想う心
「ん、おかえり~」
店は昼過ぎと言う時間も合わさってか、結構混んでいたので俺は裏口から家に入った。
玄関先から歩を進めると、居間から里津さんの声が聞こえたので覗いてみる。
すると里津さんは大の字になってだらしなく床に寝転んでいた。
彼女は少し体を起こすと、俺を軽く睨んで言葉をスラスラと放つ。
「アンタねぇ、朝からドタバタしてたけどさ……また依頼でも受けてきたの? 稼ぐのを止めろとは言わないけど、少しは休まないと体が持たないわよ?」
ありがたいお言葉だ。実際、里津さんのアドバイスは的確である。
体の疲れだけではなく、今の俺は精神的な部分も大分参っていた。
だから、俺は藁にも縋る思いで里津さんに泣き言を漏らしてしまった。
「里津さん、どうしましょう……。俺、殺害予告受けちゃいました…………ちなみに明日来るそうです」
そう俺が呆然と衝撃の言葉を告げた時の里津さんの表情に浮かんだモノは、俺が生涯忘れる事がないほどに見事なモノであったと此処に述べておこう。
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「おーい、お客さん。終点ですぜ!! クースでございま~す!!」
宮木 誠一は荷台に乗っている武市 詩江へと大声で語りかけた。
何故武市が助手席に乗っていないかと言うと、万が一無人兵器に見つかった時は荷台からレイルガンを使って撃退する必要があるからだ。
「宮木伍長、ふざけるのは止せ。これから我々は二人で廃病院で探索するのだぞ? 気を引き締めろ」
ハンドルを握っていた宮木は、武市の注意を鼻で笑い飛ばして一蹴する。
「そうは言いますがね、武市大尉。ヤウラへ戻った時に軍から受けるお叱りの言葉を思い浮かべるだけで、俺ぁ気が遠くなる思いなんですよ。こうして茶化してないとやってられません」
「責任は私が取ると言ってるだろう? 貴方は銃を突きつけられて脅されたとでも言えばいい」
武市はそう言うが、軍はその程度で追及の手を緩める程馬鹿じゃない。宮木はそう心中で嘆く。
そもそも、彼女は今回の暴走行為をどう言って弁解するつもりだ?
『 一人の少年に関する事で調べたい事があった。だから軍の車両や装備を無断で持ち出した』
なんてふざけた理由を述べれば、階級を下げられるなんて軽い処罰ではまず済まない。
それどころか、軍法会議も無しで刑務作業行きを宣告されてもおかしくはないのだ。
一体何が武市を突き動かすのか?
今回の武市が起こした無謀な行動に宮木は呆れよりも、そんな興味が湧い出て来る程である。
それにもう此処まで来たのだから今更引き返せはしない。
宮木は心中で静かに覚悟を決めると、ハンドルを握り締める手に力を込めた。
クースにはCG式が居ないので、やろうと思えばトラックを街中へと走らせる事ができる。
しかし、完全に放棄された街中はヤウラの外居住区よりも崩壊が酷く、道路の荒れ果て具合もこれまた一段と激しい物だ。
廃病院を目指しての道中ではその所為で数回立ち往生してしまい、そんなに広い街中では無い筈なのに着々と時間が経過していく。
途中、武市が我慢できずに徒歩で向かうべきとの主張をしたが、もし無法者が周囲に潜んでいたら車両を盗まれる可能性がある。
宮木がそう告げると、武市は黙って主張を取り下げた。
恐らく彼女も本気では無かったのだろうが、思わず愚痴を零すほどに忍耐の限界が近づいているのだろう。
――こういう所はまだまだ未熟なんだがな……。
宮木は静かに心中で呟きながら運転に集中する。
幸いにも巨大な廃病院の姿は街中から途切れる事無く見えたので、そういう意味では迷うことは無かった。
もし廃病院が建物の陰に埋もれる様な形だったら、さらに時間が経過していた事であろう。
クースに着くまでに数時間。
