仄暗い願望
朝早くから、珍しくも組合所へとハンターやスカベンジャー達の多くが足を運んでいた。
その理由は単純明快。昨日ミシヅからやって来たと噂の勇士、二つ名持ちである凄腕の同業者を一目拝もうとの野次馬根性からだ。
とは言え、それにしては少しばかり人が多すぎる。
それは何故かと言うと、組合所へと向かう者達は『凄腕』と言う部分だけではなく、噂の同業者が『妙齢の美人』であるとも聞きつけたからだ。
二つ名である『鉄雨の貴婦人』と言う言葉からも、その情報はかなりの可能性で高い事が伺える。
彼等は一体どこでその情報を手に入れたのか?
前世界の戦争によって生まれた負の遺物の一つ、宇宙からの電波妨害用の衛星はまだ数百と言う驚異的な数が健在である。
そんな有様ではテレビやラジオと言う娯楽はすっかり消え失せ、個人での連絡手段はPDA頼りであるのが現状だ。
しかし、PDAすらも長距離での連絡可能圏内は運が良い時で精々が五十Km程であり、通常時はその半分程度となれば、もっぱら同じ街に住む者同士でしか使えない。
そんな中でハンターやスカベンジャーが情報を確保する場所と言えば、組合所の次には夜の盛り場で……と多くなってしまった事は必然的なモノだったのだろう。
昨晩、夜の盛り場で勇士達の間で流れた話題はやはり『鉄雨の貴婦人』に関する事であった。
しかも、彼女が来た直後にある賞金首の討伐が掲示板に張り出された事実も合わさり、彼等の話題を盛り上げる一因となる。
凄腕の噂に間違いは無し。と、するならば……美人であると言う事もあながち嘘ではない可能性が高い。
ヤウラの組合所に君臨する"紅姫"事、キリエ・ラドホルトも美人ではあるのだが……。いかんせん、子供っぽい部分が目立つ。
それに彼女に誘いを掛けても当然と言うべきか乗ってくる事は無く、それどころか態度の悪い者が"消された"と言う事実もある。
消したのが紅姫本人かヤウラであるかは分からない。
しかし、ある人物が消されたと言う事実が確かである以上、紅姫に手を出す様な愚か者はすっかりいなくなってしまった。
組合の受付嬢や職員に手を出す事は禁止されてはいるが、同業者同士の恋愛事情には流石の組合側も"紅姫"と言う例外を除いては干渉してこない。
強くて美人、この二つの響きは男共の興味を強く惹いた。
今の荒廃時代においては『可愛い』や『美人』に加え、『強さ』と言う点も一つの強力な魅力となっているのである。
組合所に来たハンターやスカベンジャー達はまず受付嬢に挨拶をし、次に何気ない口調で噂の人物の話題を出す。
すると受付嬢達は硬い笑顔を浮かべながら、無言である一点を指差す……と言う一連の流れを繰り返した。
噂の中心人物、ノーラ・タルスコットは朝の九時から組合所に姿を表し、一階のフロアにある備え付けの長椅子に腰を落ち着けている。
今日の彼女の服装は足元部分に僅かな切れ目が入った黒のワンピースと純白のボレロと言う、昨日とは間逆な色の組み合わせであった。
昨日の彼女が漂わせていた雰囲気が清楚ならば、今日の彼女はどことなく色気を漂わせている。
変わっていないモノがあるとすれば、それは彼女が何時も浮かべている穏やかな笑顔だろうか。
美人とは聞いてはいた、貴婦人と言う異名もだ。だが……"予想外"であったと男達は唖然とする。
やはりこの様な過酷な仕事を生き抜いて来たと言う事実を考え、彼等の脳裏に浮かべていた『美人』とはどこか力強い印象が目立つのでは無いかと勝手に想像していた。
事実、組合に所属する多くの女性達は男には負けじと気が強く、ツンケンとした態度を持つ者が多く居る。
