死闘
今正に組合所の前にある大通りで死闘が繰り広げられようとしているが、時を同じくしてヤウラのメイン居住区を取り囲む鋼の巨壁『玄甲』内では混乱が沸き起こっていた。
それも無理は無い。目下に見えるヤウラ外居住区で起きた爆発は玄甲内からでもハッキリと確認できたのだ。
まだ未熟な訓練兵達は勿論の事、この様な異常事態に遭遇した事が無かった若い正規兵の間で小規模な混乱が沸き起こる。
逆に長年ヤウラの軍で尽くしてきた古参兵達の落ち着き様は大した物であった。
一人が無人兵器の襲撃かと呟くと、続けて一人が組合所の近くで起こった爆発だから勇士達による"やんちゃ騒ぎ"ではないか?
そんな推測を言葉にして交わす余裕すらある。
ただ、前者が述べた無人兵器の防衛線突破と言う異常事態はここ十数年起きてはいない。
良くも悪くもヤウラの前市長『御船 善』が起こした徴兵活動のお陰で軍の戦力は格段に底上げされ、それに比例して防衛線も押し上げられた。
人数が増えたお陰でヤウラ周辺を警戒する偵察部隊の数も増やす事ができたし、不意を突かれた奇襲を受ける事も少なくなってきているのだ。
では後者が述べた"やんちゃ騒ぎ"と言う推測はどうか?
組合所に所属してるハンターやスカベンジャーと言う職業、これ等の肩書きを背負う輩は血の気が多い者が結構の数として居る。
探索場所から送迎トラックが帰還する日には、憲兵隊の警戒度が跳ね上がる事からもそれが伺える。
酷い時だと街中で戦車持ち同士の砲撃戦が始まった事すらあるのだ。
が、流石にソレはあまりに酷すぎる異常事態であり、その様な事件も滅多に起きる物ではない。
しかし、街中で二つ目の爆発が起きたと言うに、未だ玄甲内に何が起きているのかのアナウンスが響き渡らない。
流石にこれには古参兵達も徐々に浮き足立ち始めていき、今何が起きているかの推測論が彼方此方で早口に交わされ始めた――。
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「では、ミシヅから来た『ノーラ・タルスコット』と言う者が今回の騒ぎを起こしたと言うのだな?」
コガ・ローマン元帥は自身の部屋の壁に設置されているディスプレイ、その画面の中心にピックアップされている憲兵隊の指揮を執る中佐、『ダタス・ヘロルド』に静かに問うた。
しかし、叱咤の言葉が向けられた訳でもないのにダタス中佐は恐縮しっぱなしであり、コガ元帥へどたどしく返事をする。
『は、はい。組合所からの連絡でそう聞かされました! し、しかし、真偽の程はまだわかりません。何しろ"レイルガンの直撃を受けても無傷"だった者がいたとかどうとか、そんな風に意味不明な事も口走っておりました故……。組合は突然の事態急変に大変混乱しているのやもしれません……』
「ふむ……。しかし、ノーラ・タルスコット……? どこかで聞いた名だな。皆はどうか? 聞き覚えはないか?」
コガ元帥はそう画面に語りかけた。
軍部は突然の非常事態の報を受け、緊急の通信会議を開いている最中だ。
なので画面に浮かび上がっている将校や佐官の数も疎らであるものの、幸いにも玄甲の最高司令官であるコガ元帥が通信会議に出席している為か、皆は混乱も少なく、落ち着いた様子でその問いかけに答える。
『ノーラ・タルスコットと言う者はミシヅの組合所に所属しているAランクの凄腕です。彼女は"我等が紅姫"と親密な関係でありまして、以前に我々が紅姫の"手綱"を操る際にも彼女に何度か依頼した時もありました。これは……他意はございませんが、彼女は妙齢の美人と言いますか、印象深い人物でした。物腰も柔らかで落ち着きがあり、今回の様な事態を引き起こす人物にはとても見えませんでしたが……』
そう答えた小佐は帽子を深く被る様にしながら、目元を隠してそう答えた。
他意は無いとは言ったものの、少佐のその態度を見ればノーラを憎からず思っている事が伺えたのだが、コガ元帥はソレを指摘する時間の手間を惜しんで直に本題に入る。
