言葉って素晴らしい
――わからない。
武市詩江は去り行く沿矢の背中に視線を向けながら、心中でそう呟いた。
沿矢が組合所に所属した経緯を聞き、彼女の脳裏には彼が怪我を負った原因が迫田との戦闘による結果ではないかと、既に一つの予測としては浮かんでいた。
沿矢が語った大怪我、ゴミ山に散らばった血痕から出た血液型の一致、組合所での思わず漏れ出たとも捉える事ができる彼の不自然な言動。
考えれば考えるほど、状況証拠的に沿矢が迫田を倒した人物である可能性は高いと武市の勘は告げている。
――だが……何故"隠す"のだ?
それだけが武市には分からなかった。
沿矢が迫田を倒した事を認めれば、彼から事の詳細を聞き取った後にスムーズに検証を行い、見事合っていれば彼は賞金を手にできるはずだ。
迫田の様な凶悪な賞金首を倒した事は誉れとして思う事であり、隠す様な事ではないはずなのに……。
訓練兵達の前だと言うのに、武市は気付かぬうちに自然に指の爪を噛んでしばらくの間考えを巡らせる。
沿矢は迫田が賞金首だった事を知らないのだろうか? いや、前に組合所であった時には受付嬢と一緒になって遠巻きに掲示板を眺めていたのだ。
話の話題として迫田の事は口にしていた可能性が高い。賞金首だった事に気付かなかったと言う事は無いと思うが……。
いや、そもそも沿矢の言葉を鵜呑みにするのならば、彼が迫田と対峙した時にはHAを装備していない事になる。流石にその状態で迫田を倒す事は少し無理があるだろうか?
もしかして……以前に留置所で迫田の舎弟達が口にした、迫田と戦った男は"生身"だったとの言葉は調査を撹乱するモノではなく、事実だったのか?
――しかし、そんな事があの様な少年に可能なのか……?
沿矢の足運び、普段向けている視線の位置、何気ない仕草、短時間で観察したモノではあるが何処からどう見ても素人だ。訓練を受けた様子は無い。
奇妙に合致する状況証拠と、全く合わさらない人物像が混ざり合い、その所為で武市の心中で混乱が巻き起こる。
武市の"勘"は沿矢が迫田を倒した人物であると訴え、武市が長年培ってきた"常識"が沿矢は違うとの結論を下す。
相容れない感情が彼女の中で入り混じり、言葉に出来ないもどかしさが募っていく。
それだけじゃない。そもそもゴミ山を崩壊させたのも迫田ではなく、生身の男によるモノだったと舎弟達から聞いてはいたが……。
どうやって? ミサイルや戦車の一斉砲撃でも使わない限り、あんな不可解な現象は起こる訳がない。だが、それ等が使用された痕跡はゴミ山では発見できなかった。
そもそも迫田が着ていたHA-75型ですら、あの様な異常事態を引き起こす事は可能だったのか?
