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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第一章 目覚めた世界は……
33/105

ロマンスは唐突に



俺は警備員のアルバイト……じゃない、依頼を遂行する為に少し早いが現地へ赴いている最中だ。

どれくらい早いかと言うと、依頼開始時間が夕方の十八時なのに対し十七時に出発したのである。

場所はそう離れてないし、三十分くらいで着きそうだな。


いや、初依頼だったのもあるしさ、仕事内容の説明とか質問とかしてちゃんと依頼人からも聞かないとアレかなぁ……って思ったんだ。

アレだな、初めてライバルとポケ○ンバトルした時に何となく、『にらみつける』や『なきごえ』を選択してしまう慎重さみたいなもんだよ。

そして初敗北を体験してしまうのだ。全国で一体何人の子供達がこの流れを経験しただろうか?

とりあえず俺はその過ちを犯した哀れなポケモ○ントレーナの一人であると、ここに述べておこう。



それはさておき、迎撃戦から帰った後、店の奥へと里津さんに連れ込まれた俺はとりあえず迎撃戦に参加した経緯や起こった事を話した。

里津さんは宮木伍長のご好意に関しては少し驚いた感じだったが、後は最後まで冷静に話を聞いてくれた。


全てを話し終わり、俺が税を徴収される農民の如くチェーンガンや分配品を差し出すと、里津さんは一つ呆れた様に溜め息を零し、俺の頭を優しく一つ撫でて労ってくれた。


まもなくツン期が終わってデレ期に入る兆しなのかな? 少し驚いちゃったよ。


まぁ、その後夕方から依頼がある事を里津さんに告げたら心底馬鹿にされた目で、『アンタ、生き急ぎすぎ』と呆れられたがな。

思わぬ好感度ダウンである。デレ期が遠のいてしまったかな……。まぁ、里津さんのデレとか想像できんが。

ちなみに持ち帰った部品の量が多いから、部品の状態を見極めるのに時間が掛かるとの事。仕事から戻ったら終わってるかな?


そんな事を考えつつ、俺は夕日が照らす街中を歩いて依頼場所へと向かう。

証明紙の裏に載ってる地図を見ると、依頼場所は組合所からそう遠く離れていない外周付近にあるようだ。

組合所近くにはボタを持っている同業者達や職員を狙ってか、バーやら宿等が結構あるみたいだな。


依頼場所付近まで来ると間も無く太陽が沈むからか、彼方此方でドラム缶で焚き火を起こしたり、店先にカンテラを吊るして灯りを確保しようとしてる人が多く見受けられた。


俺の同業者もチラホラとそこ等を歩いてる姿を見かけるし、既に酒を飲んだのか千鳥足な奴だっていた。どうやらここ等は彼等の集う遊び場みたいな感じなのかな?

その分、なんというか……良く言うなら賑わっている。悪く言うなら騒がしいって感じで、彼方此方で野太い声で笑う声や怒声が飛び交っている。


酷い奴等だと車を所持した輩が車のクラクションを鳴らし、蛇行運転させながら窓から身を乗り出して騒いでたりしてました。

凄いよね、すんごい帰りたくなってきたわ。そりゃ警備員を雇う訳だよ、火器や車を持った奴等が騒ぐ訳だからな。


今朝、南の駐屯地で会った同業者達はまだ大人しかった方なんだな……。『怖くないぜぇ』なんて調子乗っててホンマすみませんでした。

幸いにも、俺は誰にも絡まれる事無く依頼場所へ辿り着けた。

そこは一見普通のオフィスビルって感じだが、ビルの中自体には明かりは無く、傍らにある地下へと続く階段に火が灯されたランタンが下へ下へと幾つか置かれて光源が確保してある。


恐らく地下にある子洒落たバー的な感じなのかな?

