開戦の光
「くそ、まさか雨が降るとは……だから昨日の内に帰ろうと言ったんだ」
荷台から聞こえて来た武市 詩江の独り言とも、自分への批難とも捉える事ができる"お言葉"が聞こえてきて、宮木 誠一はこれ見よがしに大きく溜め息を零しながら憮然とした口調で答える。
「へぃへぃ、俺が悪うございました~。でもですね、夜の荒野横断は危険だって大尉も結局の所は最後に納得したじゃないですか」
「それはそうだが……。今は小雨だがらまだいいが、これが本格的に降ってしまうと泥にタイヤが嵌ってしまう恐れが出るな……」
武市はそう言うと、自分の脇に置いてある百式の残骸を手持ち無沙汰に撫でた。よく見ればその脇にも小さい袋があり、中には灰色のローブの切れ端が全部入っている。
これらの"証拠品"を回収する為に、昨日は太陽が沈む寸前まで長く苦労することになった。
とは言え、それ等の重労働を武市は全く苦に思う事は無く、むしろ体の底から次々と活力が溢れかえる思いで作業に当たった。
コレがあれば堂々と沿矢に事情を聞けるだろうし、自分達が見つけた廃病院にある地下施設の存在を軍に報告すれば、今回の身勝手な行動による罰が軽減される可能性が高いと武市は考えた。
ヤウラの軍は良くも悪くも実力主義であり、成果を重視する傾向にあるのだ。そのお陰で女性且つ若年でありながらも武市は階級昇進が滞りなく行われてきたのである。
勿論の事、武市は罪が丸々無くなるなんて楽観的な見方はしていない。
それに彼女が考えてる設定では宮木を脅して無理矢理に同行させた事になっているのだ。
たとえ地下施設の発見と言う功があったとしても、それなりの罰が下されるだろう。
だが百式の残骸を宮木が目にした時に晒した醜態を思え返せば、武市は自分に下される罰の事さえどうでもよくなってしまい愉快な気分に浸れる。
武市が早速その愉快な光景をまた脳裏に映し出して忍び笑いを浮かべていると、宮木の焦りとも怒りとも捉える事ができる大声量が飛んできた。
「あ!! あーあ!! また笑いましたね!? 止めてくださいって言ってるじゃないですか!! だって武市大尉が戻ってきたら背中にあんなん括り付けられてたんですよ!? そりゃ腰を抜かしますよ!! 百式だけでもアレだってのに、しかも血塗れとか冗談じゃありませんよ!!」
「いや、すまない。分かってはいるんだが……な。くくっ」
武市は最後にそうニヒルに笑うと頬を押さえて気を引き締め、荷台の入り口から顔を覗かせて周囲を見渡した。
何の異常も見当たらず、敵影もこれまた見当たらない。天気には恵まれなかったが、幸運には見放されなかった様だ。
そう武市が安堵の一息を吐いていると、宮木の気遣うような一言が飛んできた。
「そろそろヤウラが遠目に見えてくる頃だと思います。……準備は良いですか?」
「……あぁ、構わない。覚悟の上だ。宮木伍長……ご助力に感謝します。貴方が協力してくれなければ、どうにもならなかった」
武市は一つ頷くと、宮木に向かって最後にそう感謝の言葉を述べた。
恐らく、いや……確実に自分は暫くの間、軍で取調べを受ける事になるだろう。
武市はその事に後悔はしてはいないが、沿矢に質問を問えるタイミングが遠のく事に歯痒い思いを抱いてしまう。
落ち着いた様子で感謝の言葉を告げてきた武市に宮木は言葉は返さず、代わりに片手を軽く上げて左右に揺らして気楽そうに答えて見せた。
好奇心は猫をも殺す。とは言うが、後ろに居る雌豹なら大丈夫そうだと宮木は軽く微笑みながら一つ頷いて見せた。
それに彼女の勘は結果的に『大当たり』だったのである。これには宮木もぐうの音もでない。