クースに着いてから数十分の時間を費やし、遂に二人は廃病院まで辿り着いた。
宮木伍長は駐車場に複数の廃車が並んでいる傍にトラックを止めた。
もし万が一病院でLG式に見つかり、トラックへと逃げ込んだ際にはこれらが暫く銃撃を受け止める盾となってくれるだろう。
少なくとも、タイヤが打ち抜かれる可能性が大幅に減るはずだ。
トラックから降りた宮木は腰に手を当てて背伸びをしながら廃病院を眺める。
なるほど。何時もはベースキャンプから眺めているだけだったが、近くで見るとこうも印象が変わる物なのか。
宮木は廃病院が覗かせる陰険な雰囲気を身近に感じ取り、全身に鳥肌を立てた。
そうこうしている間に武市は荷台から飛び降り、装備の確認を着々と済ませながらチラチラと廃病院の入り口に視線を向けている。
入り口付近には複数のLG式らしき物体が散らばっており、何故か近くの壁には自動販売機が埋まる様にしてめり込んでいた。
激しい戦闘がそこで起こった事は一目瞭然であり、武市の警戒心を徐々に奮い立たせていく。
久々の実戦だ。とは言っても戦闘行為はなるべく避けるつもりではあるが、緊急の事態には備えておかなければならないだろう。
武市が着ているボディアーマーはグレードⅡと言う極標準的なランクの装備だ。
ケブラー繊維と合金プレートを組み合わせて使うこれ等は、ヤウラのプラントで生成できる物であり、大量生産が可能である。
対人装備としては十分だが、"対機"装備としては少し心許ない部分があった。
警備ロボに内臓されている銃器系の装備は、内臓スペースの都合で小口径の場合が多い。
そもそも人型と言う特徴を生かし、警備ロボに様々な銃器類を持たせて警備に使っていた場所もあるが、それは大企業等のセキュリティクラスが厳重である場所でしか行われなかった場合が多い。
ちょっとしたオフィスビルや今回の様な病院等に配置された警備ロボは、"裸"で配置される事の方が一般的であったのだ。
費用を少しでも安くしようと言う、過去に生きた者達の本音が垣間見える一部分である。
しかし、警備ロボの真価は銃器類を使った攻撃だけではない。
弾切れを起こしても慌てる事無く接近戦モードに移行し、鋼の体を持ちながらも高速で襲い掛かってくる様は今でも十分な脅威なのだ。
少なくとも、武市が今着ているボディアーマーではその衝撃は防ぎきれないだろう。
彼女もその事には最初から期待してはおらず、PALSを採用しているこのボディアーマーの特徴を生かし、各部に大量に設置されたポーチにマガジンや手榴弾を収めていく。
次に武市が手にした武器。
これまたヤウラのプラントで大量生産可能なブルパップ式のアセルトライフル、『Y6』と呼ばれている物だ。
兵士の間では『ワイロ』等と不穏な名で呼ばれ、慣れ親しむ者が多く居る。
Y6の口径は5.56mm、装填されるマガジンは箱型弾倉でストレート型、格納弾薬数は三十。使用している弾薬は5.56x45mm弾。
目立つ特徴としてはY6は薬莢を前方に射出するフォワード・イジェクション方式を採用しており、射手の利き手を選ばない工夫が施されている。
これまた対機装備としては少し威力に乏しい部分があるが、送迎班のトラックにはこれしか置いてなかったので仕方が無い。
無人兵器に対抗する為のレイルガンや対戦車ライフルは屋内での取り回しには向いてない装備であるし、必然的にこうなってしまった。
宮木は着々と装備を身に着けていく武市を眺めつつ、思わず文句を口に出さずにはいられなかった。
「少し過剰すぎじゃないですかね……? マガジンを十も消費する事態に遭遇するなんて、俺は勘弁ですよ」
「備えあれば憂い無し。宮木伍長、アナタもさっさと装備を身に着けてください」
取り付く島もない、とは正にこの事か。