だが、ノーラにはその様な刺々しい部分は一切見当たらず、遠巻きに眺める男達の視線に嫌悪する様な態度も見せない。
余裕があり、尚且つ気品溢れる彼女の佇まいは多くの男達の心を深く捕らえた。
今までに彼女の様なタイプの女性を目にした事が無かった者達の多くは、大きなカルチャーショックを受ける。
あわよくばお相手を……なんて考えはすっかり彼等の頭の中から消え去り、遠目からノーラを注視し始めた。
気付けば、まるで一つの芸術品を事細かく鑑賞する様な奇妙な状態が長く続く。
その状態に僅かに乱れが生じたのは時刻が十時を過ぎた頃であろうか、静かに佇んでいたノーラは初めてそこで動きを見せ、懐からPDAを取り出した。
たったそれだけの動作ですら様子を伺っていた男達の間に動揺が走り、静かに色めき立った。
その光景を眺めていた受付嬢達は面白く無さそうに瞼を細め、冷ややかな視線を送るのみ。
ノーラから少し離れた場所で人だかりができた今となっては彼女が何処に居るのかは一目瞭然となり、組合所に来たスカベンジャーやハンター達はもはや受付嬢には目もくれず、噂の人物を一目見ようと誘蛾灯へと誘われる様にその輪の中へ溶け込んでいく。
すっかり手持ち無沙汰となった受付嬢の一人であるヘレーは、少し離れたフロントで業務に着く同僚に向かって思わず愚痴を零してしまう。
「あーあ! もう、馬鹿みたいね!! 男ってのは!」
ヘレーがぶちまけたその愚痴は同僚の受付嬢のみならず、近くに居た警備員にも届き、僅かに彼の身を強張らせた。
「まぁ、でも凄い美人だものねぇ。あれは張り合う気も起きないわよ。仕方ないって、ヘレー」
そう諌めるような口調でヘレーに落ち着きを促したのは田中 恵だ。
彼女はむしろこの異常事態を楽観的に捉え、『仕事が楽で助かる』等と考えている始末である。
悔しさが全然無いと言えばそれは強がりになってしまうが、自分の容姿はノーラとは別の層に需要があるのだ。そう心に言い聞かせ、田中は心のダメージを最小限にしているのだ。
しかし、ヘレーにはその様な器用な生き方ができないのか、はたまた己の容姿に自信を持っているのか、唸る様にしながら言葉を吐く。
「くぅぅ……!! 組合所に来た登録希望者がまず選ぶ受付嬢NO:1を誇る、この私がこんな惨めな思いをする日が来るなんてぇぇぇ……!!」
「何時の間にそんな統計取ったのよ、ヘレー……」
田中はヘレーの様子と言動に若干引き気味になりつつ、そう何とか言葉を返す。
何時もならばこの様なお喋りは控えているのだが、こうも暇では仕方が無い。
それに何時も律儀に見回りを行う五階長の御川はノーラ関連でトラブルが起きる可能性を考え、念の為に数名の警備員を引き連れて取り巻きを警戒しているのだ。
今、彼女達の雑談を聞いているのはフロントの脇の近くに待機している一人の警備員だけである。
それ等の事実とノーラへの嫉妬心が合わさって、一度開かれた口が閉じる事をヘレーは拒否してしまう。
「大体、あの人ってあそこで何してる訳?! そもそもヤウラに来た理由も分かんないし! むぅ、まさか男漁りにでも来たんじゃないでしょうねぇ?」
「さ、さぁ……? でも、彼女が前に来た時はラドホルトさんや速水さんと組んで直に出かけたのよねぇ。もしかしたら、今回もラドホルトさん達と待ち合わせしてるのかもね」
キリエが組む数少ない存在であるノーラ。
何もキリエが組む相手を選り好みをしている訳ではなく、彼女の"無茶"に付き合える貴重な存在がノーラや速水であると言うだけだ。
ずっとノーラに動きが無い所を見ると田中が言ってる事は当たってるかもしれない。