無惨な姿となった百式や謎の地下施設、これ等の事実を沿矢は隠していた。だからと言って憤慨する訳ではないが、話の一つは聞いてみたいと宮木とて思い始めている。
流石の武市も謎に満ちた地下施設の探索は一人で行う程の無謀さは無かったが、あそこが何らかの重要施設であると言う事は電源が未だに生きていた事実からも容易に想像できる。もしかしたら上級スカベンジャーですら手間取る様な罠や警備ロボがうろついている可能性が高い。
――思わぬ事実が明るみに出てしまったな……。
武市の唐突な行動が掘り当てた衝撃の事実に宮木は驚きを通り越し、感嘆すら覚え始めている。
これが万年伍長である自分と大尉へと一気に成り上がった彼女との差なのかと、宮木は思わず納得してしまう始末だ。
しばらく車内は静寂に包まれ、そのお陰で車体を叩く雨の音が強くなってきた事が明確に分かって武市は一つ息を吐く。
「雨……か」
武市は小さく呟くと、思い返す様に瞼を静かに閉じる。
鉄の雨がヤウラに降り注いだあの日、自分の心を強く捉えて離さなかった異様な光景。
あの日初めて覚えた身を焦がすような強烈な好奇心を糧に自分はここまで来てしまった。
そのお陰で様々な事が分かり始めてきている。
しかし、あの光景を生み出した"モノ"が何なのか……。その事は武市の中でも未だに検討もつかない。
閉じた瞼の裏に浮かび上がったのはある少年の顔。
「君に聞けば……それも分かるのかな?」
ふと漏らした自分の呟きがらしくない"甘い"響きを伴っていた事に気付き、武市は思わず苦笑した。
念の為、もう一度周囲を警戒すべく荷台から顔を覗かせようと武市が腰を浮かしかけた折、宮木の困惑した声が車内に響く。
「な……んだアレは? 黒煙? 火事か? 雨が降っててラッキーと言いたい所だが……"二箇所"同時に? ちと不自然だな……」
その声に釣られて武市も荷台の小窓から顔を覗かせると、遠くにヤウラの街陰が見える。
ヤウラには宮木が言った様に二箇所で黒煙が上がっており、確かに目を引く光景だった。
「ふむ、放火の可能性もありますね。憲兵隊は忙しそう……ッ!?」
武市が考えを巡らせながら言葉を述べている最中にヤウラの街中で大きな赤い光が広がりを見せ、同時に爆煙が上がる。
武市は思わず言葉が詰まってしまい、宮木は大きく口を開けて身を硬直させてしまった。
暫く車内を沈黙が包んだが、ヤウラに近づくにつれてサイレンの音が大きく鳴っている事に武市は気付き、搾り出す様に声を漏らす。
「無人兵器の突破を許したのか……?」
――そう呟くが、恐らく違うと武市の勘は強く告げていた。
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時は少し遡る。
時刻は朝も朝だが、御川 啓の纏う雰囲気は清々しい物ではなく、どんよりとした重い空気を纏っていた。
五階長である御川 啓は睡眠を挟む事無く、沿矢が訴えてきた『殺害予告』なる物の調査をしていたのだ。
部下の一人には十分おきにPDAを使ってノーラへの連絡をする様に指示し、 御川自身は残った他の部下と共に25階にあるフロアの一室を使い、ノーラが宿泊していると思われる宿に片っ端から連絡をとろうと試みていたのだ。
数時間の時を費やし、ようやくノーラが泊まっている宿泊施設の確認が取れたのが、ホテルの従業員はノーラを通話口に出そうとしない。
何故と問うと、どうやら部屋にはノーラだけではなく"我等が"紅姫も滞在しているからである。
ノーラだけならともかく、様々な噂を抱えている紅姫様の機嫌を損ねたくはないと、従業員はノーラの部屋に訪れる事を強く拒否しているのだ。