まさか地上最強を決める隠された闘技場とかじゃあないとは思うが……。

もしそうなら俺じゃなく、地上最強の生物対策に眼鏡を掛けたオッサンスナイパーを雇うべきだよ。不意打ちとは言えオーガに弾を当てたからな。

まぁでも、あの人って絶対後でオーガに殺られてるよね、多分。ご愁傷様です。


はー……それにしても夕方でこの騒ぎなのかぁ。夜とかどうなんの? ヨハネスブ○ク化しちゃうの? いや、むしろ超えるやもしれん。

『ヤウラの治安も悪くない』とかほざいてた過去の自分をぶん殴りたいわ。偶に夜中聞こえてきてた銃声はここ等辺が発生源なのかな?


少し憂鬱な気分で階段を下り、地下に降り立つとすぐ近くに錆び付いた金属製の扉があった。

他にも幾つか扉はあったが、とりあえず目の前にある扉をノックしてみる。

すると直に反応があり、ノックによって地下に響き渡った鈍い金属質な音をさらに上回る怒声が扉の向こうから聞こえてきた。



『開店はまだだよ!! 看板置いてるだろ?!』


「あ、いえ……。その、組合所から派遣された者なんですが!」



少し周りを見渡しつつ、そう言葉を返す。

すると確かに扉の脇に置いてあった鉄板に営業時間と店の名前らしき文字が書いてある。薄汚れてて気付かなかったぜ。


えー……っと、『夜の安らぎ』ってのが店の名前なのかな?

ふーん。里津さんの『不屈』って言うネーミングセンスよりかは良いんじゃない? あれってどういう意味で付けたんだろう、今度聞いてみるか。



『組合……? あ、あぁ! なんだ、早いな。もう来たのか? まぁいい、入って来い』



中から少し焦った感じでガタガタと物を漁る様な音が聞こえた後、そう許可が下りた。

俺は頭を低くしながら、扉を開けて中に足を踏み入れる。



「あ、どうも……お邪魔しますぅん!?」


「……証明紙は? どこだ?」



中に入るとL字を描いているカウンターの向こうから、この店の主人らしき年配の男性が俺に向かってポンプアクション式のショットガンを向けていた。

俺が驚愕のあまり変な声を出したのも気にせず、主人は軽くショットガンを揺らして証明紙の提示を求める。


ひ、ひぃ……怖いよぉ。警備員なんていらへんやんけ、こんなのもう……アンタ一人で十分やがな。

それともアレか? 『夜の安らぎ』って意味は『お前に永遠の安息をやろう』的なノリで名付けたの? 馬鹿なの? 死ぬよ?


とりあえず俺は主人を刺激しない様、ナマケモノの如くゆっくりとした動作で懐から証明紙を取り出す。

主人は俺が証明紙を取り出したのを見ると、カウンターからショットガンを突きつけたまま出てきて俺の傍に寄ってくる。


映画の主役なら此処で主人が近寄ってきた瞬間、格好良く銃を素早く取り上げて『無用心だぜ、俺を雇って正解だったな?』なんて言うんだろうな。

ちなみに俺はそんな事はしない。プライドなんて一切無いからね。安全第一ですわ。


主人は俺を警戒してか証明紙を手に取ろうとはせず、瞼を細めて注視する。

暫く沈黙が続いた後に主人は一つ頷いてみせると、ようやく俺から銃口を外した。



「ふむ、どうやら間違いないようだが……。何なんだ、お前? HAを装備しているが、防弾チョッキは着てないだと? しかもまだガキじゃねぇか。いや、だがローブは穴が開いて随分痛んでるな……? まさかの上級って訳じゃあ……ねぇよなぁ。こんな依頼を上級が受ける訳がねぇ」



確かにこうして聞くと随分アンバランスな奴だな、俺は。主人も戸惑う訳だ。



「は、ははは……色々事情がありまして……。俺は木津 沿矢です。Gクラス、ポイント580の新米で……警備員の依頼と伺ったんですが……」


「ああ、とは言っても何時も二人体制で雇ってるから、もうすぐもう一人が店に来るはずだ。俺は店の開店準備で今は忙しくてな、仕事内容はソイツが来たら聞いてくれ。しばらく席に座って待ってな」



