閑話 悲劇の先に
「いいかラビィ? 自己紹介する時は名前だけ言えばいいんだからな? MMHがどうたらとかは無しだ!! あと俺の事は呼び捨てで頼むぞ? 様は無しで!! 絶対だぞ!! フリじゃないからな?!」
俺は組合で貰った鶏肉十キロが入ったダンボールを抱え、教会に向かっている所だ。
時刻は夕方の五時頃くらいかな? 少し晩飯には早いが里津さんが弓さん達を呼びに行ったりしてるし、準備もあるしで良い感じの時間にはなるだろう。
「了解しました。ですが、ラビィが沿矢様を呼び捨てにしても本当によろしいのですか?」
隣では里津さんに貸して貰ったバーベキューセットを抱え、里津さんの様にジーパンとタンクトップ姿のラビィが不思議そうに首を傾げている。
それに釣られて纏められた銀のポニーテールが揺れ動き、赤くなった太陽の光を俺の眼に乱反射してきた。
何なの? まさかの命令に対する言葉無き抗議なの?? 上手いこと弱点を突いて来やがるぜ。
俺はダンボールの陰に顔を避難させつつラビィに苦言を足す。
「さっそく言っちゃったよ!! もう……試しに俺の事を呼び捨てにしてみ?」
教会のみんなの前で『様』なんて言われてみろ、子供の教育に害しか与えないぞ。
特に男の子にはな、俺がそうだった。小学生の頃夜中にトイレに起きて、両親の部屋から聞こえて来た父さんの……。いや、やめておこう。忘れるんだ、俺。
俺が遠い目で過去のトラウマのデリートに四苦八苦していると、おずおずとラビィが潤いを保った唇を開いた。
「そ、そぉう、そそそそっ、そう……そそそそそそそそそそ……無理です。エラーが発生してしまいます。ラビィには達成できない任務です」
「エラーって何だよ!! 深刻な問題すぎるわ!!」
これは困った。無理矢理呼び捨てさせたりしたらシャットダウンでもしそうだな。
忠誠心の高さは嬉しいが、融通が利かないのは問題ですぞ。
それとも教会の皆にもラビィの正体を教えるか?? いや、だが事件のお詫びで毎日食料の配給を受けて軍と交流してるしなぁ。
疑う訳ではないけど万が一口を滑らした時も怖いし、やっぱり黙っておく方がいいよな。うーん、呼び捨てができないとなると……。
瞬間、俺の脳裏に天才的なアイデアが浮かんでしまった。俺がN○ならキュピーン!! とかなってる所だよ。
ラビィの不自然な言動も隠せるし、俺のフェチズムも満たせる最高の策だ。
林檎が落ちて重力に気付いたニュートンもこんな気持ちだったのだろうか? 俺も一躍天才の仲間入りだな。
「ラビィ、俺の事はあだ名……つまりはコードネームで呼ぶんだ!! いいか? ……ソウ君って呼ぶんだ!!」
小学生の時は仲良くなった女子達にそう呼ばれてたのよね。
中学から何故か『おい』とか『アンタ』や『アロー』なんて意味不明な呼び名で呼ばれだしたがな。
何なの? 俺の名前は口に出来ないの? ヴ○ルデモートなの?? 例のあの人呼ばわりだよ。
俺の思い出はさておいて、ラビィはそれならと大きく頷いて今度は流暢に言葉を放った。
「では、『ソウ君』……で、宜しいのですか?」
そう言い終えると、小首を傾げながらラビィは確認を取ってくる。
俺は感動の余り思わず人目を気にせずに、鶏肉十キロのダンボールから片手を外して親指を立てて見せた。
「ラビィ……余は満足じゃ。君と出会えて良かったよ」
「はい。ラビィもソウ君にお会いできて良かったです」
はぁぁぁぁぁぁん! クースでの疲れが浄化されていくぅ!! ただし俺の邪悪な心は一気に肥大化していくのであった。仕方ないよね、男の子だもん。
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流石に教会へ行くのも慣れたもの、と思いきや荷物を抱えてたら瓦礫の山を登るのに地味な苦労をした。
くそぅ……俺の怪力で吹き飛ばしておくか?? いや、軍が毎日来てるしな……目立つ事はできん。
ラビィはやはりと言うか、初見でも余裕で走破してたがな。まぁ此処で突然ドジッ娘になられても困るけどさ。
ラビィと並んで教会の前に辿り着くと、夕方だと言うにまだまだ子供達は遊び足りないって感じで走り回ったり、細長い布で布飛び? をしてた。
そして一人が此方に気づいて歓喜の声を上げると、すぐさま全員が遊びを中断して駆け寄ってくるではないか。
うーん、まるでピク○ンだな。今度来る時は笛でも持ってこようかな?
