突き動かすモノは
「そうですか、木津沿矢がクースの悲劇に関わりのある当事者の一人だったとは……」
武市 詩江は組合所の一室で宮木 誠一から話を伺っていた。
場所は組合のビルにある二十五階、送迎班が普段待機している場所だ。
何故武市が壁の外へと出歩けているかと言うと、昨日の昼から生徒達に走らせた南駐屯地から玄甲への道のりは思ったよりも険しく、生徒達の大半がグロッキー状態になってしまったからだ。
武市とて最初はズル休みをする為に訓練兵達がいらぬ結束でもして騒ぎ立てているのかと思いきや、訓練兵達の疲労は思ったよりも酷かった。
フル装備でのランニング行為はメイン居住区で何度かやらせていたし、徹底的に鍛え上げて体力を付けてきてたはずなのだが……。
武市はそう困惑して見せたが、彼女はメイン居住区と外居住区での"環境"の違いを甘く見すぎていた。
整備され整ったメイン居住区の道路とは違い、外居住区の道路は罅割れが酷く、時には大きな窪みやらもある。
思わぬちょっとした傾斜や道端に落ちているゴミを避けるのにも気を使うし、何よりも住民達の白けた様な目線が訓練兵達に大きな動揺を与えてしまった。
メイン居住区では軍人達は尊敬を集める職業だが、外居住区ではそうではないし、それよりも敵愾心の方が大きい。
流石にまだ歳若い訓練兵達に罵声を浴びせる様な輩はいなかったが、それでも訓練兵達は周囲から向けられる視線に参ってしまった様だ。
訓練兵達は体の疲れだけではなく、精神的な疲労も大きく、仕方なく今日は思わぬ休暇日和となってしまった。
この様なミスをするとは……武市は己の見通しが甘かった事を大きく悔やむが、それはもう後の祭りだ。
ただ、彼女が今後この様なミスをしでかさない事だけは確かだ。歳若い自分はまだまだ学ぶ所があるのだと、己の認識を改めて日々精進するのみ。
折角時間が出来たのだからと、武市は早速沿矢の事を調べるべく組合所に向かった。
そこでまず彼女は自分が昔所属していた古巣の送迎班を尋ね、かっての上司である宮木伍長の元を尋ねたのだ。
ただ、武市の予想外だったのは宮木が沿矢に"借り"を作った本人であったと言う事である。
驚愕したのも束の間、彼女はすぐさま宮木に事情を問うと、彼から最近起こった『クースの悲劇』の話を聞かされる。
一通り話し終えた宮木は不精髭を撫でながら、武市に疑問を発する。
「しかし、武市大尉。てっきり私はクースの悲劇は壁の中で噂話にでもなってるんだと思いましたが、知らなかったんですか?」
「宮木さん。私は今日、プライベートでここを尋ねています。口調を崩して下さって構いませんよ」
そう武市が微笑むも、宮木はそうはいかんでしょうに……とゲンナリとした表情で溜め息を吐く。
だが、彼女が一度言い出した主張を曲げない事を知っていた彼は一つ頷いて見せた。
武市はそれを確認して少し頬を緩めると、片手を口に当てながら思い返す様にして言葉を紡ぐ。
「クースの悲劇は勿論私の耳にも届いてはいましたが、その頃の私は訓練兵達の野外訓練メニューを考えていたものですから……あまり興味がなかったんです。集中したお陰でいいメニューができたと思ってたのですが、ね。中々上手くいきません……。今回は状況を見誤って訓練兵達の体調を崩してしまいました」
「なに、奴等は歳若いんだ。すぐに体調なんざ回復するだろう。武市……お前もまだまだ若いんだ。ミスの一つや二つで落ち込むな」
「えぇ、そうですね。ふふっ、こうしていると送迎班に居た頃を思い出します」
武市は宮木の言葉を受けて嬉しそうに笑みを零すも、対照的に宮木は少し表情を強張らせた。
それも無理は無い、武市が送迎班に居た頃の宮木は彼女の所為で苦労しっぱなしであった。
時には送迎班に襲い掛かってきた無人兵器を引き付ける為に武市が一人で飛び出したり。