そうヘレーは考えを切り替え、早く待ち合わせ相手が現れる事を強く願った。
「よし! 早く紅姫さん達が現れる事を願うわ!! そうすれば、また天下は私の物よ!!」
「……ヘレーってさ、凄いよね。色々と」
呆れとも感嘆とも受け取れる言葉を静かに田中が吐いた所で自動ドアが開き、組合所内の空気を僅かに乱した。
慌てて会話を取り止め、入り口へと視線を向けた所で田中は僅かに頬を緩めて見せる。
何故なら、今まさに組合所に足を踏み入れた人物は彼女が登録をした少年であるからだ。
新人だと言うのに早くもズタボロになったローブと、片腕HAを装備した姿は見る者を一瞬『熟練者なのか?』と惑わせる所がある。
だが、少年のその表情に浮かぶソレは達観したモノではなく、歳相応である事は一目瞭然だった。
今も見るからに焦った表情を浮かべ、入り口で足を止めながらオロオロと周囲を見回す有様である。
そんな混乱した様子を見せていた彼は田中の姿を見つけると心底安堵した調子で表情を緩め、小走りで田中の下へ駆け寄って行く。
田中はそんな少年の行動を見て僅かに驚いた。
てっきり彼もノーラの噂を聞きつけ、一目見ようと組合所にやって来たのではないかと思っていたからである。
だが、彼はノーラを取り囲む人の輪には全く目もくれず、真っ直ぐと此方へやってきた。
少年は田中のフロントに辿り着き、息を切らしながら挨拶を口にする。
「はぁ……はっ……お、おはようございます。田中さん」
「えぇ、おはよう。木津君」
汗と苦悶の表情を浮かべながら挨拶をした沿矢とは対照的に、田中は眩い笑顔で挨拶を返した。
それは今日と言う日に彼女が浮かべた笑顔の中で一番のモノであったのだが、次に沿矢の口から出た言葉を受けて瞬時に固まってしまう。
「あ、あの! ノーラ・タルスコットって人が来ませんでしたか?!」
沿矢の様子を伺っていたヘレーはその言葉を聞いた途端に泣きそうな表情を浮かべ、ポツリと一つ言葉を漏らす。
「……男の子って、残酷よねぇ…………」
――その呟きを聞いて反応したのは田中ではなく、フロントの脇に居た警備員であり、彼は小さく頷いて見せたのであった。
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「あの、本当にすみませんでした……」
俺は深く、本当に深~く頭を下げた。
下げた相手は当然の事、ノーラさんである。
俺は迎撃戦や依頼の疲れ、それと夜中遅くにようやく就寝したと言う事実が合わさり、盛大に寝過ごしてしまったのである。
しかも百式の解析を既に終えてしまっていたのか、今日に限って里津さんは長々と爆睡していたのだ。
目覚めた時刻はなんと九時三十分と言う悲劇。しばらく不規則な生活が中心だった俺は目覚ましなんて所持していなのかったのである。
昨晩の内に目覚ましを里津さんに貸してもらっていたらこの様な事態にはならなかったのだろうが……。色々とあってそんな考えが脳裏に浮かばなかったので、もはや後の祭りだ。
俺は急いで身支度を整え、朝食も食わずに飛び出してきたのだが、やはり待ち合わせ時間を少し過ぎてしまった。
だと言うに、俺の隣を歩くノーラさんは穏やかな笑みを崩す事無く頭を一つ振って見せた。
「いいえ、良いのですよ。わたくしは待つ事には大分慣れてますので……。それに、そのお陰で随分と"面白い"光景も見る事ができましたし……ね?」
ノーラさんはそう言ってクスクスと笑うと、一つ確かめる様に流し目で俺を見つめた。
面白い光景、と言うのは俺が人垣を掻き分けてノーラさんに近づいた時の周囲の反応である。