主人はそう言うと、さっさとカウンターに戻ってなにやら作業を開始し始めた。

俺は素直に彼の言葉に従い、空いている席に腰を下ろす。

カウンターの中にある棚には酒ビンが大量に並んでるし、やっぱりバーっぽいな此処は。


と、此処で俺は店内を照らす明かりがランタンではない事にようやく気付いた。

銃を向けられたりして焦ってた所為で気づくのに遅れたが、天井に吊り下げられた複数の電球がこれでもかと言わんばかりに輝いてる。


里津さんの家は工房内に一つだけ非常用の電源装置があるんだよね。それで工作用の機械の電源だけを確保してるとか。

この店は営業にそれを使ってるのかな? それともボタを払えば電気って普通に使える物なのか? うーん……ようわからんですたい。

けど電気を使った明かりはあまり外では見ないからな、その事から考えるとボタを払って使用できるとしてもかなり負担がありそうかも。


その後、しばらくの間ヤウラの電気事情に思いを馳せているとスキンヘッドの強面の男性が店にやってきた。

思わず『強盗か!?』と俺は咄嗟に身構えかけたが、主人が普通に挨拶をした所を見るにどうやら彼がこの店の正規警備員の様だ。


主人から俺の世話を頼まれたスキンヘッドの彼は俺を従業員専用の部屋へ連れて行くと、まずロッカーから取り出した二つのある物を両手で持ち、俺に問いかける。



「さぁ、どっちがいい? 防弾ベストか、それとも防刃ベストか。俺のお勧めは防刃だな。銃は安全装置やら、構えて撃つっていう間があるが……ナイフだと『サッ』ってな感じで対処が難しいからなぁ」



