表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
50/105

噂の少年



車両の点検や修理を行う店、もしくは車両の販売や買取を行っている店という物は大抵は都市や街の外周近くにあるとの事。

それはヤウラに限った話ではなく、荒れ果てた道路が大半である街中の奥地に店を構えてしまうと必然的に客足が遠のいてしまうかららしい。


それとスカベンジャーやハンターの多くは探索や狩り、さらには迎撃戦に行く時間を短縮する為に外周付近に居を構える輩が多いらしい。

そんな彼らを狙って酒場やレストラン、それに里津さんが経営している銃器店なんかも外周付近に立っている事が多いのだ。

里津さんの店も比較的に外周へ近い土地にあるのだが、彼女に言わせれば『ソコソコの立地』とのお言葉である。


そんな事情もあり、外周付近では同業者達とよくすれ違う事が多いらしい。納得ですな。

里津さんの説明口調は聞きやすく、大変有意義な時間を過ごせている。


そんな事を話しながら外周に出ると早速注目を浴びてしまう。ラビィや里津さんを連れて歩いているからだろうか。

俺がそんな好奇の視線に辟易した思いを抱き始めていると、里津さんが突如として予想外の事を口にした。



「沿矢……。言っとくけど、あいつ等はアンタに興味を抱いてるのよ? そんな仏頂面してないで、手でも振ってみたら?」


「へ? 俺ですか? やっぱりローブを着ないで、Tシャツ一枚で出歩くのは少しアレでしたかね……?」



ちなみに俺の服装はTシャツとジーンズ、腰にベルトポーチとリュックを背負っているだけだ。

つまりは今の俺は大変に薄着なのだが、幸いにも今の所ヤウラの気温はそう寒くはないので助かっている。地味に包帯を巻いてる箇所も暖かいしね。


今度は里津さんの言葉を頭の隅に留め、此方を注視している同業者達をサッと眺めると、確かに彼等の大半が俺を見つめている様な気がする。



「あのねぇ……アンタが壊し屋を仕留めた事も、クースで百式を破壊した事も、タルスコットを退けた事もすっかり知れ渡っててね。一目置かれてるのよ」


「え、えぇ~……? けど、俺のクラスはG-ですよ? 正直、あんまり期待されても困るんですけど……」


「まっ、アンタは期待の新人って訳よ。紅姫だってネームド付きの無人兵器を狩ってきてから初めて注目を浴びだしたのよ? 壊し屋程の大物を仕留めたら当然こうなるわね……っと、着いたわよ」



そんな会話を交わしていると、あっと言う間に目的の場所に辿り着いた。

金網のフェンスの上に鉄条網があり、それにグルリと囲まれる様にして広い駐車場がある。

その広い駐車場には色んな車両が停められており、見栄えの良い場所には客の目を惹く為か戦車や装甲車が置かれたりもしていた。


里津さんを先頭に駐車場の近くにあったガレージへ入ると、中は濃厚なオイルの匂いが充満していた。

それに紛れる様にして僅かに鉄錆の匂いも混じってはいたが、不思議と気にはならない。

中には解体途中の車両があり、その傍に立つ一人の大柄な男いる。彼は火花から顔を守る鉄製のマスクを装着しており、表情は伺えない。

思わずその異様な出で立ちに俺がジロジロと視線を向けていると、その鉄製のマスクの下から陽気な声が響き渡ってきた。



『コイツは珍しい!! 理乃じゃねぇか!! なんだ? 俺の求愛を遂に受け入れてくれる気になったか?』


「ぁ? 馬鹿言ってんじゃないわよ。今日は客として来ただけよ。それと……今度下の名前で呼んだら容赦しないから、覚えてなさい」



里津さんは男の言葉を受けて瞬時に瞼を細めると、苛立ちを隠さずに言葉を吐き出した。

そんな里津さんの脅しを受けても大柄な男は軽く肩を竦めて見せるだけで、反省している様子は無い。



『相変わらずだな、り……里津。にしても客だって? そっちのお二人さんに付き添ってるのか? 面倒臭がりなお前が珍しいな、他人の世話を焼くなんてよ』


「アンタは相変わらず一言が多い奴ね……。まぁ、そうよ、この二人に商品を見せてほしいの。あ、予算は十五万だから、そこん所を考慮してくれない?」



え? そう俺が言葉を漏らす前にラビィが軽く俺の耳元で囁いた。



『沿矢様、恐らくアレは里津の交渉術なのでしょう。今は黙って見守る方がよろしいかと……』



こ、交渉術なのか? 随分と新しい交渉術やな。

相手さんも随分と焦っていると言うか、動揺してるぞ。いや……つまりは上手くいってるって事か?