「なるほど。彼女か……そう言われれば確かに覚えがある。我々とも縁がある人物だったと言う訳か。彼女がこの事件を起こした犯人かの真偽は確かに不明だが、外居住区で爆発が起きている事は事実だ。先程さっそく二回目の爆発の報が飛び込んできた。よって事態はかなり切迫している。とりあえず此処からはタルスコットが犯人と仮定した上で話していこう。この様な騒ぎを起こした彼女は一体何が目的なのだろうか? 皆の意見を聞かせて欲しい」
コガ元帥が意見を求める体で話を振ると、早速一人の将校がそれに大声で答える。
『もしや、ミシヅはハタシロと結託したのでは!? 以前に二つの都市で何やら取引が行われたとの情報もありました!! 凄腕の人物を送り込んでヤウラを混乱に陥れている間に軍を動かし、攻め入る気なのかもしれませんぞ!!』
『……なるほど。では、念の為に北駐屯地に戦力を集結させておいた方がいいですな。戦車の配置変更は勿論、迫撃砲などの移動手配も早めにした方がよろしいでしょうな』
『しかし、不幸にも天気は荒れています故、それ等の準備にも大幅な手間が掛かる事は必至。……もしや悪天候を機に作戦開始をする様、タルスコットは指令を受けていたのでは? そう考えると自然と辻褄が合う』
『ふむ……。では早めに住民の避難も開始した方が良いでしょうな』
意外にも一人の将校が述べたミシヅとハタシロの共同襲撃論に賛同する声が多く上がり、早速その線で話が進んでいる。
コガ元帥は瞼を細めると小さく息を吸い、大きく怒声を上げて一喝する。
「話を大きくしすぎるでない!! 推測で軍を動かす事などできようものか!! このヤウラには二つの都市から送り込まれた諜報員が居るだろう。それを批難するつもりはない、我々もそうしているのだからな。しかし、問題は憶測を元にして不用意に戦力を動かしてしまい、その情報が二つの都市に伝われば要らぬ誤解を与えるやもしれんと言う事だ。今我々が求められているのは落ち着いた対応だ。その事を頭に入れ、慎重に話を進めてもらいたい」
歴戦の勇と名高いコガ元帥の一喝を受け、ヒートアップしつつあった面々は僅かに顔を伏せる。
しかし、こうなってしまうと下手な事は言えないと各々が口を閉ざしてしまい、通信会議の模様は停滞して暫し沈黙が続いた。
『……ローマン元帥。唐突ではありますが、私が意見を述べてもよろしいですかな?』
「おぉ、魅竹准将か。うむ、発言を許す」
魅竹 照准将が発言すると画面に映る各々が困惑した面持ちを浮かべたが、対照的にコガ元帥は表情を明るくして魅竹准将の発言を促した。
先日に魅竹准将の息子である魅竹 春由が起こした事件は未だに尾を引いており、魅竹准将は軍部で肩身の狭い日々を過ごしているのだが、魅竹准将の表情には憔悴しきった様子は浮かんではいない。
魅竹准将が以前と変わらずに職務を全う出来ているのは彼自身が持つ精神面の強さもあるだろうが、コガ元帥の励ましの一言があった事も大きな要因となっているだろう。
とは言え会議室でのあの一幕は多くの者に目撃されており、『元帥のお気に入り』等と魅竹准将に対する下らない陰口が流行る一因にもなったのだが、彼自身はその事を歯牙にもかけていない。
『今の所、タルスコットが起こした行為で人死にが出たと言う情報は届いてません。時限爆弾の件は一見すると正気を疑う様な事例ではありますが、もしかしたら彼女はわざと被害が最小限に済む場所だけに仕掛けているのやもしれません。だとすると、彼女にはまだ理性的な部分も残っている可能性が高い。幸いにも今のヤウラにはタルスコットの友人である紅姫が滞在しています。まず彼女と連絡を取り、タルスコット殿を説得する様にお願いしてみてはどうでしょうか?』
「なるほど……。ふむ、試してみて損は無いな。そうと決まれば話は早い、早速彼女のPDAに連絡してみようではないか」
そう言うと、コガ元帥は懐から直にPDAを取り出して軽快な手付きで操作し始める。
元帥と言う立場にありながらも自分が初めに行動を起こす。その対応の早さに誰もが唖然としたが、魅竹准将だけは態度の変化を見せず、事態の行方を静かな眼差しで見守っていた――。
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雨の強さが段々と増し、時折雷が落ちる音が聞こえてくる。
