闘志は揺らぎを見せず
「いやー……にしても大変な事になってますねぇ。どう思います? 武市大尉」
宮木 誠一はハンドルを握ったまま器用に身を屈め、街中に立ち上る黒煙を眺めながら背後の荷台に居る武市 詩江にそう語りかけた。
が、暫くしても返事が返ってこない事を不審に思い宮木が背後を振り返ると、当の本人は腕組みをして瞑想するが如く、瞼を閉じて静かな雰囲気を纏っているではないか。
二人がクースから帰還した直後に見た爆発。
その事を駐屯地に居る兵士へ問うと組合所で起きている騒ぎや、時限爆弾の件を聞かされた。
駐屯地は大変な混乱模様であり、武市の暴走行為には何ら触れられずヤウラに戻れてしまった。
事態が落ち着けば何らかの連絡は届くだろうが、今の所はとりあえず何のお咎めも無しである。
宮木としては面倒事が遠のいてラッキーと言った心境だが、武市はずっと憮然とした態度を貫いたままだ。
とりあえず武市を壁まで送り届けようと宮木はトラックを走らせているのだが、彼女の機嫌が悪い事は一目瞭然であり、気が気でない思いである。
「あの……武市大尉。何がそんなに気に入らないんですか? さっきからずっと無言ですけど……」
沈黙に耐えかね、遂に宮木はバックミラー越しに武市へそう問いかけてしまった。
直後、武市はスッと瞼を開いて宮木に冷たい眼差しを向けてくる。
宮木はすぐさま自分のミスを悟ってバックミラーから視線を外したが、当然それでミスは挽回できないようだ。
「何が気に入らない、と? 全てだよ伍長!! 憲兵隊は全く機能していないし、本部からの指令は未だ来ず、兵士は組合所に行くのを禁じられている!! 特に最後、我々が現場へ向かうのを禁止していると言う事はだ、本部はそのノーラとか言う女の要求に従ってると言う事なんだぞ!? なんて情けない……ッ!! こういう時の為の軍では無かったのか? 避難誘導も組合所任せで行ったという話だぞ? ……我々の立つ瀬がないではないか」
「でも爆弾があるんなら仕方ありませんよ……。むしろ現場に近づかない様にと、素早く全体へ命令が下されただけでも大したもんだと俺は思いますが……」
最初の爆発が起きた時の混乱は想像もできない程に酷かったであろう。
宮木はそう思うと同時に事態を悪化させない為、ノーラの要求に従って現場に近づくのを止す様に素早く命令が下されたのは、超が付くほどのファインプレーとの認識だ。
が、武市はそうとは思っていないようであり、諭す様に問いかけてきた宮木に向かって一喝した。
「何を言うか!! そのノーラとか言う女の要求は私闘を行いたいが故の物だと言うじゃないか!! しかも、どちらかが死なないと爆弾を解除しない等と……気が狂っている。付き合わされてる相手には死刑宣告も同然じゃないかッ!! あぁ……気に食わん……ッ!!」
ノーラがミシヅの組合所に所属するAランクの凄腕との情報は直に二人の耳にも届いた。
Aランクと言う"高み"には並大抵の努力で行き着ける物ではない。
相対している相手の情報は届いていないが、その人物がノーラに敵うほどの腕を持っているとは武市には到底思えないのだ。
武市は一通りの不満をぶちまけると、暫くの間は気を静める事に集中した。
態々左手のグローブを外して爪を噛み、足を細かく揺すり、空いた右手は頭痛を抑えるかのように額に当てている。
しかし、突然ネジが切れたかのように武市は動きを止めると小さく呟いた。
「……伍長。ドノールでの出来事を覚えているか?」
「は?! え、ドノールですかい? ま、まぁそりゃあ"色々"ありましたからねぇ……。言われたらパッと思い出せますよ」