予算は十五万との言葉を受け、恐らくこの店の主人である大柄な男は唸り声を漏らす。



『んん~……。十五万ねぇ、そういう商品が全く無いって訳じゃねぇが、質もそれ相応の物だぞ? 本当に良いのか?』


「まっ、それを決めるのは此方のお客様よ。ね? 木津 沿矢さん。それでいいですか?」



里津さんは突然に華やかな笑顔を浮かべ、此方を振り向いてそう問いかけてくる。何故か俺のフルネームを呼ぶなど、少し不自然だ。



「さ、里津さん?」



頭でも打ったんですか?! そんな俺の言葉は里津さんの睨みで何とか留める事が出来た。

そのまま恐怖で俺が動きを止めていると、店の主人が唐突に大声上げる。



『木津 沿矢って……壊し屋を仕留めた奴か?! お、おいおい!! マジでこんなガキだったのかよ?!』


「疑うなら右腕を見てみなさいよ。黒い一線があるでしょ? ほら」



そう言うと、里津さんは俺の右腕を掴んで店の主人に見せ付ける様に前に出す。

俺は飼われている畜生の如く里津さんにされるがままであり、大人しく成り行きを見守る事にして沈黙を保ったままである。



『うーむ……確かに噂になっていた黒線があるな。けどよぉ……こんなガキが戦車を転がしたってのは、流石にデマだろ?』



店の主人は何故か噂の本人である俺ではなく、里津さんにそう問いかけた。失礼な奴やな。

里津さんは主人の問い掛けにニッコリと笑顔を浮かべると、近くに落ちていたレンチを拾い上げて俺に手渡してきた。


ん? 何? 何なの突然? これで主人を撲殺しろって事なのかな? 唐突な殺人指示すぎるだろ。格安で車両を手に入れる手段ってこれなの? 格安も何もあったもんじゃねぇよ。


俺がレンチを手にしてそう悩んでいると、またしてもラビィが耳元で囁いてくる。



『沿矢様。このレンチを折るなりして力を証明しろとの、里津の思い付きなのでしょう』


「あ、あぁ~……。成程ね、そうかそうか……ほい」



ラビィの説明を受けて俺は自分の察しの悪さに顔を赤くしつつ、木の棒を折るかの如くレンチを簡単に折って見せた。

レンチを折った瞬間、これがダイヤモンドコーティングでもされており、大変高額な品物である可能性がふと脳裏を過ぎったが、既に後の祭である。

店の主人は大きく後退り、折れたレンチを指差しながら震え声を搾り出す。



『れれれれれ、レンチを折りやがった!? じゃ、じゃあマジでお前……。じゃない、アナタ様が噂のストーム・フィストぉ!?』


「え? す、ストーム? 何ですか、それ……」



俺はとりあえず折れたレンチを地面に置きながら、里津さんを見上げてそう問いかける。

彼女は気まずそうに頬を掻き、視線を彷徨わせながら言葉を搾り出す。



「あ~……何処かの馬鹿がタルスコットを退けたアンタを称えて、そんな二つ名を面白がって付けたらしいのよ。たしか……『鉄の雨をも吹き飛ばす、嵐の拳』ってな感じだったかしら? ゴミ山の件や、タルスコットの二つ名が上手い具合に合わさってね。あっと言う間に広がったみたい。まぁ、組合や市から送られた物じゃないから正式な二つ名じゃないけどね」


「成程……沿矢様に相応しい二つ名です」



ラビィはそう言って俺を褒めるが、此方としては堪った物ではない。


何なのその呼び名は? 治りかけてきていた中二病が疼くじゃないのよ……。

この歳で再発してしまうともはや後戻りはできんぞ。恐らく、不治の病になってしまうだろう。


まずは黒い衣装で身を包んだりしちゃったりなんかして、俺の右腕に埋まる異物が疼いたりしちゃうよ? 悲惨な過去(UFO拉致事件)もあるし、案外いい線いくんじゃない? 今度、鏡の前で自虐的な笑い方の練習でもしてみるか。


俺が早くも二つ名に合わせた今後の立ち振る舞いを思い浮かべていると、ようやく落ち着きを取り戻した店の主人が鉄製のマスクを外した。


浅黒い肌に輝かしい光を放つ汗が幾つか浮かんでおり、此方に向ける黒い瞳には敬意が浮かんでいた。

こんな仕事をしていると蒸れるからか髪は短く切り揃えられており、額に浮かぶ汗と合わさって活発な印象を抱かせる。

歳は想像していたよりも若く見えるが、恐らく三十後半か四十前半ぐらいだろうか?