子供達はすぐさま俺とラビィを取り囲んで、ピーチクパーチク騒ぎ出す。
「きづにー!! 何で顔に青い丸がついてんの?」
「あー!! わかった! このお姉さんとうわきしたから、さとつにぶたれたんだよ!!」
「まじでー!? さとつつえー!! じゃあ追い出されたんだ!! それは荷物だよね?!」
「ソウヤ……それたべもの?」
「きづにぃ、さとつに捨てられちゃったのぉ!?」
決めたわ、次回は絶対笛を持ってくる。
俺は適当に子供達をあしらいながら教会へ向かう。絶対その方が話が早いからな。
俺がまるでプライベートを暴露され記者に囲まれてる芸能人みたいに子供達の間を掻き分け、教会の入り口近くに来ると外の騒ぎに気付いたのか、丁度中から出てきたぺネロさんと鉢合わせた。
彼女は一瞬目を丸くするが、すぐ心配そうに眉を顰めて俺の頬に手を伸ばしてゆっくりと撫でた。
「木津さん……! 戻るのはまだ今日では無かったはずでは!? それにこの痣は!? 怪我を負ったのですか?!」
「いや……その、色々ありましたけど無事に終わりました。これはお土産です。その内里津さんと俺の知り合いの二人も来るんで、皆で騒ごうかなぁって」
俺は照れくさそうに笑いながらダンボールを下ろして箱を開けてみせる。
すると周りに居た子供達のテンションが最高潮に達してしまったではないか。悪手だったか、くそぅ。
「うぉーーー!! 肉だあ!! すかべんじあーってもうかるんだ!!」
「私しってるよ。離婚したらケイザイ力がある方がいしゃりょうっての払うって、これはさとつから貰ったんでしょ?」
「なんのにくー!? ねずみぃ!?」
「ぷにぷにしてるー!! やわらかーい!」
「ソウヤ……やっぱりたべものだったね」
わらわらとダンボールの中を覗き込む子供達をどうしたもんかと見ていると、教会の中から手を叩き合せた乾いた音が聞こえて来た。
「こらこら!! 子供達、落ち着きなさい!! 木津さんを困らせない様に!! 木津さん……すみません。ほらほらもう外は暗くなるから中に入りなさい」
中から出てきたのはロイ先生だった。
子供達はすぐに彼の言う事を聞いて興奮を収め、小声で話し合いながら中に駆け足で入っていった。
凄いな、その手を叩く技教えてくれないかな?? 俺も欲しいです。
俺はロイ先生に頭を下げて挨拶を済ませる。
頭を上げると彼も微笑んで挨拶を返してくれたが、当然と言うか俺の背後にいるであろうラビィを見て驚きを露にした。
俺は後ろ頭を掻きながら、とりあえず予定通りの設定で彼女をロイ先生とぺネロさんに紹介する。
「紹介します。後ろに居る彼女はラビィ・フルトと言って……里津さんの店で働く事になった新人さんなんです」
「ラビィ・フルトと申します」
「こ、これはこれは。私はロイ・ブレナンです。それでこちらが娘の……」
「初めまして、ぺネロ・ブレナンです」
ラビィが短く自己紹介すると、直に二人も自己紹介してくれた。
しかし、其処で会話が途切れてしまった。
俺は慌てて間を取り持つ様に話題を振る。
「すみませんね、ロイ先生! 突然押しかけちゃって……よければ晩飯はこの鶏肉を使ってバーベキューでもしようかなぁ、って。夕飯の用意はまだですよね?」
俺がそう言うとロイ先生が大きく目を見開いたが、次の瞬間には満面の笑みを浮かべてくれた。
「えぇ、まだですよ。しかし、良いんですか? こんな良い物をご馳走になってしまって……」
ロイ先生は笑顔を浮かべてはいたがダンボールの中の鶏肉を見ると、恐縮した様に眉を潜めた。
俺としては肉を食いたかったのは確かだが、里津さんやラビィと三人のみでってのは少し寂しいのだよ。
……あれ、ラビィって食事できるのかな? やべぇ、聞くのを忘れてた。 ど、どうするか?! 早速やらかしたわ。
俺は内心の焦りを打ち消す様に、ぶんぶんと首を縦に振って了承してみせる。
「勿論です!! 色々とお世話になりましたし、是非お礼の意味も兼ねてご馳走させて下さい」
「……分かりました。ありがとうございます、木津さん。それでは私は子供達に手洗い等をさせてきますので、失礼しますね」
微笑を浮かべたロイ先生はそう言うと教会の中へと姿を消していった。
必然的に俺とラビィとぺネロさんだけが外に残ってしまい、暫く沈黙が流れてしまう。
俺はとりあえずバーベキューの用意でもしようかな、と思い始めていたらぺネロさんは意を決した様に胸に手を当てて問いかけてきた。
「あの……木津さん。その……フルトさんとはどういう関係で?」
「ぅえ? か、関係ですか??」
何でそんな事を聞くんだ? 里津さんの所で働く新人さんって言ったよな俺?