時刻は早朝。恐らくまだ寝てると思われる時間帯であるし、それも無理はないと思うが……。
御川は暫く頭を悩ませると、ふとある事を思い付いてしまった。
――そうだ。一緒に居るのならば……キリエのPDAに連絡を入れれば良いだけではないか。
何故そんな簡単な事に気付かなかったのかと、御川は苦笑しながらホテルの従業員に感謝の言葉を告げてからPDAを切った。
PDAを操作してキリエの番号を見つけると、御川は僅かに躊躇いながらソレを押してコール音を鳴らす。
「……これで何にも無かったら、ポイントの半分を取り上げてやろうじゃないか」
据わった眼差しを浮かべながら御川は沿矢への愚痴を吐くと、何となく姿勢を正してキリエがPDAに出るのを待つ。
一秒、二秒、そう時が過ぎていくと同時に自身の心臓が強く鼓動を波打ち、御川は胃がキリキリする感覚も味わっていた。
キリエ・ラドホルトの人柄は子供の純粋さに近い部分がある。
陽気な雰囲気で職員達に挨拶をする事もあれば、憮然とした態度でちょっとした事に職員へ文句を付ける事もある。
気まぐれな部分が特に目立ち、何週間もメイン居住区で遊び呆けていたと思ったら、唐突に出かけて賞金首を複数纏めて狩ってくる事もあった。
捉え所の無い人物だが、腕は確かだ。
A+と言うランクは並大抵の努力で手に出来るモノではないのだが、彼女は軽々とソレを取得して見せた。
徴兵活動の所為で多数の勇士達が他に移り、落ち目だったヤウラの組合所もキリエの活躍のお陰で徐々に盛り返すまでに至る。
その功績は組合所のみならず、軍にさえ融通が効くほどに大きな物だ。
そもそも軍とてスカベンジャー達が探し当てた物資や、ハンター達が狩ってくる無人兵器の残骸を使わないとプラントをフルに生かせないのである。
"ヤウラに紅姫あり"とは正に的を射る言葉で、今ではキリエはこの街に欠かせない重要人物だ。
彼女の預かり知らぬ所で"愚か者"が軍の手によって消された事実からも、それが伺えてしまう。
御川自身は彼女に特に悪く思う所もなく、強い尊敬の念を抱いているのだが、やはり少し気後れしてしまう所がある。
時が過ぎるにつれて御川の心中には『もう、出なくて良いかも』との思いが浮かび上がり始めてしまう有様だ。
しかし、そんな御川の思いを見事に裏切って遂にキリエが通話に出てしまった。
『ぅ~~……何? キャリアーでも出たのぉ?』
「あ、いや……。その、ノーラ・タルスコット殿にお伺いしたい事がございましてですね……。彼女のPDAに連絡がつかない為、一緒に居られるラドホルト殿のPDAに連絡を入れさせて頂きました。起こしてしまい大変申し訳ございませんが、タルスコット殿はお近くに居ますでしょうか?」
関口一番に獲物の情報を求める辺り、どうやら最近の紅姫は積極的に狩りを行いたい気分の様だ。
御川はそう素早く推測しつつも、ノーラへ連絡を取りたい趣旨を伝える。
『ノーラに? えーっと……? あれ? ノーラぁ?! あれれ……』
「あ、あの! ラドホルト殿?!」
キリエの声が遠ざかっていく事に気付いて御川が慌てて大声を張り上げたが、時既に遅し。
通話が途切れてはいないのは幸運だが、ゴソゴソとした音やら何かを引っくり返す大音量が聞こえてきて、御川は暫く気が気でない状況を過ごしてしまった。
『うーん……ノーラが何処にも居ないんだよぉ……。何処に行ったか知らない?』
「え、いや……私もそれが知りたいのですが…………」
相変わらずであるキリエのマイペースっぷりに御川は戸惑いながらそう言葉を返してしまい、暫く沈黙が訪れた。
――もしや、機嫌を損ねてしまったか?