彼はそのまま腰を低くして此方ににじり寄って来ると、震える掌を差し出して自己紹介して見せる。



「ど、どうも、木津 沿矢様。俺はこの店『鉄の車輪』のオーナー『ダグ・フルトン』です。どうか、今後ともご贔屓に……」


「はぁ……どうも」



俺はダグさんの手を取って軽く握手するも、彼は俺の手を一向に離そうとしない。

その流れに組合所で登録した際に経験した一連の流れを思い出した俺だが、どうやら今度は少し事情が違うらしい。



「うぉぉぉ……有名人と触れ合えるなんて初めての経験だぜ。感動ってのは、こういう時に使う言葉なんだろうな」



ダグさんはそう言うと、握手した手を注視して法悦した表情を浮かべている。


なるほど、A○Bの人達って凄いんだな。

握手しても嫌悪する姿を見せないってのは、相当な努力がいるって事が今にして分かったもん。


思わず俺が鳥肌を立てそのまま身を硬くしていると、ようやく気が済んだのかダグさんが名残惜しそうに手を離した。

次に彼は里津さんに顔を向けると、拳をゆっくりと握り締めながら語りだす。



「里津、感謝するぜ。有名人が俺の品を扱っている事が広まれば、鉄の車輪の名も広く知れ渡るに違いない!!」


「はいはい、それなら半端な代物を用意しない事ね。その有名人がオンボロ車両に乗ってたら台無しよ?」


「う……確かにそうだな。うーん、けど十五万……か。悩ましい所だぜ」


「アンタねぇ……宣伝ってのは商売をする上でとても重要な事なのよ? このチャンスを見逃したらアンタ一生後悔するわよ。断言する」



悩むダグさんに追い討ちする里津さんは、何処か活き活きとしている様に見える。

しかし、やはり十五万と言う予算では流石に無理があるのか、ダグさんの決心は中々決まらない。

だがらと言ってそれは決して悪い反応ではなく、ダグさんも考えを巡らせている様子がよく分かる。


そんな状態が数分続いただろうか、里津さんは突然諦めた様に静かに息を零すと、俺に向かって声を潜めて話し掛けてきた。



『沿矢。悪いけど、少し予算を増やした方がいいみたい。五万ほど吊り上げてもいい?』


『あ、はい。里津さんに任せます。信用してますんで、お好きにどうぞ……』


『……アンタさ、その無防備な所をどうにかしないと何時か痛い目に合うわよ? ったく……』



そう言いつつも、里津さんの頬に僅かな赤みが差している。


どうやら里津さんは思ったよりも照れ屋らしい。

だからと言って可愛い!! なんて事を迂闊に言おうものならば、明日の朝日を浴びる事が不可能になるので大人しく黙っているがな。



「仕方ないわね~……。じゃあさ、私が彼に五万貸すから合わせて二十万でどう? 私の店でも彼はお得意様でね、結構お世話になってるのよ」



お世話になっているのは俺のはずなのだが、里津さんは臆面もなく嘘を言ってのけた。

しかし、里津さんのその言葉が決め手となり、遂にダグさんは決心を固めたみたいである。



「二十万か……。よし分かった!! 俺も男だ、それで手を打とうじゃねぇか!! そうと決まれば話は早い!! 表に来てくれ、商品を見せましょう!!」



彼はその勢いをそのままに、此方の返事を待たずに素早く表へと飛び出して行く。

そのまま彼の後を着いて行って駐車場に出ると、ダグさんは迷いなくとある車両の前へと向かっていく姿が見えた。

彼はその車両の前で足を止めると、此方を振り向いて大手を振る。



「ふーん……。まぁ、悪くはないんじゃない? 武装を取り付けるスペースもあるし、荷物もそれなりに積み込めそうだしね」



ダグさんの後ろにある車両を見て、里津さんがそう言葉を漏らした。

確かに俺も悪くはないと思う。ってか、そもそも車の事なんぞ俺はあまり分からん。


そのままダグさんの下へ辿り着くと、彼は身振り手振りを交えて品物の説明を開始する。



「元はならず者が使用していたテクニカルだったんだが、今はご覧の通り武装は外されている。狙撃で運転手を仕留めたらしくてな、運転席が血で汚れていた以外は綺麗なもんさ。当然、既に血は拭き取ってあるし、新しく取り付けたフロントガラスは防弾にしている。とは言っても精々が5.56mm程度までしか防げない代物だがな。対物ライフルなんぞを使われたら余裕で突き抜けちまうから注意してくだせい」



この世界で生きる人達ってさ、サラッと恐ろしい事を口にするよね。

人死にが出た品物とか普通は売りにださねーぞ、爆弾発言も程々にしてくれよ。


用意された車両の種類はピックアップトラックだろうか?