時にはベースキャンプで騒ぎを起こした者達に武市が銃を突きつけて"仲直り"させたり。
果てにはCG式を引き連れながらベースキャンプに逃げ込んでくるスカベンジャー達を助けようと、レイルガンを使っての長距離射撃で掩護したりと。
武市の無茶に散々付きあわされ、彼は大分肝を冷やしたのだ。
武市の中ではそれ等は輝かしい思い出となっているようだが、宮木としては"暗黒期"として記憶に強く焼き付いている。
彼女の人柄や性格は好ましい物ではあるが、付き合う事はなるべく避けたいと宮木はそっと心中で呟く。
そんな宮木の思いに気付かぬまま、武市は確かめる様にして一つ疑問を尋ねる。
「それで……木津 沿矢は百式と対峙したのですね? その情報は確かな物ですか?」
「確かも何も……木津に助けられた嬢ちゃんもそう言ってたし、木津自身もそう言ってたらしいぞ。まぁ、ズタボロにやられてたけどな……」
宮木はそこで声のトーンを落とし、僅かに視線を下げた。
クースから戻って来た沿矢に謝罪をする為、部屋に踏み入れた時はよく足を止めずに歩けたものだった、そう彼は思い返す。
新品だったローブは幾つもの大穴が開き、所々が千切れ、沿矢の顔や僅かに覗き見えた腕には痣がクッキリと浮かんでいたのだ。
宮木は沿矢のあまりの痛ましさに、心を酷く締め付けられるような息苦しさを感じた。
だが、当の本人は気にした様子を見せず、それ所か己のミスを『的確な判断だった』と庇い、怪我人の命を助けた事を賞賛してくれたのだ。
その言葉に自分がどれ程救われた事か……。
宮木は今でも沿矢に対して強い感謝の念と、他者を思いやる気持ちに尊敬の念も抱いている。
そんな沿矢の事を調べまわっている武市に宮木はちょっとした疑問を抱き、思わずソレを問う事を止める事ができなかった。
「それで? ……木津の何処が気になってるんだ? アイツが何かしたのか?」
何処となく棘がある口調で向けられたその言葉に武市は僅かに瞼を細め、しばらく沈黙した。
そこで初めて彼女は宮木の部屋を訪れた時に出されたコーヒーに口を付け……すぐにソレから口を離した。
酷い味だ。合成豆でも使ってるのか? 武市はそう眉を顰めるも、仕方なく覚悟を決めて少しづつコーヒーで喉を潤した。
コーヒーを飲んで少し気分を落ち着けた武市は意を決し、遂に自分の中に潜めていた想いを吐き出す。
「迫田 甲……壊し屋。私は木津 沿矢が奴を倒した張本人であると疑っています」
武市が真っ直ぐ宮木の目を見てそう告げた。
しかし、宮木は口を大きく開けたまま瞼を数回素早く瞬きさせ、その後で盛大に笑い声を上げる。
「っははははは!! た、武市よ。ようやくお前も冗談が吐ける様になったかっ!? いやー、俺も木津は筋が良いとは思ってるんだよ。新米だってのにOG式の部品をイキナリ集めてきたし、クースからは一人で生還するし、迎撃戦ではMVPも取ったみたいだしな!!」
部屋の中に宮木の陽気な声が暫く響き渡る。
だが、武市は沈黙を保ったままで真剣な眼差しを崩そうとはしない。
そんな彼女の様子を見て、徐々に宮木は笑い声を収めていく。
「……お、おいおい、本気で言ってるのか? 木津が壊し屋をって、お前……」
「私にはそう思う根拠が幾つかあるんです……。それに、不自然と思いませんか? クースから戻った彼はボロボロだったのでしょう?」
「あ? いや、そりゃあ百式と対峙したんじゃあ……」
宮木がそう言葉を吐いた所を見計らい、武市は彼の言葉を止める様に素早く指を一つ立てて見せた。
「そこですよ、百式の攻撃を受けて"その程度"で済んだ事が不可思議なんです。組合所はミスを覆い隠そうと集中する余り、大事な部分を見落としてしまっている気がするんです」
「……いや、だがなぁ」
