閑話 かくして、少年は表舞台に躍り出た
連続更新分です、注意して下さい。
「上手く行きましたね、武市大尉。ビルの高さも合わせるとおよそ七百メートル近くあったってのに、よく弾を届かせたもんですよ」
宮木 誠一は双眼鏡から目を放すと、近くで未だにレイルガンを構え続けている武市 詩江にそう語り掛けた。
武市はそこでようやく気を取り直したかの様に一瞬体を揺らし、窓辺からレイルガンを下ろすと宮木伍長へ小さく返事を返す。
「あぁ……。だが、こんなのは大した事ではないだろう? "彼"に比べれば……な」
武市は遠く大通りに居る傷だらけの沿矢へと視線を合わせたまま、動こうとはしない。
宮木伍長と武市大尉。
この両名が大通りを見渡せる建物の最上階に辿り着いた時、二人は驚きの光景を目にした。
当然の事、その光景とは戦車を押し出して大通りを駆ける沿矢の姿だ。
挙句、彼は最後には戦車を"蹴って"攻撃に出る始末。
宮木の驚きは当然の事、武市とて白昼夢を見たのかと戸惑う様な信じられない光景だった。
その後は何とか二人は気を取り戻し、レイルガンを構えて狙撃のチャンスを待った。
当初の予定ではノーラ・タルスコットが戦闘を終えた際、解除装置のスイッチを押す動きを見せ無ければ狙撃する筈だった。
しかし、武市の予想とは裏腹に戦闘の模様は一進一退を繰り返し、接戦を繰り広げていたのである。
最後は惜しくも沿矢が押されてしまい、危うかったが――気付けば武市は沿矢を助ける為にレイルガンの引き金を引いていたのだ。
結果的にその判断は功を成したとは言え、武市の心中には苦い思いが広がっている。
それもそのはず、彼女は結局ノーラへの攻撃を外してしまったのだ。
沿矢が狙撃で生まれた隙を上手く生かしてノーラに攻撃を加える事が出来ず、そのまま殺されてしまっていたならば、武市の行為はノーラの要求に逆らった事となってしまい、解除装置を壊されていたのだ。
――ヤウラを守る事。それがこの街の軍人である自分の役割であり、信条でもあったはずなのに……。
武市はそう自身の行為を恥じると同時に、唇を強く噛み締めた。
宮木はそんな武市の様子を横目で暫く見ていたのだが、突如として彼はこれ見よがしに大きく溜め息を零すと――そのまま武市の後ろ頭を強く叩いた。
突然頭を叩かれた武市は怒声を上げる事もできず、ただ瞼を素早く瞬かせながら宮木を注視する事しかできないでいる。
覚悟を決めるかのように宮木は大きく息を吸い、武市を怒鳴りつけた。
「武市ぃ!! 今更クヨクヨすんじゃねぇ!! どうせ生真面目なお前の事だから『自分は軍人失格だ』とか考えてるんだろうが……。そんなの今更だろうが!! お前が俺の部隊に居た時には何回命令違反をした?! 俺は覚えてるぞ!! 六十七回だ!! 六十七回!! 大体、今回だってクースに向かったりして色々やらかしただろうが!! それを今更後悔しようったってなぁ、付き合わされた俺が許さねぇぞ!! 分かったかぁ!?」
「み、宮木伍長。私はただ……」
武市がおずおずと口を開こうとするが、宮木はそれを遮ってまた雷を落とす。
「分かったかと俺は聞いているんだ!! 武市!! 返事は『はい』だ!! こんなの……軍に入って最初に習う事だろうが!!」
そこでようやく武市は自分が宮木に励まされている事に気付き、小さく笑みを浮かべた。
彼女はそのまま頷いて見せると、送迎班に居た頃の様に力強く返事をしてみせる。
「はい、伍長!! ――だが、上官を呼び捨てにした挙句手を上げるとは良い度胸だ。上官に無礼な態度を取ってはいけないとは、軍では習わなかったのか?」
「……散々無茶に付き合わされたんだ。これくらい……見逃してくださいよ」
威勢よく啖呵を切っていた宮木は最後にしおらしくそう言って、武市から視線を逸らす。
それを見て、思わず武市は大きく笑い声を上げたのだった――。