フロントガラスの上には値段が書かれた鉄板が置いてあり、二十八万と書かれている。


おー、八万も値下げしてくれたのか? これが噂の有名税って奴かな? いや、全然意味が違うか……。


嬉しくも弦さん達が持っていた軽トラより少しデカイが、やはり所々錆が目立つ様な気がする。

幸いにも今は大きな穴なんかはないけど、銃弾なんかは受け止められそうにない。


俺が錆部分を注視していたからか、脇からダグさんが話し掛けてくる。



「必要でしたら装甲板の追加なんかも可能ですよ。まぁ、装甲に使う金属も色んな種類がございますし、それ相応に代金は頂く事にはなりますが……」



ふむ……。まぁ、無人兵器とドンパチを繰り広げる予定は無いからそこら辺は妥協するか。

今は探索地に赴ける手段が欲しいだけだからな。マトモに走れるんならば俺からは特に言う事は無い。


目の前にあるピックアップトラックは2ドアであり、中を覗けば運転席と助手席の後ろに少しだけ物を置くスペースがある。

運転席が左にあるのが俺としては少し気になったが、そもそも運転した事など無いから些細な問題だろう。慣れればどうとでもなるしな。


そのまま静かに車両を眺めていると、唐突にダグさんが思わぬ提案をしてきた。



「よろしかったら、試乗してみますか? その場合は勿論、私も同席させて頂く事になりますし、乗り回す範囲はこの駐車場だけですがね」


「本当ですか? じゃあ……お願いします」



この世界に来てから初めてする大きな買い物だからな。ダグさんの提案は素直に有り難い。

ってか、元の世界でもこんな大金を使った取引なんぞした事ない。新たな初体験という訳だ。


俺は二つ返事でダグさんの提案を受け入れる。

するとダグさんは笑顔を浮かべて頷いてみせると、直に穏やかだった表情を変えた。



「おい!! ビブ!! ガレージからコイツの鍵を持ってきてくれないか!!」



コイツ、と車両を指差しながらダグさんは駐車場の一角で銃を持って立っていた男に叫んだ。

その男はローブを纏ってはおらず、タンクトップの上から防弾ベストを着るという少しアレな格好である。

彼はダグさんの声に気づいて気だるそうに振り向くと、これ見よがしに手に持っていた銃を高く持ち上げながら大声で応えた。



「オーナー!! これが見えますかねぇ? 俺は警備員として雇われてるんであって、アンタの召使いじゃないんですぜ!!」


「うるせぇ!! 年がら年中ボーっと突っ立ってるだけじゃねぇか!! 俺は高い給料払ってんだ!! それくらいの雑務は引き受けろや!!」


「だーかーらぁ!! 此処が平和なのは俺の凄味に負けて、チンピラ達が怯えてるからですよ!! ボーナスをくれたって罰は当たりませんぜ?」


「テメェの頭の悪さに俺の根気が負けそうだよ!! いいから黙って持って来い!! 客を待たせるな!!」



ダグさんが最後に俺達を引き合いに出すと流石にソレは拙いと思ったのだろう、ビブと呼ばれた若い男は態々と肩を竦めてからガレージに向かう。

俺としては今のやり取りをもう少し眺めていたい気分だった。あーいう男同士のやり取りって何か良いよね。


ガレージから鍵を持参したビブが姿を表すと、彼はそのまま小走りで向かって来る。

ダグさんは一言だけ俺達に断ってからビブの元へと向かい、拳を振り上げる様にして何やら説教している様だ。

しかし、それを受けてもビブの顔から笑みは消えず、飄々とした態度を改めない。


結局の所、ダグさんはそんなビブの態度に根負けし、彼から鍵を受け取ると戻って来た。



「いやぁ、すみませんね。あんなんでも居ないよりはマシでしてね。困ったもんですよ」


「まだ案山子に銃でも括り付けて置いた方がマシなんじゃないの? 大体、前の奴は何処行ったのよ? あんな若造じゃなかったわよね?」


「ケビンか? アイツは大分前に酒場で酔って暴れてしまってな、運悪く捕まっちまったよ。普段は物静かだったんだが、酒癖が悪くてなぁ……」


「ふーん……相変わらずアンタは人を見る目がないわね」


「……うるせぇ」



里津さんの辛辣な物言いを受けて、ダグさんは顔を背けると少しばつが悪そうに頬を掻いた。

二人は結構長い付き合いなのだろうか? 何だか少し居心地が悪いな。


ダグさんは何とか気を取り直すと、腰を低くして俺に鍵を手渡してくる。

俺はそれを受け取ると、さらりと流れる様にしてラビィへと持たせた。

ラビィは俺から受け取った鍵をジーッと眺めると、小首を傾げて疑問を口にする。



「沿矢様? これは一体……」


「え? いや、俺ってば運転なんてした事ないし……」



自慢じゃないが、俺はゲーセンにあるレースゲーですらまともに完走した事ないぞ。何時もタイムアップか大破してしまうのだ。

それに見た感じこの車は恐らくはAT車じゃなさそうだし、運転に慣れるまで一苦労しそう。

とりあえず試乗するにはラビィの能力が必要だと判断したのが、拙かったかな?