宮木の脳裏に刻み込まれた暗黒期の記憶は未だに夢で再生される程に根強く残っている。
今とて武市に問われた瞬間に、宮木の脳裏では幾つかの"輝かしい"思い出がフラッシュバックしてしまった。
唐突に何を言い出すのやらと、少し気分を悪くしつつも宮木はバックミラーに視線を向け――驚愕の余りハンドルを放してしまいそうになった。
バックミラーに映る武市は何時の間にか電子補助ゴーグルを装着し、脇に置かれていたレイルガンのつまみを弄くって倍率を調整しているではないか。
宮木は慌ててブレーキを踏み、トラックを停止させると背後を振り向いて絶句する。
対する武市は既にレイルガンの調整を終えたのか、何時の間にか取り出したヤウラの地図を広げて瞼を細めながら眺めている。
なんと声を掛ければいいのかわからずに宮木が戸惑っていると、武市はスッと地図のある一点を指差して言う。
「ここ、組合所の正面にある大通りの一つ先の区画に十二階立ての建物があります。此処からなら、組合所で何が起こっているかの確認ができる」
「確認? いやいやいや……。大尉、絶対に確認だけで済ませるつもりはないでしょう? レイルガンなんか持ち出しちゃってますし……長距離狙撃も禁止されてますよ? 聞いてなかったんですか?」
「聞いてたさ。しかし、ノーラが戦闘を終えても素直に解除装置のスイッチを押すとは限らないじゃないか。もしかしたらそのまま解除装置を盾に逃亡するかもしれない。念には念を抑えておく必要がある。もし逃げる様な素振りを見せたら……これで仕留める。大丈夫だ、伍長。ドノールでも似た様な事をやっただろ? ミスはしないさ」
武市はそう言って不敵な笑みを浮かべると、レイルガンをゆっくりと揺らして見せた。
どうやら彼女の脳裏では、既にノーラの勝利は確定的な物として浮かんでいるらしい。
武市の提案は無茶苦茶な様に思えるが、確かに一理あるとも宮木は素早く思考を展開させる。
実際、戦闘が終わっても素直にノーラが解除装置のスイッチを押して投降するとは限らない。
そもそもこの様な事態を引き起こしたノーラの罪は大変に重いはずだし、場合によっては死刑も勿論ありうる。
――それは彼女も当然理解しているだろうし……逃亡の手立てを企てている可能性は高い、か?
宮木はそこまで考えた所で思考を切り上げると、武市に向かって一つ頷いて見せる。
「はぁ……分かりました。もう此処まで来たらどうとでもなれって感じです。地図を貸してください」
宮木がそう言って手を伸ばすと、何故か武市は大きく目を見開きながら呆然と言葉を吐いた。
「伍長……アナタも段々と吹っ切れてきたな」
「吹っ切れたと言うか……。実際の所クースでの件は大尉の勘が当たりましたし、少しは素直に従ってみようと思っただけですよ」
――そう言った宮木の表情には、口角の端を上げた不敵な笑みが浮かび上がっていた。
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戦車を無理矢理に動かして盾にする。
そこまでの行動は良かったのだが、俺は未だにノーラさんに上手く接近できないでいる。
流石に戦車を押しながらの高速移動には無理があるようだ。
それに素早く移動しながら無理矢理に方向転換などを行うと、掴んでいる主砲がミシミシと嫌な音を立ててしまうし、あまり無茶はできない。
ノーラさんも最初は戦車の横に回りこんで射撃を行おうとしたり、M-545を数秒撃ち込んできたりしたのだが、それ等の効果が無いと見るやいなや、すぐに行動を切り替えてしまった。
今はただ俺に接近を許さない立ち回りで素早く後退したり、方向転換などを繰り返してノーラさんは攻撃を加えてこない。