まず俺は田中さんにノーラさんの所在を聞いた時、突如として能面となった田中さんが人垣をゆっくりと指差して盛大に動揺してしまった。
次に何が起こってるのかと尋ねると、やはりノーラさんは俺の予想通り凄腕の同業者だった様で……なんとランクはAとの説明を田中さんから受けた。
そんな凄腕且つ美人であるノーラさんを一目見ようと何処からか情報を聞きつけた同業者達が組合所へと駆けつけ、朝から盛大に混んでいたのである。
最初はどうやってノーラさんに接触を図るべきかで俺は頭を少し悩ませた。
しかし、ただでさえ遅れていたのにこれ以上手間取る様な真似はするべきではないとの判断を下し、俺は一つ覚悟を決めて人垣を掻き分けてノーラさんの元へと駆け寄って行ったのだ。
その時の周囲の反応は様々である。
俺の行動をタダのナンパ行為と見て取って嘲りの言葉を呟いて冷笑する者。
次に俺の無謀な行動を見て茶化すように激を飛ばす血気盛んな者も居たが、これは極少数だった。
一番酷かったのは周囲から鳴らされた多数の舌打ちである。
ソレは思わず『お前等アカペラでもやってんのか』と問い詰めたくなる程に見事な調子で合わさっていた。
ノーラさんは駆け寄ってくる俺を見つけるとまず目を丸くし、次に少し茶目っ気な笑顔を浮かべながら立ち上がった。
彼女が取ったこれだけの行動で周囲の同業者達の間でざわめきが走り、雰囲気を一変させつつあったのだが、直後にノーラさんが取った行動でそれは確定的な物となってしまう。
『お待ちしておりました。沿矢様』
近寄ってきた俺が謝罪の言葉を口にする前に、ノーラさんは頭を下げてそう言った。
突如として組合所内に落とされた爆弾は壮絶な威力で炸裂し、周囲に居た同業者達の度肝を抜いて見せたのである。
"何故"かローブ内で手にしていたサブアームのハンドガンを床に落とし、呆然とする者。
次に『やっぱりHAか……?』等とどこか見当違いな言葉を吐きながら、諦めの様子を見せる者。
最後は目の前の現実を受け入れられず徐々に色めき立った多数の者達を押し留めるべく、警備員を引き連れた御川さんがその場に介入して周囲は混沌とした模様を展開するのであった。
俺が周囲の反応に顔を青くしていく様子とは対照的に、ノーラさんは終始楽しそうにニコニコと笑みを絶やす事がなかった。
とりあえず俺が言える確かな事は明日からもう堂々と表を歩けない、って事かな。
俺の顔はともかくとしても、武鮫を装備した姿は鮮明に彼らの記憶の中へと刻み込まれただろうしな。
これは本格的に『夜の安らぎ』への就職を考える時期かもしれないな……。履歴書ってどこで売ってるかな?
俺は今後の職業選択に思いを馳せつつも、ノーラさんへ話しかける。
「それにしても、タルスコットさんがゴミ山に行きたいだなんて少し予想外でした。まぁ、俺としては知った場所なんで案内役としては助かりましたけども」
そう、ノーラさんが行きたがっていた場所はなんとゴミ山だったのである。
俺としては見知った場所だから気楽に事を進める事ができて大変助かるのだが、彼女の様な人間がゴミ山に向かう用事が思い浮かばない。
「えぇ、少し確かめたい事がございまして……。けれども、沿矢様が居て助かりましたわ。思いのほか、道を塞ぐ崩れた建造物が多いんですのね。わたくしったら、ただ遠くに見えるゴミ山へ真っ直ぐ向かえば良いと思っておりましたので……」
「ゴミ山と言えば俺、俺と言えばゴミ山って位の関係性がありますからね。これ位はなんて事はないですよ」
外居住区はただ単純に歩くだけでは見える場所へ辿り着けない事が多い。
