視線
「ようこそ、ヤウラ南方駐屯地へ。IDを拝見させてもらいます」
宮木伍長達とトラックから降りて大小のテントが立ち並ぶ駐屯地へ足を踏み込もうとすると、早速声を掛けられた。
IDの拝見を要求した兵士は、何故か口角の端を持ち上げて不敵な笑みを浮かべている。
「IDだぁ? おいおい、お前字が読めたのか!? これは驚いた。明日辺りまた鉄の雨でも降るのかな? こりゃあ」
そう宮木伍長の放った返す言葉の中に蔑む調子は含まれていない。
その証拠に、相手も気にした様子を見せずに飄々と返事をする。
「是非降って頂きたいですね。そうなれば今度はアナタの頭上に落ちてきてくれるかもしれませんし」
「はっ!! オメェも言うようになったじゃねぇか、一等兵。ほらよ」
宮木伍長はそこで会話を打ち切ると、IDを懐から取り出して相手に手渡した。
どうやら顔見知りだった様だ。IDの確認は滞る事も無くすぐに終わり、宮木伍長の手元へ返される。
彼はIDを受け取りながら駐屯地内へ視線を向けると、ポツリと呟いた。
「訓練兵? ああ……壁の奴等は野外訓練の時期だったか? にしてはちと多いな」
「襲撃の警告が入り、西と東の駐屯地で訓練を受けていた奴等も教官に連れられ、見学の為に先程来たばかりです。北からは流石に来ませんでしたがね」
「ふむ……。まっ、確かに良い経験にはなるか? 木津よ、これは無様な所は見せられんな? 気張っていけ!」
「え? あ、はい。まぁ頑張ります」
気楽に言ってくれるなぁ……近所の夏祭りでやってる射的じゃないんですぞ?
それに野郎相手に格好付けた所で…………。あ、あれ? 女の人も多く居るぞ。
それも驚いたが、駐屯地の一角で目立つあの団体の大半は俺と同じ位の歳の子が多い様な気がする。
キョロキョロと視線を彷徨わせ、小声で会話をしている姿はまるで空港でよく見かける様な、今から修学旅行へ赴くどこぞの学校の生徒って感じだ。
弓さんが同世代の子の多くが軍へ連れて行かれたとは言ってはいたが、こうして目の当たりにすると中々ショッキングな光景だな。
とは言え俺もこの若さでUFOに見知らぬ土地へ拉致され、借金を背負い、スカベンジャーなんて穏やかではない職に身を置いてる訳だからな……。
他人の心配をしてる場合でもないか、さっさと里津さんに借金と恩も返したいしな。
そういう意味では俺の中に気合が湧いてきたぞ。
そうと決まれば話は早い、ぱぱっと撃って終わって剥ぎ取りをして帰ろう。レア素材とかあるのかな? 逆鱗とかさ。
宮木伍長の案内の下、俺は駐屯地を突き進む。
武鮫と俺が携えてる借り受けたレイルガンを見ると当然と言うべきか、兵士の誰もが大小を問わずに驚きの反応を見せる。
組合所でも見受けられたその様子に最初はウンザリしたものだが、後半になってくるともはやどうでも良くなってきた。いや、寧ろ快感になって来たかもしれない。
『やだ……。私、見られてる?』ってな具合だな。
エロゲーだと、そろそろ薄汚いオッサンが俺を物陰へ引きずり込んでしまっても可笑しくない状況である。
勿論そんな異常事態が起こるはずもなく、無事に駐屯地の中に設置されてあるパイプテントに辿り着く。
「よし、此処だ。偵察に出た部隊の無線報告から受けた情報を元に、中で襲撃してくる無人兵器のタイプの説明や、損傷度合いの発表がもうすぐ行われるはずだ。お前らは此処で待ってろ、木津と俺で行く」
宮木伍長はそう部下数名に声を掛けると、さっさと中へ足を踏み入れていく。
俺もその後を追って中へと足を進めると、ローブを纏った俺の同業者達が互いに少し距離を置き、パイプ椅子に腰を落ち着けている姿が視界に入る。
彼等の大半はローブの中に隠しきれない程の重武装であり、俺と同じ様に恐らくレイルガンと思われる物を所持している者もいれば、RPGに似た携帯型のロケット兵器を装備している輩も居る。
とは言え俺の様にHAを装備している輩は何処にもいない。その所為でまたもや早速視線が突き刺さる。
『あんなガキが?』そう堂々と声を小さくする事もせず会話を交わす人達も居るし、口笛を吹いて此方を小馬鹿にした様にニヤニヤと笑みを見せ付けてくる奴も居る。
良かったな。俺が心穏やかなタダの地球人でよ。こんな歓迎を受けたのが俺じゃなく、どこぞのナ○パなら既に指を上げて『クンッ!』てやってる所だぞ。