時折俺はその隙を狙ってDFで射撃したのだが、彼女もやはりそれには注意していたようで軽々と回避してしまう。
そうこうしている内に四回目の爆発が起こってしまい、俺は歯痒さで堪らなくなってきた。
ジリ貧もいい所だ、このままでは全部の爆弾が爆発しかねない。
俺は戦車を盾にしながらDFのマガジンに素早く弾を込めつつ考えを巡らせる。
DFの残弾数も今込めたメインと予備のマガジン二つ分、十四発分しかない。
それを考えると、そろそろ勝負に出ないと苦しい展開になるだろう。
DFにマガジンを装填してスライドを引くと、俺は覚悟を決める為に静かに息を吐いた後に戦車を構え、ノーラさんに向かって再度突撃を開始した。
コンクリートの道路を戦車が盛大に削る大音量の中、俺は左右に素早く視線を巡らせて彼女がどちらに退避するかを見逃さない様に集中する。
すると、M-545と言う大物を抱えているにもかかわらず、軽快な足取りで素早くノーラさんは右方向に駆けて行く姿を捉える事が出来た。
その瞬間を見逃さず、俺は戦車の主砲を力強く握りしめると無理矢理に方向転換させて戦車の位置を変え、続けて車体に右足を当てて全力で蹴りだす。
「なっ!?」
戦車が猛スピードで盛大に転がりながら自分に迫ってくる絵は流石にノーラさんの度肝を抜いたそうで、そんな驚愕の声が聞こえてきた。
が、彼女はM-545を迷い無く放棄して、それすらも横っ飛びで回避して見せた。しかし、俺は既にそれを予測してDFを構えている。
マガジン一個を使い切るつもりで俺は連続で引き金を引いてノーラさんに銃撃を浴びせた。
彼女は咄嗟に左腕を上げて頭部を守って見せる。
その行動は功を成し、頭部を守った左の前腕に銃弾が二つ着弾して、銃弾の一つは右足を掠めて血が飛び散ったのが見えた。
俺は追撃の為に前へ駆け出そうとして――右肩に銃撃を受けて蹈鞴を踏んだ。
驚きで目を見張る俺の視界に映った物は、寝転びながらも右手でハンドガンを構えるノーラさんの姿。
俺はそれを確認すると追撃を諦め、近くにあった二階建ての建物の扉を肩からの体当たりで力任せに突き破り、素早く中へ飛び込んで体勢を立て直す。
中には有り難くも電気が点いていた。
俺はその幸運にあやかって素早く内部に視界を巡らせると、まず飛び込んできたのが部屋の隅にある二階への階段、それと複数のテーブルとカウンター、最後は金属製の棚に並ぶ酒ビンを確認できた。
よくよく見れば複数あるテーブルの上には飲みかけのジョッキや、食べ物が残っている皿なんかがそのままにしてある。
此処は酒場か? もしくはレストランか何かだろう。どうやら此処にいた人達は素直に避難誘導に従って素早く建物から退去したみたいだな。
俺はそれ等を確認しつつ小走りで勢いをつけてカウンターを乗り越え、そのまま身を低くして腰を下ろす。
DFのマガジンを抜いてポーチに仕舞うと、最後の七発が入った予備のマガジンを装填する。
その際に右肩へ激痛が走り、思わずDFを落としてしまいそうになった。
苛立ち混じりで右肩へ視線を向けると、今度は体内へ上手く銃弾が入り込んでおり、とてもじゃないが今は弾を摘出するのは無理そうだ。
先程とは違い、今度は俺の耐久力の高さが仇となってしまった様である。銃弾が貫通しないってのは最悪だな……。
銃弾に含まれる鉛で筋肉組織などが壊死するとも聞いた事があるし、何よりも今は右肩に宿る熱と異物感で気分の悪さが最高潮に達している。
この調子では、右手で上手くDFの狙いを付けられるかも怪しい。
左手でDFを扱ってもいいだろうが利き手じゃないしなぁ……。上手く狙いを定められるか?