仕方なく、宮木は小さく溜め息を零しながら装備を手に取った。
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「ふ~ん。昨日の夜に二つ名持ちの凄腕の同業者と出会って、その人が物凄く美人で男達に絡まれてて、助けたお礼に美味しい依頼を出してくれて、何故かホイホイと着いてったら殺害予告されちゃったのねぇ……。ごめん、意味わかんない。ラビィ、アンタはどう思う?」
俺から事情を聞いた里津さんはすぐに考える事を放棄し、ラビィへと話を振った。
ちなみに今は緊急事態により、店は急遽として閉店してある。
話を振られたラビィは一つ頷くと、俺の傍に近寄ってきて力強く宣言した。
「問題ありません。ラビィがその人物を排除すれば、全ての問題が解決するでしょう」
「そうねぇ……とりあえずもう黙ってていいわよ。新たな問題が浮上するだけだから」
里津さんは呆れた様にラビィへ辛辣に言葉を放つと、次に俺へと話を振ってきた。
「大体、明日来るって何よ? どうしてその場で襲われなかったわけ? そもそも襲ってくる理由は? 何もかも意味わかんないわよ」
「さぁ……彼女はただその間に逃げるなり、覚悟を決めるなりしろとだけ……。もう俺ってばどうすればいいかさっぱりです」
ノーラさんは無表情でそれ等を告げると、タグを渡してさっさと帰ってしまった。
俺はあまりの衝撃でしばらくその場に立ち尽くす事しかできなかったし、それに彼女へ何と言葉を返せばいいのかすら分からなかったのである。
ただ、ノーラさんが告げたあの言葉は間違いなく本気であった。それだけは間違いないと断言できる。
俺が元いた世界でDQN共が普段使ってる『ぶっくぉすぞぉ!?』と言う言葉がレベル五だとする。
そして、ノーラさんが静かに言い放った『明日、貴方を殺しに参ります』と言う言葉はレベル二千は余裕で超えていた。
ト○コぐらいのインフレ具合ですね。ガ○ラワニ(笑)的な。
一体何がどうなってこんな事態に……。
俺は唐突に訪れた事態の急変と、好ましく思っていた人物からの殺害予告に思わず涙を浮かべてしまう始末だ。
「タルスコットさんは何だかゴミ山や、教会の子供達を狙っていた事件を調べてたみたいで……。彼女は俺が迫田を殺した事に気付いたみたいなんです。だから、不意の問いかけに思わず……ってな具合で、俺は迫田を殺した事を告白しちゃったんです。けど、まさかこんな流れになるとは思いませんよぉ……」
「壊し屋をねぇ……それがなんでアンタの殺害予告なんかに繋がるのかしら? うーん……んん!? た、タルスコット!? アンタ、今タルスコットって言った!?」
俺から事情を聞いても冷静に話を進めてくれていた里津さんが、ノーラさんの名を聞くと初めて声を荒げた。
「はい、ノーラ・タルスコットって言う人です!! やっぱり……有名なんですか?」
今朝の組合所の騒ぎを見ればそれは明らかであろうが、俺はついそう問うてしまう。
「鉄雨の貴婦人ッ……!! 有名なバウンティハンターじゃないのよ!! これまた厄介な奴に絡まれたわねぇ、アンタってば……」
「ば、バウ? バウワウハンターですか? 何だか凄そうですね……」
何処と無く好きな響きだな。犬好きである俺には心に届く節がある。
俺がそんな馬鹿な事を思い浮かべ勝手に心を和ませていると、里津さんは衝撃的な事を口にした。
「バウンティハンター……つまりは賞金稼ぎよ。犯罪を起こしたならず者達や、ネームド付きである無人兵器を対象に組合が賞金を出しているのよ。彼女は主にならず者達を積極的に狙っていた賞金稼ぎなんだけど……。今までに彼女が仕留めた賞金首は大小を問わなければ軽く百を超えるわ」
「わ、ワンハンドレッド……。とんでもない数じゃないですか」
もう凄すぎて理解が追いつかないよ。
