笑しい所は一切無かった。
しかし、ウォルフは御川が告げたその言葉を聞くと堪らずと言った調子で口から息を漏らし、大きな笑い声を上げる。
「はははは!! 戦車を転がす様な奴が普通なわけはあるめぇ!! 御川、お前も冗談が上手くなったなぁ」
「……ありがとうございます」
御川はつい抗議の声を上げようとしたが、結局はそれを諦めて小さく頭を下げた。
暫く笑い声を上げ続けていたウォルフは背筋を伸ばし、ゆっくりと席を立つと窓辺へと近寄って日の光に瞼を細める。
彼が視線を向けた先はノーラと沿矢が死闘を繰り広げた大通りだ。其処に刻まれた"傷跡"は深く、暫く消えそうにない。
ウォルフはその光景を見ながら瞼を細めて口角の端を持ち上げると、満足そうに細かく頷きながら語りだす。
「なんにしても……随分と面白い奴が現れたもんだな。ワシとしては組合所が活気付くんなら大歓迎だ。この街で起きた騒動は荒野に広く知れ渡り、それに誘われて新たな勇士がこの地を訪れるだろう」
そう言葉を漏らしながら、ウォルフはふと既視感に似た感覚を覚えた。
彼は数年前にも今日と似た様な思いを抱いた時があったのだ。あれは確か――。
「キリエ・ラドホルト……。奴が初めて注目を浴びた日か、随分と懐かしいな……」
「……え?」
ウォルフが小さく漏らした言葉を聞きつけて御川が疑問の声を上げたが、ウォルフは軽く手を振ると誤魔化すように茶目っ気な笑みを浮かべて言う。
「別に何でもないさ。それよりも……噂のヒューマノイドが美人ってのは本当か? 監視カメラの映像は少し映りが悪くてなぁ、どうもいかん」
御川はその言葉を聞くと大きく目を見開き、懐から素早くPDAを取り出すと早口で応えた。
「なるほど、分かりました。至急、監視カメラの点検を行う様に部下へ連絡します」
「……御川、オメェは本当に面白い奴だな」
御川の的外れな行動に、歴戦の勇士であるウォルフでさえ呆然とそう言葉を漏らす事しかできなかった。
ようやく装備の調達が終わりました。
個人的にはこういう描写は書いてて楽しいのですが、まさか三万文字近く使うとは思いませんでした。