「もしかして、ラビィにも運転ってできない?」



その言葉を聞き、ラビィが少し眉を動かした事を俺は見逃さなかった。

彼女は心外と言わんばかりに、何時もより少し早口で言葉を吐き出していく。



「いえ、ラビィには軍事関連や一般的な生活知識がインプットされています。車の運転など、ラビィには造作も無い事です」


「さ……流石はラビィだな。俺も鼻が高いよ。ははは……。じゃあ、俺の代わりに試乗を頼むよ。いやぁ、頼もしいよ!! 本当に」



まさかラビィがムッとするとは思わなかった。

俺は内心の驚きを押し殺しながらも、慌てて言葉を紡ぎながら彼女の機嫌を取ろうと試みる。

それはどうやら上手くいったようであり、ラビィは満足気に頷くと微笑を浮かべて了承の意を返してくる。



「了解しました。その任務、ラビィが見事に果たしてご覧に見せましょう」



俺とラビィがそんなやり取りを交わしていると、車両の助手席方面に回りこんでいたダグさんが急かしてきた。



「どっちが乗るか決まったかい? 安心してくれ、ちゃんと車両の配置を考えて試乗用のスペースは確保してるんだ」


「はい、ラビィが乗ります。フルトン、コースを教えてください。完璧に任務をこなす必要がありますので」


「は? え? に、任務? か、変わった嬢ちゃんだな……」



とは言いつつ、フルトンさんの口角の端が僅かに上がったのを俺は見逃さなかった。

どうやら彼はラビィがヒューマノイドと言う噂はまだ聞いてないみたいだな。

恐らく、彼は狭い車両に美人と二人っきりと言う大きな幸運に恵まれたと思っているのだろう。


ラビィとダグさんが車両に乗り込み、俺と里津さんは少し離れて試乗の様子を見守る事にする。

暫く二人が会話を交わしている様子が見えたが、直にエンジンが掛かり、次にタグさんは駐車場を指差しながらコースを説明している。

硬く口を横に結んだラビィは集中するかの様に瞼を細めており、タグさんの説明を聞き入っている様だ。


その説明も終わり、ダグさんが助手席に深く背中を預けてシートベルトを締めた瞬間――車両は急発進した。

幾ら広い駐車場とは言えど、大量の車両が突き詰められて道は狭まっている。しかし、ラビィが走らせる車両は見事にその隙間を縫い走っていく。

俺は突然の事態に呆気に取られ、里津さんは隣で腹を抱えてゲラゲラと大きな笑い声を上げている。


タイヤの摩擦音とダグさんの僅かな悲鳴が聞こえてきていたが、俺にはどうする事もできない。

そのまま車両はグルリと駐車場を一周し、見事にスタート地点へと戻って来た。しかも、発進位置も見事に合わせてある。

発進する前と違う所があるとすれば運転席に居るラビィは満足気な微笑を浮かべ、ダグさんは助手席で大変に憔悴しきっていると言う所であろうか。


ラビィはそのままダグさんに一目も向けずに車両から降りると、小走りで俺に駆け寄って来た。



「沿矢様。試乗が終わりました。ブレーキの反応が少し過敏でしたが、他は概ね良好状態にあります。あの車両ならば、沿矢様のご期待に添える事でしょう」



そう告げたラビィは輝かしい笑みを浮かべており、彼女は自分が起こした行動に一切の疑問を抱いてないようだ。



「……そっか、ご苦労様。ラビィ」


「あっはははははは!! な、ナイスよラビィ!! 最高だわ、アンタ!!」



なんも言えねぇ。

色々とツッコミ所はあったが、俺の言葉が少し足りなかった事がダグさんと言う犠牲を生み出してしまったのである。

そう、ラビィは悪くないんや。悪いのは全部俺なんや……。そう思うしかない。


ラビィを労うと、俺は早足で車両に駆け寄ってダグさんを車両から引き摺りだした。

彼はガクガクと震える手で俺の腕を握り締めながら、何とか地面に自らの両足で立つ事に成功する。



「ど、どうです? 満足頂けましたか? 家の商品は」



ダグさんはそう言って、硬い笑みを浮かべた。

此処で怒鳴り声を上げない辺り、ダグさんは商売人の鑑である。

俺はブンブンと彼に大きく頷きを返すと、ダグさんにピックアップトラックの購入を決めた事を告げる。

此処でダグさんを見捨てて帰ろうものならば、ソイツは人間じゃねぇ。



「ぉ……おお!! 大金を用いた取引を即断即決するとは、流石は噂の大物!! このダグ・フルトン、感服致しました!!」


「ど……どうもです」



俺的にはダグさんの根性に感服してしまったよ。凄い商売根性やな。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






色々とあったが、品物の取引は明日行われる事となった。

俺としても流石にこうも簡単に車両の購入が決まるとは思ってなかったので、ボタを用意してなかったしな。

それにダグさんも俺が購入を決めたトラックに燃料を満タンに入れたり、冷却水の補充なんかの準備もあるらしく、時間を置いた方が有り難いとの事だ。頼もしいね。


借金返済の光明が見え、俺は意気揚々と鉄の車輪店を後にする。

別段やる事も無かったのでそのまま大人しく帰路に就いていると、突然俺達の進路に立ち塞がってきた車両があった。

眉を潜めて後ろに回り込もうとしたら、今度はバッグされてそれを阻止される。

唐突な展開に俺が僅かな苛立ちを募らせていると、今度は運転席の窓が開いて中から馴れ馴れしい口調で声を掛けられた。



「よぉ、お前が壊し屋を仕留めたって言う噂の小僧か?」


「はぁ……そうですけど、俺に何か用ですか?」



もしかしたらサインでも欲しいのかな?


道を塞ぐ車両は戦争映画とかで出てきそうなハンヴィーに似た物であり、銃座なんかも装備されている。

中にはローブを着た男三人が居て、こういうと失礼かもしれないが、全員がニタニタとした下種な笑みを浮かべていた。

俺が迫田を仕留めた事を認めた次の瞬間、恐らく同業者である彼等は大きく笑い声を上げ始める。



「がははははは!! マジかよ!? 一体どんな手段を使ったんだ?! こんな小僧にやられるなんざ、壊し屋も大した事ねぇなぁ!!」


「全くだぜ!! 奴がここ数年行方を眩ましてたのは、恐らく大怪我でもして実力が発揮できなくなってたかだろうな!! かーっ!! そうと知ってれば俺が仕留めてたのによぉ!!」