俺はその時折聞こえてくる雷鳴が、時限爆弾が爆発したのではないかと勘違いする程の重い響きと鋭さを兼ね備えているので、大変心臓に悪い思いである。
対決するとは言ったいいが、ノーラさんはまず俺が大通りの何処かに身を潜めるまで待つと告げた。
ガトリングやら多数の武器を所持している自分と俺がそのまま相対しても不利有利は明らかだそうで、そうでもしないとマトモな勝負にならないとの"有り難い"お言葉である。
俺はその提案を素直に受け入れ、大通りにある建物の一角に身を潜めた。
陰から顔を覗かせるとノーラさんはまだ組合所の前で鎮座しており、一歩も動いてはいない。
「に、しても重武装だな……」
俺が確認したノーラさんの装備はガトリング砲だろ、背負ってるサブのアサルトライフル、腰の後ろに下げたグレネードランチャー、ホルスターにはハンドガンやらもある。
対する俺の遠距離武器はDFのみである。うん、とてもじゃないが撃ち合いで勝てる気は全くしない。弾薬数も心許ないしな。
やはり、俺がノーラさんに勝てるとしたら不意を突いて一気に接近戦に持ち込む流れだな。
そうなれば彼女の重武装が仇となり、此方が有利になる可能性が高いだろう。
と、そこまで考えた所でノーラさんがようやく動き始めた。
実は俺が隠れた場所は組合所からそう離れていない場所であり、距離はそんなに離れていない。
時限爆弾の件もあるし、先程述べた遠距離戦の不利もあるからな。長時間の戦闘になれば俺が不利だし、短期決戦で終わらせてしまいたい。
――戦闘開始直後に上手く奇襲を成功させれば、混乱を誘発させる事もでき……!?
俺がそこまで考えた所でノーラさんが信じられない行為を始めだした。
彼女は組合所の前から移動して大通りに進み出ると暫くして歩みを止め、両手で持ったガトリングのトリガーを引いて連なった銃身を回転させ始めたのである。
狙っている場所は近くの路肩に停めてある廃車で俺が潜んでいる場所ではないのだが、"だからこそ"俺は度肝を抜かれたのだ。
おいおい、まさか一々怪しい場所に撃ち込んで俺を炙り出すつもりかよ!? なんつー滅茶苦茶な……。
いや、違うな……。レイルガンの一撃や時限爆弾の事を思えば些細な出来事か、これは俺の想像力の無さが生んだ由々しき事態である。
そうこうしている内にガトリングに備わっている連なった銃身の回転が最高潮に達し、遂に銃口が火を噴く。
低く唸る様な音が聞こえたと思ったら、次に聞こえたのは金属を貫く耳障りな大音量だ。
その大音量も廃車が僅か数秒で細かい金属片に変化する短い間だけ響き渡り、気付けばまたコンクリート道路を叩く雨音だけが周囲を包んでいた。
たかが数秒、されど数秒、ガトリングが短い間で排出した弾丸の数は相当数であったようで、熱を帯びた銃身に雨が当たって僅かに湯気が立ち上っている。
彼女は一旦左腕だけでガトリングを持ち上げると、空いた右手で腰の後ろからグレネードランチャーを取り出して構え始める。
構えた場所はこれまた俺が隠れていない建物に向けられていたが、此方としてはソレをチャンスと見て取って、建物の物陰から飛び出す準備をする。
腰を深く落とし、音を立てないように右手でホルスターからDFを引き抜いて安全装置を切り替え、素早く左手でスライドを引いた。
ノーラさんは防弾ベストやプロテクターなどは装備しているが、頭部を守る装備は身に付けていない。
突撃を開始すると同時に頭部を狙って撃てば、そこで決着がついてもおかしくはないな。
ノーラさんはグレネードランチャーの狙いを付けると、意を決した様子で引き金を引いた。
ポンと気の抜ける音を俺の優れた聴力が捉えたと瞬間、俺は勢いよく建物の物陰から飛び出す。
走りながらDFの狙いを定め――ようとして自分のミスを悟る。
向けた視界の先、ノーラさんはグレネードランチャーの引き金を引いた後は仕舞う事もリロードもせずに、素早くランチャーを放り出してガトリングを構える事を最優先としていた。
そこまで確認した所でランチャーの弾が建物に着弾して視界を一瞬赤く染め上げ、爆発が地面を揺らすの感じ取る。
――今更突撃を止める事は無理だ。このまま行くしかない!!