あっ、コレは完璧にアカン奴ですわ。日常的にトラブルが起こってますね。メッチャ自然な感じやもん。

『ここに二つのベストがあるじゃろ?』ってな具合でオー○ド博士的なノリですもん。選んだ後で戦闘なんですね。分かります。



「そうですねぇ……。とりあえず、俺は『サッ』ってな感じで帰りたくなってきました」



思わず俺が弱音を零すと、彼はニヒルに笑って二つのベストを押し付けてくる。



「大丈夫だ、まだ組合所に送迎トラックが全部帰って来た訳じゃねぇからな。組合の奴等が少ない今は、そう繁盛はしねぇはずだ」


「あぁ……なるほど」



ってか、俺の同業者が少ない状態で表はさっきの状態かよ……。

探索場所から帰った後の打ち上げとか起こったらどうなるの? 死者が出るんじゃないの? 恐ろしいわ、本当に。


俺が少し呆然としていると、彼はさっさと自分のベストを着て部屋から出て行った。

暫くの間俺は二つのベストを前に頭を悩ませたが、経験者である彼のアドバイスを素直に受け入れ、防刃ベストを選んだ。


さてはて……どうなるかね、全く……。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






依頼開始時刻になると同時に店は開店した。

俺の立ち位置は店の奥で、正規警備員のスキンヘッドの男性は入り口近くを警戒する配置だ。


その際に主人の要請でローブを脱ぐ様に言われた。

何でも、HAを装備して警戒してる奴が居たら暴れる奴も少なくなるかもしれないとの事である。

依頼主である彼の言に素直に従い、俺はTシャツの上から防刃ベストとジーンズと言う少しアレな格好で仕事に就く事となった。

別にいいけどね、寒くはないし。


カウンターの近くに時計も置いてあるので時間も確認できるのだが、最初の客が来店するまで地味に一時間と少し掛かった。

あまりの暇っぷりに油断していた俺は突然の来店に少し慌てたが、入ってきたのが組合所の制服を着た男女数名だったので拍子抜けしてしまう。

彼等は入り口に居た警備員や主人と気軽に挨拶を交わしたものの、店の奥で立って警戒している俺を見て少し困惑する。

直に主人から組合から依頼を受けた奴だ、との説明を受けると『お疲れ様です』等と少し硬い感じで彼等は丁寧に挨拶をしてきた。

俺も腰と頭を低くして挨拶を返すと、彼等はテーブル席に腰を落ち着けて注文を始める。


ふむ、組合の職員とスカベンジャーやハンターってどういう間柄で表せばいいんだろうな?

同じ場所に所属してるが働く内容は全く違うからな……。ポケ○ントレーナーが彼等で、ポケ○ンが俺等って感じかな?


流石に物腰が低かった組合所の職員が暴れだすとも思えないので、俺はその後も気楽に依頼を果たす事ができた。

たま~に同業者がフラっと訪れるも、それは二人や一人で少数が殆どであった。

此処の客層は組合の職員が今の所多い。まぁ、送迎トラックが帰ってないしな。


そんな訳だから客も大人しいから暇だったし、後半は俺から申し出て飲み物を運ぶのを手伝ったくらいである。ずっとボーっとしてると寝そうだったし。

主人は少し……と言うか大分驚いた感じで俺を見たが、素直に俺の申し出を受けて手伝いを任された。


店の中はそんなに広くないから何処に持ってけば良いか迷わないし、俺は重さを感じないから飲み物が入ったジョッキも楽々大量に運べるからな。

自分で言うのもアレだが、結構役に立ったと思うよ。毎日百ボタくれるなら此処に転職しようかな?


俺がそんなノンキな事を考えながら仕事をこなしていると、気付けばあっという間に終了時刻となっていた。

主人は大層ご機嫌な調子で俺の働きっぷりを労うと、『NO:90657』と記された金属製の"タグ"を手渡してくれた。あざーっす!!


このタグとやらは組合所に依頼を頼み込んだ時に依頼主に渡される物で、これを依頼達成時に依頼を請け負った者に返却するのだ。

そしてタグを組合所に持ち帰り、証明紙とタグを提出する事で依頼主が組合所に預けておいた報酬が受け取れるって流れだな。


いやー、何事も無くて良かったよ。本当に。少しビクビクしすぎたかな? 依頼達成報告はとりあえず今度でいいだろう。僕はもうネムネムなの。


仕事を終えて防刃ベストを返却し、ローブを身に纏って瞼を擦りながら地下から表通りへ足を踏み出すと、其処は風景を一変させていた。


まず目に付いたのがそこ等の店に車や戦車が横付けして、その周りで大声で談笑する同業者達。

次に唖然としたのが、世の男共の劣情を煽る様に恥かしげもなく肌を大胆に露出した女性が、道行く男性に流し目や軽くボディタッチをして客引きする姿。

それと、何故か路上の端でズタボロになって倒れこんでる輩がチラホラと居る光景。しかも、誰もが完全にシカトしているという有様である。

最後、路上の真ん中で勇ましく素手でタイマンしている男達を囃し立てるギャラリー達。

他にも気になる細かい部分はあったが、とりあえずこれ等が鮮明に俺の視界に焼き付けられた酷い光景である。


いやいやいやいやいや……確かにさ、俺は夜のヤウラをあまり出歩いた事が無かったけどさ。これはアカンでしょ。

ツッコミ所があり過ぎてどうすれば良いかわかんねぇよ。そこら辺もっと明確にしてくれよ、付き合いきれねぇわ!!