「だよなぁ!? 運の良い小僧だぜ、全くよぉ!!」



すっげぇ!! まさしく絵に描いた様なチンピラって感じだな。何だかこっちがサイン欲しくなってきたぞ。

まぁでも、こいつ等の知能はこの態度を見ると低そうだし、文字を書けないかもしれんな。


彼等は暫く笑い声を上げ続けて満足したのか、今度はラビィと里津さんを舐め回す様にしながら下心を隠す事無くねちっこい視線を向けている。

そろそろ俺の不快感がMAXに到達しそうな瞬間、彼等は信じられない事を口にしだした。



「おい、姉ちゃん達。こんなションベン臭ぇガキなんざ相手にしてないでよ、俺達と楽しまねぇか?」


「お、ソイツはいい提案だな。こんなガキ相手じゃ満足できてねぇんじゃねぇの?! うはははは!!」


「待て待て、そういう趣味なのかもしれねぇだろ? 彼女達に失礼じゃねぇか。そう笑ってあげるなよ……ククッ」



真昼の街中で起こった突然の出来事に、興味を惹かれたギャラリー達が続々と集まりだしてきてる。

俺は今後こういう不愉快な出来事を味わうのは勘弁だと思い至り、見物人の数が最高数に達したと判断すると目の前の車両の端を無造作に掴んだ。

突然車両に触れた俺に男達が恫喝の声を上げたが、俺はソレを無視して一気に車両を高く持ち上げる。



「なっ!? なに!? ど、どうなってやがる!?」


「う、うわ!! ゆ、揺らすな小僧!! 危ねぇだろう!!」


「ひっ、ひぃぃぃ!!」



そのまま暫く中から声が聞こえなくなるまで車両を高く持ち上げて揺さ振り続ける。慈悲は無い。

中からは男達の悲鳴と弾薬が跳ねる様な金属質な音が合わさり、結構な大音量が通りに響き渡っていた。

勿論、車両が壊れない位には手加減している。また借金が増えても困るしな。


非道かもしれないが、どうにも俺の怪力については未だに広く知れ渡ってないみたいなのだ。

下手に迫田の討伐だけが伝わっても、今回の様に要らぬトラブルを引き寄せるだけである。

今の内に俺の力量を大衆に示しておく事で、今後こういう輩が手出しできない様にしておく必要があると思う。

決して新たな借金で生まれた苛立ちを彼等にぶつけている訳ではなく、そんな俺の先を見通した先見の明があるので勘違いはしない様に。


車両から男達の悲鳴が消え失せ、ギャラリー達の驚愕の声だけが目立ち始めた所を見計らってようやく俺は車両を下ろす。

中を覗くと男達が随分と消耗し切っている姿が見えた。 額に汗を浮かべ、叫び疲れたのか荒く息を吐いている。

一見するとエロゲーの事後みたいな光景だが、それを見せているのはむさ苦しい野郎共だ。

なんて無惨な光景だろうか、酷い有様だね。吐きそうだよ。


奴等が気を取り直しても面倒なので、俺は里津さんとラビィを促してさっさと帰る事にする。

俺がギャラリー達に近づくとモーゼが通るが如く左右に人の波が分かれて道ができ、すんなりと通る事ができてしまった。

彼等の間を通る際には畏怖の目を向けられてしまったが、それが目的なので別に思う所は無い。


今の俺には、何処ぞの主人公達の様に持て余した力で悩んでる暇など無いからな。

既にばれてしまった以上は仕方ないし、遠慮なくフルに怪力を活用してボタを稼いでいく事に集中するしかあるまい。


その後は何のトラブルに遭遇する事は無く、無事に家へ辿り着いた。

まずは居間に腰を落ち着けて俺が一息を吐いていると、忍び笑いを浮かべた里津さんが対面に腰を下ろしてくる。



「くくく……いやーあいつ等の顔は見物だったわね。アンタも大胆な事をするじゃない、面白かったわよ」


「まぁ、下手に弱みを見せてしまうと調子に乗りそうな奴等でしたからね。それに何だか俺の噂って上手く伝わってないみたいですし……。それとも怪力どうこうは噂になってないんですかね?」


「ん~~それか、アンタの怪力に関しては流石にホラ話と思われてるのかもね。生身でHAと同等……もしくはそれ以上の力を持ってるなんて、簡単に受け入れられる奴の方がアレでしょ?」


「……確かにそうですね」



ダグさんもレンチを折って見せて、ようやく信じてくれたしな。

かと言って、表を歩く度にあんな輩にエンカウントしてたら堪ったもんじゃないぞ。

全く、色々と面倒な事が増えてきたな。俺の身が持たんぞい。


これから我が身に降り注ぐ騒動を思い浮かべながら背筋を伸ばして俺が気を抜いていると、里津さんが一つ提案してくる。



「さて、残ったボタは十万ね。車両に重火器を装備するなら家の商品に幾つか候補があるけど……。どうする? 見てみる?」


「ぅえ? でも俺、無人兵器を相手にする気は無いですよ?」



俺がそう言葉を返すと、里津さんは呆れた様に盛大な溜め息を零す。



「ばーか、相手は無人"兵器"なのよ? 相手にしないで済むならどんなに楽ができるやら……。逃げに徹しても逃げ切れる可能性は精々、五分五分もあればいい所ね。それに人目が及んでいない荒野では、ならず者達に襲われる事も珍しくないわ。無人兵器ばかりに気を取られてると、痛い目を見るわよ」


「沿矢様、確かに荒野を横断する際には強力な火器の所持が必要と思います。以前、クースからヤウラに帰還する道中でも岩陰一つ見掛けなかったですし、撃ち合いになったら遮蔽物に身を隠す事もできません。それにタイヤの跡が残ってしまう砂地では逃げ切る事も難しいでしょう」



里津さんの言葉に賛同し、珍しくラビィも俺に意見を進言してきた。

俺としても里津さんの説明を受け、自分の考えの無さに呆れが浮かぶ思いである。

それに火器の目利きに関しても俺はずぶの素人であるし、里津さんの商品を『素晴らしいと』表していたラビィの言葉もあった。

此処は大人しく里津さんの店で装備を整えるべきだろうな。俺としても彼女に恩を返したい思いもあるし、此処でボタを消費すれば一石二鳥である。



「分かりました。じゃあ、商品を見てみます」


「ふふん、家は良い物が揃ってるわよ。楽しみにしてなさい」



そう言って得意げな笑みを浮かべている里津さんの姿は珍しい。武鮫を作ってくれた時以来かな?

思わぬレアショットに俺は懐かしい気持ちを抱きながら、居間から移動して店へと移動する。


店内は閉店しているので、ゆっくりと気兼ねなく品物を見る事が出来た。

俺が火器を指差して説明を求めると、里津さんは楽しげな口調でスラスラと説明を開始してくれる。

ラビィは俺に付き添いながらも、気になった商品を手に持って注意深く確認していた。


車両に取り付ける装備となると当然ながら高火力であり、それに比例してどれも高額な代物だ。

搭載できる装備をあまり重くしすぎても燃料を無駄に消費するだけなので、上手く折り合いを付ける必要があるだろう。

そのまま暫く俺も頭を悩ませていたのだが、どうにも決める事が出来ない。


このままではいかんと思い至り、俺はとりあえず火器の知識が豊富そうなラビィに意見を求めてみた。



「なぁ、ラビィはどれが良いと思う? ラビィも同行するんだしさ、意見があるなら遠慮なく言ってくれ」



俺がそう問いかけるとラビィは手に持った商品の銃器から瞬時に目を離し、大きく目を見開きながら呆然とした口調で答えた。



「沿矢様……。ラビィが、探索にお供してもよろしいのですか?」


「ぅえ? いや、もうラビィの事はバレちゃったしね。だからもうラビィの事を隠してても仕方ないし。それに俺一人だと色々と苦労すると思うしな……」



ってか組合所に自ら着いて来たもんだから、そこら辺は理解してると思ってたのだけれども……。どうやらそうではなかったみたいだな。


ラビィはゆっくりと銃器を商品棚に戻して俺に向き直ると、柔らかな微笑を浮かべて口を開く。



「沿矢様。貴方様の御身を守れるのならば、それ以上の喜びはありません。ラビィは嬉しく思います」


「そ、そうなん? ありがとね……」



何処までも真っ直ぐなラビィの言葉に俺は頬を赤くしながら感謝の言葉を述べた。

そんな俺の様子を横目で見ながら、里津さんはニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべている。


なんとも正反対な二人やな。光と影かよ。表裏一体なの? 二人はプリキ○アなの?