検証を行うにしてもHA-75型は今のヤウラにはないし、迫田のHA-75型は損傷が深く、プラントでも修復は不可能との結果が出た。
他の都市にHA-75型があったとしても、貴重なHAを貸し出してくれる可能性は低い。検証を行える可能性は0に近いだろう。
考えれば考えるほど謎が深まり、泥沼に沈み行くかの様に武市の思考を深く捕らえる。
武市はこんなにも一つの物事に興味を惹かれる事は初めてだった。
いや、他に興味が惹かれた事もあった。だが、その度に彼女は自信が持つ知識と行動力を使ってソレを直に解決してきた。
その熱意とも無謀とも取れる様な姿勢を、軍は好意的に捉えて彼女に対し評価を下していく。
次第に評価され階級を上げていった武市は大尉まで昇進し、二十代と言う若年でありながらも、既に佐官の入り口に差し掛かっている。
そもそも、突如として訪れたゴミ山の崩壊という事実だけでも武市の興味を惹くのに十分な出来事だったのだ。
しかし、現地へ調査に赴いてみればゴミ山に埋もれる様にしてあった、賞金首のビッグネームの一人として名を連なっていた迫田の死体。
この二つの異常事態が合わさって引き起こされた強烈な衝撃が、痛烈に武市の心に刻み込まれてしまった。
ようやく可愛く思えてきた教え子達を放り出して、思わず捜査に精を出してしまいたい衝動すら武市の心中に渦巻くこともあった。
だが、そもそも軍は迫田を倒した人物の事など全くと言っていい程に関心が無く、謎の人物に関する捜査が始まる事は無かった。
何故そうなったのか? 確かに通常ならば、軍としてはゴミ山の崩壊や迫田の死に目が惹かれる部分があった事は間違いない。
だが、それ以上に魅竹 春由が起こした不祥事の方が重要だった。
唯でさえ外居住区の住民は過去の徴兵騒動を覚えている者が多く、軍に不信感を持った住民は未だ多い。
徴兵の指示を出した前ヤウラ市長の御船 善が辞任し、新たな市長となった宮元 栄一郎が積極的に外の住民に歩み寄りを始めたお陰で徐々にではあるが、確かに亀裂が埋まってきていた時期に春由が起こしてしまった、教会の子供達を狙った事件は余りにも致命的である。
栄一郎が指示を出す間もなく、軍は素早く事態の深刻さを理解して春由の身柄を拘束し、他の受刑者とは別の施設に一人春由を閉じ込めて表舞台から彼の存在を消し去った。
裁判も、弁解も許されずに行われたそれは、さながら罪を償わせると言うよりかは――幽閉に近いモノであった。
軍はあくまで一個人が引き越した事件であるとし、軍部全体への批判を避けたかった。
教会の人達に謝罪と賠償を済ませ、春由は幽閉し、迫田の死亡を確認し、舎弟の逮捕も終え、それだけでもう十分だった。
春由や迫田の事は既に終わった事であるとし、軍はもうあの事件に関わるモノは封じ込めたい意向だったのだ。
名乗りもしない謎の人物の捜査など当然行われる訳が無かった。
そもそも本当に見つけでもしてしまったら、大物狩りの英雄として話題になってしまうではないか。
そうなれば必然的に春由が起こした事件も、迫田が絡んでいた事から再び注目を集めてしまう事になってしまう。
謎の人物が事件解決直後に名乗りを上げたのなら、軍としては別段困る事ではなかった。
むしろ大袈裟に褒め称えでもして、事件の闇の部分から目を逸らす事ができたかもしれない。
だが、既に時間が過ぎた後に突如として謎の人物が名乗りを上げでもしたら厄介な出来事になってしまう。
迫田の死亡を確認した一週間後、組合所には迫田の死亡詳細状況を伏せて伝え、本当にただ『死亡』したと言う事実しか教えなかった。
知らせを受けた直後、組合所の話題は当然迫田に関する事ばかりだった。
だが、死亡したと言う事実のみではその話題も長くは続かない。組合の勇士達は良くも悪くも、熱しやすく冷めやすい人物が多い。
