豪雨の兆し
部品の分配を終え、俺は今一旦休む為に里津さんの家へ帰宅している途中だが大変に疲れている。
何故なら、あの後駐屯地を暫く探し回っても宮木伍長を発見することができなかったからだ。
代わりに俺は駐屯地に着た際に宮木伍長にIDの拝見を要求していた兵士を見つけ、宮木伍長がどこに行ったのかを訪ねた。
彼が言うには宮木伍長が駐屯地から出て行ったのを確認していないとの事だった。
とは言え、駐屯地の出入り口は複数ある為にその情報が確実であるとの根拠は無いのだそうだ。ですよねー……。
仕方なく俺は一旦組合所まで徒歩で戻って借りた物を預ける事にした。もし宮木伍長にあったならば、そう伝えて欲しいと兵士に伝言も頼んで。
組合へ向かう道中でまたもや俺は好奇の視線に晒される事となった。
何故ならチェーンガンとレイルガンを左腕だけで抱えるようにし、更には大量の分配品をリュックの中へパンパンに詰め込んでいたのだからな。
いや、『パンパン』と言うか『パンパン! スパパァン!!』ってぐらい詰め込んでるな。いや、意味わかんねぇか。
そんな訳で、むしろ見るなって方が無理な要求だろう。俺だってこんな変人がいたら二度見するわ。
受付のお姉さんの驚愕の眼差しを冷めた思いで受け止めながらレイルガンとゴーグルを預け、ようやく帰路に付く事ができたのは時計の針が昼の二時を過ぎてからだ。
あくまでその時間は組合所で確認したモノだから、里津さんの家へ帰宅できた時には何時になってるか分からない。
俺が長き道のりを制覇し、ようやく里津さんの家兼店の前へ辿り着くと、見覚えのある軽トラが停まっている事に気付いて目を見開いた。
もしやあれは俺の疲れから見える幻覚であろうか? そう言えば前も俺が組合所で登録し終え、疲れでクタクタになって帰ると似た様な光景を見たな。
ふむ、もしかして弓さん達の襲来イベントは俺が疲れていると発生する特殊イベントなのかな? だとすると毎日疲れても……やっぱ週三ぐらいでいいか。
とりあえず、この前みたいに走り寄る事は大量の荷物があるため不可能だ。
リュックの中にある部品が今更それくらいの衝撃で長年耐えてきた事実を無視し、突然全破損する事にはならないと思うが念には念を入れておきたいからな。
俺はまず店の扉を右手で開け、チェーンガンをドアの枠や中の品物にぶつけない様に注意深くしながら店の中へ足を踏み入れた。
「沿矢様、お帰りなさいませ」
「ちょ!! ラビ……!! ふ、フルトさん!!」
店の中に入ると、すぐにラビィの麗しい美声が飛んできて俺は慌ててしまった。
もしかして他の客が居る前で"様"付けしたんじゃなかろうな?!
俺が一人で焦っているとすぐに驚愕の声が飛んできた。が、それは聞き覚えのある声であった。
「え、え~~~!? 沿矢君!? え? えっ?! ど、どうしたのソレ? ま、まさかHAを装備してるからって狩りに行ったの?」
「か、狩り? いえ、違いますよ。実は朝早くに組合所へ行ったら、迎撃戦ってのが始まってですね……」
トコトコと素早く小走りで駆け寄ってきたのは弓さんだ。
彼女の表情にはこれでもかと言わんばかりに驚愕した様子が浮かんでいた。
俺は苦笑を浮かべながら彼女の言葉に否定の意を返すと、迎撃戦に参加した事を伝える。
流石の俺でも怪力頼りで無人兵器とタイマン張れる度胸は無いわ。 相対しても遠距離から銃撃を受けてミンチになりそうだしな。
今日スパイダーと戦ってどれだけ無人兵器が危険かはよく学べたよ。ソロでは相手できないね、アレは。
どこぞのモン○ン世界の如く、戦う時の人数制限があったりしないで助かった。 あれたまにソロでしかできないクエストとかあったけどさ、恐ろしいよね。