時には裏道を通り、さらには近くにある廃墟を通り抜け、最悪の場合は教会のみんなが普段している通り瓦礫の山を超えなければ行けない場所もある。
ノーラさんには少し悪いが、俺は案内ができる今の状態に安堵している。
お礼と言えど、少し付き合っただけで千ボタの大金をポンと渡されても良心が痛むからな。
時折他愛の無い言葉をノーラさんと交わしつつ、ようやくゴミ山の麓へと辿り着く。
流石にもう大分日が高いからか、ゴミ山周辺には鉄屑を漁りに来ている住民がチラホラと居る。
そんな彼等は突如としてゴミ山に姿を表したノーラさんを目にすると、これでもかと言わんばかりに目を大きく見開いて驚いた様子を見せた。
しかし、すぐに彼等は気を取り直すとソソクサと逃げる様にしてゴミ山の奥へと姿を消していってしまう。
うーん、まぁ……彼らのその気持ちは痛い程に分かる。
ノーラさんの綺麗な服装は勿論の事だが、彼女の容姿や優雅な佇まいを見ていると何処か自分が情けない様に思えてしまうからな。
ゴミ山への入り口付近から人がすっかり消えた所で、俺はようやく一歩を踏み出した。
が、数歩歩いても背後からノーラさんが歩き出す音が聞こえず、俺が訝しげに思って背後を振り向くと、彼女は胸を片手で押さえながら気を静めるかのように浅く呼吸を繰り返していた。
ゴミ山特有の濃厚な金属の匂いを気にせず、ノーラさんはそれを数回続けて見せる。
「っ……すみません、お待たせいたしました。行きましょうか、沿矢様……」
「……えぇ」
ノーラさんほどの人物が何を緊張しているのかとの興味が俺の中に湧いて出たが、それを問うような真似はしなかった。
何故なら既に彼女の表情から笑顔は消えうせ、真剣な様子が伺えたからである。
ゴミ山は大小を問わずに広場に並んだ鉄屑の山で構成されており、目に見えて大きいのが七つほど、中位の大きさが十を少し超える数がある。
小さなゴミ山はそれこそ数十とあるので、数えるのは気が滅入る作業となるだろう。
俺が完璧に崩してしまった大のゴミ山が一つ、吹き飛ばした鉄屑で中途半端に崩した大のゴミ山が中位の大きさに変わってしまった。
それ等の行為が外居住区の住民達の生活収入を奪った事にも繋がるようで、俺としては大変に心が痛む思いです。
後から聞けば崩れた廃墟もあったみたいだしな……。
助かる為とは言え、俺は大分無茶をしてしまった。
目的の場所には着いたので、今の俺はノーラさんの後を追う様について行く。
彼女は何時の間にか何処からか取り出していた資料をらしき物に目を通しながら、時折周囲を確かめる様に見回す。
俺の視力ならもしかしたらソレを覗き見ようと思えばできたかもしれないが、流石にそんな失礼な行為をする訳にもいかず、素直に大人しくしている。
ゴミ山へ最後に来たのは確か……武鮫の材料を取りに来た時かぁ。
当初は俺の力強さを誤魔化す為の物だったのが、車に腕を突き入れたり、床に突き刺したり、扉を吹き飛ばしたりと、素手で躊躇する様な行為が気楽にできるから大変に助かっている。
里津さんはもう片方も作る的な事を言ってはいたが、思ったよりも早めにHAを装備している事がばれたので開発を取り止めたそうだ。
俺の様な新米が次々にHAを装備していたら流石に怪しまれるだろうしな。仕方の無い事である。
と、そんな事を考えながら歩いているとノーラさんがようやく歩みを止めた。
彼女は手に持った資料と周囲の様子を交互に見比べ、かなり集中している様に見える。
それに釣られて俺も周囲に視線を向けると、何だか奇妙な感覚に襲われた。
なんだろう? 知った場所と言うか、デジャブと言うか……?