百式一体倒したぐらいで得意気になってた俺が馬鹿みたいだ。
俺が改めてノーラさんの凄さを認識していると、続けて里津さんは驚愕の事実を述べた。
「彼女が恐れられている真の理由はそこじゃないの。賞金首ってのは基本DEAD OR ALIVE《生死を問わず》なんだけど、もし生け捕りできたら賞金が二割増すのよ。けどね、彼女はどんな相手だろうと必ず"殺害"しているの。それこそ……彼女が余裕で生け捕りに出来る様な相手でも、ね。とある賞金首なんかは彼女が近くの街に現れたってだけで、組合所に出頭して身柄の保護を必死に懇願したほどよ」
絶句とは正にこの事か。
何時も穏やかな笑顔を浮かべていたノーラさんがそんな所業をしていたとは……。
いや、でも確かに俺へ殺害予告した時の彼女には"凄味"と言うか、迫田が纏っていた雰囲気に似た何かを俺は感じ取った。
「どうしましょう……。もう、絶望的じゃないですか…………」
ギャルゲーなら選択肢をミスったのかと思って一度リセットしてる場面だよ。
そして、そもそも好感度が足りてないから起こった回避不可なイベントだと知り、深く絶望するのだ。
そんな俺の絶望を他所に、里津さんは軽い口調で言ってのける。
「何言ってんのよ、こういう時の組合所でしょう?! 同業者同士のトラブルを解決するのも階長の役目よ!! 全く……アンタって本当に何も知らないと言うか……。危なっかしくて見てらんない男よねぇ……。そうと決まったら、準備をして組合所に向かうわよ!! ラビィ、アンタも手伝って頂戴」
里津さんは腰を上げると店の方へと向かいながらラビィに手招きして見せる。
しかし、当のラビィは俺の傍から離れようとはしない。
「ですが、今は沿矢様の身の安全が危機に晒されています。ラビィが沿矢様の半径三メートルから離れると、危機対処にかなりの遅れが生じてしまいます」
「お、俺は大丈夫だから、ラビィ。それにタルスコットさんは明日来るって言ってたし、今は里津さんの手伝いをしてきてくれないか?」
「……敵方の情報を鵜呑みにするのは大変危険な行為です。その事はどうか忘れずに」
ラビィはそう忠告すると、素直に俺の言葉を聞いて里津さんの手伝いに行った。
俺だけ一人残され、暫く沈黙が部屋を包み込む。
しかし、俺の心臓は強く鼓動を刻み、そのお陰で素早く流れる血流が鼓膜を刺激して耳触りな音を立てている。
ふと、新たに金属質な音が新たなBGMとして耳奥へと飛び込んできた。
音の発生源は……武鮫だ。気付けば、俺の両手は僅かに震えている。
この世界に来てから、短い間にも関わらず命の危機は何度もあった。
最初に荒野でロボに引き摺られた時。
迫田とゴミ山で死闘を繰り広げた時。
百式とエレベーター内で無謀な殴り合いをした時。
迎撃戦でスパイダーの銃撃を受けた時。
そのどれもが鮮明に記憶の中に焼き付いてはいる。
しかし、未だに"慣れ"はしない。
今まで俺が繰り広げた命のやり取りは、そのどれもがどちらかの"死"で終わりを告げた。
――今回も、そうなるのか?
やられたら、やり返す。シンプルなその考え。
俺は最終的には自分の命が惜しい男だ。
まず最初に迫田を無効化しようなどと考えたのは、俺が自分の力量を見誤った馬鹿なガキだったからである。
それに俺から見た迫田はまさに"狂人"と言う言葉がピッタリと当てはまる人物であったし、俺は奴の事など微塵たりとも知らなかった。
だからこそ、最後に左腕を迷い無く振り抜く事ができた。
だが――ノーラ・タルスコットと言う女性はどうだ?
短い間だが確かに言葉を交わし合い、俺は彼女の人となりを知ってしまった。
その事が、俺の様な人間にとっては致命的な事の様に思える。
――もしも、彼女と戦う事になったとして……俺は躊躇せずに戦えるだろうか?