俺は意を決してDFの引き金を引いて突撃を敢行する。
放った弾丸は三発で走りながらと言う不安定な姿勢だったが、上手く狙いを定めていたはずのソレをノーラさんはあろう事か、短い距離ではあったがガトリングを抱えたまま"横に跳ねて"回避していたのだ。
しかも、既にガトリングの回転は最高潮に達しており、連なった銃口の狙いは此方に向けられ始めている。
距離は既に三十メートルもないはずだが、明らかに俺が間合いに飛び込む事は叶わない距離である事は明白だ。
それはノーラさんにも分かったのだろう、彼女は勝利を確信したかの様な不敵な笑みを浮かべて俺に視線を向けていた。
俺は引き攣った笑顔でそれに答え、走り出した勢いをそのままに一歩前へと軽く跳躍して地面を踏みしめ、次に身を一瞬低くし――両足へ全力を込めて地面を蹴り上げた。
次の瞬間、俺の耳には盛大な暴風音とコンクリートの地面を"耕す"音が聞こえていたが、幸いにも咄嗟に思いついた機転のお陰でそれに巻き込まれずに済んだ。
空中に高く浮かんだ俺をノーラさんが驚愕の眼差しで見つめていたが、俺はそのチャンスを逃さずにDFを構えて連続で撃つ。
流石と言うべきは此方がDFを構えたのを見ると彼女はすぐさま気を取り直し、ガトリングを迷い無く放り出して地面に転がって回避行動を取っていた。
投げ捨てられたガトリングが大きな音を立ててコンクリートの地面に皹を入れ、その周りにDFの銃撃が着弾して乾いた音を立てる。
――アレは一体どれくらいの重さがあるんだ? そして何でそんな代物をノーラさんは扱える?
一瞬そんな考えが浮かんだが、俺はすぐにソレを脳裏から消し去る。
当初、接近戦に持ち込んだ所で怪力を発揮して一気に勝負を終わらせると言う狙いは、地面を全力で蹴り上げて銃撃を回避した事でおじゃんとなってしまった。
俺は地面に降り立つと同時にノーラさんに向かって走り出すが、彼女は予備として持っていたアセルトライフルを既に構えており、後ろに下がりながら狙いを定め始めている。
一瞬物陰に隠れるかで悩んだが、このまま一気に勝負に出る事に俺は命を賭けた。
そう決めたのは彼女は俺の新たな異常性を目の当たりにし、内心動揺している可能性が高いと踏んだからである。
俺は地面をジグザクに走りながらノーラさんに近寄っていくが、彼女が撃つ正確な狙いの銃撃が時折肌を掠め、防弾ベストの合金プレートに金属音を奏でる。
そうこうしている間に少しづつ距離は詰めてはいたが、彼女は焦らず後ろに下がりながらマガジンを取り出して交換する落ち着きすら見せている。
――いかん、状況を見誤ったか!? ノーラさんは想像以上に"出来る"相手だった。
彼女の実力の高さに俺はそこでようやく愚かにも気付く事ができ、心中に焦りが浮かび始める。
その時である、俺は大通りのど真ん中に"ある物"を見つけて閃いた。
このままでは危ういと判断し、DFに込められていた最後の一発をノーラさんに向けて牽制目的で撃ち、ホルスターにDFを戻す。
その一撃さえ彼女は焦る様子を見せず余裕でかわし、マガジンの交換を終えて再びアサルトライフルを構え始めた。
連なった発砲音が聞こえ、銃口から光が見えたと同時に俺は大通りの地面へと前に転がりながら銃撃をかわした後、そのまま"マンホール"の穴に右手の指を引っ掛けて力任せに引っ剥がし、素早く前に構えて盾にした。直後にマンホールの蓋が耳障りな金属音を数回奏で、銃撃を受け止めた事を教えてくれる。
『くっ……!!』
俺がそのまま体勢を立て直してマンホールの蓋を盾にし、素早く前進しているとそんなノーラさんの声が聞こえて来た。
マンホールの蓋と言う物は当然ながら金属製であり、生半可な事では外れない様にとかなりの重量があると聞く、流石にアサルトライフルの威力ではソレを貫く事が出来ない様だ。
マンホールの蓋を盾に俺は一気にノーラさんへと距離を詰めて行く。と、そんな折にまたマガジンを交換する音が僅かに聞こえてきた。
当然ながら俺はその隙を見逃さずに、素早くマンホールの蓋の端を右手で掴み――全力で投擲した。
「なんて……無茶苦茶な!!」
そこで初めてDFの銃撃を受けても動揺を見せなかったノーラさんが隙を見せた。