組合所の周りにある店には夜は近づかない方がいいな、絶対。


甘かった。完璧に俺の認識が甘すぎた。どうしよう、『夜の安らぎ』に戻って主人にお願いして朝まで匿ってもらおうかな? 無事に帰れる気がしないよ。

俺がそんな事を検討していると、突如少し離れた路上の向こうから野太い大声が聞こえて来た。



『だからよぉ!! ほんの少しでいいんだって!! な?! 奢るからさ!!』


『……礼、す……。くしは……一人……落ち着……分…………すので……』



視線をそちらに向けると、なんとこの場所には似つかわしくない清楚な格好をした妙齢の美人なお姉さんが居た。

白いワンピースや黒のボレロを纏った姿は彼女の容姿にこれでもかとマッチしているが、この混乱ひしめく世紀末な通りでは驚く程に異様さを放っている。

しかし、その所為で要らぬ興味を惹いてしまったのか、俺の同業者と思われるローブを着た数名の男達が彼女の行く手を塞ぎ、馴れ馴れしく声を掛けていく。

彼等は釣れない彼女のツンケンとした態度に次第に痺れを切らしかけつつあり、次第に声量を上げて周りの人達の興味をかなり惹いていた。


む、むぅ……。あのお姉さんには悪いけど、この騒ぎで人目を惹いてる間にさっさと帰ってしまおうかな?

あんな美人さんが相手なら、俺じゃなくても格好良い所を見せたい勇者の一人や二人が名乗りをあげるやろ。


そんな情けない考えを思い浮かべ、俺が早足でその場を去ろうとした時にまたもや男が大声を張り上げた。



『あぁ!? 壊し屋を仕留めた俺の誘いを断るってのか!?』







――――――はぁ? 迫田を仕留めた? "テメェ"が? どこの世界線からお越しになったんだよ。



気付けば俺は足を止め、背後を振り返ってそんな大ホラを噴いた男を睨みつけていた。

男が口にした言葉を受け、誘いを断っていた女性が大きく目を見開いてる姿が見える。

野次を飛ばして面白可笑しく事態を見守っていたギャラリー達も口を閉ざしてしまい、路上には数瞬の沈黙が訪れた。


その反応に気を良くしたのか、ホラを噴いた男を賞賛する様に周りの男達が口々に言葉を吐き出していく。



『このダノ・ヤクトさんはな、壊し屋とサシで戦って仕留めた強者なんだぜ?!』


『そうそう!! いやー、俺達も壊し屋が命乞いする情けない姿を見てみたかったもんだぜ!!』


『おいおい、あんまり騒ぎ立てるなよ。恥かしいじゃねぇか』



恥かしいのはテメェのIQの低さだろうが。自分で大声出しといて何言ってんだ?


よし……決めた。ぶちのめそう。気に食わないですわ、奴等は。


俺は確かめる様に武鮫を一つ撫でながら拳を握り締める。

相手は――五人か、二人までは不意を突けば楽に行けるかな? 後は一気に懐へ飛び込んで乱戦に持ち込めば奴等が銃器類を抜く暇は無いだろう。

一通りのプランを立てながら俺は男達に近づいて行くと、不意に誘いを断っていた女性が男達に向けて華やかに微笑んで見せた。



「本当ですか? ……本当にアナタが壊し屋を?」


「あ、あぁ!! 本当だとも、俺が壊し屋を仕留めたんだって!!」



女性が笑顔を浮かべながら確かめる様に一つ聞くと、ホラを吹いていたダノと言う男は彼女が信じたと思ったのか大きく数回頷いてみせる。


まさか誘いを受けるのか?! 俺がこれはいかんと駆け出してギャラリーの間を抜いた瞬間、彼女の左手が"ぶれた"。

そして次の瞬間、石を地面に叩き付けた様な鈍い音が聞こえ、ダノが様子を伺っていたギャラリーの間に吹き飛ばされていた。

突然飛んできた男を避けきれず、ギャラリーの数人が奴に押されて背後へと蹈鞴を踏んで倒れこむ。

ダノの顔面は鼻からの盛大な出血で血塗れであり酷い有様だった。


奴はそのまま時折体を震わせつつ、地面に倒れこんだまま起き上がってこない。どうやら気絶した様である。ざまぁないぜ!!