御川がそう思い始めた時である。
まるで天から救いの手が差し伸べられたかの様なタイミングで、部下が息を切らしながら部屋に飛び込んできて吉報を告げた。
「ご、五階長殿!! の、ノーラ・タルスコット殿が組合所に訪れました!!」
「お、おお!! そうか、分かった!! ラドホルト殿、タルスコット殿が組合所に訪れたとの事です!!」
『え? 組合所に? わかった、切るね~』
「ら、ラドホルト殿? ってもう切れてるか……」
此方の返答を聞くまもなく通話を切られる事に今更腹を立てる訳もないが、何処と無く空しさを感じた御川は一つ溜め息を零しながら部下に問いかける。
「それで? もう殺害予告についての事情は聞いたか? いや、私自身が聞いた方が良いか……。彼女は何処で待たせた? ちゃんと応接室にお通ししただろうな?」
御川が席を立ってスーツの皺を正しながらそう問うと、情報を届けに来た部下が言葉を詰まらせながら言葉を搾り出した。
「そ、それがタルスコット殿は……。その、"着飾って"いると言いますか……大変に重武装な身形でして。殺害予告の件もありましたし、一時的に組合所の入り口でお待ち頂く様にと、そうお願いして来た所なんです」
「…………木津君、君は一体何をやらかしたんだ?」
御川は呆然とそう言葉を漏らし、数秒の間だけその場に立ち尽くしてしまった。
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時きたる、とは正にこの事か……。
朝早く、俺が睡眠を貪っていると仮眠室に御川さんが寄越した警備員が訪れ、ノーラさんが組合所に訪れた事を伝えてくれた。
御川さんは律儀にも彼女から事情を伺おうとしたらしいのだが、ノーラさんは俺が姿を表さないと何も言わないと述べたらしい。
組合所に訪れたノーラさんは重武装との事だったが、キチンと冷静に対応してる辺り話し合う気になってくれたのだろうか?
とりあえずこのままでは埒があかないと御川さんは判断してノーラさんに武装解除を要求し、それに応じれば俺を呼んでくると約束したらしい。
で、素直にノーラさんはその要求に従ってくれたそうなので、俺も素直にホイホイと警備員の案内に従って組合所の一階に向かっている所だ。
「ソウ君。本当に宜しいのですか? 危険人物と直接顔を合わせるなどと……。ご命令して下されば、ラビィがこの手で……」
「いやいやいや!! 大丈夫だって、タルスコットさんは武装を解除したって聞いただろ? それに警備員の人達も待機してくれてるらしいし……」
エレベーターに乗り込んだ後、何やら不穏な事を口にしようとしたラビィの言葉を俺は遮り、そう捲くし立てた。
それが耳に届いたのか、案内をしてくれていた警備員が軽く体を揺らして装備の音を立て、『俺が守ってみせる』的なアピールをする。
しかし、それを軽くスルーしてラビィは再び俺に警告を促してくる。ああ、哀れな警備員さん……。
「しかし、その人物は凄腕だとソウ君は言いました。どうか、その事を忘れずに対応してください。上手く妙手を使い、何らかの策を講じてるくるかもしれません」
「うん、そうだね……。気をつけるよ、ラビィ」
ラビィの言葉に俺は頷きを返すと、一つ息を吸って気を引き締める。
確かに、昨日俺がノーラさんに感じたモノは背筋が凍る様な威圧感も混じっていたのだ。
その事も考えると、まだ気を抜くのは早いと言う事は明らかである。
エレベーターの速度が遅くなり、扉が開かれる。
先に抜け出した警備員の後を追う様に俺も脚を動かそうとしたした所で、これまで沈黙を貫いていた里津さんが一つ呟いた。
「……気をつけなさいよ、沿矢」
「はい、気をつけますね。ありがとうございます、里津さん」
俺は里津さんを安心させる様にグレードⅤの防弾ベストを撫でて見せ、彼女に笑いかけた。
里津さんは一つ頷くと、俺の背中を軽く叩いてさっさと俺を追い抜いて早足で先に行ってしまう。