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玄甲内にある会議室。
月に一度だけ交わされる意見の交換や報告等で賑わいを見せるはずのその場所だが、緊急事態によって今月に入ってから二度目の賑わいを見せていた。
集った面々も豪華な顔ぶれであり、主だった将達や玄甲の最高司令官であるコガ元帥は勿論の事だが、なんと今回はヤウラ現市長『宮本 栄一郎』も出席している。
市長である宮本は当然ながらヤウラ軍の最高司令官の位置付けであるものの、会議には出席はせず、軍の行動にも基本的に口を挟む事は無かった。
しかし、今回ノーラが起こした爆弾騒ぎには流石の宮本も重い腰を上げ、こうして会議室に自ら足を運んで会議に参加している。
宮本の髪は黒く染まっていたのだが、顔には所々に皺が目立っている。
髪を染めている事は一目瞭然であるものの、当然ながら誰もそれを指摘しようとはしない。
宮本は瞼を細めて漆黒の瞳を僅かに覗かせながら、口角の両端を上げて笑みを形作っている。
一見すると穏やかな笑みだが、会議室に居る面々はソレが偽りである事を知っていた。
人数が揃ったはずなのだが、誰も口火を切ろうとせずに暫く重たい沈黙が会議室に流れてしまう。
しかし、何時までもそうしてはいられまいと、ようやくコガ元帥が静かに口を開いた。
「さて……外居住区で起きていた事態は一応の収束を見せ、憲兵隊にはタルスコットが仕掛けていた爆弾の捜索を命令した。タルスコットは今、組合所で手術を受けており、生存するかどうかの見通しはまだ出ない様だ。ようやくだが、此処で本題に入ろう……彼女が一命を取り止めた場合、我々は彼女にどう対処すればいいのだろう? 皆の意見を聞かせてくれ」
そう、今のヤウラが直面している問題はタルスコットの処遇についてだ。
彼女は確かに罪を犯したが、他都市の組合所に所属するハンターである。
当然の事だがヤウラとて他都市から来たハンターやスカベンジャーが何らかの問題を起こした時は、問答無用でヤウラの法に照らし合わせて厳粛に罰を言い渡してきた。
それには他都市の組合所も素直に受け入れ、事件の真相を追究してくる事はあっても、処罰に対して意義を申し立てる事は無かった。
しかし、今回の様な大事件を他都市に所属する"大物"が起こした事はヤウラでは前代未聞の出来事であり、どう対処して良いのか頭を悩ませているのだ。
とりあえずは対応を決めるまではタルスコットの命を繋ぐ事を最優先として命令を下し、今後どうするかで緊急の会議が開かれたのである。
コガ元帥がそう意見を求めると、ようやく各々が続けて意見を述べてくる。
「やはり、まずはタルスコットが起こした事件の詳細をミシヅに伝え、反応を伺うしかないのでは? 無断で牢に入れてしまい、ミシヅの反感を買ってもいかんでしょうし……」
中佐の階級章を付けた男がそう言うと、隣に座っていた大佐が驚きの声を上げる。
「貴様……何を言うか!? 反感を買うだと!? そんな事を気にしている場合ではない!! 我々の都市が攻撃を受けたのだぞ!? 今すぐに軍をミシヅに差し向け、先制攻撃を浴びせても良い位だ!! 勿論、そんな暴力的な手段は取る訳にはいくまいが……。賠償金を要求するぐらいの強気な態度は見せた方が良いに決まってる!! ここで弱腰な姿勢を見せるとミシヅに舐められ、付け入る隙を与えてしまう可能性が高い!!」
大佐はそう大声で自分の主張を述べて会議室にぐるりと視線を一周させると、幾人かが賛同するかの様に僅かに首を縦に振った。
しかし、それに反感を覚えた者も居て、大佐に向かって何処からか反論の声が飛んでくる。
「そう言うのは簡単ですが、素直にミシヅがそれに従いますかな? 悪戯に敵対心を見せてしまうと無駄に相手の反骨心を呼び覚ましてしまい、交渉が頓挫する恐れがある」
「ですな……。今はタルスコットの回復を最優先とし、彼女から詳しく事情を聞いた上で判断を下してもよいのでは? まぁ、彼女が生き延びればの話ではありますが……」