少し戸惑ってそこで初めてラビィが居る後ろを振り向けば、俺のパーソナルスペースを大きく侵害してラビィが近くに立っていた。
しかも態々バーベキューセットを脇に抱える様にして、少しでも接近できる様に巧みな工夫が見受けられますね~。いやぁ、素晴らしい!! って馬鹿!! そりゃ不審に思われるわ!! 恋人の距離か!! 名前呼びの工夫とかそんな事を気にする場合ではなかったよ!! ど、どどどうするよ、俺。
俺は直にラビィから少し距離を離して、身振り手振りを交えて必死に誤魔化す。
「か、関係だなんて意味深ですよぉ!! ただ少し距離が偶然近かっただけですよね? フルトさん!」
だが、ラビィは俺の誤魔化しを気にせずにハキハキと言葉を吐き出す。
「いえ、ラビィはソウ君の身の安全を守る為に必然的に距離を縮めていました。あの子供達の輪の中で、もしかしたらソウ君が怪我を負う可能性がありましたので」
お前はシークレットサービスか何かか? いや、SPでもそこまでしねぇよ。子供を遠ざける大統領とか支持率マッハで下落するわ。
「ないよ!! どんだけ貧弱坊やなんだよ俺は!! は……ははははは!! ね、ねぇ面白い人でしょ? ぺネロさん!! 冗談が好きなんですよ、この人は~」
このこの~と俺が肘でラビィを小突いて場を和ませようとするが、ぺネロさんは困った様に笑うだけだ。
あかん、確実に不審に思われてますわ。
俺がどうしたもんかと悩んでいると、背後からこの窮地を救いださんと言わんばかりに明るい天使の声が聞こえて来た。
「沿矢く~ん!! ほら、弦爺!! 早く来てよ~」
「少しは落ち着かないか……。全く今日は朝からドタバタと……」
「弦も苦労してるのねぇ。私も最近アイツと暮らしてて疲れる事が……」
俺は助かったと言わんばかりに表情を緩めると、救いを求める様に彼女達に向かって大きく手を振って見せるのだった――。
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もうすぐ夜が訪れる時間帯ではあるが、組合所ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
クースでの悲劇を聞きつけ今回の探索を見送り休んでいたスカベンジャー達が、態々組合所へ掲示板に張られた情報を一目確認しようと集っていたからだ。
クースに向かったスカベンジャー11名の内、死亡者が六名と言う半数を失う悲劇。
生還者は五名だが内二名が重傷者であり、とてもじゃないがそこそこの経験を積んだ彼等でも――いや、積んだからこそ眉を潜めてしまう内容だ。
だが、廃病院で新たに百式の存在が確認されたと聞き、その悲劇は起こるべくして起きてしまったのだと納得する者も多い。
それだけでも話題に事欠く事のない内容なのだが、今朝此処で情報を確認した者が死者が一人減っている事に驚きの声を上げて、これまた周囲が驚きの声を上げた。
「死者が減ってるだぁ!? 何だ? 組合のミスかよ?」
「死者の顔写真と名前も見たんだろ? 誰か思い出せないのか??」
すぐさまその消えた一人が誰かを確認しようと、その驚きの声を張り上げた男を囲むようにして周りに居た同業者が口々に問い詰める。 当の本人は突然の事態に泡を食った様に戸惑いながら、恐る恐る口を開いた。
「いや、俺はただ……銃弾の補給で朝早くに組合に来て、寝惚けた状態で確認しただけだからよ。も、もしかしたら勘違いかもしれん。すまん」
「なんだよ……面白くないな。それにしても百式か……倒したら大金になるな」
「お前馬鹿か?? 今すぐ掲示板の情報を一から読み直せよ……どんだけ死者が出てると思ってるんだ」
それを聞くと、つまらなそうに同業者達は男を囲んでいた輪を解除して散り散りに掲示板から離れていく。
残された男は最後に掲示板を確認する様に凝視したが、結局自分の勘違いであると結論付けて首を傾げながら彼も離れていった。