一階のフロアには騒ぎを感じ取った職員や同業者達が多数居て、早朝だと言うに少し賑わいを見せていた。
俺は警備員の案内の下人垣の間を掻き分け、遂にロビーの入り口に辿り着く。
「タルスコット……さん?」
自動のドアである両開きのガラス戸の前で待ち構えていたノーラさん。彼女は警備員が告げた様に確かに物騒な出で立ちだった。
俺の着ているベストとまでは言わないが厚みがある防弾ベスト、各所に装備してあるプロテクター、両の手には黒いグローブも装着している。
そのベストの下に着込んでいる物は俺が映画やドラマで見た軍人が着込んでいるBDUに似た物で、先日見せてくれたワンピース姿などではなかった。
ノーラさんから少し離れた所にいる数名の警備員は何やら様々な武器を手に持っている。
アレが恐らくノーラさんから取り上げた武器なのだろうが……凄い数だな。
何よりも目を惹いたのがノーラさんの髪型だ。
緩やかな波を描いていたブラウンロングヘアーは一つに纏められており、ポニーテールとなっている。
似合わない、って訳ではないが雰囲気が全く様変わりしていて俺は大変に驚いた。
タルスコットさんは俺を見つけると柔らかく微笑んでくれる。
それは彼女がゴーグルを装着していても一目瞭然で見て取れたので、俺は大きく安堵して思わず息を零してしまった。
俺もそのまま彼女に笑い返して近づこうとすると、近くに居た御川さんが声を掛けてくる。
「どうやら穏便に事が終わりそうですね。ヘマをしないでくれよ、木津君?」
御川さんは茶目っ気な笑顔を浮かべると、俺の肩を一つ強く叩いてエールを送ってくれた。
俺は彼に大きく頭を下げると、感謝の言葉を伝える。
「はい! 御川さんには本当にお世話になりました。ありがとうございます!!」
御川さんは一つ頷くと、さぁと一言だけ呟いて後押してくれた。
俺がそのままノーラさんに近づこうとした際、彼女は片手を上げて此方に向ける。
「沿矢様、話したい事がございます。ですが、他の人も交えてと言うのは……」
ノーラさんはそう言うと、困った様に笑って見せた。
他の人……と言うのは言わずもがな、俺に付き添ってくれているラビィと里津さんの両名の事だろう。
里津さんは俺が視線を向けると肩を竦めながら素直に下がってくれたのだが、ラビィは一歩も動こうとはしない。
彼女の強い忠誠心を感じ取り、俺は感謝の言葉を告げながらラビィに命令を下す。
「ラビィ、ありがとうな……。俺に何かあったらすぐに飛んできていいからさ。ここで待っててくれないか?」
「……はい。どうかお気をつけて、マスター……」
ラビィは最後にそう小声で呟くと、瞼を伏せて一歩下がってみせる。
俺はそれを確認してノーラさんに向き直ると、彼女は微笑を浮かべながらゆっくりと頷いて見せた。
周りには警戒している警備員の他にも、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて事を見守る同業者達も居る。
だが、俺はそれ等の視線を撥ね退けると遂にノーラさんの正面に立った。
俺を見つめるノーラさんの瞳には、昨日感じた威圧感は混じっていない様に見える。
その事に深い安堵の念を感じながら、俺はたどたどしくも口を開いた。
「タルスコットさん……。あの、俺は……」
「ノーラと、そうお呼びしてくれて構いませんわ。沿矢様」
俺がノーラさんに話しかけようとした際、彼女は軽く首を振ってそう言ってくれる。
驚きに目を見張りつつも、俺はすぐさま込み上げてきた嬉しさに思わず笑みを浮かべてしまう。
「あ……はい!! ノーラさん。その、貴方が迫田と何らかの繋がりがあった事は俺も薄々気付いて……」
「沿矢様――覚悟は出来ましたか?」
俺がノーラさんが抱える想いを理解しようと言葉を述べ始めた折、それはすぐ様遮られてしまった。
驚きで彼女に視線を合わせた際、俺は違和感を覚える。
ゴーグルの中で光る彼女の金の瞳には、何やら線の様な物が浮かび上がっていて――?