少し思考を脱線させながらカウンターの方へ視線を向けると、弦さんも僅かに目を見開いて此方を注視している様子が見えた。
唯一、一人だけ涼しい顔をしてるラビィは素早くカウンターから抜け出すと、弓さんの脇を抜いて俺の傍に近寄りチェーンガンへ手を伸ばす。
「ラビィが持ちます」
「え、あ……うん。ありがと」
他の客が居なかった事に安堵しながら、俺はチェーンガンをラビィに渡す。
が、ラビィはチェーンガンを軽々と片手で持ち上げた後で、突然動きを止めて微動だにすらしない。
もしや、急激な負荷で機能が停止してしまったのかと俺が唖然としていると、ラビィは少し瞼を細めながら不満気に呟いた。
「……ラビィが持ちます」
「ぅえ? あ、あぁ!! り、リュックも? うん……ありがとう。ラビィ」
俺が苦笑しながらリュックも下ろしてラビィの空いてる方の手に渡すと、そこでようやく彼女は少し微笑んでから素早く荷物を抱えて奥へと向かう。
怪力のお陰で肩のコリなんかは全く感じないが、なんとなく両肩を右手で揉み解しながら弓さん達に挨拶する。
「いやぁ、挨拶が遅くなってすみません。お久しぶりです!! 弓さん、弦さん」
「おぅ……。お前さんに会う時は何かしら驚く事が多いなぁ」
弦さんはそう言うと、珍しく少し笑みを浮かべた。
お、おぉ?! なんだろう、ようやく親しくなってきたって感じだな!! 思わず携帯の待ち受けにしたくらいレアな光景だったわ。
ちなみに俺がこの世界に来た時に持っていた携帯は当然の如くもう充電が切れ、ただの物置に成り下がっている。
たまに頬に当ててヒンヤリさせるのに使ってるくらいかな、中々便利だよ。癖になるからね。
「そっか……迎撃戦かぁ。凄いね、沿矢君。私は一人でそういうのに参加した事ないや……」
「ははは……。けど、すっぐぉい疲れましたよ? しばらく参加はしないでしょうね……」
俺は巻き舌を駆使してどれだけ疲れたかを弓さんへ伝える。
まぁ、元々宮木伍長のご好意のお陰で参加できただけだしな。レイルガンも返したし、暫くはチマチマ稼ぐ日々になるのかな?
それによく考えれば俺は組合に所属してから一月も経たない内に一万と九千も返済してるしな。運が良かっただけとも言うが。
さらにチェーンガンや分配品を里津さんに渡せば返済額は二万五千くらいにはなると思うし、暫くマッタリしても許してくれるはずだろ。多分。
俺が今後の行動に思いを巡らせていると、奥から里津さんの驚愕した大声が聞こえて来た。
『ちょっと!! ラビィ!! アンタねぇ、勝手に商品を裏に運んできちゃ駄目じゃない!! ……ん? こんなの置いてたかしら』
『里津、これは沿矢様の持ち帰った戦利品です。なんでも、迎撃戦とやらに参加したとか。……戦闘行為には私もお供したいのですが』
『はぁ!? 迎撃戦!? あんな装備で!? あの馬鹿は無人兵器に殴りかかった訳じゃないでしょうねぇ!?』
『詳細は聞いておりませんが、今朝確認した武鮫と帰ってきた時の武鮫には汚れ程度の違いしかありませんでした。その可能性は低いと思われます』
『じゃあ何? DFで参加したっての?! どんな面の厚さしてたらそんな恥ずかしい真似が……! あぁ、もう!!』
んな訳ねぇだろ、と心中でツッコミを入れる。
DFだけで迎撃戦に参加って流石に無理があるわ。ゲームの縛りプレイじゃないんですぞ。
怪力のお陰で命中率が高いとは言え、精々俺が狙いを定められる最大射程は五十mくらいの距離だろう。
ハンドガンである以上、あくまでDFもサブアームの部類だからなぁ。俺もレイルガンとまではいかんが、ライフル系の一つ位持っといた方がいいのかな?