だが、HAもどきである武鮫を装備していれば、何時かはこういう反応が見受けられると言う事はずっと前から予想もしていた。
それに迫田は勿論の事、最近百式と戦った俺にとっては別段ビビる様な雰囲気でもない。
今の俺に怖い物があるとすれば、たまに工房から聞こえてくる百式の部品を弄くる里津さんの奇声ぐらいである。
だから俺は彼等に向かって不敵にニヤリと笑ってみせると、武鮫の装備した左手を駆使してレイルガンを軽々と高く持ち上げ、見せるつける様にしてゆっくりと傾けて肩に置いてやる。
俺のそんな毅然とした態度を受け彼等は一瞬唖然とした表情を見せると、次に軽く舌打ちや睨みつける等の無礼な態度を最後に俺から視線を外した。
『おうおう……。どうやらお前さんの態度は奴等の予想と違ったみてぇだな。流石、お姫様達を助けた英雄殿は格が違うな! 俺の目に狂いは無かったぜ』
「ははは……」
宮木伍長は小声でそう俺を茶化すと、近くのパイプ椅子に腰を下ろしたので俺も彼の隣へお邪魔する。
そのまま腰を動かして微調整等をしていると、パイプテントの外から砂を踏む大量の足音が聞こえて来た。
なんとなく上げた視線の先、まず大勢の訓練兵が此方へと向かってくるのが見え、次にその先頭を歩く人物を目にして俺は驚いて声を漏らしてしまった。
「た、武市さん?」
そう、訓練兵を引き連れて悠然と此方へ歩みを進めているのは、なんと以前組合所で俺が出会った武市さんであった。
「なにィ!? ほ、本当だ……。武市大尉が何故此処に…………ってあの人が教官だったんだな。出世して壁向こうに行ったからって、完全に油断してた……」
隣に居た宮木伍長は俺の言葉を聞き組んでいた足を慌てて解くと、外へと視線を向け呆然とした表情でそう言葉を吐く。
どうやら彼は武市さんが苦手らしい。実は俺も彼女がちょっと苦手である。
初めて探索に行く前だったってのに、迫田を倒した相手を探している彼女に心底冷や冷やさせられたからな。
だが、隣に居た宮木伍長は俺とは比べ物にならない位に彼女が苦手であったようだ。
彼は素早く椅子から立ち上がると、片手を上げて俺に謝罪をする。
「すまん! 木津よ、俺は此処で一旦失礼させてもらうぜ。此処での状況説明が終わったら迎撃地点へ案内を受けるはずだ。頑張れよ」
「え、あ、はい。どうも……。あ、終わったらレイルガンはどうすれば……って早いな、オイ」
宮木伍長は俺の返事を待たず、姿勢を低くしてパイプテントから抜け出していく。
その素早い動作は、さながら銃撃を受けた兵士が必死に安全地帯へと避難するソレに似ていた。
彼は戸惑う部下数名を引き連れ、遠くへと遠ざかっていってしまった。
「さて、此処は何を行う場所だと思う? ロブ訓練兵。応えてみろ」
「えっ……と。きゅ、休憩所……で、ありますか?」
そうこうしている内に気付けば既に大勢の訓練兵と武市さんはパイプテントの傍まで来ており、綺麗に横一列に並んでテントの前で足を止めていた。
名指しを受けた若い白人のロブ君は言葉に詰まりながら、チラチラと視線を此方に向けて武市さんのクイズに答えてみせる。
これがどこぞのミリ○ネアなら尺稼ぎの為に長い間があるはずだが、武市さんは直に言葉を返す。
「ほぅ、休憩所か。良い答えだ。なんならあそこのド真ん中に座って休憩するか? ん? どうしたロブ訓練兵。遠慮しなくてもいいぞ」
「い、いえ……その」
傍から聞くと、優しさに満ち溢れた有り難いお言葉に聞こえるかもしれないが、それはトンデモナイ間違いである。
テントの内部は先程の俺への態度を見てを分かるとおり、柄の悪い輩が闊歩しているのだからな。
案の定、少し首を動かして周りを見渡せば既に訓練兵に向かってガンを飛ばしてる輩が多い。
喧○番町シリーズならば、今頃ロブ君は多数のガン付けビームに晒されている事が一目瞭然で分かるだろう。
「はぁ……。お前達、良く聞け。此処は迎撃を行う組合の勇士達が駐屯地から情報を受け取る場所だ。敵方の数は勿論の事だが、無人兵器のタイプや劣化具合を確認し、己の装備で対処できるかを判断する重要な場所でもある。戦う上で何よりも重要なのが、まず情報であると言う事は流石のお前達も知ってはいるだろう?」