日々生死を賭けて生き抜く彼等だ。一つの物事に長く囚われる生き方をしていては人生は長く楽しめない。彼等は常に前へ前へと進むのみだ。
時折、思い出したかの様に『迫田を倒したのは自分だ』等とホラを吹く輩がいる事から、迫田の悪名がよほど高かった事を伺えるだろう。
しかし、それだけだ。組合所の中で迫田の話題は次第に鎮火していっているのが現状だ。
あと数ヶ月もすれば、完全に過去の出来事として語り継がれる事となるだろう。
それが軍がもっとも望むシナリオだ。今の所、それは順調に進んでいる。
――迫田を倒した人物? どうでもいいじゃない、賞金を払わなくて済むならむしろ幸運でしょ。
武市が軍の意向を見抜き、友人に不満を零した際にもそう言って流されてしまう始末。
仕方なく、武市は一人で調査に身を乗り出すしかなかった。そうしなければ……胸の内に宿るその狂おしい衝動を抑えきれなかったから。
「あの、武市教官……?」
長く武市の様子を伺っていた訓練兵の一人が、とうとう沈黙に耐えかねて遠慮がちに彼女へ声を掛けた。
武市は素早く気を取り直し、慌てて噛んでいた指の爪を薄く赤い唇の間から離して訓練兵達に向き直る。
すると全員が己を注視していた事に気付き、武市は自身の頬に熱が宿るのを感じ取ってしまう。
彼女は一つ誤魔化すように咳を零し、ジロリと視線を一周させ訓練兵達を見回してから言葉を口にした。
「んんっ! ……各自、装備を点検しろ。ライフルのマガジンを抜き、チャンバーにも入ってない事を確認するんだ」
「えっ?」
唐突に与えられた指示に、訓練兵の一人が思わず声を漏らしてしまう。
武市はその声を漏らした訓練兵にゆらりと目線を向けると、無情に言い放った。
「先程言った、私の言葉を聞いてなかったのか? 貴様等はこれからフル装備で玄甲へ帰還するのだ。走ってな。これから街中を行くんだ、誤射をしない為に弾は抜いておけ。ただし、いざと言う時の為にサブアームのハンドガンを使う可能性もある。ハンドガンの弾は抜かなくていいからな」
武市が放った言葉を受け、訓練兵達の顔が次第に青く染まっていく。
駐屯地から玄甲までの距離を真っ直ぐ行くとして見積もっても軽く数kmはある。
しかし、外居住区は完全に崩壊した建物が道を塞いでいる場所もあり、遠回りをしなければ玄甲へは辿り着けないのだ。
その事を踏まえて考えると――もしかしたら十kmは超える距離を、重さは十kgある装備を身に纏って駆ける事になるのである。
これから我が身に降りかかる苦痛に想像を巡らせ、既に失神間近になっている訓練兵もいた。
だが、そんな訓練兵達に渇を入れるかのように武市は大声を出して急かす。
「ほら、早く行動を開始しろ!! 何時までボーっとしてるんだ!!」
武市の声を聞き、一斉に訓練兵達が脇に置いていたライフルに手を伸ばしてマガジンを取り出す。
ライフルを点検する金属質な音に紛れさせる様に、武市は静かに息を吐いて心を落ち着かせる様に諭す。
――まぁいい、彼の事は気長に調べていく事にしよう。別に犯罪者を探してる訳でもないのだからな。
武市はそう無理矢理自分を納得させる。そもそも、大勢の訓練兵達を受け持つ今の彼女にはプライベートな時間はあまりない。
仕事の最中に沿矢の情報を幾つか手に入れられただけでも幸運なのだ。今はその事に感謝するしかない。
――次に調べるとして……。そうだな、彼が言っていたとある人物の"借り"とやらに目星を付けてみるか。
沿矢が手にしていたレイルガン。あれには軍の物である事を示す印が刻まれていたのを武市は確認している。
彼がその事に気付いていたかどうかは知らないが、あれは大きな手掛かりだ。
経験が浅いはずの彼が軍の誰かに貸しを作ったなどと……その事も興味深い事実だ。調べて見る価値はある。
――組合に所属している彼が軍人と接触できるとなれば……送迎班か?