そう考えを展開させつつ、里津さんの店に置いてある商品の銃器類を眺める。
と、そこで大きな足音を立てながらようやく奥から里津さんが姿を表した。
「そっ……! ん、んんっ! 弦、弓。久しぶりね。ゆっくりしていって頂戴ね……。ちょっと、こっちにきなさいよ」
里津さんはまず弓さんと弦さんの存在を確認すると、気勢を挫かれた様子で怯んだ。
しかし、なんとか気持ちを落ち着けると直に表情を緩めて二人に挨拶し、その後鋭い視線で俺を睨む。
俺はなんとな~く今の里津さんに近寄りたくは無かったので、横目で彼女の様子を確かめながらそ知らぬ顔で商品を眺め続ける。
「……アンタに言ってるのよ? ねぇ、沿矢?」
あ、これはマジ切れ寸前の調子ですね。
このままだと里津さんは、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって何かに目覚めそうですわ。
俺は慌てて里津さんに向き直って返事をする。
「い、イージ、イージィ!! 落ち着いて下さいよ、里津さん。俺は貴方を無視した訳じゃなくてですね、てっきり俺には見えない架空のお友達に話しかけてるのかと思っちゃいまして、気を使っただけなんですぅ」
「アンタのその妄想っぷりに私は気を使いそうよ。しっかり現実を生きなさい」
里津さんは心底哀れんだ目で俺を見つめた。
その視線に心を砕かれそうになりつつも、俺は要求にしたがっておずおずと彼女に近づいて行く。
そのまま里津さんのパーソナルスペースに領空侵犯すると、警告も無しに突然右腕を素早く掴まれた。
ひっ、ひぃ!! こ、国際法違反ですぞ!! 世界が黙って無いからなぁ!!
俺が心中で里津さんに空しく訴えるも、当然それが届く事無かったようだ。
だが、代わりに彼女は柔らかな微笑みを浮かべて俺を諭す様に言葉を紡いだ。
「……全く、アンタはただでさえ無茶しすぎなんだから……少しは気を付けなさい。返済はゆっくりで良いって言ってるでしょ?」
「え? ぁ……はい。心配掛けてすみません」
予想外だった里津さんの気遣いに俺は拍子抜けした。
だが、彼女は俺の右腕を引っ張って奥へ奥へと連れ込もうとする。
ん? 何か……おかしい? 感じる不安。強く波打つ心臓の鼓動ッ……!! 瞬間、俺の脳裏を過ぎる一つの可能性……ッッ!!
「何があったか詳しく聞かせて貰うから……ねぇ?」
店の奥へと俺が足を踏み入れた時、悪魔が妖しく微笑んだ。
粉バナナ!! じゃない、こりゃ罠だ!! クソ騙されたぁ!! 純情な青少年の気持ちを踏み躙るなんて……!!
俺が里津さんの真の狙いに気付くも時は既に遅く、そのまま大人しく足を踏み入れるしかなかった。
ふと、背後から弓さんが呟いた言葉が俺の耳へ僅かに飛び込んでくる。
『やっぱり……仲が良さそうだなぁ』
何故か、その声には寂しさが伴っていた様に感じられて俺は気掛かりだった。
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ヤウラ北駐屯地ではちょっとした騒ぎが沸き起こっていた。
実は、ヤウラの北でこうした騒ぎが起こる事は少し珍しい。
それは何故か? ヤウラの北にハタシロ、北東にミシヅと二つの都市があるお陰で少し不恰好ながら逆三角形で繋がりができている。
二つの都市があるお陰で無人兵器が散らばる様にして襲撃をしてくる為、ヤウラ北駐屯地では襲撃頻度が他の駐屯地と比べて格段に低い。
ヤウラでは士官学校を出た者や、徴兵された者だろうが関係無しに、正規兵となればまず外居住区で送迎班や憲兵隊、そして駐屯地に配属されて経験を積む様に決まりが出来ている。
それは将校や佐官の子息だろうが関係の無い事で、ヤウラの法で決められた絶対的なルールの一つである。
だが……ヤウラ北駐屯地では襲撃頻度が低いと言う特長の所為か、"何故"か不自然に佐官や将校と血の繋がりがある者が多く配属されている。
名のある子息の一人や二人なら上官とて厳しく監督するだろうが、それが群れてしまうとなるとちょっとした不注意を咎める事すら気が滅入ってしまう。
北駐屯地の指揮を執る司令官の悩みの種は、もっぱら"お坊ちゃま"達によるヤンチャが原因だ。
必然、襲撃頻度だけではなく、北駐屯地の兵士達の錬度は低くなってしまっていると言う有様。
ハタシロを警戒していた三船 善がその事に気づいていたのならば直に改善されたであろうが、既に辞任した以上は手遅れだ。
新たに市長に就任した宮元 栄一郎は軍関係よりも、どうすれば自分の支持を獲得できるかの方に関心がいっている。暫くこの環境は変わらないであろう。