掲示板の前に残った、ただ一人の女性――フェニル・ルザードは彼女にしては珍しく微笑みを浮かべていた。
とはいえ僅かに口角の端を上げただけモノであるが、それだけでも珍しい光景だ。
彼女は当然その消えた一人が分かっている。
しかし、それを誰かに教えることは出来ない。
何故なら沿矢が宮木伍長のミスを追及しない事を判断した為、組合所はそれ幸いと早速ミスを覆い隠すために生存者達へ今回の件の口止めを依頼したからだ。その理由は組合所とスカベンジャー達との間に深い信頼関係がないと、今の様な協力関係が築けない為である。
それに過去の徴兵騒動で身内を軍に連れて行かれた者もいるため、ハンターやスカベンジャーは軍を毛嫌いしている者が未だに多い。
組合所は町の支援もそうだが、軍の支援も多大に受けている為、これ以上彼等に不信感を抱かせたくは無かったから当然の措置と言えばそうだ。
口止めを受けた生存者達は沿矢が生きていた事に大きく安堵した。
とはいえルザードが救った男性は事情が飲め込めず混乱が見受けられたが、それはまぁ些細な事だ。
組合所は今回の口止め料としてルザードと藤宮には沿矢と同じくランクに合わせた好きな物資を、重傷者には怪我による治療費と撤退料を免除した。
当然の事と言うべきか、組合所に逆らっても良い結果が得られるはずが無い事を知っていた彼等は素直にそれを受けた。
例え死者として張られていた沿矢の顔写真を誰かが覚えていた者がいたとしても、生存者が沈黙を守り抜けばただの些細な手違いで済ませられる。
組合のこうした対応の早さに関心よりも呆れが先に湧き出てくるルザードではあったが、彼女の内心は珍しく歓喜に溢れていた。
「よく戻って来た……。君は……良いスカベンジャーになれるよ」
誰に呟くでもなくそう告げると、ルザードは受かべていた微笑を打ち消して掲示板から離れていった――。
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組合所にある怪我人を収容するフロアの一室に藤宮 静と里菜 久美が居た。
藤宮は此処に運ばれてから里菜が目を覚ますまでの間、ずっと彼女に付き添っていた。
里菜とは病院で一緒に危機を乗り越えた仲でもあるし、あんな体験をした後では上手く休める気がしなかったからだ。 幸いにも動脈への治療は無事に終わり、ベッドに横になって輸血を受けていた里菜の顔色は直に良くなっていった。
彼女が目覚めた直後は二人は抱き合って喜び合い、そして――苦笑しながらもう一度自己紹介を交わした。
廃病院を探索する前にも同じやり取りをしたのだが、一時的な協力関係であったし他にも大勢と挨拶を交わしたのだから仕方ないと言えばそうだ。
それにあんな壮絶な体験の後では名前など記憶の中からすっかり抜け落ちてしまっていても、仕方の無いことである。
二人はまず互いに生還を喜び合い、次に自分達を助ける為に一人病院に残った少年の事を思い静かに涙を流していた。
そんな折に――突如として嬉しい報告が昼過ぎに飛び込んできた。
――木津 沿矢が生きていた。
五階長の御川が告げたその名前を知らなかった二人は少し困惑して見せたが、次に彼の顔写真を受け取ると泣き笑いを浮かべて歓喜の声を上げた。
撤退ミスによる口止めの依頼を聞いて二人は少し困惑したが、沿矢自身がミスを許すと言うのなら別段口を出すことでもなく、すぐに了承した。
窓の外を見ればそろそろ太陽が沈み、時計に目を向ければ間も無く里菜が受ける食事の時間である事を針が示している。 彼女の無事も確認し終え、帰宅しようと準備していた藤宮は不意に意を決した様に言葉を吐いた。
「ねぇ、里菜……私達チームを組まない?」
「チームって……私とかい!? ど、どうしたの突然?」
藤宮の提案を受けて、里菜は戸惑いを見せた。
チームを組むこと事態は別段おかしい事ではない。
廃墟の中を探索する時の安全確認もスムーズに行えるし、運べる物資も大幅に増える。