俺が何処かむず痒い感覚を覚えていると、ラビィはとある重火器に手を置いた。



「沿矢様、このM5重機関銃が扱いやすいと思われます。これは車両搭載火器としても高い水準がありますし、ラビィと沿矢様が扱うのならば取り外して携行する事も可能です。それにこの銃はとても精度が高く、扱い様によっては狙撃銃の代わりにもできます。これ一つを所持するだけで、色々と対応の幅が広がるとラビィは進言しましょう」



流石はラビィさんやな。分かりやすい説明だぜ。

M5とやらはまさしく重火器って感じで凄く重厚だし、銃身も本体のデカさに比例して長い。

確かに使い様によっては狙撃に使う事も可能に見える。銃の知識に乏しい俺はともかくとして、火器に詳しいラビィにはそれが可能だろうな。


そんな推測をしながらも俺はラビィが手を置いているM5に視線を合わせ、しげしげと眺めながら里津さんに値段を聞く。



「成程な……。里津さん、コレって幾らするんですか?」


「M5なら七千五百って所かしらね? 三脚やらスコープはまた別の商品としてあるわ。まぁ、そもそも三脚はアンタ達には必要ないかしら? コレに使用する弾薬の種類は12.7x99mm弾で、M5に装填する弾帯は百発分が連なっているわ。ちなみに弾帯の値段は二千ボタ掛かるからね? 注意しなさい」



い、一発撃つごとに二十ボタを消費する事になるのか? 分かりやすく言うと焼き芋六個である。

とは言え、レイルガンに比べたら安い方なのかね? あっちは弾代だけじゃなく、コンデンサーへの充電代も要るみたいだし。

かなり高いとは思うが、コレで無人兵器を仕留めたら大きな収入が得られるんだし、妥当と言った所だろうか?


それに此処でケチっても仕方ないし、ラビィの進言もある。

俺は少し悩んだがM5の購入を決め、ついでに弾帯も三つほど購入しておいた。つまりは三百発分だな。

ちなみにDFの弾であるDE弾も購入したのだが、こちらは一箱三十発入りで百五十ボタであった。一発五ボタか、焼き芋一つやな。

DE弾は五箱を購入して七百五十ボタを消費した。ついでに予備のマガジンも三つほど購入したのだが、此方は一つ二十ボタであり、計六十ボタの消費である。


ノーラさんとの戦闘では弾不足とリロードのタイミングで悩んだからな……。同じ徹を踏むのは御免だ。

こうやって人間と言う存在は成長していくのだろう。それに俺ってば成長期だしな。あまりに壮絶な体験ばかりを経験していると、その内に神を凌駕するやもしれん。楽しみだな。


そんな未来予想図を思い浮かべながら選んだ品物をカウンターに運び終えると、ふとある事に俺は気付いてラビィに話し掛けた。



「ラビィ。さっき言った通り、今後はラビィも探索に着いて来てもらう。だからさ、必要な装備があるなら今の内に言ってくれ」



ラビィはその言葉を受けると、またもや驚きで大きく目を見開いた。

しかし、今度はそれを見せたのは一瞬であり、彼女は直に気を取り戻すと一つの火器を素早く手に取った。



「でしたら、コレを要求します。屋内の戦闘では瞬間的な高火力で相手を圧倒する必要がございますので」


「Y-M20か、良いんじゃない? 下取りで手に入れた品物なんだけどさ、それってプラントで作られた物なのよ。値段は千五百。弾は12ゲージが一箱二十発入りで、百六十ボタで提供するわ」



ラビィが手に持ったのはポンプアクション式のショットガンである。

彼女はクリスマスプレゼントを貰った子供の様にY-M20を胸に抱いており、大層お気に召している感じだ。

俺はラビィのそんな態度に微笑ましい思いを抱きつつ、それの購入も即決して見せた。

当然ながら、12ゲージとやらもとりあえず五箱ほど購入する。


うーむ、孫にプレゼントを贈るお爺さんの気持ちってこんな感じだろうか? 満足感に似た思いが心中に渦巻いているぞ。


気付けば俺は防弾ベストの棚を眺めながら、自然とラビィに問いかけていた。



「ラビィ、防弾ベストは要らないのか?」


「……? 私は生身でもある程度の銃撃は耐えられます。それにもし生体パーツやフレームが損傷しても、内蔵された極小機械群が修復してくれますので」



ラビィは小首を傾げながら不思議そうに答えてみせる。

俺はそんな彼女の様子に苦笑を浮かべながら言葉を返す。



「だとしても、そのナノマシンだって消耗しちゃうんだろ? それなら代えが効かないナノマシンよりも、代えが効く防弾ベストを使用してダメージを最小限に抑えた方がいいじゃないか」