ダノの顔面を殴り飛ばした女性は汚い物でも触ったかの様に左手をブラブラとさせながら、右手をゆっくりと持ち上げて頬に当て、首を傾げながら柔らかに微笑んで言う。



「嘘はいけませんのよ? メッ、です。貴方如きに壊し屋が仕留められる訳がないでしょう?」



メッ……ってアナタ。俺的には『えっ』てな感じですよ。

思いもしなかった展開に俺は呆気に取られ、足を止めてしまう。


だが、仲間を傷付けられた男達は頭に血が上ったのか素早く気を取り直し、女性に罵声を浴びせる。



「な、何しやがる!! この女!!」


「こっちが下手に出てりゃあ、調子に乗りやがってよぉ!!」



まず男二人が血気盛んに言葉を吐きながら、女性へと早足で近づいて行く。

己に近づいてくる男達を迎える様に静かな足運びで女性は一歩を踏み出すと、そのまま左手の指先を近づいてきた男の胸板へとピタリと着ける。

唐突なソフトタッチに男が戸惑いを見せ始めた瞬間、女性は指先を折り畳むようにして短い距離で勢いをつけ、そのまま胸板を強打した。

それによって発せられた音は思わず周囲で様子を伺っていたギャラリーの度肝を抜き、僅かに後ずさりを見せる程のモノである。

男は短く息を吐き、目を見開いたまま左胸を押さえて膝を着いた。口は開きっぱなしで、唾液が糸を引いて地面へと落ちていくのが見えた。


し、心臓を狙ったのか?! お、おっかねぇ……アレは苦しそうだ。


女性はさらに近くに居た戸惑いを見せる男に向き直ると、素早くビンタを振る様な動作で左手を顔面へと走らせた。

男はそれを受け数瞬頭を揺らす様な動きを見せると、そのまま後ろに倒れこむ。

表情を覗き込むと、男は白目を向いており気絶している様子が伺えた。


瞬時に仲間を倒され、そこでようやく自分達の不利を悟った残りの二人が武器を手に取ろうとしたのだろう。

ローブが揺れ動き、俺の優れた聴力が僅かに金属質な音を捉えた瞬間、俺は気付けば駆け出していた。


とは言え、相手もソコソコの経験を積んでいた様であり、明らかに武器を構える動作に俺の速度が追いついていない。

ローブから男がハンドガンを取り出し、女性に向けて構えた瞬間を狙って俺は懐から取り出した"タグ"を右手で投げつけた。

タグは僅かに風を切り裂く様な音を奏で、男の脇腹近くに着弾する。


金属製であり、俺の怪力で勢いが乗せられていたタグは余程の威力があったのか、男は掌から銃をこぼして蹲った。

最後に残った男が僅かに動揺を見せ、こちらを向いた瞬間俺は素早く左手を最短距離で打ち放ち、相手のハンドガンを掴んで言う。



「良い銃ですね。けど……俺のHA程じゃあない」



言って、力を込めてハンドガンの銃身を武鮫で握り潰す。

金属が軋む不愉快な音は、いやに大きく周囲に響き渡った。

だが、男はそれで諦めなかった。


男は顔を怒りで赤く染め上げ、脇を締めて素早く殴りかかってくる。

ボクシングスタイルに似た構えから繰り出された左フックを俺は"わざと"食らい、蹈鞴を踏んで体制を崩した様に見せる。

するとソレを追撃のチャンスと悟った相手が大きく踏み込んできた時を狙い、俺は体を大きく回転させて変側的な軌道で回し蹴りを胴体に打ち込んだ。

思ったより綺麗にカウンターが決まり、男は大きく弾かれた様にして路上へと吹っ飛んで倒れこんでしまう。


い、いかん。死んでしまってないよな? 一応意識して手加減はしたつもりなんだが……。


最悪な結末を思い浮かべ、俺が僅かに顔を青くし始めた時に周りのギャラリーから大歓声が送られた。