それも無理は無い。何故なら俺が投げたマンホールの蓋は彼女には当たらなかったものの、彼女の背後にあった錆びた電灯をアッサリとへし折り、その勢いをそのままに建物の外壁をブチ破って中へと轟音を立てながら姿を消し去っていったからな。
ノーラさんはリロードを一旦取り止め、自分に向かって倒れてくる電灯を地面へ転がって回避した。
俺はその隙を生かして一気に彼女に走り寄ると地面に転がっている電灯を足で軽く蹴り上げ、そのまま手に持つと勢いよく振り回す。
電灯の長さは根元近くから折れているとは言え軽く四メートル程はあり、その長さを生かして上手くノーラさんを攻め立てる事ができている。
突きから始まっての横への薙ぎ払い、袈裟切りなど、様々な方法で攻撃を加えているが、そのどれもが彼女の体を捉える事がない。
俺が電灯を振り回す度に一緒に降り注ぐ雨も弾き飛ばし、何かが破裂する様な乾いた音が大通りに響き渡る程の強さがある。
まともに電灯の攻撃を食らえば大ダメージは間違いなしだったのだが、逆に俺が振り回す力が強すぎて錆びた電灯が遂に耐え切れず中折れしてしまった。
が、俺は慌てずに手元に僅かに残った電灯の残りを槍投げをするかの様に持ち直し、ノーラさんに向けて投擲する。
彼女はようやく電灯の攻撃が止んだ事に気を抜いていたのか、それをバランスを崩しながら紙一重で避けていた。
しかし、お陰でようやく俺はノーラさんに攻撃が届く位置へ遂に辿り着けた。
俺は素早く間合いを詰めた勢いをそのままに、バランスを崩したノーラさんに向かって右足の前蹴りを放つ。
それすらも彼女は素早く身を屈めて避けてしまうが、重要なのはようやく接近戦に持ち込めたという事実だ。
俺はまず一撃を当てる事に集中し、脇を締めながら左右の拳を交互に素早く繰り出して細かく攻めていく。
当然の事だがノーラさんは俺の怪力を大変警戒しており、接近戦に持ち込まれた直後にアサルトライフルをあっさり放り投げて放棄すると、腕を上げての防御の姿勢すら取らずに必死に回避する事だけに専念している。
このままでは埒が明かないと判断した俺は勝負に出る事にした。
まずは様子見で左のジャブを放ち、ノーラさんがそれを半身で回避した事を確認すると、素早く体を回転させて右の回し蹴りを繰り出す。
「……甘いッ!!」
が、そんな大技をノーラさんは上半身を後ろへ逸らし、軽々とかわして見せる。
逆に俺は回し蹴りの勢いをつけすぎた事が仇となり、少しバランスを崩して隙を見せてしまった。
ノーラさんは素早く体勢を立て直し、俺に向かって左の掌底打ちを放ってくる。
何とかそれを見切って右腕を上げてそれ防御した――が、その一撃は予想以上に重く。気付けば俺は後ろに強く押される様にして蹈鞴を踏んでいた。
「は、なっ?!」
思わず驚愕の声を上げながら驚きで目を見張る。
攻撃を受け止めた右腕の前腕には僅かに痺れが残っており、これ程に強い威力の打撃を受けたのは迫田や百式の時以来で――!!
「え……HAっ!?」
俺は思わずノーラさんの左手を注視しながらそう大声を上げていた。
彼女の身形から想像するに、HA以外で俺に打撃でダメージを与える可能性が思い浮かばなかったのだ。
それに彼女がHAを装備していたとすれば、ガトリングやらを軽々扱えていた事も納得がいくと言うモノである。
だが彼女の左手は黒のグローブに包まれており、その真偽を確認できない。
が、ノーラさんは俺の慌てた様子を見ると口角の端を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる。
その余裕な態度が此方の疑問を裏付けしてくれた様に思えたが、今はそんな事に気を裂いている場合では無かった。
彼女は距離が開いたチャンスを生かし、素早く腰のホルスターから黒光りするハンドガンを引き抜いて連続で撃ってくる。
俺は咄嗟に武鮫を装備している左腕を上げて頭部は死守したが、右腕に鋭い痛みが走った事を感じ取り苦悶の声を上げてしまう。
「っあ!!」
俺は堪らず大通りに停めてあった廃車の影に身を投げ出して退避し、右腕の傷を確認して驚いた。
恐らくノーラさんが使ったハンドガンの大きさから考えると、口径はそんなに大きくなかったはずだ。
そのお陰か右腕に刺さっている鉛弾の深さは極"浅い"ものだった。恐らくだが、俺の耐久力の高さが発揮されたみたいだ。