誰が述べたかも分からぬその提案に、これまた幾人かが首を縦に振って見せる。
気付けば会議室の面々は物事を悪戯に荒立てない様にとする穏便派と、賠償金の請求や物資の要求を主とした過激派に分かれてしまった。
そんな議論が起きてしまう程に、ノーラが背負うAランクと言う"重み"は重要視されているのだ。
高ランクであると言う事はそれ相応の実力を所持している証であり、所属している街に多大な貢献をした証明でもある。
しかもノーラは二つ名を送られた程の勇士、その働きぶりは勇猛果敢な物だったのだろう。
故に一人一人が述べるノーラの処遇に関する意見は多少の違いはあれど、どれも真剣さを帯びている。
会議室に居る面々が交わす言葉には次第に熱が籠もり、徐々に怒声も飛び交う程になってきていた。
ヒートアップした余り、思わず椅子から腰を上げて口上を述べる者すら現れ始めた所で――遂に宮本が口を開く。
「"そんな事"より、私は面白い話を聞いたんだが……。生身で戦車を転がす様な少年が居たって……本当かな?」
にっこりと笑みを浮かべながら、宮本はそう言って会議室を見渡した。
突然変わった話題に誰もが気勢を挫かれ、口を閉ざしてしまう。
しかし、今まで白けた様な視線を浮かべ、硬く口を閉じて会議の様子を伺っていた剛塚 茂道大佐は、宮本のその言葉を聞くとパッと表情を輝かせ、余った顎の肉を揺らしながら大きな声を上げて見せた。
「それです!! いや、流石は市長殿!! 私もその件に強く興味を惹かれていたのですよ!! "生身"でHAに匹敵する……。いや、もしくは超えている力を有する者の存在。もしその件が本当だとするならば――"箱"の攻略に光明が差した事になるのですから!!」
剛塚大佐が放ったその言葉を聞くと、慌てて椅子から腰を上げて驚きの声を上げた者が居た。
「箱だと!? 剛塚大佐、貴方は突然何を言い出すのだ!! 箱の攻略は私に一任されている件ではないか!! もうすぐ第五期生の訓練も終わり、彼等を箱へ送り込む日程すら決まりつつある時期なのだぞ!? 唐突に横から口を出されても困るのだよ!!」
そう大声を上げ、顔を赤黒く染め上げているのは『ゴルトバ・ハーブレン』だ。
彼の首元には少将の階級章が縫い付けられてあり、軍服の胸元には幾つも煌びやかな光を放つ勲章が飾られている。
ゴルトバの白髪は短く綺麗に整えられていて、怒りで細められた瞼から覗く茶色い瞳は鋭い眼光を放っていた。
彼が着ている軍服は張りを見せており、その下には鍛えられた肉体がある事が伺える。
階級は勿論の事上であり、さらには頭一つ分は身長の高いゴルトバ少将に高みから睨みつけられても、剛塚大佐は椅子に悠然と腰を落ち着けたまま返答する。
「そして――"また"死なせるのですか? 第五期生までも箱に送り込んでしまうと、遂に死者の数が三桁に達してしまうのでは? それとも……既にそうなっていましたか? いやはや、だとしたらスミマセン。無神経な事を口にしてしまったと、心の底からお詫びを申し上げます」
「剛塚……。貴様、そんな態度を見せて無事に済むと思っているのか?」
ゴルトバ少将は怒気を孕ませた声を隠す事無く唸る様に発し、剛塚大佐を真っ直ぐ睨み付けた。
一触即発の空気が漂う中では誰もが息を飲んでしまったが、魅竹 照准将はそうはならず、大きく一喝して険悪な雰囲気を纏い始めた両名に落ち着きを促した。
「――落ち着かれよ!! 二人とも、そこでお戯れをお止め下さい。今は争っている場合ではないのです。その少年に関しては既に元帥閣下が手を打っておられる。その少年の治療が済み次第、事情を聞く為に玄甲へ連行する様に組合所へ通達したのだ。そもそも……その少年が戦車をどうこうしたと言う話の真偽はあやふやなのですぞ? どうか、その事を忘れずに……いいですな?」
魅竹准将は最後にそう静かな口調で話を締めた。