先程の賭けは痛み分けで終わったと思ったが、どうやら状況的に俺の不利へと少し傾いてしまったらしい。
ノーラさんが予想通り左腕にHAを装備していたとしたら、俺が彼女に与えた有効なダメージは右足だけだしな。
思わぬ不運に俺は溜め息を零しながらカウンターに後ろ頭を当て、思考を回転させる。
戦車を奇襲に使った事で俺は盾を失ってしまった。
このまま表に飛び出してノーラさんに勝負を挑み続ければ、何時かは致命的なダメージを負いそうだ。
幸いにも彼女が所持していたM-545は回避する際に放棄した事で、戦車に押しつぶされて使用不可能になってはいた様に見えたが……。
「ノーラさんの残りの装備はアサルトライフル、それとハンドガンだろ? ……うっわ、 そういや放棄してたグレネードランチャーとかもあったじゃないか」
M-545と言う最大火力を潰せたと思ったらコレだよ。
俺が隠れている隙にノーラさんはグレネードランチャーも回収しに行ってるかもしれない。
「くそ……! 無理にでも追撃しとくべきだったか……?」
俺がそうやって先程の自分の判断を悔やんでいると、ある物が視界に飛び込んでくる。
こんな大変な状況だと言うに、"見慣れたソレ"に俺はふと懐かしさを覚えて笑みを浮かべ――ある事を閃いた。
一瞬ソレが上手く行くかどうかで俺は頭を悩ませたが、このままDFを扱っても上手くノーラさんに当てられる可能性は低いと判断する。
そうと決まると話は早い。俺はDFからマガジンを取り出すと弾を三発ほど取り出して右手に持ち、またDFにマガジンを装填する。
と、その時である。建物の外から"ポン"と軽い音が聞こえてきた。
俺は咄嗟にランチャーの弾が撃ち込まれたと判断して頭を抱えて床に伏せたが、次に聞こえて来たのは爆発音ではなく、何かが床を転がる金属音と空気が抜ける様な音だった。
恐る恐るカウンターから顔を覗かせて音が聞こえて来た方向に視線を向けると、白い煙が徐々に部屋内を埋め尽くしつつある光景が視界に映る。
「催涙弾? ……準備万端って感じだな、ったく」
ノーラさんが用意した装備の多さに俺は思わず悪態を吐くと、三発あるDE弾を箱状の物体に放り込こんでスイッチを押した。
もしかしたらソレは俺の予想した品物ではなかった可能性があったが、直に内部が輝きだしたのが見えて俺は安堵の息を零す。
俺はそれを確認すると息を大きく吸い、身を屈めて素早く移動を開始した――。
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ノーラ・タルスコットは沿矢が逃げ込んだ建物から視線を離さず、器用にM105グレネード・ランチャーにHE弾をリロードする。
彼女の予測では建物に催涙弾が撃ち込まれると沿矢は突撃を敢行してくるか、力任せに建物の外壁をブチ破って外に退避すると予測していた。
が、ノーラの予想に反して沿矢の突撃も無く、外壁を破る音も聞こえては来ない。
――もしかしたら、裏口から静かに退避でもされてしまったのだろうか?
そうノーラは考えを切り替えて瞼を細めて内部を注視するも、催涙弾の発した白い煙がそれを阻害する。
彼女が用意していたHE弾は3つ。その内の一つは組合所内で消費し、二つ目は戦闘の最初で炙り出しに使ってしまった。
M-545を失った今の彼女にはM105の高火力が重要となってしまった。なので無駄な消耗を避けて催涙弾を使用したのだが――。
「……此処に居るとは分かっていたのだから、大人しくHEを使用すべきだったかしら?」
ノーラはM105を建物に構えつつ、そう小さく愚痴を零す。
と、その時である。建物の中から耳を劈く発砲音が聞こえてきた。
狙いが上手く定まってないのか不規則に鳴った発砲音は三回、それを聞いてノーラは勝利を確信したかの様な輝かしい笑顔を浮かべた。
「甘いですわ、沿矢様。そのまま大人しくしていれば、まだ死ななくてすんだものを――!!」
ノーラは聞こえて来た発砲音を頼りに、M105の狙いを素早く定めて迷い無く引き金を引いた。
HE弾が窓を突き破り、中から白い煙が僅かに立ち上ったと思った瞬間、それは一気に爆発で散らされる。
それを見届けると素早くノーラはM105を放棄し、昨日メイン居住区で手に入れたブルパップ式のアサルトライフル『Y6』を構えた。