武市の言葉を聞いて宮木の中にも僅かな疑問が芽生え始めてはいたが、それでも彼は渋る様に言葉を吐き出す事しかできない。
宮木は武市とは違い、迫田の悪名がまさに全盛期の頃には既に軍の一員として所属し、奴の残虐な行いを同僚から聞いて我が身を震わせた記憶があるのだ。
そんな大物を一人の少年が仕留めてしまうなどと……。とてもじゃないが宮木の脳裏にはその絵が浮かんではこない。
宮木の困惑する姿を見て、武市は一つ諦めた様に息を零した。
「わかりました。では……確かめてみませんか?」
「は? ……確かめ、る?」
ジワリと、僅かに嫌な予感を感じ取って宮木は言葉を詰まらせた。
久しぶりに感じたソレは宮木の記憶に強く焼きついていた"暗黒期"と全く同じであった。
武市は静かに席を立つと、宮木を上から見下ろしながら告げる。
「今からクースに向かい、廃病院で何が起こったかを確かめるんですよ」
「……お、おいおい!! 冗談だろ!? 組合所に何て言えばいいんだよ!? 燃料代だってタダじゃないんだぞ!? 個人の好き勝手にはできねぇって!! それだけならまだしも、クースに向かう途中で無人兵器に出くわしたらどうすんだ!? 二人で対処なんざできねぇぞ!!」
混乱した口調ではあったが、宮木の吐き出した内容はどれも的確だった。
彼とて伊達に長年軍人をやってきた訳ではないのだ。しかし……だからこそ次の言葉を聞いて思わず身を硬直させてしまう。
「これは"命令"だ、宮木伍長。分かったら、今すぐトラックを用意しろ。……安心しろ、全責任は私が取る」
そう命令を下した武市の瞳には断固とした決意が浮かび上がっている。
昨日、駐屯地では確かに沿矢の事はゆっくり調べていくと武市は考えてはいた。
しかし、今日という日にまた新たな疑問が湧いて出てきてしまった事は予想外であったのだ。
それが遂に長く塞き止めていた武市の願望の波を大きく乱し、遂には理性の壁を打ち破るに至ってしまう。
――百式と対峙して生き残ったなどと……。これはもう偶然なんかではなく、木津 沿矢と言う少年には"何か"があるとしか思えない。
武市の心中には既に確信に近い何かが芽生え始めていた。そして、それはクースに向かう事で確固たる物となる予感がするのだ。
「本気……みたいですね。っは~~……知りませんよ? どうなっても……」
宮木は武市の瞳に宿る強い意志を見て取り、己の目の前が真っ暗になっていく様な感覚を味わった。
暗黒期の思わぬ再来。しかし、宮木にはどうする事も出来ず……タダ彼女に付き合う事しかできない。
それにもし彼女を放っておくと、一人でトラックを動かしてクースに向かってしまう勢いではないか。
武市のこういう無謀な所は厄介ではあるが悪い奴ではないし、昔は面倒を見てやったという親愛の情も確かにある。
宮木は覚悟を決めながら一つ溜め息を零すと、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
こうして宮木伍長の不運な"二日間"が、思わぬ形で始まりを告げたのであった――。
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教会へ向かう道中にある瓦礫の山。
ここをどうやってノーラさんが走破するのかで地味に俺の中で興味が湧いていたのだが、なんと軽々と走破してしまった。
俺の予想では慎重に行くかと思いきや、なんと彼女は軽く勢いをつけて素早く上へ上へと行ってしまう。
ヒールの靴を装備した状態であんな荒業ができるとは……恐るべしはAランクと言った所か。
何だか断崖絶壁を上る山羊を見た気分ですな。 驚愕と感嘆が合わさった気持ちですよ。
ノーラさんが頂上に立つと下から子供達の賞賛の声が響く、それに対し彼女は小さく手を振ってご満悦そうだ。