「成程……沿矢様のお考えには一理あります。流石です、マスター」



ラビィはそう言って俺を褒めたが、実は俺が彼女に防弾ベストを勧めた理由はそれだけではない。

幾ら機械とは言えど、ラビィがそのまま銃弾に晒されるのは大変に胸が痛むからな。

そんな言葉を口にしよう物ならば、また里津さんに笑われそうだから言わないけどさ。恥ずかしいし。


ラビィにはグレードⅢの防弾ベストを見繕い、中に仕込む合金プレートはセラミックを選んだ。

当然ながら前面と背面に仕込む分を購入したのだが、お値段は全部で三千ボタと思ったより安く済む。


選んだ装備をカウンターに運び、俺が一息を吐いていると里津さんがまたもや進言してくる。



「沿矢。アンタDFを愛用するのも良いけど、小銃の一つでも買ったら? 遠距離戦で苦労するわよ」


「……何だかこうして装備を整えてみると必要な物が多いですね。小銃なぁ……お勧めってあります?」


「そうね……YF-6なんてどう? これは上級探索地に赴く送迎班の正式装備でね。LG型やCG型にも対抗できる様、Y6に改良が加えられてるの。装着できるアクセサリーも結構あるし、使い勝手も良いと思うわよ」



里津さんはYF-6とやらを手にしてそう勧めてきた。

そもそも俺には『Y6』とやらが何なのか分からんが、里津さんが勧めてくるのなら良い武器なんだろう。

俺はYF-6を里津さんから受け取り、感触を確かめる。

YF-6には筒状のスコープが標準装備されており、中を覗き込むと中心に赤い点が映っているのが分かった。


確か……これはドットサイトって言う代物だっけか? FPSゲームでは結構使い易い印象だったが、どうだろうな。



「じゃあ、これを二丁お願いします。ラビィにも装備させたいですし……」


「ん……二丁で四千ボタで、弾薬は7.62x51mmが弾薬箱に百発入った状態で九百ボタよ。マガジンは一個で五十ボタだけど、どうする?」


「えーと、弾薬箱を十とマガジンを十六でお願いします。待望のメインアームですしね、大量に持っておきたいです」


「おーけー、毎度あり」



里津さんと協力し合ってYF-6やら、弾薬箱などをカウンターに運ぶ。

今度こそ全て終わっただろう思いきや、里津さんはまたもやサラリと必要装備を告げる。



「それで? マガジンを収容する入れ物は買わないの? アンタやラビィが持ってる防弾ベストはPALSを採用してるから、それ専用のポーチや増設用のパウチなんかも置いてるわよ」


「…………じゃあ、それも下さい」



PALSとやらはさっぱりだが、それがお得な機能らしい。

一々リュックを下ろして物資を収納している暇が確保できない場合もありそうなので、とりあえずは細かい物資を素早く収納可能なポーチを四つと、マガジンを入れておくパウチ十個を購入した。


ポーチは一つ五十ボタで、四つ購入したから二百ボタ。パウチは一つ三十ボタで、十個を購入したから三百ボタ。合わせて五百ボタの消費である。


ふーこれで他に買う物は……あるわ。

そうだよ、ラビィと二人っきりで探索に向かうのならばテントなんかも自前で用意する必要があるのだ。

水や食料の用意も当然ながら必要だし、まだまだ時間とボタが掛かりそうである。


しかし、外は大分暗くなってきていたので、とりあえず今日の所は火器や弾薬の購入で終える事にする。

ポイントマイナスの説明で落ち込んだり、車両の購入で出歩いたり、変な奴等に絡まれたりと結構疲れたからな……。


ちなみに火器や弾薬のお値段は総額三万三千と九百十ボタである。

これから長く自分達の身を守る装備だし、コレくらいの消費は当然の物だろう。


そうなると俺の残りの所持金額は今日受け取った三十万と元々持っていた七百七十ボタと、里津さんがラビィに用意した給料の千ボタを合わせると三十万と千七百七十ボタ。


そこから今日購入した装備の代金を引くと、二十六万と七千八百六十ボタとなる。


そして既に車両購入代の二十万を差し引いて考えると、俺の所持残金は六万と七千、細かい金額は八百六十ボタとなる訳だ。

食料やテントやらの購入でさらに資金は減るとは思うが、恐らく五万を下回る事は無いだろう。

それだけの手持ちが残れば何らかの緊急事態に遭遇しても対処できると思うし、心に余裕が湧くと言う物だ。


その後は今日の午後を丸々消費し、ラビィと一緒になって購入した装備の点検をした。

防弾ベストにポーチやパウチを装着したり、マガジンに弾を込めたりして長い時間を過ごす事となる。

そんな面白味の無い作業にも関わらず珍しくも終始ラビィはご機嫌の様子であり、最後まで微笑を絶やさなかった。


やっぱり火器が好きなのかな? 俺としてもラビィが嬉しいのならば喜ばしい思いである。

ちなみに俺の防弾ベストはレイルガンの攻撃を受けた所為で中心に穴が開いているので、ポーチやパウチを付けるスペースが少なくなっている。

とは言え、折角のグレードⅤの防弾ベストなので長く使っていこうと思う。ノーラさんとの戦いでも大きな助けとなってたしね。


来るべき長い探索の日々に備え、夕食を摂ると俺はすぐさま寝床に潜り込んだ。

怪我は大分治ってきてはいるが、偶に熱を持っている様な気がする。

玄甲で世話になった医者に言わせるとソレは治ってきている証拠らしいが、俺としては何だか落ち着かない思いだ。


しかし、やはり久々に体を動かした事で蓄積された疲れは結構あったらしく、気付けば俺の意識は闇に包まれていた――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