大量生産のモデルらしいのだが、中々に使い心地は悪くないとノーラは感嘆した。
コレをヤウラでは正規兵全員が所持していると言うのだから驚きである、プラントがあるだけでこうも違うとは――。
ノーラはそこで思考を打ち切り、少し息を吐いて気分を落ち着かせて集中する。
白い煙とHE弾によって生まれた黒い煙が濛々と建物の内部に立ち込めていたが、ようやく少しづつ晴れてきた。
ノーラはY6を構えつつ、慎重に足を進めて建物に近寄っていく。
その際に、右足に鈍い痛みが走り彼女は顔を顰めた。
先程沿矢が撃った銃弾が掠めたのはノーラの右足にある大腿の内側部分であり、どうにもそこから流れる血の量が多い気がしてノーラは歯噛みする。
――位置的にもしかしたら大動脈を傷付けた恐れがある、だとすると素早い処置が必要だろう。
ノーラは冷静にそう考えつつ、爆発で割れてしまった窓から顔を覗かせて建物内部の様子を伺った。
内部は悲惨の一言であり、僅かに燃えてしまっている部分さえある。
棚に飾ってあった多数の酒ビンは割れてしまい、そこから僅かにアルコールの匂いが漂ってきていた。
カウンターは爆発で大部分が砕けてしまい、見る影も残していない。
キッチン部分にある電子レンジの窓には皹が、コンロなども黒く煤で汚れてしまっているし――。
その光景を目にした途端、何故かノーラの背筋に悪寒が走る。
何かを理解した訳ではない。ただ、自身の勘に従って素早く彼女は建物から離れようと足を動かした。
が、しかし――。
「甘い、ですね!!」
そんな威勢の良い掛け声と共に沿矢が建物の二階にあった小窓部分、そこの外壁をブチ破って勢いよく飛び出してきた。
ノーラは咄嗟にY6を上に構えようとして――瓦礫が振ってきた事で断念する。
彼女は一旦頭部を守る為にY6から手を離して左手を掲げ、何とか瓦礫の雨から身を守りきる事に成功した。
しかし、それが思わぬ隙となってしまった。
気付けば近くに降り立った沿矢が左腕を大きく振りかぶっているのが見えて、ノーラは僅かでもダメージを減らそうと咄嗟に後方へ跳躍する。
その瞬間、ノーラの胸部には貫かんと言わんばかりの絶大な衝撃が行き渡る。
直後に彼女が感じたのは僅かな浮遊感、そして背中に走る連続した衝撃、気付けば彼女は先程まで覗き込んでいた建物内に文字通り"叩き込まれて"いた。
僅かに血を吐きながらも、ノーラは素早く身を起こして愕然とした。
彼女が着ていたグレードⅢである防弾ベスト、それは見るも無惨な姿となっている。
ケブラー繊維はズタズタになってしまい、僅かに覗き見えるセラミックプレートは僅かにへこんでしまっている。
――もし咄嗟にダメージを逃がす為に後方へ飛んでいなかったらば、間違いなく自分は死んでいた。
ノーラはそう認識し、額に冷や汗を流した。
彼女はふらつきながらも体勢を立て直し、今や胸を圧迫し続けるだけの防弾ベストを素早く脱ぎ捨てる。
その際にノーラは右手を胸に当てて触診し、鈍い痛みが走った事に気付いて舌打ちを放った。
――折れてはいないが、皹は間違いなく入っている。
呼吸をする際に走る胸の小さな痛みは我慢できるが、もう一撃胸部に打撃を受ければ致命的なダメージとなる事は明白だとノーラは判断した。
次にノーラは自身が身に着けていた装備の幾つかを失っている事に気付く。
Y6は攻撃を受けた際に思わず手放してしまい、ホルスターに入れていたハンドガンも建物に叩き込まれた際に衝撃で飛び出していったのか、近くには見当たらない。恐らく建物内に落ちてはいるだろうが……。
そこまで調べた所でノーラは慌てて解除装置が入っているポーチを開き、装置が壊れてない事を確認して安堵の息を零した。
解除装置を失うと沿矢の戦う理由が無くなってしまい、逃げてしまう恐れもあるのでノーラには重要な事だったのだ。
ノーラが素早く自分のダメージと装備の有無を確認し終えた所で、建物内に足音が響き渡る。
沿矢が建物内に侵入した事を悟ると、ノーラは嘲る様な笑みを浮かべた。
「ふふっ……追撃ですか? 手負いの獣は怖いですわよ……沿矢様」
そう小さく呟いたノーラの瞳には、強い闘志の炎がまだ爛々と輝きを放っていた――。