俺がしばし頭を悩ませながら小さく唸っていると、突如として聞き覚えのある声がゴミ山に響き渡った。
『あーーーー!! ソーヤだぁ! なにしてるのぉ!?』
『えっ? きづにー!? うぉーーー!! ほんとだぁ!! しかもこの間とはべつの女の人と一緒だっ!!』
『私、しってるよ。ふくすうの女の人とカンケイを持つのは最低っていうんだよ?』
『ふーん、サトツから開放されてる時のきづにーはセッキョクテキだね!』
『ソウヤ……なにも持ってない。つまりは食べ物もない……がっかり』
などなど、好き勝手に憎らしい事をほざきながら遠くからトテトテと可愛く駆け寄ってきたのは教会の子供達だ。
子供達はどうやら日課である鉄屑集めの最中だった様で、手提げの鞄を持ち、リュックなんかを背負っている。
そんな子供達は俺を即座に取り囲むと、ピーチクパーチク騒ぎ出す。
「きづにー!! 何してるの? もしかして、とうとうシツギョウしちゃった?!」
そうだね、少し転職するかは考えてたね。だけど『とうとう』って何? とうとうも糞もスカベンジャーに成ってから二週間も経ってねぇよ。
「ソウヤ……お家でゴハンたべていく?」
それは純粋な思いによる物か? それともあらぬ同情か? 君の無垢な視線が僕には痛いよ。
「私、しらないよ。その人だれ? きづにぃ」
君は物知りキャラでも目指しているのか? 舌足らずな口調が可愛いね。
これ以上このインプ達に発言の機会を与え続けると日が暮れそうになりそうだったので、俺は大きく手を叩いて乾いた音を響かせ、流れを打ち切った。
「はいはい!! 様々なご意見、ご感想をありがとうなチビ助共。しかし、俺は今仕事中なんだ。終わったら相手してやるから、今は大人しくしていてくれぃ」
俺がそう諭すも子供達は納得してない表情を浮かべている。
そんな表情をされると、俺のピュアなハートが罪悪感でズキズキと痛んでしまう。
どうしたもんかと悩み始めたその時、背後からノーラさんの柔らかな声が届く。
「構いませんわ、沿矢様。もう用は済みましたので……」
「ぅえ? も、もうですか?」
俺が少し驚きながら振り向くと、ノーラさんの手から資料は無くなっていた。
彼女は俺の問いに一つ微笑みながら頷くと、次に小さく首を傾げて疑問を口にする。
「沿矢様、その子達は一体……? 随分と懐かれてますけれど」
「えーっとですね、この子達は此処から少し行った所にある教会に住んでる子共達でして……。ちょっと奇妙な縁で知り合ったんですよ」
「教会……の、子供達?」
ノーラさんは俺の言葉を聞き、何故か僅かに言葉を詰まらせた。
俺が彼女の様子を訝しげに思った瞬間、子供の一人が俺の右手を不意に掴んで引っ張ってくる。
「きづにー! お仕事がおわったんなら家によってってくれよ~。ぺネロ先生もいるよ?」
「いや、そりゃ居るだろ……居ない方が驚きだわ」
ロイ先生が仕事で出かけてる間はぺネロさん一人で子供達の面倒を見ているんだからな。
子供達はゴミ山への『鉄屑回収班』と『遊んで過ごす班』で別れ、地味にローテーションを組んでいるのだ。
見た所、今日はルイやベニーは遊んで過ごす班らしいな。
「今日はなんだかつれないね、ソーヤ。美人なおねえさんとイチャイチャしてたって、サトツに言いつけちゃうよ?」
「さらっと脅してくるなよ……。末恐ろしい子供だな、君は」
俺が思わぬ脅迫を受けて僅かにたじろいでいると、すぐさま別の子供が畳み掛ける様にしてたどたどしくも言葉を紡ぐ。
「ヤキイモ……またくれるなら、ちんもくにてつしてもいいよ」
「えぇ……何処でそんな言い回しを覚えたのぉ……?」
相変わらず逞しい子供達だな。まぁ、これくらいシッカリしてないと此処ではやってけないからな。
俺が徐々に子供達の勢いに飲まれ始めていると、ノーラさんが突然横から口を挟んでくる。
だが、彼女の口から放たれた言葉は俺を救う為のモノではなく、全くの予想外のモノであった。