「やるじゃねぇか!! 小僧!! どうだ、俺達と一杯飲まねぇか!?」


「素敵!! 私達の店に来ない!? 君ならタップリとサービスしちゃうわよ?」


「なんだ、壊し屋を倒したなんて大嘘じゃねぇか。ガキと女にいい様にやられてらぁ」


「強くて綺麗なお姉さん!! 俺達と食事しませんか!?」



などなど、夜の路上は突如として大盛り上がりを見せて賑わった。

俺は気恥ずかしさで顔を赤く染め上げ、俯き加減で片手を上げて無言でソレに答えることしか出来ない。


しかし、ギャラリーの一人が突然大声上げ、事態は急変した。



「お、おい!! 憲兵隊がこっちに来てるぞ!! 皆、散れ散れ!!」



その声を受け、素早くギャラリーは蜘蛛の子を散らした様にこの場から遠ざかっていく。

気付けば周囲には呻き声を上げて倒れこむ男達、そして絡まれていた女性、最後に俺しか残されておらず、先程の騒ぎが嘘の様に静まり返ってしまった。


そのまま俺が唖然としていると路上の先の暗闇を裂くように眩い光が覗き見え、排気音が聞こえて来た。

恐らく、憲兵隊とやらの警戒車両が近づいている様だ。さっさと退散した方がいいだろう。

と、其処で俺は致命的なミスを犯してしまっていた事に気付いた。



「あ……!! タグ!! タグはどこに行った!?」



俺は素早く地面を見渡すも、タグは何処にも見当たらない。

強く投げすぎて肉にめり込んだか!? 等と俺は混乱しながらタグの攻撃を食らって蹲ってる男の脇腹をさすって調べるも、めり込んではいない。

ジト目で俺を睨むその男の視線になんとなくムカッとした俺は軽く一つ蹴りを入れた後、地面を這う様にしてタグを探す。


そんな泡を食った様に慌てふためく俺を見て、お姉さんが申し訳なさそうに声を掛けてくる。



「あらあら……ごめんなさい。わたくしの所為で坊やが困った事になってしまって……」


「い、いえ……。俺が勝手にやった事ですので……」



そう言葉を返す事ができたものの、四時間の働きがパァとなってしまったのは少し落ち込んでしまう。

顔を上げると憲兵隊の車両が大分近づいて来ている事に気付き、俺は仕方なく腰を上げてお姉さんに声を掛ける。



「と、とりあえず逃げませんか?! 憲兵隊ってのに捕まったら厄介そうですし」


「あら、確かにそうですわね。じゃあ……はい」



俺がお姉さんに逃げる様に持ちかけると、彼女はスッと右手を差し出した。

あまりに自然な動作で差し出された右手だが、俺はそれが何を意味するかの見当がつかない。


アレか? 『この手を掴め!! 空に飛んで逃げるぞ!!』的なノリなのかな? 大分無茶があるだろ。


彼女のスラっとした右手を前にしてそんな下らない事を考えていると、彼女は柔らかな笑顔を浮かべながら俺に一つ不満を零した。



「減点、ですわよ? 男女が逃避行を繰り広げる時は、殿方が女性の手を引かないと始まりませんわ」


「ぅえ!? ……じゃあ、その、失礼しまぁす」



こんな時に何言ってんの!? とツッコミを入れるか迷ったが、今は逃げる方が先だと俺は一つ我慢して彼女の手を右手でそっと掴んだ。

彼女は満足そうに一つ頷くと、柔らかく掴んだ俺とは対照的にギュッと俺の手を力強く握り締めて言う。



「エスコートに期待してますわよ? 騎士(ナイト)さん」



――そう言って微笑んだ彼女は本当に楽しそうで……。俺は僅かに時を忘れ、彼女の表情に見とれてしまった。






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