俺がその正体を確かめようと注視し始めた時である。
ノーラさんは俺の正面からスッと体をずらして、まるで死者に手向けるように言葉を吐き出した。
「お覚悟ができてなかった事は残念に思いますが。壊し屋を殺した貴方の手腕にわたくしは敬意を表し、これを持って終わらせます」
ノーラさんはそう言うと、彼女は僅かに口内で何かを"転がす"様な仕草を見せた。
その瞬間、視界の端で何かが光って見えた俺は彼女から視線を外して正面に向ける。
組合所の正面にある大通り、その果てに佇む廃墟から光が一線に伸びて来て――光はそのまま俺に突き刺さった。
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「沿矢っ!!!!!」
轟音が組合所を大きく揺らし、次に響いたのは里津が放った力強い一言である。
しかし、彼女が向けた視線の先からは既に沿矢の姿は瞬時にして掻き消えていた。
沿矢に直撃したのがレイルガンの砲撃であった事にすぐさま里津は気付いた。
その威力は凄まじいの一言であり、レイルガンの砲弾は一瞬で防弾性である組合所の入り口のガラス戸を吹き飛ばすと、威力はそのまま衰えを見せず沿矢に突き刺さってしまった。
当然の事その衝撃に耐え切れるわけも無く、沿矢は一瞬の内に様々な物を巻き込みながらフロアの端まで吹き飛ばされてしまい、厚いコンクリートの壁へと盛大な音を伴って叩きつけられる。
沿矢を貫いたレイルガンを遠隔操作していたのは言わずもがな、ノーラ・タルスコットである。
電子補助ゴーグルに映し出される映像を元にノーラは予め"自分自身"に狙いを定めておき、自分の正面に沿矢が立った事を確認すると、口内に隠し入れていた小型の遠隔装置のスイッチを歯で押して射撃したのだ。
ノーラは電子補助ゴーグルのスイッチを押してスナイピングモードを解除すると、次に口内へ隠していた遠隔装置を吐き捨てながら混乱を見せる警備員の一人に素早く肉薄し、防弾ベストとヘルメットの隙間を狙って手刀を形作った右手で警備員の喉を強く突いた。
えずきながら倒れこむ警備員を尻目に、ノーラは取り上げられていたM105グレネードランチャーを奪い返す事に成功する。
組合所に突如として湧き上がってしまった混乱は思ったより大きく、まだアレを引き起こしたのが自分であると気付かれていない。
ノーラは素早くその事実を認識すると、懐からHE弾を取り出してM105に素早く装填する。
いざ奥に倒れこんでいる沿矢に止めを刺さんとノーラは右手でM105を振り上げ、別れの言葉を告げる。
「では……さようなら、沿矢様」
ノーラが引き金を引く正にその時であった。
散らばったガラスを強く踏みつけながら此方に向かってくる"何か"に気付き、ノーラは大きく目を見張った。
"ソレ"を認識した時には既に遅く、M105は強く蹴り上げられてノーラの手元から離れていく。
しかし、彼女はその寸前に引き金を引いており、『ポン』と気の抜ける様な音の後に組合所内に爆音が響き渡る。
着弾地点は僅かに沿矢から逸れてしまい、被害は近くにあった柱を粉砕するだけに留まった。
M105を蹴り飛ばした衝撃はよほど強かったのか、ノーラは右手に感じる強い痺れに舌打ちを放ちながら乱入者に声を掛けた。
「手痛い一撃ですわね。貴方、何者?」
その問いを受け、真紅の瞳を爛々と輝かせながら銀髪の戦乙女は悠然と構えを取って答える。
「貴方を――排除します」
ラビィ・フルトが静かに告げたその言葉とは対照的に、力強く放たれた拳が開戦の合図となった。