武市は瞼を細めながら、次の行動を既に脳裏に描き始めていた。
その姿はさながら、獲物を狙う雌豹の様に見えた。
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あの後、俺は憂鬱とした気分で回収班のトラック近くへ赴いて部品の分配に参加した。
やはり上手く胴体を避けてトドメを刺せたので、無事な部品が結構あって同業者達は盛り上がりを見せる。
「おお!! 弾は切れてるが、使えるチェーンガン自体は三丁も残ってたか。大口径が一で小口径が二か」
「メインバッテリーは壊れてたが、予備のバッテリーは目立った損傷が無いぞ。中々いいじゃないか」
同業者は和気藹々と部品を漁りながら、トラックから無事な部品を運び出して兵士達が地面に敷いてくれたブルーシートへ並べていく。
俺も先程あった不安な出来事を振り切るかの様に、積極的に部品を運ぶのを手伝う。
HAを装備しているのだからと必然的に重い物を任されてしまったが、やはり負担になる様な重さの部品は無かった。
むしろ一々武鮫を装備している左腕を主軸にして持ち上げる様、気を張る事に気疲れしてしまった程である。
思ったより部品を並べるのに時間が掛かった。一時間は余裕で過ぎてると思う、太陽も結構高い位置に来てるしな。後は沈むだけだろう。
しかし、時間が掛かったと言う事はそれだけ大量の無事な部品があった事を示すのである。
シートに並べられた部品を囲むようにして並ぶ同業者達の表情には、輝く汗と達成感に満ちた笑顔が浮かんでいる。
一人が疲れたと愚痴を零して地面に腰を下ろすと、それに釣られて皆が腰を下ろしたので俺もそれに習う。
しばらく口々に今回の成果を話し合っていると、一人の兵士が近寄ってきた。
「部品の運び出しは終わりましたか?」
そう兵士は確認を取ったものの、既に終わった事に気付いていたのだろう。
何故なら、部品を積んでいた数台のトラックが次々にエンジンを掛けているのだ。この確認は義務的なモノに過ぎないのだろう。
「おぅ、後は壊れた奴だけだ。処分は任せるぜ。ったく、これじゃどっちが"スカベンジャー"か分かりゃしねぇなぁ? っくくく」
オリバーと名乗った黒人の同業者はそうニヒルに笑って兵士に語りかけるも、兵士はそれに答える事無く素早く背を向けると、トラックへと駆けて行った。
兵士の後姿を眺めながら、つまらなそうにオリバーさんは鼻を鳴らし、小さく舌打ちを打つと、此方に向き直った。
此方を向いた彼の表情には先程の陰険な様子を感じさせない眩い笑顔が浮かんでおり、そのまま大きく手を叩いて乾いた音を響かせて皆の注目を集めた。
「よし!! お楽しみである分配の時間だ!! っと……その前にMVPの話し合い…………ってのが通常の流れなんだが、今回は誰がMVPってのは一目瞭然だったからなぁ」
オリバーさんがそう苦笑すると、同業者達の視線が一斉に俺へと向いたので少したじろいでしまった。
「借り物である装備が強力とは言え、あそこまで上手くやれるモンじゃない。ふむ……強力なライバルの出現に注意した方がいいのかな? これは」
「おー、怖っ!! "紅姫"を真似てそこ等中から根こそぎ遺物を掻っ攫う様な真似はよしてくれよ?」
レイルガンを持った金髪の同業者。クロード・アッカースさんがとぼけた口調で同業者達を見回しながらそう言うと、一人が合いの手を入れて豪快な笑い声が一斉に上がった。
俺は気恥ずかしさで顔を少し赤く染め上げながら、後ろ頭を掻いて笑顔を浮かべる。
褒められるってのどうも慣れないな。それも褒めてくれたのが彼らの様な経験豊かな大人の男性ならば一際に嬉しい気持ちがある。
『えへへ』と口に出しそうな勢いで俺がマヌケな笑顔を浮かべていると、オリバーさんがシートの上にあった部品に手を翳しながら問いを投げかけてくる。
「さて、……木津だったか? お前が欲しい物を最初に選んでくれ。なーに、帰り際に背後から襲う様な真似はしねぇから、遠慮なく欲しい物を選びな」
ジョークを口にしながらオリバーさんはそう急かす。
俺は慌てて表情を引き締め、真剣な眼差しで部品に目を通すが……何も分からん。
とりあえず『いい仕事してますね~』と呟きながら部品の一つを手に取りながら、時間を稼ぐ。