今起こっている騒ぎは一体なんなのか? 少なくとも、ヤンチャでは無い事は確かだ。
「あのぉ……。わたくし、早くヤウラに入りたいんですが」
そう言って穏やかに女性が笑みを浮かべた。
困ってます、と言わんばかりに首を少し傾げて柔らかな頬に右手を当てるその様は、見る者の心を穏やかにする雰囲気がある。
だが、それを受けた青年下仕官は頬を引き攣らせ言葉を震わせながら対応する。
「す、すみません。か、"確認"が取れ次第すぐに許可は下りると思いますので、どうかあと少しだけお待ちを……」
彼等が今居る場所はテントの中だ。中には女性と下士官の青年、それとライフルを所持して警戒に当たる兵士二人。
それだけじゃなく、さらにテントの外に警戒している兵士がさらにもう二名いる。
そんな厳重な監視下の中、女性は心を乱す事無く平静を保ったままでゆっくりと唇を開いた。
「申し訳ございません。わたくしったら、ついつい張り切りすぎちゃいまして……。あんなに"散らばって"ると確認作業も大変ですわよね」
「あ、いえ……っ。そ、そん……っぶぅぇ……!!」
「あらあら……。元気一杯ですのね」
女性の謝罪を受け、言葉を返そうとした青年下士官が突然口を押さえながらテントから飛び出していく。
少し目を丸くしながら優雅な仕草で口元へ片手を当ててから、女性は愉快な物を見たかの様にクスクスと笑った。
そんな光景を目撃し、なんとか無表情を貫き通していた兵士二人の表情が恐怖の色に染まる。
僅かに手は震え、それが細かくライフルを揺れ動かしてカチャカチャとした不愉快な音を奏でた。
女性の静かな笑い声と兵士二人が奏でるBGMを打ち破ったのは、外から聞こえて来た砂を踏む音だ。
それを敏感に捉え、女性は笑みを抑えるとテントの入り口へと流し目で視線を送る。
テントの中へ悠然とした足踏みで侵入した男は、女性の眼差しを受けて僅かに眉を動かしただけだ。
そんな男の毅然とした態度が、首元に大佐の階級章を付けている事が伊達では無いと言う証でもある。
大佐は手元にあった紙を女性に手渡しながら、ハキハキと言葉を出す。
「ようやく確認が取れました。確かに"アレ"はエルド・ククルスでしたよ……。賞金を受け取るならば、組合所へ向かってください。場所は分かりますか?」
「えぇ、以前にも何度かヤウラには来ましたから……。けど、その時はこんなに手間取らなかったんですのよ?」
女性は不満気に言うと、少し唇を尖らせながら上目使いで大佐に視線を向けた。
大佐はすぐに視線を逸らし、相手のペースに飲まれない様に気をつけながら言葉を返す。
「我々の対応に不満ならば、今度からは死体は持ち込まない方がいいですよ。死体を持ち込むとしても"形"は保った状態にしておいて欲しいですね。そうすればスムーズに事が運べたので……」
「ふふふ、そうですわね。反省しておきますわ。けど、今回はようやく待ちに待った日を目前にして急に彼と出会ったものですから……気が高ぶってしまいましたの」
女性は恥じる様に頬を赤く染め、少し俯いた。
並の男ならば、この仕草を一目見ただけで劣情を煽られる事だろう。
その証拠に、怯えを見せていた兵士二人は先程までの出来事を忘れ、視線は女性に釘付けとなってしまっている。
大佐はそんな兵士の姿を横目で確認して、情けない気持ちで胸が一杯であった。
「そうですか、良かったですね。……では、早くヤウラに入られると良い、心待ちにしていた事があるのでしょう?」
「あら、確かにアナタ様の言う通りですわね。では、これにて……失礼しますわ」
これ以上、此処の兵士の錬度を落とされてなるものかと怒りに似た感情を滾らせて、大佐は女性に出て行く様に促す。
言葉の節々にその感情が混じっていたが、女性は気を悪くした様子も見せず、最後まで微笑を見せながらテントから出て行った。
暫く沈黙がテントの中で続いたが、大佐は疲れた様に一つ息を吐くと兵士に告げた。
「本部と……組合所に一言だけ伝えろ。"鉄雨の貴婦人"がヤウラに来た、とな」
兵士二人は大佐の命を受け、素直にテントから出て行く。
その際に風がテント内部に吹き込み、僅かに残った女性の残り香の匂いを掻きたてた。
大佐はその残り香に一瞬気を取られ……自身の未熟さを大いに恥じた。
――奇しくも、"鉄の雨"の異名を持つ女性がヤウラに足を踏み入れた。
雨と雨とが混ざり合った時、それは豪雨となる。
必然、ヤウラに波乱が巻き起こる事は――避けられない事態となった。