「「「「「「はい!! 武市教官!!」」」」」」
「それならばいい。ん……丁度良いタイミングで情報開示が行われる様だ。静かに見ていろ」
「「「「「「はい!! 武市教官!!」」」」」」
「……貴様等なぁ。はぁ……もういい」
武市さんは其処で言葉を終えると、パイプテントへ向けていた背を翻して此方へと視線を向けた。
俺は慌てて彼女達が居る方向から視線を外し、前へと向き直る。すると丁度パイプテントへと足を踏み入れてきた兵士が居た。
彼はそのまま前に立つと、一斉に向けられた視線を気にも留めず口を開く。
「確認された標的は《スパイダー》!! タイプは《飛び蜘蛛》だ!! 装甲の損傷度合いは酷いが、機動性は未だ高いとの事だ。アサルトライフルやランチャーの弾速では奴を捉えられる可能性は低い。悪いが、それ等の装備がメインの者は参加を取り止めて貰う。できれば狙撃戦で片を付けて貰いたい。そうしないと一気に接近を許してしまうからな」
彼がそう高らかに告げると、パイプテント内部の彼方此方で溜め息が沸き起こる。
次にパイプ椅子から乱暴に腰を上げたのか、隣の椅子同士がぶつかり合う少し耳触りな音が聞こえてくる。
だが、意外にも愚痴を零す者は少ない。彼等は素直にパイプテントから出て行った様だ。
しばらく時が経ち、俺は音が聞こえなくなった時を見計らって周囲を見渡す。
最初はソコソコの人数が居た筈なのだが、今では両手で数えられる程の人数しか残っていなかった。
「参加者は七名か。対戦車ライフルが5、レイルガン所持者は2。悪くないな、バランスが取れている。よし、標的はあと十分もすれば到着するとの事だ。それでは所定の位置へ案内を開始する」
兵士はそう言うとさっさとパイプテントから抜け出していき、周りに居た同業者達も次々に席を立つ。
俺も彼等に習って席を立つが、できるだけ顔を伏せて武市さんに見つからない様に彼等の後に続くのであった。
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『あの子、緊張してるのかな?』
突如として予定に組み込まれた見学の為、迎撃地点への移動の道中で彼女――サリア・トレイターは不意に呟いた。
彼女の周りは同期の訓練兵で溢れていたが、その小さい声量を捉えたのは隣を歩く一人の少年だった。
『あの子? どいつの事だ? 気分が悪い奴が居るなら、武市教官に報告した方がいいんじゃないか? ちなみに俺もさっき大変怖い思いをして少し気分が悪いんだがな』
応えたのは武市に指名され、先程しどろもどろに返答をしたロブ・マーケ訓練兵であった。
彼は周囲を少し見渡すも、サリアが誰の事を言ってるのか分からず、武市に報告する様に進言する。
『違う違う。私達じゃなくて、組合の人達の中に私達と同じ位の子が居たのよ。ほら、あの片腕HAを装備しているのがその子よ』
『えぇ!? み、見間違いじゃないか? タダでさえHAを装備してる奴なんざ珍しいってのによ。それが俺達と同じ歳の奴ぅ~? 冗談は止してくれ』
ロブはそう言葉を返すも、興味津々と言った感じで正面を歩く沿矢へと視線を向けた。
確かに沿矢は俯き加減で歩みを進めている。しかし、その程度の事ではサリアの気を惹くには少し弱いはずだった。
それが緊張どうこう等と言われる理由となったのは、彼の周りが堂々と胸を張って歩みを進める同業者達で溢れているからだろう。お陰で沿矢だけが少し集団の中で浮く存在となっており、彼の『目立ちたくない』と言う考えとは裏腹の結果となってしまっている。
背後から見るだけでは年齢の特定等できるはずもなく、ロブは自分で見極めるのを諦めてサリアへと疑問を飛ばす。
『一体どうやって確認したんだよ? そんなタイミングあったか?』
『あったのよ。アンタが武市教官に指名された時にね。あの子もアンタに顔を向けて同情の視線を送ってたわよ』
『ああ……。なるほどな』
ロブはサリアにそう言われ、沿矢の様に僅かに視線を落とした。
武市の指導は的確だが、同時に厳しさも兼ね備えている。
先程パイプテント前で受けた嫌味は、壁内部の教室やトレーニングルームではなかったのであの程度で済んだのだ。
とは言え理不尽な暴力を振るわれた事などは無く、生徒の疑問には的確に答えてくれるので武市は多大な尊敬の念を集めている。