そう自分の心に問いかけたが、結局答えは出なかった。
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ノーラ・タルスコットの胸の内は晴れやかだった。
陰とした思いはどこかに消え、暖かな日差しが柔らかく降り注いでいるかのような気分。
この様な穏やかな気持ちを、ノーラと言う人間は長く感じてはいなかった。
メイン居住区に存在する"緑溢れる"公園のベンチに腰を下ろし、ノーラはニコニコと笑顔を浮かべている。
それは何時も彼女が浮かべている"偽りの仮面"ではなく、自然なモノであった。
気品溢れる穏やかな笑顔ではなく、まるで無垢な少女が浮かべている笑顔は彼女の服装とはまるで合ってはいなかった。
そのお陰でノーラを注視する輩はいない。
いや、不審な人物を見る様な面持ちで彼女を見る輩はいたが、すぐに早足で通り過ぎていくばかりだ。
そんな周りの様子を気にする事無く、ノーラは静かに先程の出来事に想いを馳せた。
ノーラが沿矢に一日の猶予を与えたのは助けて貰った恩を返す為と言う律儀な部分も合ったのだが、それ以上に"準備"が必要だと悟ったからだ。
沿矢自身が迫田の殺害を認めた時、様々な考えがノーラの中に過ぎった。
――どうやって殺した?
――どういう状況で殺した?
――どうしてあっさり認めたのだ?
――どうしてその事実を隠している?
そんな考えが素早く脳裏を過ぎったが、結局ノーラはどれ一つとして問う事はしなかった。
迫田を殺した事を認めた時、沿矢の瞳に宿った物を見て取り、彼女はそれが真実だと悟った。
バウンティハンターとして名を轟かせている彼女は、人と接する術をとりわけ重要視している。
自分を狙う相手が女性と言う"幸運"に油断し、簡単に仕留められる賞金首が何人も居た。だから容姿を整えた。
金を払うよりも、笑顔を浮かべて接すれば"男と言う生き物"は好意的に相手をしてくれるのだと知った。だから笑顔を浮かべる事にした。
そうすれば後は簡単だった。自身の中に余裕が生まれ、相手の目を見ると簡単に考えを見抜く事が出来た。
年端も無い少年が言った、あの言葉が紛れもない事実だと自身の経験と勘が裏付けしてくれる。
認めよう、あの少年が自分から復讐する相手を奪っていった相手だと。
そして、あの少年にはソレを可能にする"何か"がある。
それは装備していたHAなどではなく、もっと別の何かである事は確かだ。
だから入念に準備して"狩り"に出掛ける必要がある。
行き所を無くしていた感情は、遂に自身が向かう場所を見つけてしまった。
そして、ノーラはもうそれを止めようとは思わなかった。
何故なら――心を解き放つ事でこんなにも晴れやかな気持ちを味わえるのならば、我慢する必要などないではないか。その事に気付いてしまったから。
「ノーラぁぁぁぁ!! お待たせぇぇぇ!!」
ノーラが心の充足感に浸っていると、遠くからキリエ・ラドホルトの声が聞こえてくる。
素早くノーラは気持ちを切り替え、また偽りの笑顔を表情に浮かべてキリエを迎え入れた。
「あらあら、キリちゃん。この間言ったばかりでしょ? もう少し落ち着きを持たなきゃ、って」
「むぅ~~お説教はいいよぉ……。そ、それよりさ!! ショッピングに行くんでしょ?! いやー、ノーラからそんな誘いが来たなんて驚いちゃってさ。私ったらPDAを二度見しちゃったよ~~」
ノーラの諭す様な言葉を聞いてキリエは不満気に頬を膨らませたと思ったら、次の瞬間には輝かしい笑顔を浮かべている。
二人の付き合いは長いのだが、プライベートでの干渉はあまりしてない事にキリエは僅かな不満を抱いていたのだ。
とは言え、元々所属している組合所が違うのだから仕方ないと半ば諦めてはいたのだが、こうして誘いが来るとやはり心が躍ってしまう。
キリエは甘える様にノーラの左腕を抱きかかえると、彼女をベンチから立ち上がらせ様と躍起になる。
「ノーラぁ、早く行こうよ~。もうお昼も過ぎてるしさ、夜になる前に一杯楽しまなくっちゃ!!」
「……そうね。今日は一杯楽しみましょう、"キリエ"」
ノーラは慈しむように瞼を細めると、キリエの頭を右手でそっと撫でる。
キリエは嬉しそうに頬を緩めながらソレを受け入れ、ノーラが最後に呟いた言葉に哀愁が漂っていた事に気付かなかった。
二人の間を優しく風が吹き抜ける。
気付けば、遠く彼方から暗雲がヤウラに向かって忍び寄っていた。
――きっと、明日の空は大いに荒れるだろう。