少し腕からはみ出している弾の後部を掴み、俺はそれを一気に引き抜いた。
その際に激痛が走ったもののそれは一瞬であり、後は火を灯したかの様な熱さが傷口に渦巻いている。
それを何とか我慢しながらホルスターからDFを引き抜き、リリースボタンを押してマガジンを地面に落とすと、ポーチを開いて予備のマガジンを探し当てる。
そのまま素早くDFのリロードを終えてスライドを引いた所で、廃車を叩く金属音が"連続した"物になっている事に気付いた。
廃車の陰から顔を覗かせて様子を伺うと、ノーラさんは何時の間にか投げ捨てていたアサルトライフルを拾い上げており、細かく指切りしながらタップ撃ちで銃弾を飛ばしながらも、ガトリングが落ちている場所へと近づきつつあった。
俺はこれはいかんと慌てて腰を上げながら左手を廃車の下に通し、一気に持ち上げて廃車を横に倒すとそのまま左腕を突き入れる。
耳障りな金属音が大通りに響き渡り、金属が軋む音が嫌に大きく聞こえた気がした。
俺がそのまま廃車を盾にしながら一気に走り出すと、僅かに組合所の方からどよめきの声が聞こえて来た事に気がつく。
チラリとそちらへ視線を向けると、大雨が降り注いでる事も構わずに同業者達が組合所の入り口近くで立ち尽くし、戦闘の様子を見守っていた。
と、そこで俺は組合所の近くにあった物体に一瞬目を惹かれた。
ソレを確認した後でノーラさんへと視線を向けたのだが、やはり今のままでは彼女がガトリングを拾う事を止められる気がしない。
そうと決まれば話は早い。俺は接近戦に持ち込む事を一旦諦め、廃車を盾にしながら素早く目的の物体へと一目散に駆け寄っていく。
『っ?! 一体何処へ行くのです!? 逃げるのですか!!』
俺が突然進路を変えて人気の多い場所に向かいだしたからか、ノーラさんの焦りとも憤怒とも取れる調子の大声が聞こえて来た。
そのまま俺は答える事はせずに一目散に目当ての物体に近づいていたのだが、廃車に当たる銃弾が奏でる金属音が止むのを確認して一旦足を止めると、左手を素早く抜いた後に廃車を両手で高く持ち上げ、アセルトライフルのリロードを開始しているノーラさんに向けて全力で投げ飛ばした。
まず聞こえて来たのが盛大な金属音とコンクリートの道路が欠ける音、後は組合所から聞こえて来た溜め息に似た感嘆の声だった。
俺はそんな雑な攻撃がノーラさんに当たる事を特に期待してはおらず、そのまま確認もしないで一気に目標地点に辿り着く事に成功する。
背後を振り向いてノーラさんに視線を向けると、彼女も遂に目的の品であるガトリングを手にしていた。
が、彼女はソレを抱えたまま引き金を引く事もせずに此方を注視し、大きく口をポカンと開けて驚いた様子を見せている。
それもそのはずだ。なんせ俺の脇に置いてある物は――戦車なのだから。
俺はニッコリと彼女に笑いかけると、戦車のキャタピラの下にある隙間に両手の指を通してそのまま一気に引っくり返す。
その瞬間に大通りへ地響きが行き渡り、僅かに近くの水溜りから何かが跳ねる音が聞こえた。
俺は戦車の前面に回ると主砲の根元近くを掴み、濡れた地面を滑らせる様にしながら戦車の位置を変えてそのまま盾にする。
『せ、戦車を引っくり返しやがっただと……?! どうなってんだ一体……』
『……ってかアレは誰の戦車だ?! あの小僧は大胆にも程があるって!! 後先考えてねぇのかよ?!』
『ま、まぁ悪くない選択だとは思うわよ。彼女のM-545でも流石に戦車の装甲までは破れないはず……』
などなど、俺が取った大胆な行動の所為で組合所から聞こえてくるどよめきは最高潮に達している。
どうやらノーラさんが構えている物騒なガトリングはM-545と言う物らしいが、やはり此方が睨んだとおり戦車の装甲は貫けないみたいだ。
最初の交戦では互いに決定打を与える事はできず、状況は振り出しに戻った。
二回目の交戦ももう間も無く起きると言う所で三回目の爆発の光が街中を照らし、何かが崩れる音が遠くから聞こえてくる。
俺は少しだけ主砲を持ち上げると戦車の車体を前面へ斜めに倒し、そのまま力強く戦車を押し出してコンクリート道路を盛大に削りながら、再度突撃を開始した――。