「突然ごめんなさいね? わたくしはノーラ・タルスコットと申します。君達、良ければわたくしも君達のお家にご招待して頂けないかしら?」
「ぅえ!? ど、どうしたんですか? タルスコットさん?」
子供達にそう頼み込んだノーラさんの表情には微笑が浮かんでいるものの、ソレはどこか真剣味を帯びている。
急な彼女のお願いを聞いて子供達は互いに顔を見合わせると、少し離れた場所へ歩いていって輪を組んでコソコソと喋りだした。
『どうする? しらない人だぞ?』
『でもでも、きづにぃと一緒にいるよ? ナカマはずれにしたら、あの人ないちゃうかも』
『なかせることは悪いことって、先生たちも言ってたよね……』
『女の人だし、キケンはないと思うよ。うん』
『お腹すいた……はやくお家にかえろう?』
おい、なんだか一人だけ話の流れに着いていけてないぞ。
俺の聴力で暫く会話を盗み聞きしていたのだが、子供達はノーラさんを招待する事にコレと言って異論は無いようだ。
しかし、それが聞こえてないノーラさんは何処か不安気な様子であり、両手で胸を押さえている姿は緊張している様にも見える。
子供達はようやく会話を取り止めると、また此方へと小走りで駆け寄ってきて俺に一つ疑問を尋ねてきた。
「きづにー、その人ってしんらいできる?」
「す、ストレートに聞くなぁ……。あぁ、信頼できるよ。俺なんかより全然凄い人なんだぞ? このお姉さんは」
なんせノーラさんは天下のランクAだからな。俺とは正に天と地ほどの差があるよ。
だと言うのに俺みたいな低ランクにも丁寧に対応してくれるしな、俺のノーラさんへの好感度は目下の所グングン上昇中である。
子供達は俺の返答を聞いてようやく決意したのか、ノーラさんを取り囲んで歓声を上げる。
「という訳で、お姉さんをお家にしょうたいしま~す!!」
「よかったねー!! なかなくてすむよぉ~?」
「けど、ぺネロ先生にそそうのないようにね?」
「お家への道のりはとおくけわしいから、がんばろうね」
「お姉さん、食べ物……もってない?」
ノーラさんは穏やかな笑みを浮かべながら、まず最初に招待してくれた事に対して子供達へ感謝の言葉述べた。
次に彼女は腰を低くして目線を子供達に合わせながら丁寧に一つずつ返答を返し、子供達の陽気なテンションに合わせていくのである。
凄いな……。子供の扱いも手馴れてるとか、もはや弱点が見当たらないよ。 まぁ、弱点を見つけた所でどうこうしないけどさ。
子供達はノーラさんと一通り話し終えて満足したのか、先導する様に小走りで教会の方へ向かう。
俺は子供達が転んだりしない様に注意を促しながら、その後を追いかけ始めた。
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徐々に遠ざかっていく子供達と沿矢の後姿を目にしながら、ノーラはその場を動こうとはしなかった。
彼女は小さく溜め息を零しながら、速水から受け取った資料を懐から取り出して素早く目を通していく。
迫田は此処でゴミ山に埋まる様にして死亡していたとの事だ。それは間違いない事実であろう。
"幸運"にも此処は劣悪と言ってもいい環境であった。その事実をこの身で体験し、ノーラの中に黒い喜びがジワリと浸透していく。
周囲は崩れかけの廃墟で覆われ、広場に無数に並び立つゴミ山は太陽の光を阻害し、昼間だと言うに暗い影を落としている。
呼吸をする度に取り込む空気は濃厚な鉄の匂いと油が腐った様な悪臭が混ざり合い、とてもじゃないが長時間居たら病気にでもなってしまいそうだ。
「アナタの様な人間には……相応しい死に場所ですわね」
そう手向ける様に呟かれた声は何処か心を底冷えさせる響きを持ち、聞く者が居たらさぞ震え上がらせた事だろう。
ノーラの口角の端はスッと伸びていき、それが他者を嘲るモノである事は一目瞭然であった。
「あぁ……この手でアナタを殺せていたのならば……私は……っ!!」
――それはもう叶わぬ願いだと言うに、ノーラはその言葉を吐き出さずにはいられなかった。