そんなミニイベントを挟みつつ、教会の前へと辿り着くと『遊んで過ごす班』が忠実に職務を果たしていた。
今日も今日とて眩い笑顔を浮かべながら走り回り、子供達は元気一杯である。
教会の傍らではぺネロさんが洗濯物を干しながら、慈しむかの様に穏やかな視線で子供達を眺めていた。
そんなぺネロさんが近づいてくる俺達に最初に気付いて笑顔を浮かべかけたが、すぐにキョトンとした表情に変わる。
すぐさま教会の前で遊んでいた子供達も俺達を見つけ、ちょっとした騒ぎが沸き起こる。
「ソーヤぁ~~」
まず最初に大手を広げて駆け寄ってきたのはルイである。
ルイの額には遊びまわっていたおかげか光り輝く大粒の汗が幾つか浮かんでいたのだが、だからと言って『来るんじゃねぇ!!』などと一喝する訳にはいかん。
俺が諦めの境地で素直に懐に飛び込んできたルイを受け入れると、早速ルイはグリグリと顔を動かして俺のローブに顔を埋め込ませていく。
この子は俺をティッシュか何かと勘違いしてるのかな? なんだか何時もなにかを拭かれてる気がしてるのだが……。
まぁ、子供に懐かれるのは喜ばしい事だ。
お返しに俺はルイの頭を右手でワシャワシャとしながら、近寄ってきた子供達に向かって左手を上げて挨拶する。
「やぁやぁ、チビ助共。元気にしてたか?」
「げんきだよー!! ねぇ、きづにー。"アレ"してよアレ~」
アレってなんぞや? そう俺が少し呆気に取られていると、子供の一人が俺の左腕に飛びつこうと近くで跳ねている。ああ、なるほどね……。
実は前に部品を店に売りに来た子供達に武鮫を初披露して見せた時、HAの凄さを知りたいと騒ぐから左腕を掴ませて軽々と持ち上げてやったんだよね。
どうやらその体験が癖になってしまった様だな。愛い奴め……いいぞ、ちこう寄れ。
「おーけー、アトラクションを楽しみたい奴は列を作って並ぶんだ。押し合いは駄目だぞ?」
俺が素直に左腕を下げると歓喜の声を上げながら、小猿の如く子供達が群がってくる。
重さは別に気にならんが、俺の左腕の面積が足りないので二、三人ずつ交互に持ち上げて交代を繰り返す。
暫く子供達との触れ合いを楽しんでいると、洗濯物を干し終えたぺネロさんが近くに寄ってきた。
「こんにちわ、木津さん。えっと、そちらの方は……?」
「はい、こんにちわ。この人はですね、ノーラ・タルスコットさんと言う女性で……俺の同業者で凄腕なんです。今日は彼女の依頼で少し案内をしてきまして、その終わりに教会に行きたいと仰るものですから、一応は子供達の許可を得てこうして連れて来たんですが……大丈夫ですよね?」
「え、えぇ……。ですが、家に何か御用でも……?」
ぺネロさんは俺の説明を受け、少し困惑して見せながらノーラさんへと事情をお伺いする。
ノーラさんは両手を揃えてお腹に当て、ゆっくりとお辞儀しながら自己紹介してみせる。
「ご紹介に与りました、わたくしはノーラ・タルスコット申す者ですわ。用……と言いますか、少しお伺いしたい事がございまして……。突然この様な事を言われてもお困りになるでしょうが、幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「質問ですか? えぇ、構いませんが……。あ、よろしければ家の中でお話を伺いますよ? 日も高くなって陽射しが厳しくなってきましたし」
「気遣い、大変に痛み入りますわ。では、お邪魔させてもらいますね」
「では、此方へどうぞ……」
ぺネロさんは言うと、協会に向かって歩き出した。
ノーラさんは俺に向かって目礼をすると、その後を追いかける。
うーむ、大人のやり取りって感じだったな。 俺みたいな若者にあの様な気遣いは無理ですな。