アカン。里津さんから借りた本を読んでもこの体たらくとは……。
だって圧縮テルミック合金がどうちゃらとか書かれても、僕には何の事かちんぷんかんぷんですよ。確実に脳のキャパシティが足りないよ。俺が知ってる合金と言えば、精々ガンダリ○ム合金くらいだ。
百式の時は根こそぎ無事な部品を持って帰っただけだしなぁ……。仕方ない、ここは恥を忍んで助言を請うしかない。
「あのぉ……。その、俺ってば無人兵器に使われてる部品の事なんてまだ全然わからなくて……。ど、どれが一番良いか教えてくれます?」
俺が顔から火が吹く思いでそう懇願すると、意外にも快諾する返事がすぐに聞こえて来た。
「おっと、流石に知識面ではまだまだルーキーだったか!! っはははは!! まぁ、それぐらい可愛げがないとな。どれどれ、俺が見繕ってやろうじゃないか……」
「す、すみません。助かります」
そう言って部品を吟味し始めたのはオリバーさんだ。意外にもフレンドリーな同業者が多くて助かったよ。
いや、彼等とは迎撃戦を一緒に戦い抜いたり、互いの体験談を聞きあったりしたからな。
そのお陰で妙な仲間意識が生まれているのかもしれない。そう思うと先程の出来事も悪い事ばかりじゃなかったな……。
オリバーさんは暫く悩んでいたが、シートに置いてあった大口径のチェーンガンを指差すと俺へと声を掛けてくる。
「やはりコイツじゃないか? そこそこいい値で売れる筈だ。最低でも二千……。いや、二千五百は付くな。運が良かったら三千は超えるだろう」
むむ、やっぱり高いんだ? いやー、俺も大口径のチェーンガンには目を付けてたんだよ? 何しろデカイし。
デカイってのは凄いって事は世の中の真理を突いてる部分があるしな。星のでかさを比較する動画とか見たら価値観変わっちゃうよ?
具体的にどう変わったかと言うと、二日に一回だけご飯に掛けてた鮭のフリカケを毎日掛けるようにしたもん。チビチビ生きるのが馬鹿らしくなってさ。
そんな俺のショボイ価値観はともかくとして、俺はオリバーさんに返事をする。
「お、おぉ!! いいですねぇ。じゃあ、それにしようかな……?」
俺がそう言って決定を下そうとした瞬間、クロードさんが突然横から口を挟んできた。
「おい。何故この核水素バッテリーの事を話さない? コイツなら適切な場所に売り渡せば最初から三千は堅いだろうに」
「ぅえ?」
クロードさんはバッテリーを指差しながら眉を寄せており、『不快だ』と言わんばかりに表情を歪めてオリバーさんを睨みつけている。
え? 何? 俺は騙される所だったの? さっきまでの和やかな雰囲気は何だったの? 儚い幻想だったの?
もしそうだったなら、僕はもう何も信じられないよ……。アマテ○スの様に里津さんの家に引き籠もっちゃうよ。もしそうしたら確実に追い出されそうだがな。
俺が一人でショック受けていると、オリバーさんは大きく溜め息を零してから弁解を口にした。
「おいおい……。核水素バッテリーが高いっての分かってるよ。だが、新米である木津がソイツを売り捌ける"適切"な店とやらを見つけられるのか? メイン居住区に行けるのはランクがE+になってからだぜ? 外居住区ではそういう部品より、銃器類のが売り捌きやすいんだよ。何も騙そうとしたわけじゃねぇよ」
「そうか? 俺はてっきりアンタが一個しかない核水素バッテリーを狙ってたのかと思ったぜ。だってアンタは針通しを成功させてたもんな? 木津がチェーンガンで妥協すれば、次に選べるアンタはめでたくバッテリーを手に出来るしな」
クロードさんが追求の手を緩めずそう言うと、遂にオリバーさんの雰囲気にも変化が訪れてしまった。勿論、悪い意味で。
「おい……。人が下手に出てるのをいい事にテメェは何様のつもりだ? たかだが千や五百なんて違いで人を騙してちっぽけな儲けを得るほど、俺は落ちぶれてはいねぇぞ」
怒気を孕ませた声を口から吐き出し、オリバーさんはクロードさんを睨みつける。
それを受けたクロードさんは対照的に涼しい顔をしているが、僅かにローブの中で腕を動かしている様子が見えて俺は焦った。
もしかしたら懐にある武器に手を伸ばしてるんじゃないだろうな?!