それに彼女の美貌は彼女が受け持っている男子訓練生だけではなく、他の教官の下で訓練を受けている者の心を捉えている事も多い。
他の教官から指導を受けている同期生と会話をすると、何時も嫉妬を抱いた眼差しで見られるのが、ロブとしては少し心地いい物であった。
『にしてもアイツはもう実戦をこなしている訳か……。凄いなぁ。俺も早く外の駐屯地に配属されたいな』
『えぇ?! アンタって駐屯地に配属希望だったの?! 男ってどうしてそう単細胞なのかしら? あーあ、組合所の送迎隊に配属されないかなぁ。戦闘なんて真っ平よ』
サリアはそう言うが、組合所の送迎隊とて探索地に赴く時に無人兵器と遭遇する事がある。
その場合は沿矢が宮木伍長から借り受けたレイルガンの様な、送迎隊に配備された強力な火器を使って応戦する。
勿論乗り合わせたスカベンジャーの手を借りる事もある。
それに彼等とて乗り物を失えば危険な荒野で孤立してしまうのだから、不満や文句を口にはしない。
通例通りだと、訓練を終えて正規兵となった者はヤウラの東西南北にある駐屯地へ送られるか、もしくは外居住区を見回る憲兵隊に配属される事が多い。
訓練兵が希望等できるわけもないが、極稀に訓練を終えた者が幸運にも送迎隊に配属される事もある。
送迎隊の住居は組合所が設けたフロアが用意されている。
ヤウラ外居住区で貴重な電気が供給されている組合所に腰を落ち着ける事ができるのは、とても素晴らしい事なのだ。サリアがそう願望を口にしても、誰も馬鹿にはしない。
「……先程からコソコソと何やら話しているのは聞こえてるぞ。私が今ここで連帯責任を負わせないのは、迎撃戦の見学をスムーズに行う為だ。誰が、と指摘するのは勘弁してやる。ただし、壁に戻ったら何時もの数倍のトレーニングを受けさせてやろう。覚悟しておけ」
武市が背後を振り返らずも、そう言葉を吐く。
すると彼女の後を着いて来ている、訓練生の間で交わされていた小声がようやく鳴りを潜める。
その気配を感じ取り、武市は背後の彼等に気付かれない様に満足そうに小さく鼻を鳴らすと、正面を歩く沿矢の背に視線を真っ直ぐ当てて捕らえる。
――HAを装備していたのか……。やはり、彼が迫田を?
武市は既に沿矢の存在を認識していた。
訓練兵の指導が今の彼女の仕事である以上、あまり外居住区を出回る事は出来ない。
本来ならば授業を放棄しての行動なんて許されるはずはないのだが、ゴミ山の崩壊等と言う例を見ない異常事態。
それに不快なゴミ山への調査など、彼女以外に階級の高い志願者がいなかったため、これ幸いとばかりに調査隊のリーダーとして受理されたのだ。
次に迫田の舎弟から情報を手に入れ、武市が外に出る切欠として利用したのが、組合所への迫田の死亡知らせを届けると言うモノだ。
そこで彼女は沿矢と出会い。彼が迫田を倒したのではないかと一度は疑ったのだが――ライセンス情報と、余りに普通すぎる雰囲気の少年。これ等を見て、武市は連日の調査の疲れもあり、直に沿矢への疑いを晴らしてしまった。
その後、武市は組合所で登録名簿に目を通したのだが、やはり『きず』と言う、この響きに似た名前を組合所に所属している中では沿矢以外に持つ者はいなかった。
沿矢はその後クースへ向かってしまったので、再度武市が沿矢に問いを投げかける機会は無かった。
故に沿矢に合う事ができるのずっと先ではないかと、彼女はそう思っていたし、覚悟もしていた。
しかし、訓練兵達の野外訓練途中で突然襲撃の警告が入り、見学の為に態々西の駐屯地から生徒達を連れてきてみれば――。
HAを装備し、軽々とレイルガンを抱えた沿矢が其処に居た。
その光景を見て、武市は己が咄嗟に大声を出す事を静止できたのは奇跡だと思った。
本当ならば今すぐにでも沿矢の元へと駆け寄って、迫田の事を大声で問い詰めたい気持ちで胸の中が溢れている。
だが、教え子の前でそんな醜態を晒す訳にもいかないし、迎撃戦の邪魔をする訳にもいかない。
――迎撃戦が終われば、直にでも彼に事情を聞こうじゃないか。
武市は突如として訪れた思わぬ幸運と興奮で頬を赤く染め上げ、大きく高鳴る胸を押さえ、ただ沿矢の背中へ鋭い視線を向けるのであった。