その口振りに剛塚とゴルトバの両名はすっかり毒気を抜かれてしまい、唇を真っ直ぐ横に硬く結んで口を閉ざしてしまう。
会議室をしばし沈黙が包んでいたが、突如として乾いた音がゆっくりと響き渡る。
両手を叩き合せ、拍手を起こしているのは宮本だった。
彼は自身に注目が集まった事に満足そうな笑みを浮かべると、魅竹准将に語りかけ始める。
「いや、お手を煩わせてすまなかったね、准将。私はただ、話題を変えて皆の堅い雰囲気を解したかっただけなんだよ」
「いえ……市長のそのお心遣いには頭が下がる思いであります。どうか、お気になさらずに」
魅竹は深く頭を下げ、そう言葉を返した。
宮本はそれに一つ頷きを返すと、ピンと一つ指を立てて提案して見せる。
「とりあえず、だ。我々が何らかの判断を下すにしても、今はあまりにも情報が少なすぎる。その犯人も今は尋問はできないみたいだしね。まずは組合所で事態に遭遇した者達や、玄甲に来る少年から事情を聞いて情報を集める事を最優先としてくれたまえ」
「はっ……。しかし、この街にはミシヅから来た諜報員が少なからずいます。故に遠からず、その者達を通してミシヅへと、タルスコットを我々が捕らえている事が伝わってしまうでしょう」
コガ元帥がそう言葉を返すと、宮本は椅子から腰を上げながらそれに答える。
「そうなのかい? じゃあ――伝える手間が省けて助かるね。安心したまえ、元帥。我々はあくまで被害者だよ? ミシヅも強くは言ってこれないさ。それじゃあ……後は任せていいかい?」
「し、市長、もう戻られるので?」
席を立った宮本に一人が思わずと言った口調でそう声を掛けると、宮本はスーツの襟を正しながら返事をした。
「うん。私はこの後、外居住区で何が起きたかを市民に伝える仕事があるからね。君達も、自分の仕事を全うしてくれたまえ……それじゃ」
宮本はスタスタと迷い無く足を動かして会議室の入り口に辿り着くと、背後を振り返って軽く片手を上げて会議室の面々に別れの挨拶を見せた。
唖然としている将兵達の様子は視界に入ったであろうに、宮本はソレを気にも留めずに会議室から抜け出していってしまう。
――はぁ……。
誰が零したかは知らぬが、大きく会議室に響き渡ったその一つの溜め息が全員の心情を見事に表していた。
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「じーじぃ……どう? もう爆発してない?」
志菜木 弓はリビングにあるテーブルの下からベランダに立つ弦にそう問いかけた。
弦はソレには口で答えず、少し待てと言わんばかりに背後に右手を向け、左手で構えた双眼鏡から顔を離さない。
彼等が今居る場所は自宅のマンションだ。
そのマンションは外居住区にあるものの玄甲の近くに建っており、そのお陰か外壁などに目立った損傷は見られない。
弦と弓が購入したマンションの一室は最上階の七階にあり、周囲の様子を一望できるのだ。
少し前に、組合所の近くを過ぎった眩い光は雷光などではなく――。
「レイルガン……か? ふむ、軍が動いたか」
あの光が見えた後、街中の彼方此方で起きていた爆発がようやく止んだ
レイルガンを街中で扱うなど、軍の許可が下りないと許されない行為である。
つまり先程のレイルガンの光は、軍が何らかの"対処"をした時に発せられた物である可能性が高い。
弦はそう推測をしながら、そこでようやく双眼鏡を目元から放す。
背後を振り返れば可愛い孫娘がテーブルの下へと体を小さくして潜り込んでいる姿が見え、弦は思わず苦笑を浮かべる。
「弓よ、オメェまだ雷が苦手なのか? 小さい頃から全然変わらんな、オメェは……」
弦は部屋へと戻りながら呆れた口ぶりでそう弓に語りかけた。
しかし、辛辣に発した言葉とは裏腹に彼の瞳には暖かな優しさが浮かんでおり、彼の深い愛情が覗き見える。