お、おいおい、勘弁してくれよ。何なのこの展開? 怒涛の展開は映画だけにしてくれよ。
俺が映画のヒロインなら『私の為に争うのはやめてぇ!!』なんて甲高く叫びながら、二人の間に飛び出して撃たれるシーンだよ。
そしてネットで散々な結末に対して批判を受けるに違いない。そういうのはニヤニヤしながら眺める分には楽しいが、当事者となると話は別だ。
慌てて俺は武鮫を装備している左手でシートの上にあったチェーンガンを掴んで高く持ち上げ、大声を出して彼等の注意を惹きつける。
「お、俺はこれにしますよ!! だってデカイですもんね!! 俺ならHAを装備してるから簡単に運べますし!! 余計な運送の手間が省けますもんね!!」
突然起こした俺の行動に争っていた二人の視線はもとより、固唾を呑んで様子を伺っていた同業者達の視線も突き刺さる。
暫く気まずい沈黙が流れる中、俺は時折軽くチェーンガンを左右に振ってこの世の時が止まってない事を確かめる。
いや、マジで長いんだよ。殺気渦巻く緊張感が漂っていた所為もあるだろうけどさ、本当に長く沈黙は続いたのである。
このままだと俺が、『チェーンガンを太陽に向ける馬鹿』等とタイトルを付けられて銅像化しそうである。
しかし、そんな悲劇が当然起こるはずもなく、クロードさんが小さく溜め息を零してから、ようやく場に変化が起こった。
「……はぁ、そうだな。ああ、木津の判断は的確だよ。……オリバー、突然難癖を付けて悪かった」
「いや……俺もつい熱くなっちまった。皆……場の空気を悪くしてすまなかったな」
二人は素直に謝罪を口にし、険悪なムードが雪解け水の様に無くなっていく。
俺は軽く息を零しながらチェーンガンを下ろし、深く胸を撫で下ろした。
よかった……。そうだよ、人は分かり合えるんや。その為に"言葉"って言う素晴らしい文化が生まれたんやで?
俺が心中で唐突に悟りを開きかけていると、オリバーさんが気を取り直した様子で部品の分配を再開させる。
今度は何のトラブルが起こることも無く、無事にその作業は終了した。
覚えてる? 俺って夕方から警備員の依頼もあるんだけどさ、もうかなり疲れちまったよ。ペナルティなんてもうどうでもいいから、破棄しようかな?
いや、初めて受けた依頼だしなぁ……。それに依頼人も困るだろうし、はぁ……今日も長い一日になるのか。
――俺はこの後の予定に思いを巡らせ、深く溜め息を吐いた。
にゃほにゃほタマ爪は「""」をつかうことをおぼえた!!
はい、今まで注視部分には《》←これを使ってたんですが、大きな間違いだったみたいですね。
気付いた瞬間、昼食を戻しそうになるくらいの吐き気が押し寄せて来ましたよ。
過去の話に使ってる部分はもう黒歴史として残しておきます。
そうする事で過ちを認め、タマ爪は次の高みへ登れるのだ……。
面倒臭いって訳じゃないです。えぇ、本当です。ウソジャナイヨ。