大きな機材等の大物があれば、一人が運んでいる間は一人が掩護する等の対応の幅も広がるからだ。
その証拠に大小を問わず、様々なチームが組合所には登録してある。
ただ、やはりと言うか相当の信頼関係が無いとチームという物は組める物ではない。
見つけた物資の配分を巡ってトラブルが起こり、廃墟の中で裏切りにあって死亡したスカベンジャーも多数いる。しかも危険な廃墟の中では軍による死体の回収は行われず、そのまま加害者の罪が埋もれていってしまった例も、別段珍しくはないのだ。
里菜の困惑を見て、藤宮はふと何かを思い出す様に瞼を閉じた。
「あの病院でさ、私ががんばれたのは里菜が居たからだと思うの。私一人だったら……全て諦めて……下手したら自分に銃でも向けたかもしれないわ」
里菜は藤宮のそんな告白を受けて、驚きで目を見開いた。
無理も無い。里菜の心中では藤宮は重傷を負った自分を抱え、励まし、LG式の追撃を振り切った猛者の様に思えていたからだ。
藤宮は瞼を開くと、里菜を見つめた。
「それに……私はあんな目に合ってもスカベンジャーを辞める気は無いの。けど、今度探索に行った時にあの事を思い出して身が竦むかもしれないわ。でもね……里菜が傍に居てくれたら、また私は頑張れる気がするの! ……身勝手でごめん。けど、それが私の正直な気持ちなの」
藤宮のその発言を最後に部屋に長い沈黙が訪れる。
部屋の外から聞こえる僅かなフロアの喧騒と、時計の針の音が奏でる義務的な響きが、この世界の時が止まってない事を教えてくれる。
沈みかけだった太陽が地平線に姿を隠してしまう程に長い時が過ぎ、藤宮が苦笑を浮かべ先程の提案を取り消そうと喉を震わせた所で里菜が静かに呟いた。
「――私でいいのかい?」
一瞬、藤宮は里菜が何を言ったのか理解できなかった。
すぐさま脳内で彼女の発言をリピートし、その内容を理解すると徐々に藤宮の表情に笑顔が広がっていく。
「うん!! 私は里菜がいいの!」
「そう……分かったわ。なら――まずはチーム名を考えなきゃねぇ」
里菜がニヤリと笑顔を浮かべる。
それ受けると、藤宮は興奮冷めやらずと言った様子で言葉を紡ぐ。
「そう!! それよ!! じ、実はね……恥ずかしいけど。さっきから考えてたんだ!! きっと里菜も気に入ると思うわ!」
病院で見せてくれた雄姿は一体全体どこへ行ったのやら、だが藤宮のその様子を眺めながら里菜は自分の判断が間違ってない事を確信した。
微笑を浮かべながら、里菜は藤宮に頷いて見せる。
「えっとね《Hand of hope》ってチーム名は……どうかな?」
頬を真っ赤に染めあげ、チラチラと確かめる様に里菜に視線を向けながら藤宮はたどたどしくチーム名を発表してみせる。
「……えーと《希望の手》かい? ……確かに良い名じゃない。一体何を恥ずかしがって――ああ!! はは~~なるほどねぇ」
里菜は藤宮のそんな恥ずかしそうな態度に疑問を抱いていたのだが、チーム名を聞いて一気に疑問が解けてしまった。
顎を擦りながらニヤニヤと自分を見つめる里菜の視線から逃れる様に、藤宮は顔を背けて早口に捲くし立てた。
「ち、違うのよ!? 彼がどうこうとかじゃなくて!! あ、あの悲劇を忘れない様に戒める為と言うか……!! と、とにかく!! りょ、了承してくれたんなら、今すぐチームの申請書を貰ってくるからね!? す、少し待ってて!!」
そそくさと逃げる様に部屋から出て行った藤宮を見送り、里菜は苦笑した。
そして瞼を閉じ、記憶の中へ思いを馳せながらベッドに静かに横になる。
「まっ……確かに悪くない光景だったわよね」
そう呟いた里菜の頬が少し赤く染まっていた事に、彼女自身は気付かなかった。
――クースの悲劇で多数のスカベンジャーが命を落とし、一つのチームが消え、そして新たなチームが生まれた。
だが、それを最後に全てが終わる訳ではない。
世界は少しづつ時を進め、悲劇も喜劇も起こしていく。
今はただ、彼等に深い休息を――。