弓はそんな弦の様子に気付かず、唇を可愛く尖らせながらようやくテーブルの下からゆっくりと抜け出してくる。
「仕方ないじゃん、怖いんだもん……。雷が落ちてきたらどうしようもないじゃんかぁ……。本当はこのマンションの最上階を買うなんて嫌だったんだよ? けど弦爺が勝手に話を進めちゃうしさ~~」
ブーブーと不満を垂れ零しながら、弓は以前にも言い争う原因となった件をまた口にした。
流石に今度はそれに付き合うのは御免だと、弦は弓からさっと視線を外しながら話題を変える。
「それより、どうする? 街中で何が起こったかを、組合所に行って調べてみねぇか? PDAには何の連絡も入らんし、情報が足りん」
「ん~~……それよりまず里津さんの所に行ってみんなの安否を確かめない? 沿矢君とか爆発音を聞いてさ、『うぇ!?』とか言ってオロオロしてるかも」
その光景を思い浮かべているのか、弓の表情には少し笑顔が浮かび始めていた。
弦はそれを見ると瞼を細め、どうしようもない程の寂しさを感じてしまう。
弓はもう十六歳だ。彼女が小さい頃から二人っきりで過ごして来た長き日々、それも何時かは終わるだろう。
こんな危険な職業だ。もしかしたら無人兵器との戦闘で傷を負い、唐突などちらかの死で別れるという悲劇でそれを迎えるかもしれない。
そうでなくとも、もしかしたら体調を崩してポックリ逝ってしまっても自分はおかしくない年齢だ。
そう割り切って、何処か達観した思いを抱えながら弦は生きてきた。
自分達には頼れる仲間や、親戚なんかはいない。弦はソレを作ろうとも思わなかったし、必要とも思わなかった……が。
――何時からだろう? 銃を持つ手に"重み"を感じ始めたのは。
――何時からだろう? 朝起きて、"まだ生きている"事に安堵を覚え始めたのは。
――何時からだろう? 自分が"居なくなった"後に、弓がどう生きていくのかを気に掛け始めたのは。
自分には弓さえ居ればそれでいい。弦はそう思って生きてきた。
だが、弓はどうだ? 彼女にはこれから数十年と言う長い人生が待っている。
これまで弓は我侭を言わず、自分の生き方に付き合ってくれていた。
しかし、あの沿矢とか言う変わった少年と出会ってからと言うもの、どうにも我侭が目立つ様になってきた。
いい傾向なのだろうか? 弦はその事に密かな安堵を覚えた。
最近見せる活き活きとした弓の姿は、自分にも知らずの内に活力を与えてくれている。
今はまだ弓が沿矢に抱く感情が何なのか弦には分からない、が――。
「花嫁姿を見てから死ぬのも、悪くねぇ……か?」
そう小さく呟いたその言葉は、不思議と弦の心にスッと入り込んで染み渡る。
新たな生きる目標が思わぬ所で決まっちまった、そう弦は一人苦笑してしまった。
しかし、そんな弦の様子に弓が若干引き気味になりながら訝しげに声を掛けて来る。
「弦爺……大丈夫? ボケてない?」
「いや、なんでもない。……そうだな、里津の所へ先に顔を出そう」
弦が弓の提案に素直に賛同すると、弓は表情を輝かせて歓喜の声を上げた。
「本当!? だったら早く行こう!! 丁度外も晴れ間が差してきたしね!!」
「おう……どうする、弓? 木津がまた何かやらかしてたらよ。アイツと会う時は何かしら驚かされてるからなぁ」
軽い口調でそう弦が話題を振ると、弓は苦笑しながら返事をする。
「確かにねぇ……。迎撃戦でMVPとっちゃうなんて少し悔しかったなぁ。けどまぁ、まだランクと歳は私が上だからね!! 負けないよっ」
「いや……歳はどうしようもねぇだろうが」
そう軽口を叩き合いながら、二人は玄関へと向かった。
――数十分後、二人はまた沿矢関連で驚愕する事となったのだが、それはまた別の話。
――木津 沿矢と言う少年の異常性は、この日を境に徐々に知れ渡り始める。
――その事が彼等の関係にどんな変化をもたらすのか、今はまだ誰にも分からない。
貴婦人編終了です。
次の話を始めるのは、少し間が空くかもしれません。