ノーラさんは聞きたい事があると言っていたが……何だろうな? 元々は此処に寄るつもりでは無かったと思うんだが。
流石に俺も他人同士の話し合いの場に介入するほど無作法ではないので、暫く子供達を相手にしながら待つ事にした。
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「沿矢様は子供達に大分好かれているのですね。こう言うと何ですが、わたくしは少し驚いてしまいました」
ぺネロ・ブレナンの案内を受け、食卓の椅子へと腰を落ち着けたノーラはそう言った。
ノーラは関口一番に質問を飛ばす程無作法ではないし、焦ってもいない。
なので、まずは会話の切り口として共通の知り合いである沿矢の話題を口にする。
その試みは上手くいったようで、対面に座って緊張した面持ちであったぺネロは少し頬を緩めてみせる。
「えぇ……木津さんには大分助けられましたので。子供達は勿論の事、私や父も彼に親愛の情を持ち合わせています」
「まぁ、わたくしも沿矢様に助けられましたのよ? ふふっ、どうやら彼は大分お人好しなのですね」
そう言ってノーラは笑顔を浮かべると、釣られてぺネロも笑顔を浮かべる。
一見すると似たタイプの二人ではあるが、境遇や育ち方は全くの別だ。
ぺネロは慎ましくも健やかに育ち、この荒廃世界で長く生きてきたが血や硝煙の匂いを身近に感じた事は無い。
対するノーラはある日を境に生活を一変させ、過酷なこの世界を逞しく生き抜いてきた。
組合に所属して間もない頃のノーラは"貴婦人"などとは全く程遠い有様であり、今の様に余裕のある立ち振る舞いではなかった。
ただ胸の内に秘めた復讐心を糧に日々を必死に生き抜くのに精一杯であり、時には泥水を啜って喉の渇きを潤した日もある。
しかし、幸いにも彼女は天武の才を持ち合わせており、その能力を徐々に開花させて一気に成り上がっていく。
これなら大丈夫。きっと自分はあの"壊し屋"と対峙しても遅れを取る事はないはずだ。そうノーラは確信を抱きつつあった。
だが――ある日を境に迫田 甲は忽然と姿を消してしまう。
アレだけ暴れまわっていた壊し屋は突如として消え、二度と表舞台に姿を表す事は無かった。
迫田が消えて一週間が経ち、一ヶ月が経ち、一年が経った所でようやくノーラは何もかもが手遅れになったのだと悟った。
その頃にはもう既にノーラは誰もが一目を置く存在であったが、己の腕を鍛え上げる事を止めはしなかった。
――だって、ここで歩みを止めてしまったならば自分は"何の為"に生きているのだ?
富も名誉も手に入れた。ただ、壊し屋に奪われたモノはずっと失われたまま。
そしてそれは絶対に戻ってくること無い。自分にあるのはただ胸の内で確かに燃え盛る復讐の大火のみだったのに――。
だが、それすらも遂に果たす事は叶わなくなった。
迫田が死んだと聞き、ノーラの胸の内に新たに宿ったのは……強い"怒り"だ。
――何故死んだ? なんで死んだ? どうして死んだ? なにを勝手に死んでいるんだ!!!
組合所で速水に渡された資料を見ても、ノーラに宿ったその怒りは治まるどころか強くなる一方だ。
それどころか、遂にはその怒りは迫田とは別の人物に向けられ始めてしまう。
安らぎは永遠に奪われ、与えられた憎しみからも開放される手段はもはや無い。新たに生まれた怒りは日毎に強くなるばかりだ。
入り混じった感情は行き所を無くし、ノーラ・タルスコットと言う女性に新たな目的を植え付けた。
ノーラは新たな想いを内に秘めながら口を開く。
「実は、ここの子供達を狙った事件の事で聞きたい事があるのです」
ノーラを突き動かす感情は次第に強さを増して行く。
そして、その行き着く先に果たして何があるのかは分からない。
――しかし、それはもうすぐそこまで迫っているという事だけは確かだ。




